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3章 決闘
序章 シンプルなものは美しい
しおりを挟む休日の朝食時、立ち並ぶ古ぼけた家々の窓から漏れる焼けたパンの匂い。
通りを歩く人影は数える程しかいない。
その中に、異彩を放つ男の姿があった。
百九十を超える長身に筋肉隆々の体格。
名はクライヴ・ドレッドノート、二十八歳。
この男を初めて見た時、俺の口から出た言葉は「リアルターミネーター」だった。
実際、ヘアスタイルや顔つきも似ている。違うのはサングラスの代わりに普通のメガネをかけているところか。
「人間は理性の生き物じゃない、欲望の生き物だ」
それがこの男の信条、それには幼き頃の記憶が関係している。
「お父さんはもうここに来ないわ」
月に一度、顔を見せに来ていた父親、それがもう来ないという。
母親の表情から、九歳のクライヴ少年にもそれとなく意味が理解できた。
その日から母親の生活が荒み始めた。
朝から飲んだくれ、訪ねてくる男達と出かけては夜明けまで帰ってこない日々。
それでもクライヴ少年は生活に困らなかった。
母親から使い切れない程のお金を手渡されていたからだ。
そんなある晩、妙な物音でクライヴ少年は目覚めた。
忍び足でキッチンを覗いた少年が目にしたのは、豪華なドレス姿の母親が見知らぬ男と淫らな行為をしている姿だった。
ベッドに戻ったクライヴ少年は、布団に潜り込み涙を流す。
母親は、ぽっかり空いた心の穴をドレスや男で埋めようとした。過去の幸せだった思い出なんか、スコップ一杯にもならないものだったんだ、と。
クライヴの、信条が生まれた瞬間。
通りの陰からみすぼらしい服装の子供達が飛び出し、クライヴに群がる。
慌てる様子もなくクライヴは、小銭の山が載った手を子供達に差し出す。
小銭を握り、満面の笑みでクライヴに感謝の言葉をかける子供達。
それに背中を向けたまま右手を上げるクライヴ、そしてこう呟いた。
「人は欲望の生き物、実にシンプルだ。シンプルなものは美しい」
クライヴは通りから脇道に入った。狭くて薄暗い、煙草の吸殻や酒瓶が散乱した汚い脇道だ。
脇道に並ぶ建物の一つに入るクライヴ。
赤シャツの男と、黒いタンクトップの男が建物内に立っていた。
二人共堅気の仕事に就いている顔付きではない。
頭を下げる二人を尻目に階段を上がったクライヴは、二階の廊下へ足を踏み入る。そして階段から数えて四番目の扉を開けた。
「ク、クライヴ、違うんだよ。あたしはサリアの客なんか盗っちゃいないよ。ほ、本当だよ」
ネグリジェ姿の女性が、ぎこちない笑顔を浮かべ椅子に座っている。
「カチュアにケイトから言質は取っている。嘘は許さん」
ツカツカと女性に歩み寄ったクライヴが手の平を差し伸べる。
女性はそれに目が釘付けになり、怯えながら首を振る。
手の平が突如チョキの形になり、二本の指が女性の鼻孔に突っ込まれた。
くぐもった声で騒ぐ女性。クライヴが鼻孔に突っ込んだ手をぐいと上に持ち上げる。
女性はたまらず椅子から立ち上がり、クライヴの腕に両手を回す。
クライヴの腕はクレーンのように上がり続け、ついに垂直になった。
鼻フックをくらった女性は浮いた両足をバタつかせ、苦しげな呻き声をあげる。
「実際お前はサリアのことをどう思っている? 本当のことを言え、嘘は醜いぞ! 醜い、醜い、嘘は醜い!!」
鼻孔から血が溢れ、クライヴの腕を伝って落ちる。
「お……おごしだ……いっ!」
クライヴが鼻孔から指を引き抜いた。
女性は尻から勢いよく椅子の上に着地した。
「もう一度言え」
力なく背もたれに体を預け、女性が呟く。
「殺したいよ、サリアの野郎! あたしの前で自慢気に客を見せつけやがって……殺してやりたいよ! 本気で!」
クライヴの両手が俊敏に動き、そっと優しく女性の頭を包む、声にならない声を上げる女性。
「よく言った、キャリー。美しいぞ」
包んだ片方の手でキャリーの頭を優しく撫でるクライヴ。
「うっ!……ク、クライヴ、えっ、うえっ、えぇ……」
鼻を押さえたキャリーが嗚咽を始める。
それをクライヴは優しく撫で続けた。
部屋の片隅で、腕を組んだままそれを見ていた俺は思わず唸った。
「スゲエな、おい」
つづく
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