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第五章 魔族の国
第69話 エフィムの今後とレーヴィの話
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「決してエフィム様の自由を奪うつもりではなかったのです。私もこうして側に仕えることを許していただきましたし」
「ママは私に『様』なんて付けるなっ!」
「エフィム……。けれど、あのような気味の悪いものをこの子に着けてしまいました。側にいたのに気付きもしなかったなど……私は、私はどうすればこの子にお詫びできるのでしょう……」
女は白髪を赤黒く染めたエフィムを痛ましげに見やり、ついには泣き崩れてしまった。それを見てリリアナが声をかける。
「傷ついた我が同胞を助けてくれたことに、感謝しておる。魔道具を外せばエフィムも普通に成長できるはずじゃ」
リリアナの言葉に、ギードが疑問を口にする。
「普通に成長……とは?」
「うむ。私が戴冠したのはおよそ百年前。その時は十五歳じゃった。それから魔道具を外す時まで、見た目は全く変わっておらん。魔道具を外した後は、まるで止まっていた時が動き始めたようでの。私もこの半年でずいぶん大人っぽくなったであろう?な、リク」
自慢気につんと顎を上げて、リリアナがこっちを見た。
確かにポチはずいぶん大きくなったと感じた。リリアナの姿になった時もそういわれれば、最初は絶対十五に見えないってシモンに言われたんだったか。今ならば成人していると言っても十分通用するだろう。
それも魔道具の機能の一つに違いない。見た目の成長が止まっただけなのか、それとも時自体が止まって寿命が延びたのか。どうやら魔族でさえこの魔道具の意味を忘れている今では、リリアナの成長を見守る以外にもう知る術はない。
とはいえ、エフィムがそれを着けていたのはたったの二か月のことだ。さほど影響はないだろう。
今は痛々しく見える血まみれの髪だが、出血はすでに止まっている。ポチの時も傷はすぐに治ったし、大丈夫だ。
それよりさっさと話し合いを終わらせて洗ってやった方がいいな。
「して、エフィムはこれからどうしたいのじゃ?」
「私はこの国の王になるべきだと言われた」
「だが、山に帰らなくてもいいのか?」
「小さい時、ママに助けてもらった。今度は私がママを助ける。それまではママのそばにいたい」
「家には帰りを待つ家族がいるであろう」
「かあさまと、とうさまがいる。でも、誓ったの!ママを助けるって誓ったから!」
小さな手をぎゅっと握って言い募るエフィムに、リリアナが頷く。
「誓ったのであれば、それもよいか……」
ママと呼ばれている女はいつの間にか泣き止んで、今度はどうしたらいいのか分からず、おろおろしている。
「ギードは、ガルガラアドの国はエフィムを、どうしたいと思うのかの?」
「うむ。そうですな……。戴冠して王となっていただいたからには、我々もエフィム様を支えていこうと思っておりましたが、こういう事情ではいったいどうすればいいか……」
エフィム自身はこの国に王としてとどまる決意だ。だが今回のように刺客が襲ってきたときに、今のままではまだそれを撃退できない。ガルガラアドの面々も、王の間に入る前に食い止めるよう警備を厳重にしていたが、実際は失敗した。
もちろん今回は俺たちがいたせいだ。だが今後の勇者に、一人で突破するものが出ないとも限らない。
「例えば、こうするのはどうじゃろうか」
しばらく考え込んでいたリリアナが口を開いた。
「エフィムは一度、里帰りしてはどうかの?」
「でも、ママが」
「もちろん、そこの女も一緒にじゃ。エフィムと女は山で修行する。アルハラからの刺客に負けぬようにな。そしてその間に、ギード。エフィムの成長を待つ間そなたらは、刺客が送られてこぬような対策を立てる。どうじゃ?」
