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第四章 冒険者生活

第56話 賢き獣の城

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 透き通った美しい女が、俺たち一人一人の顔を見て口を開く。

「わたくしの末裔が二人と、魔の民が一人ですか。よくここまで来た……と言いたいところではありますが。賢き獣の信は得られぬままとは残念なこと」

 透き通ってはいるが、まるで生きている者のようにしゃべる。
 ここの主だろうか。
 聞きたい事はたくさんある。問いかけようと身を乗り出した。しかし女は一瞬口をつぐんだものの、すぐにまた喋りはじめる。

「ここは賢き獣の城。案内を伴わずに侵入したからには、それなりの覚悟があるのでしょう」
「賢き獣っ、それは!」
「大きな力には責務が伴います。そして責務を果たすには力が必要なのです」

 女は背中に手を伸ばし、大剣を両手で持つと、頭上に掲げた。
 俺たちも慌てて武器を構えなおす。

「力を求める者達よ、力を示しなさい。さすればその身に、さらなる力と責務が課せられるでしょう」

 質問する間もなく一方的にそう言い終わると、女は剣を振り下ろし、足元の魔法陣の中央を貫いた。剣はそのまま魔法陣に吸い込まれ、女もいつの間にか姿を消す。
 そして今、その同じ場所に現れたのは、全体像がつかめないほどの巨大な、一体の石でできたドラゴンだった。
 水辺の爬虫類を思わせる大きく開いた口からは、鋭い歯がびっしり生えている。太い胴体からそのまま続くように、背後に長い尾が見える。体を支えている足は二本だ。前足らしきものはなく、代わりに肩から羽が生えている。
 本物のドラゴンを見たことなどは、もちろんない。だがこれは確かに伝説の巨大魔物ドラゴンとしか言いようのない化け物だった。

「やべえっ、これはさすがにリクでも無理だろ」
「そんな……」
「こんな途方もないゴーレム、俺だって無理に決まってるぜ!」

 ふと、この広間の、高い高い天井はこの為だったのかなどと、意味もなく心に浮かぶ。
 ドラゴンは巨大だが、部屋の広さにはまだ余裕がある。向こうに見えていた出口らしき扉まで、奴を大きく避けて駆け抜ければどうにか……っ、まずい、来るっ!

「逃げろ!」
「リクッ」
「一撃だけだ。一撃だけ俺が奴の攻撃を受ける。カリンを抱いて走れ!」
「ギュワアアアアッ」

 遥か頭上で雄たけびを上げたドラゴンは、重そうなわりに俊敏に走ってきた。ドスドスと音を立てて走るたびに、地響きがする。

「死ぬなよ、リク」
「……行け!」

 たかがカプロスでさえ、正面から受け止めた時は弾き飛ばされた。
 少なくとも、その数倍は重さがあるドラゴンを、正面から受け止められるわけがない。
 どうにかして攻撃をうまく、かわさなければ。

 ドラゴンを避けて遠回りして出口へ向かうアルとカリン。そちらに注意が行かないよう、自分からドラゴンに向かって行った。いっそこのまま自分も出口へと思わないでもないが、そうするとどちらか一方が背後からドラゴンに襲われるだろう。
 たった一撃受ければいい。そしてその攻撃を直前で躱《かわ》すんだ。攻撃を放った直後なら、出口まで逃げる隙ができるはず。
 巨大なドラゴンの手前で、剣を両手で持ち、全身を強化したうえで足に可能な限りの魔力を巡らせた。

「ギュエアウアアッ」
「来いっ」

 俺を踏みつぶそうとして、左足を高く上げたドラゴン。その足の一番細い部分でさえ、俺の胴と同じほどの太さがある。
 ドラゴンは今まさに、俺の頭の上に足を落とそうとする。この瞬間がチャンスだ。逆にこっちから接近して、腹の下の隙間に入ってやる。

 ドンッ!
 激しい衝撃が地面から伝わる。俺はちょうどドラゴンの腹の下だ。振り返った目の前には、踏み下ろされたドラゴンの足首が見える。そこをめがけて、剣を槍のように構えて、思いっきり突いた!
 ガッ!

