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Diamonds
五条side
しおりを挟む~集中治療室~
ひなが事故に遭ってから数時間。
事故の騒ぎはすっかり落ち着き、消灯時間も過ぎた夜。
五条「ひな……」
昼間のドタバタとは打って変わり、静まり返ったICUの一角でひなのそばに俺はいる。
五条「手術は終わったんだ……もういつ起きても良いんだぞ……」
傷だらけになったひなの手をそっと握り、夢の中で聞こえていればと、独り言みたいに声をかける。
***
藤堂「悠仁?」
……ん?
五条「あぁ、藤堂先生……」
どのくらい時間が経ったのか。
考え事すらせず、ずっとひなに付いていたら藤堂先生が。
藤堂「大丈夫?」
五条「どうでしょう……バイタルは安定していますが、目を覚ます様子がなくて……」
藤堂「そうじゃなくて、悠仁がだよ。ひなちゃんはもちろんだけど、今は悠仁が大丈夫かって聞きたかったの。もうとっくに日付変わってる。少しは身体休めないと、朝になったら仕事でしょ」
五条「俺は大丈夫です……」
藤堂「大丈夫に見えないから言ったんだけど。ちょっと、隣いい?」
そう言って、藤堂先生は俺の隣に腰掛けた。
藤堂「不安いっぱいな顔だね。工藤先生、決して安心できる状態とは言わないけど、ひなちゃんは絶対に大丈夫だって言ってたよ。強い子だからって」
五条「絶対なんてないですよ……」
藤堂「それをあるものにするのがいつもの悠仁でしょ。"絶対大丈夫"とか"絶対治る"とか、この世の医者で悠仁が1番言ってると思うけど。その悠仁が不安になるのは、自分が執刀してないから? 工藤先生と親父さんの腕が信じられない?」
五条「そんなことないです。工藤先生の腕は俺なんかよりずっと確かです。親父だってあんなんですけど、心臓を切らせれば右に出る者はいません。急な事態で2人にオペをしてもらえたのは、不幸中の幸いどころか、本当に奇跡です……」
藤堂「そう思ってるなら、悠仁がすべきは不安になることじゃないでしょ。ひなちゃんに伝わっちゃうよ?」
そう言って、藤堂先生はひなの手を握る俺の手元に視線を落とす。
藤堂「医者が最善を尽くした。全て完璧な処置だった。それでも患者は目を覚まさない。そんな時、俺たち医者はどうする? 何をするの?」
五条「何をって……」
藤堂「患者の力を信じることだよね。ひなちゃんは今一生懸命頑張ってるの。なのに悠仁が不安でいると、ひなちゃんも不安なっちゃうでしょ」
五条「もちろんひなを信じてます。でもやっぱり……」
藤堂「難しいのはわかる。大切な人が目を覚まさなくて、不安になるのは当たり前。だから不安な気持ちを0にしろとは言わない。でもね、悠仁。こんな時こそ、悠仁が気丈にしてないと。絶対に大丈夫だって、ひなちゃん信じて励ましてあげないと。1番そばにいるんだから」
ぽんっと、藤堂先生の手が背中に添えられる。
五条「はい……」
相変わらず力無い返事。
藤堂「うん」
そんな俺に、藤堂先生は力強く微笑んでくれる。
そして、
藤堂「それと……悠仁、これ」
藤堂先生が白衣のポケットから何かを出して、俺の手のひらに乗せた。
五条「ん? これ……って、ひなの……!」
藤堂「ダイヤモンドが強いって本当だね。ひなちゃんをオペ室に送った後、現場に応援で戻ったの。そしたら、ひなちゃんが倒れてたそばにキラッと輝くものがあって。ガラス片も無数に散らばってたけど、光り方がどうも違う気がしてさ。近づいて見たらそれだった」
藤堂先生が俺の手に置いたもの。
それは、ひなの誕生日に俺がひなへ贈ったブレスレット。
藤堂「俺もバタバタしてて、拾ったそのままだけど」
五条「いえ、十分過ぎます。ありがとうございます……」
拾ったままだというブレスレットは、チェーンが切れたり潰れたり、血や砂もたくさん付いてボロボロに。
だけど、ダイヤモンドの粒だけは傷付いていない。
汚れてこそいるものの、磨けば綺麗になる。元通りに輝いてくれる。
そんな状態で残ってくれた。
藤堂「そのダイヤモンドと一緒。ひなちゃんも強い子だよ。絶対に大丈夫だから」
五条「はい……」
藤堂「今日はどうするの? このまま泊まり?」
五条「そうします。今はひなのそばにいたいので……」
藤堂「そう。そしたら、無理はしないようにね。俺は一旦家に帰って、また朝来るよ」
五条「はい。今日は本当にお疲れ様でした。それと、本当にありがとうございました」
藤堂「うん。お疲れ様」
藤堂先生が帰ると、俺はブレスレットをポケットにしまい、再びひなの手を握って一夜を過ごした。
***
それから、1週間後。
五条「はぁ、よかった……ひな……本当によかった……」
ひなが長い眠りから覚めて安堵した俺は、
フラッ……バタンッ!
