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夫妻のご様子。

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 国の父とも呼ばれる、ウィルフェンスタイン帝国の皇帝とは代々受け継がれてきた金色の瞳『ロンギヌスの槍』の正統な持ち主のみがつける立場だ。
だがしかし、これには数多くの謎が残されている。

なぜ、瞳を受け継ぐのが正妃の子だけなのか。
なぜ、正妃である必要があるのか。
なぜ、ロンギヌスの槍の力が代を跨いでも衰える気配がないのか。

全て、『これはそういうもの』だと言ってしまえば簡単だ。
しかし唯一己の後継者だと認められる、己の子にはもったいないほど聡い、可愛い可愛い末の息子に『当たり前』は『当たり前』ではないと気付かされたがゆえに、微妙で不可思議な違和感を持つ何かが、ようやく疑問としての形を持つに至った。

 我が子に言われなければ、きっと違和感のまま、死ぬまでそのままであったことだろう。
子供だからと甘く見ていた訳ではないが、あの子の評価は上方修正しておくべきだ。

そして、この疑問は胸の内に留めず、議題として話し合うべきこと。もちろん、混乱を避けるために己の信頼のおける者達のみと。

何かがある。昔から己を助けて来た勘が警鐘を鳴らしていた。

 思案を続けつつ隠し通路から出たその時、執務室に見慣れた姿を見つけた。末の子と同じ白金の髪。華奢な体躯。
我が愛妻、セレスティニアだ。

本日の彼女のドレスは俺の好きな花の色と同じ、薄紫だ。といっても、彼女が好きだと言ったから、俺も好きになっただけだが、それはそれ、これはこれだ。

「お戻りですか、陛下」
「二人きりのときは名前で呼べよ」
「いやです」

 いつもと同じ優しい笑顔できっぱりと拒否されてしまって、ショックで心臓が止まりそうになった。
愛しい愛しい俺のセレスが、どう見たって怒っている。たぶん俺とムーにしか分からないだろうが、セレスが怒っている。

「……あの、やっぱ、怒ってる……よな?」
「妾が、一体なにに怒るというのです?」

いつも通りの優しい笑顔が怖い。

「えっと、そりゃ、……いろいろ?」
「具体的にどうぞ?」

 目を合わせることが出来ずどうしても視線が横滑りしていく。ウィルフェンスタイン帝国の皇帝としてどうなのかとは思うが、心底惚れている妻に弱くならない男が居るなら見てみたい。なお、俺は無理だ。

「……セレス以外の妃をとって子供までもうけておきながら、放置してたこと、……とか」

 情けなくもゴニョゴニョと、まるで言い訳を言っている幼子のように怯えながら彼女をチラチラと見る。すると、なぜか盛大な溜め息を吐かれてしまった。

「やっぱりあなたって妙なところでバカですわね」
「え」

 なんかバカって言われたんですけど。だがしかし今回の件に関しては己の愚かさに自覚があるからなにも反論できない。ごめんなさいしか言えない。しかし今謝ったらもっと怒られる未来しか見えないので黙って聞くことにする。

「どうせムーに言われてようやくそれにも気づいたのでしょうけれど、妾が憤っているのはそこではございませんわ」
「ぬ……」

 これじゃなかったらなんなんだろうか。あいにくと今の俺の思考じゃなにも出てこない。それよりもセレスがとても美しいんだが、これは現実逃避ではなくただの事実である。彼女がこの世で一番美しいから仕方ない。

「妾が、隣国から嫁いだことは覚えていらっしゃいますわよね?」
「そりゃ、まあ」
「では、子が出来にくい血族である原因はご存じ?」
「原因は前にお前が言ってたろ、近親婚の繰り返しだろうって」

 どれだけ真剣な話をしていても彼女の美しさは変わらない。
しかしそれを表に出すとこれも怒られるので隠しておく。バレてそうだけど、反省はしているので許されてほしい。

「ええ。つまり、妾にとって子が出来にくいのは当然であり、側妃が召し抱えられるのも当然なのです」
「う、うん。……でもさ、自分以外の伴侶がいるなんて、嫌じゃねェの?」

 ちなみに俺は嫌だ。無理。そいつ殺しそう。

「この国では一夫一妻が基本で、側妃は皇族以外許されず、愛人にいたっては好まれないのでしたわね。でも妾、側妃、愛人当たり前の国の王族でしたのよ? あちらとこちらでは常識が違いますわ。
むしろ、民の心の平穏のために、まるでつなぎのように用意される彼女らに申し訳なさと親近感を持ちましたの」

 彼女と俺の感覚がここまで違ったことにも衝撃だが、それよりも憎しみなど一切無い彼女の優しさと懐の深さに驚いた。
いくら仕方ないといえ、許せないのが一般的だと思っていたのに。

「セレス……」
「妾、ここに嫁げなければ姉様に続き実の父の妻にされる予定でしたのよ。嫁ぎたくない男に嫁がされる女性の気持ちはよくわかっているつもりです」

 いくらそういう国とはいえ、隣国攻め滅ぼしたくなってきたな?
今は義父だが、いろいろとひどい国だ。いや、うちもどうこう言えない気がするけど。

それでも、許してしまう彼女は優しすぎるというか、甘いというか。
皇后であり、正妃である彼女の立場を狙ってる者がいないわけがないだろうに。
まあ、そんなの、彼女が見逃すはずがないんだろうけど。

「でも、セレスは必要な時以外ほとんど小鳥ちゃんと関わってなかったよな?」
「あなたが知らないだけよ? けっこう仲が良いんだから、妾たち」
「え」

 なにそれ知らん。待て、いつのまにそんなことに?

「そんなどうでもいいことより、妾が憤ったのは、カナリアさまに婚約者がいたにも関わらず、側妃にさせるために無理矢理婚約破棄させられた、っていう部分ですわ!」
「は? いや、待て、そんなの聞いてないぞ、小鳥ちゃんが自分から破棄してやった、って高らかに笑ってただろうが」

 だからこそ、アイツの更生というか、ちょっとした意趣返しというか、そんなイメージで大鷲を宛がったのに。

「それはそうしておかないとお相手に迷惑がかかるからに決まってるじゃないですか。鵜呑みにしてたんですの?」
「あの腹黒公爵の娘がそんなこと考えてるなんて誰が思うかよ!」
「一切関わってこなかったあなたがそれをおっしゃいますの?」
「ぐぬ……」

 心当たりというか、思い当たる節がありすぎる。出来ることはあっただろうに、なにもしなかったのは俺だ。それに関してはアイツと話したときに痛感していたが、改めて言われると心にクるものがある。完全に追い打ちをかけられていた。

「……ちゃんと調べもせずに、己の勝手な想像や憶測でカナリアさまを放置してたことには気づきまして?」
「……はい」

 申し訳ありませんでした、と平謝りしたら威厳が無いと怒られるので、素直に同意することしか出来ない。

「妾以外はどうでもいいとおっしゃっていたけれど、限度というものがありましてよ」
「はい……」

 セレスの冷たい声が心に突き刺さる。

「わかったなら、これからは妾以外の方にも目を向けてくださいませ」
「はい……」

 もはや、ぐうの音も出ない。俺は彼女には敵わないのだ。

「カナリアさまにも謝るんですのよ」
「はい」
「ほかにいうことは?」
「勝手にいろいろなことを決めつけて、ほんとうにすみませんでした」

 もう威厳なんて知らん。
セレスに幻滅される方が無理。やだ。死んじゃう。
俺は背筋をピンと伸ばしてから、きっちり直角に腰を折ることで、頭を下げたのだった。

 
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