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第参話 交渉ノ場
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月影叶夜――。月影財閥の跡取りとして先代である父親が亡くなった後、彼の仕事を受け継ぎ開発者と兼任する形で製薬会社取締役も担っている。齢廿捌と若いながらも人望の厚い男だ。
「で、貴殿は私に用があったのでは?」
――彼の真の目的は何なのでしょうか……。まったく読めなさすぎて困りますね……。
華小路は目の前に立つ叶夜へ尋ねた。
「あぁそうだ。ちょっとばかし迷ってしまって、向こうで見かけた彼にでも聞こうと思ってたのだが……。わざわざの出迎え感謝する」
――せっかく好機だったのに……。まったく……ここの楼主様には敵わないな……。
叶夜は華小路に悟られないように平静を保ちながら答えた。
「私の部屋へ案内します。そちらでゆっくりと話を聞きましょう」
「……あぁ」
叶夜は渋々、華小路の後を付いていくことにした。
着いた部屋へと足を踏み入れた際、叶夜はピリピリと結界が張られたような感覚を覚えた。
「……何故結界を」
「普通の人なら感じないモノなんですけどね……。さすがは黒狼の一族、月影様ですね」
両手を合わせ感心するように言うが、叶夜はその表情の胡散臭さに少しだけ苛立っていた。
「ふぅ……。まぁいい。誰かに知られないに越したことはないからな。それに、あまり長居するつもりもないので単刀直入に済ませよう」
「えぇ、それは助かります。こちらとて予定がつかえておりますので」
向き合うようにして座った二人の間に、叶夜はある物を差し出した。
「これは?」
「新しく我が社で開発した抑制剤だ」
華小路は差し出された抑制剤のシートを手に取り、まじまじと観察しながら問うた。
「……先代が開発したものと何が違うのです?」
「耐性がつきにくいように成分を変えた。父が開発した物は、服用する回数が増えると作用時間が縮まり、次第に効果がなくなっていた。それで改良を重ねて出来上がったそれは、以前の物よりも耐性がつきにくくなっている」
「なるほど……。確かに長年服用していた者は、時の経過とともに服用する回数も増え、次第に抑えきれなくなっていました……。でもそれをどう改良したのです?」
「それは企業秘密だ」
「……あら残念」
「即効性も増している、そのことについては確認済みだ」
「おや、いつの間に……」
自信有り気な表情で物言う叶夜に驚きつつも、華小路は至って冷静な態度を変えずにいた。
――誰で確認したのか……までは聞かないのか。それともおおよその予想はできているのか?
こうして近くにいるにも関わらず、華小路の表情や仕草からは何も読めない男だ、と叶夜は感じていた。
月影製薬では長年発情を抑える抑制剤の開発と製造を行ってきていた。――それも、“Ω”に特化した抑制剤。だが、そのことを知っているのは血縁者と月影財閥が認めたごく一部の者のみであり、世間一般ではαに効果的な抑制剤として売られている。
先々代である叶夜の祖父が初めてΩに特化した抑制剤を開発し、交流があった【青薔薇】前楼主の勧めもあり、当時働いていたΩ属性の働き手に使用したところ効果は覿面。それ以来、華小路家と月影家は親睦が深まっていった。華小路陽斗と月影叶夜も幼い頃より交流があり、腐れ縁ともいうべきか、こうして今でも楼主が認めた者しか入れない部屋へと招き入れられている。
「して、叶夜……。これは私が試しても良いものなのか」
「別に問題ない」
「そうか。一度試してみる……と言っても、発情するか定かではないけどな」
「……」
「なぜそのような顔をする」
「……いや」
叶夜しか知り得ない陽斗の秘密――。
それは、彼がΩ性であること。そして、これまでに一度も発情をしたことがないこと――。
「本来であれば、楼主である私が皆のために実証すべきなのだろうが、私は今までに発情したことがない……。故に、薬の効果を身を持って確かめられないことが悔しい……な」
「Ωの発情条件は未だに不確定だからな……。αを誘惑するためだの、運命の番を見つけるためだの……。俺もさっぱりだ」
Ω性の生態が世に知られていない原因の一つにあるのは――、圧倒的な個体数の少なさ。ピラミッドで言うなれば、三角形の頂点に存在するΩ性――。その中でも、人間Ωは貴重な存在として神のように崇められていたが、いつしか絶滅したと言われるようになった。
妖αに大いなる力を授けることができると言われていた人間Ω――。今となっては、子どもたちにお伽噺として語り継がれるようになっている。
「私はね、叶夜。ここだけの話、君がこうして青薔薇に来てくれて嬉しいんだよ」
切なそうとも言うべきか、寂しそうともとれそうな表情で華小路は続けた。
「君のような人とこの青薔薇が誇る男妓が結ばれる運命……。お伽噺でしかなかった運命の番を、君なら見つけられるんじゃないかな」
「その自信はどこから来るんだよ……。それに俺はβだと言ってるだろ」
「……表面上は、でしょ」
「……ふん」
何もかも見透かされる華小路を前に、叶夜は何も言い返すことができず腕を組みながらそっぽを向いた。
「まぁこの話は追々、ということで。これ、お試しでいただいてもいいのかい?」
「あ?……あぁ、構わん」
華小路は目の前に置かれている抑制剤を手に取り、机の引き出しへと仕舞い込んだ。
「また試した結果を伝えるよ」
「……わかった」
「見送りはしなくてもいいかな」
「大丈夫だ」
話し終えた華小路は、叶夜に背を向けるように書類が並べられた机の整理を始めた。
――自分勝手なところは変わらないな……。
叶夜は「またな」、と一声かけ部屋を後にした。