「ふむ、刺客への対策と。それは今までにもいろいろと考えてはまいりましたが……」
リリアナの提案はおおよそ好意的に受け止められた。とはいえ刺客対策は難問だし、王の不在は重要な決断だ。国の要人たちの考えをまとめるため、さっそく魔族側でも会議をすることになった。
◆◆◆
ギードが魔族側の意見の取りまとめをしている時間を使って、エフィムは侍女たちに連れられて風呂へ行く。俺たちは控室に案内された。
クリーム色の柔らかい光に照らされた部屋は、この倍の人数が入っても窮屈ではないくらい広い。何組ものテーブルと椅子やソファーが置かれているのは、元々舞踏会や式典時の休憩室に使われているのだろう。壁には絵が飾られ、窓の外には雪に覆われた美しい山が、遥か遠くに見えた。
見張りと案内を兼ねて、ドグラス将軍が一緒に部屋に入ってくる。
「リリアナ様も王の間よりもこの部屋のほうが落ち着かれるだろう。リクとやら、部下に言って君たちの荷物を持ってこさせたが、これで間違いないだろうか?」
「ああ、すまないな。ありがとう」
一応隠しておいた荷物だが、付近の住人に見つかって届け出があったらしい。食料や旅の野営道具なので、中身は確認されただろうがそのまま返してもらえた。
「軽食を用意しよう」
「それは助かる。いろいろと手間をかけるな」
「何ということはない。亜人……いや。他の種族との付き合いは考えねばならぬと思っていた。良い機会を与えてくれて、こちらこそ感謝する」
そう言うと将軍は心持ち頭を下げた。魔族にしては珍しく厳つい身体つきで、短く刈り込んだ黒髪には白いものが混じり始めている。
口数も少なく、話し合い中もほとんど何も発言していなかった。しかし一言一言ゆっくりと噛み締めるような発言が、実直な人柄をあらわしている。
そんな彼が、ほんの少し口ごもり、それからレーヴィを見つめて聞いた。
「そちらのお嬢さんはガルガラアドの血が混じっているようだが、どのような縁で仲間になられたのであろうか。そしてもう一人、我らが同族もいるようだ」
カリンは簡単に、リリアナ様をお見掛けしたので警備のために付き添っていました、とだけ話し、将軍もそれで納得した。
レーヴィは少し声を震わせながらも、ドグラス将軍にしっかりと目を合わせる。
「父を、探しに、来ました」
「……そうか」
「父がここにいると聞いてきました」
「それは……だが……。そなたの母上は息災かな?」
「一年と少し前、海の事故で……」
「なんと……」
将軍のまっすぐな強い瞳が、かすかに揺れた気がした。
「母上は亡くなられたのか。ご冥福をお祈りする」
「ありがとうございます」
「そなたも父親のこと、さぞかし恨んでいるであろうな」
「……分かりません。ただ一度、一度会いたいとだけ思ってここまで……」
ドアが開き、若い男が軽食を持って入ってくる。彼に頼んで、俺たちは少し城の中を案内してもらうことにした。部屋の中にレーヴィと将軍を残して。
◆◆◆
案内の彼が食事関係の責任者ということもあり、厨房をこっそり見せてもらった。厨房はリリアナも入ったことがない場所で、珍し気にあちらこちらを眺めては質問する。忙しそうに働いている魔族たちも、リリアナに気付いてざわめいた。
「リリアナ様がこんなにいろいろとお話になるとは」
「しかもご機嫌もよく、笑顔まで」
「リリアナ様の好物は、何だったかな?作って差し上げなければ」
「あー、何だったかなあ。あまり好き嫌いを言わない方だったからな」
小声で話す彼らの言葉をちゃっかりと聞きながら、ふふふっと楽しそうに歩き回るリリアナ。
「うむ。猪肉の煮込みの良いにおいがする。うまそうじゃ。ああ、そういえばこの城のブルーベリーのパイは最高なのじゃ。また食べたいのう」
そうしてしばらく時間をつぶした後で部屋に戻る。
レーヴィと将軍は侍女が入れてくれたお茶を飲みながら、穏やかに談笑していた。何も変わったことはない。少しだけレーヴィの目の周りが赤いこと以外には。
「皆さん、本当にありがとうございます」
