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第五章 魔族の国

第64話 ガルガラアドへ

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 パレードの興奮も冷めやらぬなか、俺たちはレーヴィを探すために群衆をかき分けて進む。
 立っていた場所に駆け付けた時には、レーヴィはすでに移動した後だった。そこからいくつかの宿屋に見当をつけて聞いて回り、ようやく見つけたのは、荷造りをして今にも出発しようとしているところだった。

「おや、あなたたちは」
「久しいの。元気そうではないか」
「お久しぶりです。しかし私は今、急いでいますのでまた今度お会いした時にでもゆっくり話しましょう」
「勇者のパレードを追いかけるのか?それなら……」

 先を急ぐレーヴィの横について歩きながら、人のいない場所まで来て、もう一度聞いてみる。

「勇者一行の後をついて、ガルガラアドに入ろうとしてるんじゃないのか?」
「……ああ。あなたがたには私の目的を言っていましたね」
「ならば、俺たちと一緒に行かないか?」
「その話は以前こちらからお願いしました。その時は断られたはずですが」
「前に聞いた依頼は、ガルガラアドに行って父親を探すことだったな」
「あの時は急いで拠点を作りたかったのでの。あの時のレーヴィの依頼をいまさら受けるというのではない。私たちもたまたまガルガラアドを目指しておるのじゃ」
「幸い勇者がこの先どんな行程を進むのかは、俺に心当たりがある。先回りもできるだろう」

 その言葉を聞いて初めて、レーヴィは足を止めた。

「道がわかるというのは、本当ですか?」
「ああ。一応確認だが、勇者を倒したいとかではないんだよな?」
「ええ。私には関係のないことですから。勇者がガルガラアドに攻め込めば、騒ぎが起きるでしょう。その騒ぎに乗じたら、行きたい場所にこっそりと辿り着けるのではないかと思いました」
「それは、違うかもな。でもまあ俺たちとガルガラアドに入るという目的は一緒だ。俺の持ってる情報はレーヴィの役に立つだろう。旅支度するまで、ほんの少し待っててくれないか」
「……そうですね。リクさんの話は聞いてみたいです。待ちましょう」

 ◆◆◆

 泊まっていた宿屋から荷物をまとめて出発するのに、さほど時間はかからなかった。
 シモンがモコモコのフル装備で部屋から出てくると、レーヴィが心持ち目じりを下げる。

 クララックから出て北東に向かう街道に入ると、途端に辺りは雪に埋もれた。町の中は除雪して暮らしやすくしているんだろうな。
 道は雪で埋まってもわかるように、街道の両脇には点々と真っ赤な葉を茂らせた木が植えてある。冬でも葉の落ちないこの木は、雪国の名物だ。食べられる実こそ生らないが雪の白との対比が幻想的な風景を作っている。
 街道をすれ違う人はいないこともないが、多くはない。

「勇者の起こす騒ぎに乗じてというのは、不可能だ」
「え?」
「勇者はガルガラアドの王城に着くまで、道中では騒ぎを起こさない」
「どうして?勇者なのに……」
「勇者の目的は、ガルガラアドの王城を混乱させることだけだ」

 だから、勇者の後をつけてガルガラアドに入国しても、こっそり入ることはできるかもしれないが、逆に勇者一行に見つかる危険が大きい。奴らは友好的な相手ではないからな。

「だったら何故……」
「何故勇者が向かった方向についていくのかって?それは俺が、ガルガラアドへの侵入経路を一つ知っているからだ。歴代勇者がガルガラアドに侵入した場所は、一か所じゃない。俺が知っているのはそのうちの一つだけだが、今回は使われない可能性が高い。勇者の進む方向を確認した後で、俺の知っているほうから侵入しよう」

 勇者一行はガルガラアドに入る前に必ず小さな村に寄ることになっている。そこで身なりを整えるのだ。きらびやかな飾りのついた防具や剣は取り上げられ、ただ丈夫なだけの実用的な大剣と粗末な革鎧が渡される。それは俺にとっては正直ありがたかった。
 その日は村に泊まり食料や荷物をそろえて、夕方には眠る。夜中に起きて闇に紛れて侵入するのだが、俺の時は道案内は村人の一人だった。
 その時通った道は、今も覚えている。