店の入り口へ向かっていると、ふと気になる匂いを感じ取った。匂いのする方を向くと――。
「あっ」
「げっ」
一人は驚きから歓喜の表情、もう一人は明らかに怪訝な表情をした者同士が鉢合わせした。
「で、貴殿は私に用があったのでは?」
――彼の真の目的は何なのでしょうか……。まったく読めなさすぎて困りますね……。
華小路は目の前に立つ叶夜へ尋ねた。
「あぁそうだ。ちょっとばかし迷ってしまって、向こうで見かけた彼にでも聞こうと思ってたのだが……。わざわざの出迎え感謝する」
――せっかく好機だったのに……。まったく……ここの楼主様には敵わないな……。
叶夜は華小路に悟られないように平静を保ちながら答えた。
「私の部屋へ案内します。そちらでゆっくりと話を聞きましょう」
「……あぁ」
叶夜は渋々、華小路の後を付いていくことにした。
着いた部屋へと足を踏み入れた際、叶夜はピリピリと結界が張られたような感覚を覚えた。
「……何故結界を」
「普通の人なら感じないモノなんですけどね……。さすがは黒狼の一族、月影様ですね」
両手を合わせ感心するように言うが、叶夜はその表情の胡散臭さに少しだけ苛立っていた。
「ふぅ……。まぁいい。誰かに知られないに越したことはないからな。それに、あまり長居するつもりもないので単刀直入に済ませよう」
「えぇ、それは助かります。こちらとて予定がつかえておりますので」
向き合うようにして座った二人の間に、叶夜はある物を差し出した。
「これは?」
「新しく我が社で開発した抑制剤だ」
華小路は差し出された抑制剤のシートを手に取り、まじまじと観察しながら問うた。
「……先代が開発したものと何が違うのです?」
「耐性がつきにくいように成分を変えた。父が開発した物は、服用する回数が増えると作用時間が縮まり、次第に効果がなくなっていた。それで改良を重ねて出来上がったそれは、以前の物よりも耐性がつきにくくなっている」
「なるほど……。確かに長年服用していた者は、時の経過とともに服用する回数も増え、次第に抑えきれなくなっていました……。でもそれをどう改良したのです?」
「それは企業秘密だ」
「……あら残念」
「即効性も増している、そのことについては確認済みだ」
「おや、いつの間に……」
自信有り気な表情で物言う叶夜に驚きつつも、華小路は至って冷静な態度を変えずにいた。
――誰で確認したのか……までは聞かないのか。それともおおよその予想はできているのか?
こうして近くにいるにも関わらず、華小路の表情や仕草からは何も読めない男だ、と叶夜は感じていた。
月影製薬では長年発情を抑える抑制剤の開発と製造を行ってきていた。――それも、“Ω”に特化した抑制剤。だが、そのことを知っているのは血縁者と月影財閥が認めたごく一部の者のみであり、世間一般ではαに効果的な抑制剤として売られている。
先々代である叶夜の祖父が初めてΩに特化した抑制剤を開発し、交流があった【青薔薇】前楼主の勧めもあり、当時働いていたΩ属性の働き手に使用したところ効果は覿面。それ以来、華小路家と月影家は親睦が深まっていった。華小路陽斗と月影叶夜も幼い頃より交流があり、腐れ縁ともいうべきか、こうして今でも楼主が認めた者しか入れない部屋へと招き入れられている。
「して、叶夜……。これは私が試しても良いものなのか」
「別に問題ない」
「そうか。一度試してみる……と言っても、発情するか定かではないけどな」
「……」
「なぜそのような顔をする」
「……いや」
叶夜しか知り得ない陽斗の秘密――。
それは、彼がΩ性であること。そして、これまでに一度も発情をしたことがないこと――。
「本来であれば、楼主である私が皆のために実証すべきなのだろうが、私は今までに発情したことがない……。故に、薬の効果を身を持って確かめられないことが悔しい……な」
「Ωの発情条件は未だに不確定だからな……。αを誘惑するためだの、運命の番を見つけるためだの……。俺もさっぱりだ」
Ω性の生態が世に知られていない原因の一つにあるのは――、圧倒的な個体数の少なさ。ピラミッドで言うなれば、三角形の頂点に存在するΩ性――。その中でも、人間Ωは貴重な存在として神のように崇められていたが、いつしか絶滅したと言われるようになった。
妖αに大いなる力を授けることができると言われていた人間Ω――。今となっては、子どもたちにお伽噺として語り継がれるようになっている。
「私はね、叶夜。ここだけの話、君がこうして青薔薇に来てくれて嬉しいんだよ」
切なそうとも言うべきか、寂しそうともとれそうな表情で華小路は続けた。
「君のような人とこの青薔薇が誇る男妓が結ばれる運命……。お伽噺でしかなかった運命の番を、君なら見つけられるんじゃないかな」
「その自信はどこから来るんだよ……。それに俺はβだと言ってるだろ」
「……表面上は、でしょ」
「……ふん」
何もかも見透かされる華小路を前に、叶夜は何も言い返すことができず腕を組みながらそっぽを向いた。
「まぁこの話は追々、ということで。これ、お試しでいただいてもいいのかい?」
「あ?……あぁ、構わん」
華小路は目の前に置かれている抑制剤を手に取り、机の引き出しへと仕舞い込んだ。
「また試した結果を伝えるよ」
「……わかった」
「見送りはしなくてもいいかな」
「大丈夫だ」
話し終えた華小路は、叶夜に背を向けるように書類が並べられた机の整理を始めた。
――自分勝手なところは変わらないな……。
叶夜は「またな」、と一声かけ部屋を後にした。
店の入り口へ向かっていると、ふと気になる匂いを感じ取った。匂いのする方を向くと――。
「あっ」
「げっ」
一人は驚きから歓喜の表情、もう一人は明らかに怪訝な表情をした者同士が鉢合わせした。
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