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後編
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「……んっ……」
小鳥のさえずりと、温かな陽の光にわたしはぼんやりと目を覚ます。
異世界に渡ったのだろうか。
身体から漏れ出る瘴気がないということは、そういうことなのだろう。
わたしはゆっくりと身体を起こし――違和感に目を見張る。
柔らかな真っ白いベッドの上にいたのだ。
都合よく異世界のベッドの上に転移したのだろうか。
いや、そんなはずはない。
わたしは、人里から離れた場所を転移場所に選んでおいたのだから。
けれどここは、誰かの寝室のようだ。
おそらく貴族と思われる。
質の良い調度品は以前ルシオの王宮を訪れた際にみたものとよく似ている。
とりあえず先を視ようとして――かぶりを振った。
視えない。
目覚めたばかりのせいだろうか。
もう一度、目を細めて、未来を視ようと試みる。
けれど一向に視える気配がしない。
異世界では使えないの……?
視えるものが見えないと不安が残るが、わたしには膨大な魔力がある。
とりあえず、この部屋から出ておこう。
貴族の部屋に突然魔女がいたなら、見つかれば大騒ぎになる。
テラスから外に出ようと窓に手をかける。
瞬間、はじかれたようにわたしは手を引っ込めた。
……この窓、魔法がかかっている?
改めて部屋を見渡してみる。
部屋中、何かの魔法がかけられている。
貴族の家なら外敵から身を守るために防衛魔術がかけられているのは当たり前だけれど、それとは質が異なるように感じる。
そう、いうなれば、この部屋から何も外に出さないような……。
ぞわりと鳥肌が立つ。
早くここから逃げなければと本能が告げているが、魔法がうまく操れない。
指先に集中しようとしてみても、魔力が霧のように霞んでまとまらないのだ。
魔力自体は確かにわたしの中にあるというのに。
こんなことは初めてだ。
とてつもなく嫌な予感がして、わたしは椅子を振り上げる。
魔法が使えないのならば、物理。
思いっきり窓に椅子を叩き付けるものの、窓にひび一つ入りはしない。
「無駄だよ?」
不意に響いた声に振り替える。
「なに、そんな驚いた顔をしているの? まるで死人を見たかのようだよ、ベルディア?」
「ルシオ……」
そんなばかな。
わたしは、確かに異世界に渡ったはずなのに。
わたしから引き離され、涙を流していた彼の姿がまざまざと思い浮かぶ。
金色の瞳と、黒い髪。
いま目の前にたたずむ彼は、色彩こそ同じものの、随分と成長して見える。
20代後半ぐらいだろうか。
随分と背が伸びて、わたしは彼を見上げてしまう。
そんなわたしを見つめ返す金色の瞳は、ルシオとは思えないほどに瞳に暗い光を宿している。
愛する人と、幸せな未来を歩んでいるのではなかったの……?
未来を視ようにも、視れない。
「無駄だよ、ベルディア。君はもう未来は視れない。それどころか、魔法も使えない」
「何を言っているの……? それに、ここは、どこなの?」
「わからない? ここはローデムベガディット王国。君が望んだ異世界じゃない。あぁ、ベルディアの魔法陣が間違ってたわけじゃないよ? 僕が、後から書き足したんだ。この未来に飛ぶようにね」
ドクン、ドクンと、心臓が嫌な音を立てる。
聞いてはいけない、そんな気がする。
「君を失ってから、毎日が地獄のようだった。毎日毎日あの時を夢に見た。君の心臓を貫く夢を。何度も何度も何度も何度も!
そんなある日、ふと、気づいたんだ。
あの遺跡の魔法陣の痕跡にね。
君が生きている可能性に心躍ったよ。
ああ、また君に会えるんだって!
父も母も兄も誰もかれも死んで僕一人になって君の描いた魔法陣を理解して改変するのに途方もない時間がかかったけれど……もう、誰にも、君自身にも奪わせはしないよベルディア。
僕と二人、永遠に、ここで過ごそう?」
わたしを映しているようで映していない、そんなルシオがわたしを抱きしめる。
わたしが、彼をここまで追い詰めてしまったの?
「幸せに、なってほしかったのに……」
「幸せだよ? 僕は、ベルディアと共に過ごせるのだから」
『遠い未来で、ルシオは愛する人と幸せになれる』
わたしの先視は確かにそう見えた。
ならこれは、彼にとって、幸せなの……?