「私からも礼を言おう。リリアナ様、リク殿そしてご一行の皆も、ありがとう」
レーヴィと将軍が頭を下げようとするのを押しとどめて、俺たちは思い思いに、少し冷えてしまった軽食に手を伸ばした。
「ママは私に『様』なんて付けるなっ!」
「エフィム……。けれど、あのような気味の悪いものをこの子に着けてしまいました。側にいたのに気付きもしなかったなど……私は、私はどうすればこの子にお詫びできるのでしょう……」
女は白髪を赤黒く染めたエフィムを痛ましげに見やり、ついには泣き崩れてしまった。それを見てリリアナが声をかける。
「傷ついた我が同胞を助けてくれたことに、感謝しておる。魔道具を外せばエフィムも普通に成長できるはずじゃ」
リリアナの言葉に、ギードが疑問を口にする。
「普通に成長……とは?」
「うむ。私が戴冠したのはおよそ百年前。その時は十五歳じゃった。それから魔道具を外す時まで、見た目は全く変わっておらん。魔道具を外した後は、まるで止まっていた時が動き始めたようでの。私もこの半年でずいぶん大人っぽくなったであろう?な、リク」
自慢気につんと顎を上げて、リリアナがこっちを見た。
確かにポチはずいぶん大きくなったと感じた。リリアナの姿になった時もそういわれれば、最初は絶対十五に見えないってシモンに言われたんだったか。今ならば成人していると言っても十分通用するだろう。
それも魔道具の機能の一つに違いない。見た目の成長が止まっただけなのか、それとも時自体が止まって寿命が延びたのか。どうやら魔族でさえこの魔道具の意味を忘れている今では、リリアナの成長を見守る以外にもう知る術はない。
とはいえ、エフィムがそれを着けていたのはたったの二か月のことだ。さほど影響はないだろう。
今は痛々しく見える血まみれの髪だが、出血はすでに止まっている。ポチの時も傷はすぐに治ったし、大丈夫だ。
それよりさっさと話し合いを終わらせて洗ってやった方がいいな。
「して、エフィムはこれからどうしたいのじゃ?」
「私はこの国の王になるべきだと言われた」
「だが、山に帰らなくてもいいのか?」
「小さい時、ママに助けてもらった。今度は私がママを助ける。それまではママのそばにいたい」
「家には帰りを待つ家族がいるであろう」
「かあさまと、とうさまがいる。でも、誓ったの!ママを助けるって誓ったから!」
小さな手をぎゅっと握って言い募るエフィムに、リリアナが頷く。
「誓ったのであれば、それもよいか……」
ママと呼ばれている女はいつの間にか泣き止んで、今度はどうしたらいいのか分からず、おろおろしている。
「ギードは、ガルガラアドの国はエフィムを、どうしたいと思うのかの?」
「うむ。そうですな……。戴冠して王となっていただいたからには、我々もエフィム様を支えていこうと思っておりましたが、こういう事情ではいったいどうすればいいか……」
エフィム自身はこの国に王としてとどまる決意だ。だが今回のように刺客が襲ってきたときに、今のままではまだそれを撃退できない。ガルガラアドの面々も、王の間に入る前に食い止めるよう警備を厳重にしていたが、実際は失敗した。
もちろん今回は俺たちがいたせいだ。だが今後の勇者に、一人で突破するものが出ないとも限らない。
「例えば、こうするのはどうじゃろうか」
しばらく考え込んでいたリリアナが口を開いた。
「エフィムは一度、里帰りしてはどうかの?」
「でも、ママが」
「もちろん、そこの女も一緒にじゃ。エフィムと女は山で修行する。アルハラからの刺客に負けぬようにな。そしてその間に、ギード。エフィムの成長を待つ間そなたらは、刺客が送られてこぬような対策を立てる。どうじゃ?」
「ふむ、刺客への対策と。それは今までにもいろいろと考えてはまいりましたが……」
リリアナの提案はおおよそ好意的に受け止められた。とはいえ刺客対策は難問だし、王の不在は重要な決断だ。国の要人たちの考えをまとめるため、さっそく魔族側でも会議をすることになった。
