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第三章 旅の始まり
第39話 家の中へ
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「西の鳶《とび》」という名の冒険者パーティはゾラという治癒師の女がリーダーの四人組だ。四人ともイデオンの西の端にある小さな村の出身で、同じ歳の幼馴染だという。今は首都ブラルを本拠地にして、イデオンとアルハラの間の商隊の護衛を主な仕事にしている。
護衛は一度往復すればそれなりにまとまった金になるので、帰ってきたらしばらくは、のんびり小さな依頼を受けて過ごしているようだ。
「この谷の奥に地竜の巣穴があってね、私たち、そこに落ちてる牙を持って帰る依頼を受けてるのよ」
「見てみるか?すぐに見つかって運が良かったぜ」
槍使いのエリアスが見せてくれたのは、手に平を広げたより大きい牙。地竜が時々落とすんだが、行動範囲の中で一番確実に見つかるのは巣穴の側だ。危険も大きいので、Bランク以上の掲示板に置かれた依頼だった。
冒険者としてはまだ日の浅い俺たちに、あれやこれやと親切に教えてくれるのは、自分たちも初心者だったころに先輩に助けてもらったからだという。
「すっかり世話になったな」
「そっか? 賑やかなのは良いことだぜ」
エリアスが笑いながら手を振る。他の三人も笑顔だ。
今度は町に帰ってから一緒に飲もうと約束して別れた。
採取の依頼を終えて冒険者ギルドを後にした俺たちは、その日は宿で休んで翌朝、不動産ギルドに顔を出した。
「ああ、あなた方があの不気味な物件の……」
そう言うと受付にいた男性が、書類と鍵の束を渡してきた。
「はい、これが土地建物の権利書と税金等の書類です。そして鍵。この一番大きいのが門の鍵ですね。あとは家の中のどこかの鍵ですから適当に探して使ってください」
受付の男性は丁寧な口調で、「できることならもう、この物件をうちに持ち込まないでくださいね。除霊の成功を祈っています」と、言った。
◆◆◆
ぎいいいっと音を立てて門が開く。門から玄関まで続く石畳は、生い茂る雑草にすっかり覆い隠されていた。
さほど広い庭ではないが、石畳の両脇は元々は花壇だったのだろう。雑草に紛れて鮮やかな色の花がいくつか見られる。
シモンがジャラジャラと音を立てて、鍵の束の中から玄関の鍵を探す。人が住まなくなってから約三年、数えるほどしか家の中に人が入ったことは無いらしいが、ドアは嫌な音もたてずに開いた。中に明かりはないが、いくつもある大きな窓から明かりが差し込んでいる。家の中は風化した様子もなく綺麗だ。もちろん埃は舞っているので、大掃除は必要そうだが。
室内には家具も多く残されている。長年使われていたのだろう、多少古めかしいがどれも立派なものだ。
一階には広いリビングと風呂やトイレ、客を泊められそうな部屋も一つある。
「確かに埃はかぶっているが、掃除すればこのまま住めそうだな」
「いろいろと噂があったから、もしかして誰かがこっそり住み着いているのかと思いましたが、この室内にはそんな様子もないですね」
「いや、幽霊だったら足跡は残さんかもしれんぞ」
一階の奥には二階に上がる階段と、裏庭に抜けるドアがあった。
裏庭も小さいが、一面背の高い草に覆われている。庭の草刈りは大変そうだ。この家に来てくれる庭師がいればいいのだが……。
「ここは見なかったことにするか」
「そ、そうですね」
二階の階段を上がると廊下の両脇に四つの部屋があり、その一つ一つが宿屋の三人部屋よりも広かった。
各部屋のドアを開けて、残されている家具や押入れのなかも見てみる。布団やカーテンなどは買い替えなければならないだろうが、埃に文句を言わなければ今日からでも住めそうだ。
そして……。
「あれ……」
「シモン」
「あ、はい。えっと……買い物にでも行きましょうか」
家の中の隅々まで見た俺たちは、いったん昼飯を食べて、掃除道具でも買いに行くかと言って家を出た。
住宅街にもそれなりに歩いている人はいたが、表通りに出れば、肩が触れ合うほど多くの人が行き交っている。
「宿屋の食堂に行くか」
「そうじゃの」
「今日のお昼は何かなー」
この宿に泊まって数日、中にいるのはどれも見知った顔だ。
手を上げて軽く挨拶しながら、奥の空いた席に座った。
