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第二章 侯爵家の舞踏会と図書室での密会

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「桜子が出かけてから、ずっと気が気でなかったよ。あれほど美しい桜子を男たちがほっておかないだろうと」
 
「他の方なんて目に入ってきませんもの。ずっと、天音のことを考えておりました。貴方がわたくしをエスコートしてくださったら、会場中の人に羨ましがられるのに、って」

 彼女の言葉が終わるか終わらないかのうちに、天音は桜子の頬を手の甲で優しく撫でた。

 もう片方の手は、彼女の脚の上にそっと置かれる。

 天音に触れられると心地良くて、もう他のことは何も考えられなくなってしまう。

 彼は愛おしげに自分を見つめる。
 緑晶のように美しいその瞳で。

 嬉しくて恥ずかしくて、桜子の頬は赤く染まる。

 天音は、俯いて目を逸らした桜子の肩を引き寄せ、その手で彼女の顔を自分のほうに向けると、おもむろに唇をついばんだ。
 
 そっと、重ねられる唇。
 すぐに離れ、また重ねられ……
 
 この間の、羽に撫でられたような優しい接吻ではない。

 ありったけの想いを注ぎ込もうとする、秘密の小部屋で交わし合う、蕩けるように甘い口づけは、桜子の身も心も陶酔させた。


 天音は唇を外し、桜子の小さな耳朶を食み、そのまま耳元で囁いた。

「桜子が俺のものだって印、つけてもいいかい」
「印?」

 ああ、と言いながら、天音は着物の袖をするするとまくり上げた。
 
 ほの暗い部屋に白く浮かび上がる彼女の腕。

 天音はその腕に唇を寄せ、二の腕の内側を強く吸った。

「あ、天音……」
 桜子はちりっとした痛みに身をこわばらせた。
 そして、どうしたらいいかわからなくなって、天音の髪にそっと触れた。

「ここなら、着替えのとき、女中に見られることもないだろう?」
 
 さらに天音は桜子の髪を後ろに払うと、彼女を抱き寄せ、首筋に唇を這わせた。

「あ……」
 くすぐったさとは微妙に違うはじめての感覚に、桜子の胸は限界まで高鳴る。

 そして、天音の手が帯の上の胸のふくらみにそっと触れた。そのとき……

 にわかに、廊下から人の足音が聞こえてきた。


 天音は立ちあがり、廊下側の壁に耳をつけた。

「ああ、旦那様と奥様がお帰りのようだね」
「天音……」
「行かなければ。桜子は少し経ってから出たらいい。人に見られないように気をつけて」
 
 天音はそのまま立ち去ろうとしたが、もう一度振り返り、桜子の前に立った。

「好きだよ、桜子。どうにかなってしまいそうなほど」
「わたくしも……同じ気持ちです。貴方が好き」

 彼は桜子の頬に手を添えて、名残惜しげにもう一度、接吻した。

 それから「じゃあ」と言って、表に出て行った。


 桜子は頭がぼうっとしてしまい、しばらく寝椅子から立ち上がることができなかった。
 
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