◆◆◆
ギードが魔族側の意見の取りまとめをしている時間を使って、エフィムは侍女たちに連れられて風呂へ行く。俺たちは控室に案内された。
クリーム色の柔らかい光に照らされた部屋は、この倍の人数が入っても窮屈ではないくらい広い。何組ものテーブルと椅子やソファーが置かれているのは、元々舞踏会や式典時の休憩室に使われているのだろう。壁には絵が飾られ、窓の外には雪に覆われた美しい山が、遥か遠くに見えた。
見張りと案内を兼ねて、ドグラス将軍が一緒に部屋に入ってくる。
「リリアナ様も王の間よりもこの部屋のほうが落ち着かれるだろう。リクとやら、部下に言って君たちの荷物を持ってこさせたが、これで間違いないだろうか?」
「ああ、すまないな。ありがとう」
一応隠しておいた荷物だが、付近の住人に見つかって届け出があったらしい。食料や旅の野営道具なので、中身は確認されただろうがそのまま返してもらえた。
「軽食を用意しよう」
「それは助かる。いろいろと手間をかけるな」
「何ということはない。亜人……いや。他の種族との付き合いは考えねばならぬと思っていた。良い機会を与えてくれて、こちらこそ感謝する」
そう言うと将軍は心持ち頭を下げた。魔族にしては珍しく厳つい身体つきで、短く刈り込んだ黒髪には白いものが混じり始めている。
口数も少なく、話し合い中もほとんど何も発言していなかった。しかし一言一言ゆっくりと噛み締めるような発言が、実直な人柄をあらわしている。
そんな彼が、ほんの少し口ごもり、それからレーヴィを見つめて聞いた。
「そちらのお嬢さんはガルガラアドの血が混じっているようだが、どのような縁で仲間になられたのであろうか。そしてもう一人、我らが同族もいるようだ」
カリンは簡単に、リリアナ様をお見掛けしたので警備のために付き添っていました、とだけ話し、将軍もそれで納得した。
レーヴィは少し声を震わせながらも、ドグラス将軍にしっかりと目を合わせる。
「父を、探しに、来ました」
「……そうか」
「父がここにいると聞いてきました」
「それは……だが……。そなたの母上は息災かな?」
「一年と少し前、海の事故で……」
「なんと……」
将軍のまっすぐな強い瞳が、かすかに揺れた気がした。
「母上は亡くなられたのか。ご冥福をお祈りする」
「ありがとうございます」
「そなたも父親のこと、さぞかし恨んでいるであろうな」
「……分かりません。ただ一度、一度会いたいとだけ思ってここまで……」
ドアが開き、若い男が軽食を持って入ってくる。彼に頼んで、俺たちは少し城の中を案内してもらうことにした。部屋の中にレーヴィと将軍を残して。
◆◆◆
案内の彼が食事関係の責任者ということもあり、厨房をこっそり見せてもらった。厨房はリリアナも入ったことがない場所で、珍し気にあちらこちらを眺めては質問する。忙しそうに働いている魔族たちも、リリアナに気付いてざわめいた。
「リリアナ様がこんなにいろいろとお話になるとは」
「しかもご機嫌もよく、笑顔まで」
「リリアナ様の好物は、何だったかな?作って差し上げなければ」
「あー、何だったかなあ。あまり好き嫌いを言わない方だったからな」
小声で話す彼らの言葉をちゃっかりと聞きながら、ふふふっと楽しそうに歩き回るリリアナ。
「うむ。猪肉の煮込みの良いにおいがする。うまそうじゃ。ああ、そういえばこの城のブルーベリーのパイは最高なのじゃ。また食べたいのう」
そうしてしばらく時間をつぶした後で部屋に戻る。
レーヴィと将軍は侍女が入れてくれたお茶を飲みながら、穏やかに談笑していた。何も変わったことはない。少しだけレーヴィの目の周りが赤いこと以外には。
「皆さん、本当にありがとうございます」
「私からも礼を言おう。リリアナ様、リク殿そしてご一行の皆も、ありがとう」
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