上 下
3 / 31

王太子の困惑

しおりを挟む
 夜会の中止で王宮のエントランスは帰途につく貴族でごった返していた。
 そこに大粒の雨が降り始める。

「ああ、雨はまずいな……」

 夜会服に身を包んだ男は、従者に早馬を指示した。

「そうだな……地震で弛んだ地盤が崩れやすい、我々も気をつけねば」

 それを見ていた別の男も険しい表情で馬車へと乗り込む。

 今宵が神の愛子の披露目の夜会である事は、彼ら多くの貴族らは知るところだった。
 国の未来を照らす祝いの日になるはずだった。

 それが中断されたのだ。
 ざわざわと言い知れぬ不安と澱みが貴族達の胸の内に湧いていた。


◇◆◇


 王宮の東側には古い離宮があり、そこに貴族牢が設けられている。
 王太子レオン・ウル・ゴルドはユージーン・クロヌス司教を伴って貴族牢へと向かっていた。

「面会と護送の許可をいただけた事は感謝いたしますが、立ち会う必要はありませんよ。……貴方は、顔を合わせたくは無いのでは?」

 ユージーンの掛けた言葉に、レオンは眉間に皺を寄せた。

「……猊下に、お尋ねしたい事がある」

 低く響いたレオンの声にユージーンはその表情を一瞥した。
 貴族牢に向かい歩むのはレオンとユージーン、それとやや後方に距離を置いて、ゴルドの近衛兵数名に、ユージーン付きとして教会から派遣された護衛兵が同じ数。

 個人的な会話には都合の良い状況というわけだ。

「何なりと」

「……貴殿の目は、常に神の御業を見るものか、夜会の最初は、その、見えていたのだろうか……?」

「なるほど。をお確かめになりたいのですね」

 レオンは微かに首是する。

「人の目が遠くのものの輪郭が曖昧になるのと同じで、私の目が捉えるものも、距離があればそれだけ曖昧になります。……しかしながら、先ほどの夜会、始まりの時は確かに神気の気配がありました」

「ならば、やはり、地震による大聖堂の倒壊で……」

「それは今の段階ではお答えいたしかねます」

 やんわりと苦笑を浮かべ答えれば、レオンは「そうか」と一言応え、俯くように小さく頷いた。

、何かと思うところもあるのでしょうが、今、答えを出すのは早計というもの」

 含みを持たせた言葉に返答は無い。

「時に……不躾な質問を一つ、しても宜しいですか?」

「……なんだ」

「本来ならば、私は他国の内政に口を出すべき立場ではない。故にこれは私個人のささやかな疑問です」


 ユージーンは呟くように声を潜めて問うた。

「何ゆえ、考えうる手順を踏まずに、彼女をわざわざ蔑み乏しめるような手段を取られたのか、と」

 ぴたりと足を止めた気配がした。


 流石に踏み込むには些か礼を欠く問いだったかと、自省しつつ振り返れば、レオンの顔に浮かぶのは不快感でも怒りでも無かった。

 呆然と、目を見開いて、口元は何事か言葉を発するように微かに動くが、それは音にならない。

 ユージーンはレオンのその様に、訝しむように目を細めた。

「私を含め賓客も大勢居る、国王陛下を始め国の重責が揃う場で、まるで余興か見せしめのような扱い──あれが何某かの罰を兼ねるのだとしても──……いえ、失礼、やはり部外者の踏み込むべき領域では無いな」

 問い掛けの言葉をしりすぼみに独り言じみた弁解へと変え、ユージーンは失言だったと肩を竦めて見せる。しかしレオンは微動だにしない。

「……わからない」

「わからない、とは……?」

 掠れたような声で漏れたレオンの呟きに問い返せば、沈黙が降りる。

「なぜ、俺は……」

 しばらくして零れた言葉と、遠くを見たまま呆然と考え込んでしまっている様子に、ユージーンは眉間に皺を寄せ首を傾げた。

 会話を切り上げて歩き出せば、レオンもまた、心ここに在らずといった表情のまま歩みを進める。

(これは、かもしれないな……)

 ユージーンは悟られぬように溜息をついた。



 長い回廊を抜けると、庭木の向こうに古めかしい造りの東の離宮が顔を覗かせる。

「この先は私と護衛兵で参りましょう。ご心配なら近衛兵をお借りしますが」

 ユージーンが立ち止まって振り返り、努めて穏やかに提案すれば、レオンは少しの間を置いて口を開いた。

「クロヌス猊下、彼女を、アリシアを、どうか……」

 音にならず途切れた言葉を待つことなく、ユージーンは頷いてみせる。

「ラーヴェ修道院は私どもの管轄です。幸い私はしばらく貴国に滞在しなければならない、必然的に教会から来ている護衛兵もだいぶ手が空きます。彼らに任せれば、アリシア嬢を送り届けてくれますよ」

 そう告げれば、返ってきたのはどこか縋るような眼差しだった。

 敢えてそれ以上は踏み込むこと無く、ユージーンはアリシア・フィルハーリスの連行された貴族牢へと向った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元聖女だった少女は我が道を往く

春の小径
ファンタジー
突然入ってきた王子や取り巻きたちに聖室を荒らされた。 彼らは先代聖女様の棺を蹴り倒し、聖石まで蹴り倒した。 「聖女は必要がない」と言われた新たな聖女になるはずだったわたし。 その言葉は取り返しのつかない事態を招く。 でも、もうわたしには関係ない。 だって神に見捨てられたこの世界に聖女は二度と現れない。 わたしが聖女となることもない。 ─── それは誓約だったから ☆これは聖女物ではありません ☆他社でも公開はじめました

