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残り者
しおりを挟む午後の授業が開始される、直前。
「…………ごめん、」
「帆波ぃ?」
「どうしたよいきなり?」
「次の授業、出るのやめる。」
「「え?」」
兆しも予告もなく立ち上がった帆波が、僅かな微笑みを落とし教室から出て行く。タイミングがタイミング、だけに。帆波の過去を知らない者が見れば、異常さを覚えてしまうのだろうなと思ってしまうほどの豹変さを目の当たりした後、だけに。心配、で。
「ちょっ、」
「はい。待って。」
追いかけようと慌てて立ち上がれば、ばしっ。と力強く腕を捕まれ引き止められた。
「光希……でも、」
「うん。それでも、帆波は嫌がるよ。」
「………………」
「恭の気持ち分かるんだけどさ。今は、1人にしてあげよ。」
「…………ん。了解。」
大人びた哀しい声で、力なく首を横にふる光希に素直に従う。それが何よりの優しさだと、解った。いつだって、光希は正しくて。強さをもったまま、優しさを与えられる。これからだって、そんな女の子で有り続けるのだろう。帆波のために。
「……光希も帆波も、詐欺だよなあ。」
「えぇ……詐欺とか人聞き悪いよぉ」
空席となった隣の机に、ちらりと視線を向ける。そこからひとつ前に自席を構える光希は、既に特徴ある口調に戻っていた。思わず溢れ出た感想に、自分で笑う。ああ、もう。本当に、ずるい。ずるくて、そんな2人が、哀しい。
「………………なあ、」
「うん?」
「光希ってさ、」
「なにぃ?」
「…………帆波のこと、恋愛の意味で好きなの?」
「ごほっ……!」
哀しみに覆われそうになった思考を紛らわすため、以前からからこっそりと抱いていた疑問を口にする。自分と同じ髪色のミルクティーを優雅に飲む幼馴染みに。ただその瞬間、光希はそれを盛大に器官へと詰まらせた。
「だ、大丈夫か?」
咽せ続けている背中を「なんかごめん。まじごめん。」と、拙い謝罪を重ねつつ大きくさする。「何事!?」と、不信感たっぷりの視線を向けてくる回りのクラスメートに苦笑し「変なとこに飲み物はいったらしい」と、嘘のような本当を説明し笑顔で誤魔化した。
「びっくりした……なにその質問」
数10秒後、通常の呼吸状態へ回復した光希に、呆れたようなアホを見るような白けた瞳をがっつり寄越される。あまりの冷淡さに『てかなにその冷たさ』と、言い返したくなった。残念なことに、そんな命知らずな被せ技をするほどの勇気は持ち合わせていないけれど。
通常なら、幼馴染み(しかも女の子)にこんな扱いを受けてしまったのなら軽く引き篭りになってもおかしくないレベルだろうけれど……悲しいかな。慣れっこな俺は、ミジンコほども動じず。逆にまたそれが虚しく思えた。
「だって光希さ、何気に男からの需要あるのに告られても冷たくあしらってるらしいじゃん。しかも、光希が優しさ発揮すんの帆波にだけだし…ってまあ、俺も光希が優しいのは知ってるけど…」
もう、そういう相手を見つけるぐらい、いいだろうに。青春、したりとか。今のところ“イイトコなし”な自分に情けなさを感じながら、1度も伝える機会はなかった純粋な疑問を浮かべる。間違っていたらしい推測に、しどろもどろな言い訳を並べた。“言い訳”と自ら主張するくらいだから、語尾に向かうにつれ勢いは下がっていく気弱さはどうか是非とも見逃してほしい。無茶苦茶な意見の自覚と、自信のなさに比例して。
「帆波のことは大好きだけどぉ、それは完璧な家族愛だねぇ……まあ?恭を家族愛で好きとか思わないけどぉ?」
「さすがに無邪気に酷すぎる……っ!俺はこんなにも2人のことを妹って思ってんのにお前、」
「妹、ねぇ?」
「おうよっ!光希と帆波と俺は、もう兄妹だろ!妹よ!」
なかなか本意気で落ち込む姿をちらりと確認してきた光希は、呟きながら鼻で笑う。その様に、やけくそに悲しみを振り切った。肘を曲げ、熱く拳を握る。ひとりぼっちで。ああ、さみしい。
「恭よりかはあたし達のほうが賢いから姉弟じゃん?馬鹿な兄ちゃんとかやだもーん」
「……まあ、反論はできぬ。」
「なんで武士ぃ?」
いよいよに、自分が自分で居た堪れなくなってきた心情を知ってか知らずか、至って冷静に指摘してくる光希に白けた視線を向けた。
帆波が去った後の、2人のやりとり。まるで猿芝居。まさにコントのような会話、だったけれど。3秒後には、あっけらかんと気持ちいい笑顔で目尻を下げる幼馴染みにつられ、いつの間にか笑ってしまっていた。
それぞれに抱える想いを、隠して。
それぞれに抱える矛盾を、誤魔化して。
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