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3章 決闘
またつまらぬものを切ってしまった
しおりを挟む縄梯子でギャンブル館から脱出した俺達は繁華街の雑多に紛れ込んだ。
この街の外れで待っている、ブローニングが用意した部隊と早く合流せねば。
「オレに構わず進んでけ、俺の屍超えてゆけ、そして未来を超えてゆけ、HEY!」
突如ラップを歌い出したエリックが回れ右をして走りだした。
「な?」
驚いて振り向く俺達、いつの間にか灰色の連中が追いかけていた。 エリックはヒップホップを踊る様、酒樽のような体をリズミカルに回転させ、灰色連中の喉元を次々と切り裂く。
「行くぞ」
クライヴが血まみれの体で走り出す。
「おい、ここを右だ」
クライヴに並んだジャンヌが叫ぶ。
幅が四、五メートル程の路地へ曲がる。そして月明かりが照らすその先には――――灰色の連中が待ち構えていた。
驚いた俺は後ろを振り向く、追ってきた灰色達が今来た道を塞ぐのが目に入った。
「囲まれたな。覚悟を決めるか」
クライヴが大きく息を吐き、僅かに膝を曲げ、足の爪先に重心を集めるのが見えた。
死に花を咲かせるつもりなのだろう。
「どうする?!」
頭上の俺に、目を開いたジャンヌが切羽詰まった声を掛ける。
俺は辺りを見回した。前と後ろには細長い短剣を持つ灰色の連中がびっちり。 両側の壁は高く、とても登れそうにない。
最後の護衛となったお子様剣士アナベルといえば、ぶつぶつと何か呟いている。
もはやお手上げな状況。
「ちくしょう! ジャンヌ、お前を死なせはしねーぞ!」
俺はトカレフを灰色の連中に向け引き金を引いた、発射された空気の渦の様なもの先頭の四人に吸い込まれた。途端に正気を失った四人が出鱈目に短剣を振り回し始めた。
「よっし! もっと撃って混乱させるからその隙に逃げ……ん?」
トカレフの引き金が次第に重くなり、ついには引けなくなった。
「なんでだよ!? ちきしょう!」
面食らっていた灰色の連中だったが、そこは非情のプロらしく暴れ出した四人をあっさりと始末してしまった。
そして再びジリジリとジャンヌ達に迫る灰色達。
「すまんな、ナンブ嬢。お前の命令、きけそうにない」
クライヴがジャンヌに目を向けると小さく微笑んだ……ように見えた。
驚いたジャンヌの顔が、泣きそうな、怒りそうな顔に変る。そして、
「やめろ、クライヴ! 貴様は私の命令をきかなきゃいけないんだ! 死ぬのは許さん!」
と叫んだ。
ジャンヌを見るクライヴが溜め息を吐く、やれやれ、と言ったふうに。
「……イライラする!……イライラする!!」
先程から聞えていたアナベルの呟きが、突如大きな声に変った。
俺はアナベルが立っていた方へ目をやる。そこに姿は無かった、驚いて辺りを見る。
お子さま剣士アナベルが、いつの間にか灰色連中と対峙して立っていた。
灰色の一人が、犬でも追い払うよう剣先を振る。
それにアナベルが背中の剣に手を伸ばし、柄を握った。
直後、カチンという音。
ついさっき剣先を振った灰色が、血を吹き上げ仰向けに倒れる。
何だ? アナベルがやったのか? でも剣を抜いてないぞ?!
ここでふと気づいた。何故ファルコンのおっさんがこの子を護衛につけたのかを、何故ジョンやエリックがこの子に護衛を託して足止めに回ったのかを。
恐らくこのアナベルってガキは……。
灰色の連中が、一斉にお子様剣士から距離を取るよう後ろに飛び退く。。
「おい、ジャンヌ。クライヴと一緒に壁際でしゃがんでろ。アナベルの邪魔になる」
同じように感じていたのだろう。俺の声に小さく頷くジャンヌ。
ジャンヌがクライヴにアイコンタクトをする。それに頷き、大きな図体を壁を背にするとしゃがみ込んだ。
それと同時に、四人の灰色がアナベルの背後から襲い掛かる。
小さな体を捻り、振り向き様に剣を一振りするアナベル。
目測で五メートル以上離れているにも関わらず、灰色四人が血を噴いて倒れた。
無表情な顔でアナベルが右手の剣を横に構える。
あんな五十センチもない剣で数メートル先の相手を倒すとか、ヘンだろ?!
それにしても妙な剣だ。刀身がムカデの胴体みたいに節状で、刃の部分がノコギリのようになっている。
パッと見、折り紙の三角帽を何十個も積み重ねたような形だ。
今度は前と後ろ、同時に灰色が襲い掛かった。
アナベルは素早く壁に背中を預けると、渓流でフライフィッシングでもする様に剣を持った手を振り回す。ゴムのように伸び、鞭のようにしなる剣が灰色の連中を次々と切り裂く。
俺はやっと剣の秘密に気付いた。
刃は一本の形状ではなく数十に分割され、その中心にはゴムのような素材が剣先から柄にかけて内蔵されているのだろう。変幻自在で鞭のような剣、とはいえ操るのは相当難しいんゃないか?! あんなの振り回したら普通自分を切っちまうぜ。
そんな剣を無表情で操り、路地を灰色の屍だらけにするアナベル。壁を背にしゃがみ込んでいるジャンヌやクライヴも顔が真っ青だ。
近づくことすら出来ない相手に、灰色の連中は引き波のように逃げ出した。
「イライラする!!」
返り血が点々と付いた顔で、アナベルが逃げる灰色を追いかけようとしたその時、
「よせ、アナベル! 任務を忘れたか!!」
低音が効いた声。
両足を滑らせ、急停止するアナベル。
俺を含む全員が声の方へ振り向く。
傷だらけの長身を引きずる様歩くジョンがいた。
「任務ダイイチ、生きるのダイニ、サンはナンダ? オイラは叫ぶYO、YO、YO」
ジョンの後ろから、これまた満身創痍のエリックがヨロヨロしたステップを踏みながら現れる。
「お前ら、無事だったか!」
心底嬉しそうな声のジャンヌ。
「何とか」
「死ななかった、生きちゃった、また殺しのセイカツしなきゃなんネー! OH!」
つづく
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