神崎「うおっと!! 五条先生っ!?」
りさ「えっ!? 五条くん!?」
医局に戻った途端、気が抜けてぶっ倒れた。
気がついた時にはソファーに寝かされ、点滴まで打たれていて、
ん? 俺なんで…………はっ!! やらかした……!
ガバッ!
神崎「ん? あっ、五条先生起きた~?」
五条「神崎先生っ……あの、すみません、これは俺の最後の記憶が正しければ、多分……」
神崎「うん、倒れたよ! 急に倒れるからほんとびっくりした~。頭打たなくてよかったよ。ひなちゃんの目が覚めてホッとしたんだね。もう平気?」
五条「はい。本当にすみませんでした……俺、完全に気失ってて……」
神崎「仕事のことなら心配しなくて大丈夫だよ。外来はりさ先生が代わりに入ってるし、今日はもう仕事せず休みなさいって」
五条「りさ先生が……はぁ、やってしまった……」
神崎「まぁまぁ。大丈夫大丈夫。あ、点滴外してあげるね!」
五条「すみません……」
神崎先生に点滴の後処置をしてもらいながら、激しく落胆。
その後、せめてカルテの整理だけでも……と仕事をし、それが終わるとひなのところへ。
まだまだ話は出来そうにないが、反応は返してくれるのでひと安心。
少しの間ひなのそばにいてから、俺はまた医局に戻った。
そして、
あ、そういえば……。
この1週間、ひなのことばかりで忘れていたもの。
ポケットに手を突っ込んで、藤堂先生が拾ってくれたブレスレットを取り出した。
神崎「あれ、五条先生まだいたの? も~、早く帰って休まないとまた倒れるよ! って、なぁにそれ?」
あの日、藤堂先生に渡されたまま。
血や汚れが固まってこびりついたブレスレットを見つめていると、回診から戻った神崎先生に声をかけられる。
五条「これ、ひなに誕生日プレゼントであげたブレスレットです。事故の時に落ちてたって、藤堂先生が拾ってくれて」
神崎「あぁ! そっか。ひなちゃん、あの日も大事に付けてたんだね。それにしても、藤堂先生よく見つけたな~。さすが」
五条「はい。ダイヤモンドが潰れないってよく聞きますけど、あれは本当でした。ご覧の通りボロボロですが、ダイヤの石に傷はないんです」
神崎「本当だ。汚れてはいるけど、磨いてもらえば元通り綺麗になりそうだね」
五条「そうなんです。だから、店に頼んで作り直してもらおうかなって考えてて。ダイヤはこのままで、チェーンだけ替えてもらおうかなと」
20歳の誕生日。
大人になった記念に贈った大切なプレゼントを、このままダメにはしたくない。
それは、ひなにとっても同じはず。
だから、もう一度綺麗にしてもらって、ひなに贈ろうと思った。
すると、神崎先生は、
神崎「あのさ、今の話聞いての思いつきなんだけど、せっかくならネックレスとかにしてもらったら?」
五条「えっ? ネックレス?」
神崎「うん。そのブレスレットが大切な物だったのは百も承知だよ。だけど、どれだけ元通りに直したところで、ひなちゃんに贈ったものとは違うものになるわけじゃん? それならいっそ形を変えて、だけど一部はそのままっていう方が、なんだかドラマがあって良くない?」
と、俺が思いつきもしなかったアイデアを。
神崎「それに、同じブレスレットだと見るたび思い出す可能性もあるからさ。ひなちゃんの精神的ダメージがどの程度かまだわからないけど、幸せな思い出と事故の思い出があるのも複雑でしょ。だったら、さっき言ったみたいに、"事故に遭っても傷ひとつ付かなかった、そのダイヤモンドで作ったネックレス"にする方が、ドラマチックでいいと思うんだよねっ!」
五条「神崎先生、そのアイデアいただいていいですか? このブレスレット、やっぱりネックレスにしてもらいます」
神崎「もちろんっ! あ、ひなちゃんには俺が考えたって言わないであげるからね! 口が滑っても言わないからね!」
五条「絶対言うじゃないですか……いいですよ、ひなには神崎先生のアイデアだって、ちゃんと説明しますから……」
神崎「もお~! 俺信用なくない!? 冗談だから大丈夫だって! 五条先生がプレゼントするんだから、しっかりカッコつけなよ。ひなちゃんが喜んでくれることが大事だし。楽しみだな、これがネックレスに生まれ変わるの」
五条「はい。今からさっそく店に連絡して、近いうちに持って行きます」
神崎「こら、ちょっと待った。今から連絡って、この時間だからメールでしょ? それなら、もう明日以降にしなさいっ。言っとくけど、今日倒れてるんだからね? それも2時間も気絶してたんだよ! 五条先生が倒れるってどういうことかわかってる?」
うっ……それは……
五条「本当に申し訳ございませんでした。色々とご迷惑を……」
神崎「りさ先生も仕事するなって言ってたのに、いい加減帰らないとお父さんとお母さんにも怒られるよ? りさ先生、五条先生に連絡入れてたからね」
五条「なっ……!? それ、マジですか?」
神崎「マジに決まってるじゃん!」
五条「それは面倒です……絶対なんか言われる……」
神崎「でしょ? ほら、わかったなら、はいっ! さっさと帰る!」
五条「うぅ……はい、お疲れ様でした。また明日……」
END
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