もう未来を見通せないわたしには、わからなかった。
小鳥のさえずりと、温かな陽の光にわたしはぼんやりと目を覚ます。
異世界に渡ったのだろうか。
身体から漏れ出る瘴気がないということは、そういうことなのだろう。
わたしはゆっくりと身体を起こし――違和感に目を見張る。
柔らかな真っ白いベッドの上にいたのだ。
都合よく異世界のベッドの上に転移したのだろうか。
いや、そんなはずはない。
わたしは、人里から離れた場所を転移場所に選んでおいたのだから。
けれどここは、誰かの寝室のようだ。
おそらく貴族と思われる。
質の良い調度品は以前ルシオの王宮を訪れた際にみたものとよく似ている。
とりあえず先を視ようとして――かぶりを振った。
視えない。
目覚めたばかりのせいだろうか。
もう一度、目を細めて、未来を視ようと試みる。
けれど一向に視える気配がしない。
異世界では使えないの……?
視えるものが見えないと不安が残るが、わたしには膨大な魔力がある。
とりあえず、この部屋から出ておこう。
貴族の部屋に突然魔女がいたなら、見つかれば大騒ぎになる。
テラスから外に出ようと窓に手をかける。
瞬間、はじかれたようにわたしは手を引っ込めた。
……この窓、魔法がかかっている?
改めて部屋を見渡してみる。
部屋中、何かの魔法がかけられている。
貴族の家なら外敵から身を守るために防衛魔術がかけられているのは当たり前だけれど、それとは質が異なるように感じる。
そう、いうなれば、この部屋から何も外に出さないような……。
ぞわりと鳥肌が立つ。
早くここから逃げなければと本能が告げているが、魔法がうまく操れない。
指先に集中しようとしてみても、魔力が霧のように霞んでまとまらないのだ。
魔力自体は確かにわたしの中にあるというのに。
こんなことは初めてだ。
とてつもなく嫌な予感がして、わたしは椅子を振り上げる。
魔法が使えないのならば、物理。
思いっきり窓に椅子を叩き付けるものの、窓にひび一つ入りはしない。
「無駄だよ?」
不意に響いた声に振り替える。
「なに、そんな驚いた顔をしているの? まるで死人を見たかのようだよ、ベルディア?」
「ルシオ……」
そんなばかな。
わたしは、確かに異世界に渡ったはずなのに。
わたしから引き離され、涙を流していた彼の姿がまざまざと思い浮かぶ。
金色の瞳と、黒い髪。
いま目の前にたたずむ彼は、色彩こそ同じものの、随分と成長して見える。
20代後半ぐらいだろうか。
随分と背が伸びて、わたしは彼を見上げてしまう。
そんなわたしを見つめ返す金色の瞳は、ルシオとは思えないほどに瞳に暗い光を宿している。
愛する人と、幸せな未来を歩んでいるのではなかったの……?
未来を視ようにも、視れない。
「無駄だよ、ベルディア。君はもう未来は視れない。それどころか、魔法も使えない」
「何を言っているの……? それに、ここは、どこなの?」
「わからない? ここはローデムベガディット王国。君が望んだ異世界じゃない。あぁ、ベルディアの魔法陣が間違ってたわけじゃないよ? 僕が、後から書き足したんだ。この未来に飛ぶようにね」
ドクン、ドクンと、心臓が嫌な音を立てる。
聞いてはいけない、そんな気がする。
「君を失ってから、毎日が地獄のようだった。毎日毎日あの時を夢に見た。君の心臓を貫く夢を。何度も何度も何度も何度も!
そんなある日、ふと、気づいたんだ。
あの遺跡の魔法陣の痕跡にね。
君が生きている可能性に心躍ったよ。
ああ、また君に会えるんだって!
父も母も兄も誰もかれも死んで僕一人になって君の描いた魔法陣を理解して改変するのに途方もない時間がかかったけれど……もう、誰にも、君自身にも奪わせはしないよベルディア。
僕と二人、永遠に、ここで過ごそう?」
わたしを映しているようで映していない、そんなルシオがわたしを抱きしめる。
わたしが、彼をここまで追い詰めてしまったの?
「幸せに、なってほしかったのに……」
「幸せだよ? 僕は、ベルディアと共に過ごせるのだから」
『遠い未来で、ルシオは愛する人と幸せになれる』
わたしの先視は確かにそう見えた。
ならこれは、彼にとって、幸せなの……?
もう未来を見通せないわたしには、わからなかった。
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