 勇者の向かっているであろう道を、距離を置いて追い、四日後の夕日が沈みかける頃に雪に埋もれた村が見えてきた。
 あの村の名前は何と言っただろうか……。
 俺たちはそこに入るわけにはいかない。住民が全員親戚に違いない小さな村では、よそ者は目立ちすぎる。
 奴らに気付かれないように、そのままぐるりと大きく村の反対側に回る。しんしんと降り続く雪が、俺たちの足跡を隠してくれるだろう。
 村からほど近い場所に、こんもりと木々の茂った小山がある。
 その中に入ると、木材を組み合わせて作った門のようなものの向こうに、小さな祠があった。

「この祠の裏側に、地下に掘られた通路がある」
「わあ!秘密基地みたいですね」
「面白いのう」

 一見わかりにくく隠されているが、大人が楽々と通れるほどの穴が、地中に向かって続いている。入口付近の足跡を注意深く消しながら下へと向かう。少し進むと地面の雪もなくなり、さらに奥へ進むと外よりは過ごしやすい気温になった。

「ふう。この中で毛皮の装備は、少し暑いですね」
「そうだな」
「皆さん、どこにいても涼しい顔で。まったく規格外がそろってるんですから」

 もこもこ装備のシモンがブツブツ言いながら、マントを脱ぐ。
 洞窟の奥は明かりが全くないが、今はリリアナが小さなライトの魔法を灯していた。あかりは小さく薄暗くて洞窟の壁までは届いていないが、俺たちは足元に気をつけながらも先を急ぐ。不規則に曲がりながら続く洞窟をしばらく進むと、やがて明らかに人の手で掘ったような入口が目の前に現れた。

「ここに分かれ道がある。そこの左手の石柱の陰に隠れられそうな場所があったはずだ。勇者の進む先を確認してから行こう」
「このまま先に行っては?」
「いや、別の道を進めばいいが、万が一同じ方向に来た場合は、おそらく案内がいる勇者一行のほうが進み方が早いだろう。追いつかれるのは避けたい」

 おそらく入口からここまでは、元から自然にあった洞窟なのだろう。岩肌を伝う水滴が長い年月をかけて、大きく壁を抉っていた。手前に立ちふさがる石柱をすり抜けて奥に入ると内側は外から見るよりも広く、五人が身を隠すには充分だ。
 全員中に入って、入口を魔道具屋で買った『存在感の薄くなるマント』で覆う。
 そんなに長く待つこともなく、足音と声が響いてきた。

「お、分かれ道まで来たか。こっちだよな!」
「いえ、今回はこちらから」
「む。何故だ?」
「前回通った道は今は途中で行き止まりに。一度使った道は塞いでまた別の場所に向けて掘り進めているところですので。この道も、皆様が無事帰還された後に、埋められる手はずになっております」
「へえ、そんな仕組みなのか。案外前の勇者も、逃げ帰ってきたが道がふさがっていて困ってたりしてな」
「……」
「そういうことだから、お前も逃げ帰ったりせずにしっかり最後まで戦うんだぜ。戻ってもこの道はないんだからな」
「弟は……弟の命は助けてくれるんだろうな」
「まあ!女の子がそんなしゃべり方をするなんて。教主様が助けてくださるといったのです。信じなさい」
「それも、お前の働き方次第だ。せいぜい頑張れよ」

 次第に遠ざかっていく声が完全に聞こえなくなると、みんなホッと息をついた。
 勇者の事情は、俺の予想通りらしい。

「……さあ、僕たちも行きましょうか。あいつらの好きにさせるのも業腹ですし」

 シモンがいつもの軽い調子で、別れ道の方を指した。しかしその声はわずかに上ずって、震えている。そしてきつく握りしめられた拳。温厚なシモンにしては珍しく、本当に怒っているのか……。

「そうじゃの。ふふ。私が早く行かねば勇者も困るよのう。魔王と会いたいじゃろうしな」

 そんなリリアナの軽口でシモンも肩の力を抜いて、俺が以前に進んだものとも勇者が進んだものとも別の入口の中に、歩を進めた。
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