『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……

Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。 優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。 そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。 しかしこの時は誰も予想していなかった。 この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを…… アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを…… ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

婚約破棄された公爵令嬢は虐げられた国から出ていくことにしました~国から追い出されたのでよその国で竜騎士を目指します~

ヒンメル
ファンタジー
マグナス王国の公爵令嬢マチルダ・スチュアートは他国出身の母の容姿そっくりなためかこの国でうとまれ一人浮いた存在だった。 そんなマチルダが王家主催の夜会にて婚約者である王太子から婚約破棄を告げられ、国外退去を命じられる。 自分と同じ容姿を持つ者のいるであろう国に行けば、目立つこともなく、穏やかに暮らせるのではないかと思うのだった。 マチルダの母の祖国ドラガニアを目指す旅が今始まる――   ※文章を書く練習をしています。誤字脱字や表現のおかしい所などがあったら優しく教えてやってください。    ※第二章まで完結してます。現在、最終章について考え中です(第二章が考えていた話から離れてしまいました(^_^;))  書くスピードが亀より遅いので、お待たせしてすみませんm(__)m    ※小説家になろう様にも投稿しています。

聖女は祖国に未練を持たない。惜しいのは思い出の詰まった家だけです。

彩柚月
ファンタジー
メラニア・アシュリーは聖女。幼少期に両親に先立たれ、伯父夫婦が後見として家に住み着いている。義妹に婚約者の座を奪われ、聖女の任も譲るように迫られるが、断って国を出る。頼った神聖国でアシュリー家の秘密を知る。新たな出会いで前向きになれたので、家はあなたたちに使わせてあげます。 メラニアの価値に気づいた祖国の人達は戻ってきてほしいと懇願するが、お断りします。あ、家も返してください。 ※この作品はフィクションです。作者の創造力が足りないため、現実に似た名称等出てきますが、実在の人物や団体や植物等とは関係ありません。 ※実在の植物の名前が出てきますが、全く無関係です。別物です。 ※しつこいですが、既視感のある設定が出てきますが、実在の全てのものとは名称以外、関連はありません。

家族と婚約者に冷遇された令嬢は……でした

桜月雪兎
ファンタジー
アバント伯爵家の次女エリアンティーヌは伯爵の亡き第一夫人マリリンの一人娘。 彼女は第二夫人や義姉から嫌われており、父親からも疎まれており、実母についていた侍女や従者に義弟のフォルクス以外には冷たくされ、冷遇されている。 そんな中で婚約者である第一王子のバラモースに婚約破棄をされ、後釜に義姉が入ることになり、冤罪をかけられそうになる。 そこでエリアンティーヌの素性や両国の盟約の事が表に出たがエリアンティーヌは自身を蔑ろにしてきたフォルクス以外のアバント伯爵家に何の感情もなく、実母の実家に向かうことを決意する。 すると、予想外な事態に発展していった。 *作者都合のご都合主義な所がありますが、暖かく見ていただければと思います。

無能とされた双子の姉は、妹から逃げようと思う~追放はこれまでで一番素敵な贈り物

ゆうぎり
ファンタジー
私リディアーヌの不幸は双子の姉として生まれてしまった事だろう。 妹のマリアーヌは王太子の婚約者。 我が公爵家は妹を中心に回る。 何をするにも妹優先。 勿論淑女教育も勉強も魔術もだ。 そして、面倒事は全て私に回ってくる。 勉強も魔術も課題の提出は全て代わりに私が片付けた。 両親に訴えても、将来公爵家を継ぎ妹を支える立場だと聞き入れて貰えない。 気がつけば私は勉強に関してだけは、王太子妃教育も次期公爵家教育も修了していた。 そう勉強だけは…… 魔術の実技に関しては無能扱い。 この魔術に頼っている国では私は何をしても無能扱いだった。 だから突然罪を着せられ国を追放された時には喜んで従った。 さあ、どこに行こうか。 ※ゆるゆる設定です。 ※2021.9.9 HOTランキング入りしました。ありがとうございます。

戦地に舞い降りた真の聖女〜偽物と言われて戦場送りされましたが問題ありません、それが望みでしたから〜

黄舞
ファンタジー
 侯爵令嬢である主人公フローラは、次の聖女として王太子妃となる予定だった。しかし婚約者であるはずの王太子、ルチル王子から、聖女を偽ったとして婚約破棄され、激しい戦闘が繰り広げられている戦場に送られてしまう。ルチル王子はさらに自分の気に入った女性であるマリーゴールドこそが聖女であると言い出した。  一方のフローラは幼少から、王侯貴族のみが回復魔法の益を受けることに疑問を抱き、自ら強い奉仕の心で戦場で傷付いた兵士たちを治療したいと前々から思っていた。強い意志を秘めたまま衛生兵として部隊に所属したフローラは、そこで様々な苦難を乗り越えながら、あまねく人々を癒し、兵士たちに聖女と呼ばれていく。  配属初日に助けた瀕死の青年クロムや、フローラの指導のおかげで後にフローラに次ぐ回復魔法の使い手へと育つデイジー、他にも主人公を慕う衛生兵たちに囲まれ、フローラ個人だけではなく、衛生兵部隊として徐々に成長していく。  一方、フローラを陥れようとした王子たちや、配属先の上官たちは、自らの行いによって、その身を落としていく。

処理中です...