「ギャアアアー」

 全身硬そうな岩でできたドラゴンだが、一般的にゴーレムの可動部分は魔法でつなぎ合わされていて、強度が低い。
 深く刺さった剣は岩に食い込んで簡単には抜けないが、すぐに諦めてそのまま手を放す。そして俺はドラゴンの足元の隙間を抜け、出口の扉へと駆けた。ちょうど、アルがカリンを肩にひっ抱えたまま、扉を蹴り開けているのが目に入った。
 間に合った!

「うっ」

 ホッとしたのがまずかったのか、目の前の進路が一瞬後にはドラゴンの尾で塞がれる。
 まるで石造りの城壁のような尾が、凄い勢いで俺に向かってきた。
 まずいっ、当たる!
 飛ぶ!今なら飛べる!
 駆け抜けようとした勢いをそのまま、上空に向けておもいっきりジャンプした。
 ちょうどその時、甲高くて慣れ親しんだ、大切な者の声が聞こえた。

「くえっ、くえええええええっ!」

 迫りくるドラゴンの尾をどうにか避けようと、捨て身でジャンプした俺だったが、ドラゴンは不意にぴたりと動きを止めた。そして俺はそのまま、勢いをなくした尾の真上に着地してしまう。
 その俺の胸に向かってすごい勢いで飛び込んできたのは、小さな白い狐。
 ポチだっ。

「くえっ、くえっ、ぐえええええっ」
「ポチ!あ、危ない、逃げないと……」
「くあ。きゅっ、きゅっ」

 どこからか現れたポチは、今は腕の中で何だかお気楽に鳴いてる。だがここは石のドラゴンの尾の上だ。
 危険すぎる。
 なのにポチの声を聞くと何だか安心する。そしてなぜかドラゴンは動きを止めたままだ。
 ポチを抱いたまま、俺は尾から飛び降りた。そのまま出口に向かって駆けようとしたが、少し離れると、ドラゴンは召喚陣に飲み込まれるようにどこかに消えていった。
 入れ替わるように現れた透き通った女が、こちらを見て少しびっくりしたように目を見開いている。

「賢き獣の末裔よ、その男に信を置くのですか」
「きゅっ」
「そうですか。ならば此度の試練は中止としましょう」
「くえー」
「その者たちには未だこれを倒す力はない。わたくしたちの形見を分け与えることは出来ません」
「ぐええ」
「そうです。今のままでは。けれど賢き獣がまたここへ導いてくるなら、何度でも試練を与えましょう。勝てるまで、立ち向かいなさい」

 ポチと、意思が通じているようだ。
 出口の扉のところで、アルとカリンも話を聞いている。どうやらこのままでは、アルのほしいアイテムは手に入らない。
 しかしあのドラゴンを倒すなんて、無理だろう。生きて帰れるだけ幸運だと喜ぶしかない。

「くあ?」
「ええ、試練を受けるのは何人でも何十人でも。ただし、あなたが信を置ける人でなくてはなりません。それは分かりますね」
「くあ……きゅっ」
「森の民と魔の民よ、聞きなさい」
「あ、ああ」
「力には責務が伴います。ここに残された形見は何のためにあるのか、それは分かりますか?」
「……封印された魔物か……」
「その通りです。その責務を背負う覚悟ができたなら、また来なさい。力を与えましょう」

 そう言うと、女は出口の扉を指さした。
 扉の向こうに、外に出ることができる転移陣があるらしい。

 扉を通り抜けるときに、ふと振り返ると、女は祈るように胸の前で手を組んでこちらをじっと見ていた。

(皆の成長を祈ります。どうか……どうか……)

 強化したままの耳に、微かに女の声が聞こえた気がした。
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