昼のメニューは肉と魚のどちらかを選べるようになっている。俺は今日は魚、リリアナとシモンは肉料理を選んだ。
料理はさほど待つこともなく、すぐに出された。今日の魚は大きな切り身をカラッと揚げていて、緑色の辛いソースがかかっている。
「安くてうまくて、最高だな!」
「きっと、ガブリですね。あの顔を思い出さなければ美味しいんですよねえ、こいつ」
「ところで、二人とも気付いたかの?」
何気ない話をしている風に装いつつも、声を少しだけ小さくしてリリアナが話し始めた。
「あの家、人の気配があったのう」
「ああ」
「え、そうなんですか? 気が付きませんでした。僕は家の作りがおかしいなと思ったんですけど」
そう言うとシモンは、テーブルの上にフォークを滑らせて、家の間取り図を描き始めた。
幽霊が出るとか呪われていると噂になってから、不動産ギルドからは数度、人を入れて調査しているらしい。だが、その頃にはもうずいぶん噂も広がっていて、中に入った人が具合が悪くなったり事故に遭ったりしていた。そのため、怖がった職員が短時間に簡単に見て回る程度だったのだろう。
それと、教会から人を呼んでお祓いをしたとも言っていた。これはいっそ、冒険者ギルドに依頼を出していれば、早々にすっきり解決した話なのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、テーブルの上には肉のソースで描かれた間取り図が完成した。
「一階のここがこんな形だったでしょう。それで、二階に上がってみたら、ほら。
ここってただの壁でしたけど、家の形からして、一階のこの部分と二階のこの部分には壁の向こうに少しだけスペースがあると思うんですよね。
あと、外から見た感じ屋根裏に部屋があるはずなのに、どこにも屋根裏部屋への入り口が見つからなかったんですよ」
なるほどシモンがソースで描く間取り図には、分かりにくいが言われてみればなるほどと思われる、不自然な空白がある。そして奇しくもそこは俺が人の気配を感じた場所だった。
「お前の言ってるここの壁のところの床だけどな、ここだけ埃がほとんど積もっていなかった」
「え、そうでしたっけ。上の方しか見ていませんでした」
「そもそも、家の中で息を殺している人の気配があったではないか」
「そこまでは気付かなかったぞ」
「それはリリアナさんの野生の勘ですね。そうだ!ポチを連れて行けば、もっと何かヒントを……」
調子に乗ってニコニコ喜ぶシモンの頭を軽くはたいて、現実的な作戦を練ることにした。
護衛は一度往復すればそれなりにまとまった金になるので、帰ってきたらしばらくは、のんびり小さな依頼を受けて過ごしているようだ。
「この谷の奥に地竜の巣穴があってね、私たち、そこに落ちてる牙を持って帰る依頼を受けてるのよ」
「見てみるか?すぐに見つかって運が良かったぜ」
槍使いのエリアスが見せてくれたのは、手に平を広げたより大きい牙。地竜が時々落とすんだが、行動範囲の中で一番確実に見つかるのは巣穴の側だ。危険も大きいので、Bランク以上の掲示板に置かれた依頼だった。
冒険者としてはまだ日の浅い俺たちに、あれやこれやと親切に教えてくれるのは、自分たちも初心者だったころに先輩に助けてもらったからだという。
「すっかり世話になったな」
「そっか? 賑やかなのは良いことだぜ」
エリアスが笑いながら手を振る。他の三人も笑顔だ。
今度は町に帰ってから一緒に飲もうと約束して別れた。
採取の依頼を終えて冒険者ギルドを後にした俺たちは、その日は宿で休んで翌朝、不動産ギルドに顔を出した。
「ああ、あなた方があの不気味な物件の……」
そう言うと受付にいた男性が、書類と鍵の束を渡してきた。
「はい、これが土地建物の権利書と税金等の書類です。そして鍵。この一番大きいのが門の鍵ですね。あとは家の中のどこかの鍵ですから適当に探して使ってください」
受付の男性は丁寧な口調で、「できることならもう、この物件をうちに持ち込まないでくださいね。除霊の成功を祈っています」と、言った。
◆◆◆
ぎいいいっと音を立てて門が開く。門から玄関まで続く石畳は、生い茂る雑草にすっかり覆い隠されていた。
さほど広い庭ではないが、石畳の両脇は元々は花壇だったのだろう。雑草に紛れて鮮やかな色の花がいくつか見られる。
