上 下
40 / 100
第三章 旅の始まり

第39話 家の中へ

しおりを挟む
「西の鳶《とび》」という名の冒険者パーティはゾラという治癒師の女がリーダーの四人組だ。四人ともイデオンの西の端にある小さな村の出身で、同じ歳の幼馴染だという。今は首都ブラルを本拠地にして、イデオンとアルハラの間の商隊の護衛を主な仕事にしている。
 護衛は一度往復すればそれなりにまとまった金になるので、帰ってきたらしばらくは、のんびり小さな依頼を受けて過ごしているようだ。

「この谷の奥に地竜の巣穴があってね、私たち、そこに落ちてる牙を持って帰る依頼を受けてるのよ」
「見てみるか?すぐに見つかって運が良かったぜ」

 槍使いのエリアスが見せてくれたのは、手に平を広げたより大きい牙。地竜が時々落とすんだが、行動範囲の中で一番確実に見つかるのは巣穴の側だ。危険も大きいので、Bランク以上の掲示板に置かれた依頼だった。
 冒険者としてはまだ日の浅い俺たちに、あれやこれやと親切に教えてくれるのは、自分たちも初心者だったころに先輩に助けてもらったからだという。

「すっかり世話になったな」
「そっか? 賑やかなのは良いことだぜ」

 エリアスが笑いながら手を振る。他の三人も笑顔だ。
 今度は町に帰ってから一緒に飲もうと約束して別れた。
 採取の依頼を終えて冒険者ギルドを後にした俺たちは、その日は宿で休んで翌朝、不動産ギルドに顔を出した。

「ああ、あなた方があの不気味な物件の……」

 そう言うと受付にいた男性が、書類と鍵の束を渡してきた。

「はい、これが土地建物の権利書と税金等の書類です。そして鍵。この一番大きいのが門の鍵ですね。あとは家の中のどこかの鍵ですから適当に探して使ってください」

 受付の男性は丁寧な口調で、「できることならもう、この物件をうちに持ち込まないでくださいね。除霊の成功を祈っています」と、言った。

 ◆◆◆

 ぎいいいっと音を立てて門が開く。門から玄関まで続く石畳は、生い茂る雑草にすっかり覆い隠されていた。
 さほど広い庭ではないが、石畳の両脇は元々は花壇だったのだろう。雑草に紛れて鮮やかな色の花がいくつか見られる。

 シモンがジャラジャラと音を立てて、鍵の束の中から玄関の鍵を探す。人が住まなくなってから約三年、数えるほどしか家の中に人が入ったことは無いらしいが、ドアは嫌な音もたてずに開いた。中に明かりはないが、いくつもある大きな窓から明かりが差し込んでいる。家の中は風化した様子もなく綺麗だ。もちろん埃は舞っているので、大掃除は必要そうだが。
 室内には家具も多く残されている。長年使われていたのだろう、多少古めかしいがどれも立派なものだ。

 一階には広いリビングと風呂やトイレ、客を泊められそうな部屋も一つある。

「確かに埃はかぶっているが、掃除すればこのまま住めそうだな」
「いろいろと噂があったから、もしかして誰かがこっそり住み着いているのかと思いましたが、この室内にはそんな様子もないですね」
「いや、幽霊だったら足跡は残さんかもしれんぞ」

 一階の奥には二階に上がる階段と、裏庭に抜けるドアがあった。
 裏庭も小さいが、一面背の高い草に覆われている。庭の草刈りは大変そうだ。この家に来てくれる庭師がいればいいのだが……。

「ここは見なかったことにするか」
「そ、そうですね」

 二階の階段を上がると廊下の両脇に四つの部屋があり、その一つ一つが宿屋の三人部屋よりも広かった。
 各部屋のドアを開けて、残されている家具や押入れのなかも見てみる。布団やカーテンなどは買い替えなければならないだろうが、埃に文句を言わなければ今日からでも住めそうだ。
 そして……。

「あれ……」
「シモン」
「あ、はい。えっと……買い物にでも行きましょうか」

 家の中の隅々まで見た俺たちは、いったん昼飯を食べて、掃除道具でも買いに行くかと言って家を出た。
 住宅街にもそれなりに歩いている人はいたが、表通りに出れば、肩が触れ合うほど多くの人が行き交っている。

「宿屋の食堂に行くか」
「そうじゃの」
「今日のお昼は何かなー」

 この宿に泊まって数日、中にいるのはどれも見知った顔だ。
 手を上げて軽く挨拶しながら、奥の空いた席に座った。
 昼のメニューは肉と魚のどちらかを選べるようになっている。俺は今日は魚、リリアナとシモンは肉料理を選んだ。

 料理はさほど待つこともなく、すぐに出された。今日の魚は大きな切り身をカラッと揚げていて、緑色の辛いソースがかかっている。

「安くてうまくて、最高だな!」
「きっと、ガブリですね。あの顔を思い出さなければ美味しいんですよねえ、こいつ」
「ところで、二人とも気付いたかの?」

 何気ない話をしている風に装いつつも、声を少しだけ小さくしてリリアナが話し始めた。

「あの家、人の気配があったのう」
「ああ」
「え、そうなんですか? 気が付きませんでした。僕は家の作りがおかしいなと思ったんですけど」

 そう言うとシモンは、テーブルの上にフォークを滑らせて、家の間取り図を描き始めた。
 幽霊が出るとか呪われていると噂になってから、不動産ギルドからは数度、人を入れて調査しているらしい。だが、その頃にはもうずいぶん噂も広がっていて、中に入った人が具合が悪くなったり事故に遭ったりしていた。そのため、怖がった職員が短時間に簡単に見て回る程度だったのだろう。
 それと、教会から人を呼んでお祓いをしたとも言っていた。これはいっそ、冒険者ギルドに依頼を出していれば、早々にすっきり解決した話なのかもしれない。
 そんなことを考えているうちに、テーブルの上には肉のソースで描かれた間取り図が完成した。