シモンがジャラジャラと音を立てて、鍵の束の中から玄関の鍵を探す。人が住まなくなってから約三年、数えるほどしか家の中に人が入ったことは無いらしいが、ドアは嫌な音もたてずに開いた。中に明かりはないが、いくつもある大きな窓から明かりが差し込んでいる。家の中は風化した様子もなく綺麗だ。もちろん埃は舞っているので、大掃除は必要そうだが。
室内には家具も多く残されている。長年使われていたのだろう、多少古めかしいがどれも立派なものだ。
一階には広いリビングと風呂やトイレ、客を泊められそうな部屋も一つある。
「確かに埃はかぶっているが、掃除すればこのまま住めそうだな」
「いろいろと噂があったから、もしかして誰かがこっそり住み着いているのかと思いましたが、この室内にはそんな様子もないですね」
「いや、幽霊だったら足跡は残さんかもしれんぞ」
一階の奥には二階に上がる階段と、裏庭に抜けるドアがあった。
裏庭も小さいが、一面背の高い草に覆われている。庭の草刈りは大変そうだ。この家に来てくれる庭師がいればいいのだが……。
「ここは見なかったことにするか」
「そ、そうですね」
二階の階段を上がると廊下の両脇に四つの部屋があり、その一つ一つが宿屋の三人部屋よりも広かった。
各部屋のドアを開けて、残されている家具や押入れのなかも見てみる。布団やカーテンなどは買い替えなければならないだろうが、埃に文句を言わなければ今日からでも住めそうだ。
そして……。
「あれ……」
「シモン」
「あ、はい。えっと……買い物にでも行きましょうか」
家の中の隅々まで見た俺たちは、いったん昼飯を食べて、掃除道具でも買いに行くかと言って家を出た。
住宅街にもそれなりに歩いている人はいたが、表通りに出れば、肩が触れ合うほど多くの人が行き交っている。
「宿屋の食堂に行くか」
「そうじゃの」
「今日のお昼は何かなー」
この宿に泊まって数日、中にいるのはどれも見知った顔だ。
手を上げて軽く挨拶しながら、奥の空いた席に座った。
昼のメニューは肉と魚のどちらかを選べるようになっている。俺は今日は魚、リリアナとシモンは肉料理を選んだ。
料理はさほど待つこともなく、すぐに出された。今日の魚は大きな切り身をカラッと揚げていて、緑色の辛いソースがかかっている。
「安くてうまくて、最高だな!」
「きっと、ガブリですね。あの顔を思い出さなければ美味しいんですよねえ、こいつ」
「ところで、二人とも気付いたかの?」
何気ない話をしている風に装いつつも、声を少しだけ小さくしてリリアナが話し始めた。
「あの家、人の気配があったのう」
「ああ」
「え、そうなんですか? 気が付きませんでした。僕は家の作りがおかしいなと思ったんですけど」
そう言うとシモンは、テーブルの上にフォークを滑らせて、家の間取り図を描き始めた。
幽霊が出るとか呪われていると噂になってから、不動産ギルドからは数度、人を入れて調査しているらしい。だが、その頃にはもうずいぶん噂も広がっていて、中に入った人が具合が悪くなったり事故に遭ったりしていた。そのため、怖がった職員が短時間に簡単に見て回る程度だったのだろう。
それと、教会から人を呼んでお祓いをしたとも言っていた。これはいっそ、冒険者ギルドに依頼を出していれば、早々にすっきり解決した話なのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、テーブルの上には肉のソースで描かれた間取り図が完成した。
「一階のここがこんな形だったでしょう。それで、二階に上がってみたら、ほら。
ここってただの壁でしたけど、家の形からして、一階のこの部分と二階のこの部分には壁の向こうに少しだけスペースがあると思うんですよね。
あと、外から見た感じ屋根裏に部屋があるはずなのに、どこにも屋根裏部屋への入り口が見つからなかったんですよ」
なるほどシモンがソースで描く間取り図には、分かりにくいが言われてみればなるほどと思われる、不自然な空白がある。そして奇しくもそこは俺が人の気配を感じた場所だった。
「お前の言ってるここの壁のところの床だけどな、ここだけ埃がほとんど積もっていなかった」
「え、そうでしたっけ。上の方しか見ていませんでした」
「そもそも、家の中で息を殺している人の気配があったではないか」
「そこまでは気付かなかったぞ」
「それはリリアナさんの野生の勘ですね。そうだ!ポチを連れて行けば、もっと何かヒントを……」
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