「一階のここがこんな形だったでしょう。それで、二階に上がってみたら、ほら。
 ここってただの壁でしたけど、家の形からして、一階のこの部分と二階のこの部分には壁の向こうに少しだけスペースがあると思うんですよね。
 あと、外から見た感じ屋根裏に部屋があるはずなのに、どこにも屋根裏部屋への入り口が見つからなかったんですよ」

 なるほどシモンがソースで描く間取り図には、分かりにくいが言われてみればなるほどと思われる、不自然な空白がある。そして奇しくもそこは俺が人の気配を感じた場所だった。

「お前の言ってるここの壁のところの床だけどな、ここだけ埃がほとんど積もっていなかった」
「え、そうでしたっけ。上の方しか見ていませんでした」
「そもそも、家の中で息を殺している人の気配があったではないか」
「そこまでは気付かなかったぞ」
「それはリリアナさんの野生の勘ですね。そうだ!ポチを連れて行けば、もっと何かヒントを……」

 調子に乗ってニコニコ喜ぶシモンの頭を軽くはたいて、現実的な作戦を練ることにした。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

ダンジョン発生から20年。いきなり玄関の前でゴブリンに遭遇してフリーズ中←今ココ

高遠まもる
ファンタジー
カクヨム、なろうにも掲載中。 タイトルまんまの状況から始まる現代ファンタジーです。 ダンジョンが有る状況に慣れてしまった現代社会にある日、異変が……。 本編完結済み。 外伝、後日譚はカクヨムに載せていく予定です。

父上が死んだらしい~魔王復刻記~

浅羽信幸
ファンタジー
父上が死んだらしい。 その一報は、彼の忠臣からもたらされた。 魔族を統べる魔王が君臨して、人間が若者を送り出し、魔王を討って勇者になる。 その討たれた魔王の息子が、新たな魔王となり魔族を統べるべく動き出す物語。 いわば、勇者の物語のその後。新たな統治者が統べるまでの物語。 魔王の息子が忠臣と軽い男と重い女と、いわば変な……特徴的な配下を従えるお話。 R-15をつけたのは、後々から問題になることを避けたいだけで、そこまで残酷な描写があるわけではないと思います。 小説家になろう、カクヨムにも同じものを投稿しております。

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果

安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。 そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。 煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。 学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。 ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。 ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は…… 基本的には、ほのぼのです。 設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。

異世界転移したら、死んだはずの妹が敵国の将軍に転生していた件

有沢天水
ファンタジー
立花烈はある日、不思議な鏡と出会う。鏡の中には死んだはずの妹によく似た少女が写っていた。烈が鏡に手を触れると、閃光に包まれ、気を失ってしまう。烈が目を覚ますと、そこは自分の知らない世界であった。困惑する烈が辺りを散策すると、多数の屈強な男に囲まれる一人の少女と出会う。烈は助けようとするが、その少女は瞬く間に屈強な男たちを倒してしまった。唖然とする烈に少女はにやっと笑う。彼の目に真っ赤に燃える赤髪と、金色に光る瞳を灼き付けて。王国の存亡を左右する少年と少女の物語はここから始まった!

楽しいスライム生活 ~お気楽スライムはスライム生を謳歌したい~

杜本
ファンタジー
前世の記憶を失い、スライムに転生した主人公。 いきなり湧いて出た天使に『好きに生きてください』と言われ、スライム生を楽しもうと体を弾ませる。 ダンジョンでレベルアップに勤しみ、スキルをゲットし、ついには進化を果たす。 これで安心だとダンジョンの外へ飛び出してみると……即、捕獲されてしまった。 しかし持ち前の明るさと器用さで切り抜け、果ては人間達とパーティーを組むことに?! 『まぁいっか♪』を合言葉に、スライム生を突き進む! ちょっとずつ強くなって、楽しそうなこともいっぱいして…… 目指せ! 大往生!! *** お気楽スライムがのんびり強くなったり、まったり人と交流したりする話です。 人化はしません。 <他サイトでも掲載中>

Crystal of Latir

ファンタジー
西暦2011年、大都市晃京に無数の悪魔が現れ 人々は混迷に覆われてしまう。 夜間の内に23区周辺は封鎖。 都内在住の高校生、神来杜聖夜は奇襲を受ける寸前 3人の同級生に助けられ、原因とされる結晶 アンジェラスクリスタルを各地で回収するよう依頼。 街を解放するために協力を頼まれた。 だが、脅威は外だけでなく、内からによる事象も顕在。 人々は人知を超えた異質なる価値に魅入られ、 呼びかけられる何処の塊に囚われてゆく。 太陽と月の交わりが訪れる暦までに。 今作品は2019年9月より執筆開始したものです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、 実在のものとは関係ありません。

処理中です...