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特別編

特別編3 チョコレートよりも甘いもの

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「先輩! 今日はバレンタインデーですよ!」

 放課後、後輩は校門で待つ僕の下へやってくるなり威勢よく宣誓した。

「ついにクイズすら無くなったか」
「だって、はぐらかされるのが目に見えてますから」
「お、成長したな。えらいえらい」
「えへへぇ……って徐々に力を強くしないで下さいよ! 髪がぐしゃぐしゃになっちゃうじゃないですかっ!」
「心配ない。多少乱れていても似合っている」
「そんな言葉で喜ぶ女の子なんて私くらいですから、他の人には言っちゃだめですよ? あ、そもそも相手がいませんでしたね」
「清々しいほどの攻撃っぷりだな」

 ニヤニヤとだらしない表情といい、何かを企んでいるのは明白だ。
 大方、バレンタインに絡めた作戦なのだろうけれど。
 などと僕が思案にふけっている間にも、彼女は追撃の手を緩めない。

「それで、今日の戦果は如何ですか? まあ確認するまでもないかもしれませんが」
「自分の目で確かめてみるか?」

 挑発的に言いながら、鞄を突き出す。

「またまた、先輩らしからぬ見栄の張り方……って、ええええええええええええ⁉」

 鞄の中を覗き込むと同時に、悲鳴をあげた。
 そして絶叫の原因となった物を無造作に取り出す。

「な、なななななな、なんですかこれっ⁉」
「何って、見ての通りだ」

 彼女が手にしているのは綺麗にラッピングされた小箱。
 見た目から中身は判断できないが、今日という日に限っては別だ。

「だ、誰ですか私の先輩に色目を使う女は! というか先輩も先輩です! これはれっきとした浮気ですよ! ギルティですっ!」

 後輩は顔を沸騰させて喚き散らかす。
 ふむ、作戦通りとはいえ、ここまで思い通りに慌てふためく姿は滑稽だ。

「落ち着け。それは違う」
「何が違うんですかっ! この期に及んでいい訳なんて、先輩の風上にも置けない先輩ですっ!」
「その箱、持って気づかないか?」
「何にですか⁉ 軽くて握りつぶせそうとしか思いま……あれ?」

 とうやく違和感に気づいたようで、箱を耳元で振る。

「……もしかして、空箱」
「ご名答。まんまと引っ掛かったな」
「……先輩」

 もっと怒り狂うかと思ったけれど、何故だか憐れむような視線を向けてくる。

「わざわざこの為だけに、おしゃれな箱を買ってきて、綺麗にラッピングしたんですか?」
「……僕が悪かったから、それ以上は何も言うな」

 冷静に返されると、虚しすぎる行為だった。

「……よかった」

 だから、そうやって本音を聞こえるように呟くんじゃない。
 ……琴線に触れるだろうが。

「そんな可哀想な先輩に、可愛い後輩からプレゼントです!」

 そう言って差し出されたのは、これまた可愛らしく包装された小包。

「せっかくなので、開けてみてください」
「え、いいのか」
「いいんですっ! ほら、はやくはやく!」

 促されるままに包みを開く。
 そして出てきたのは……

「ブラッ○サンダー……?」
「ぷっ……あっはは~! 引っ掛かりましたね! 本命チョコが出てくると思いました? 思っちゃいました⁉ 残念でした~義理チョコです!」
「……成長したな」
「ちょ……悔しいからって全力で頭撫でないで下さいよっ!」

 ただ悔しいだけじゃない。
 ほんの少しだけ、残念だっただけだ。

「あ~、珍しく先輩に勝てた気がします」
「ホワイトデーを楽しみにしておくんだな」
「はいっ! 楽しみにしてますっ!」

 皮肉を言ったつもりだったのだけれど、素直に受け取られてしまった。
 どうにも今日は彼女の日みたいだ。

「それじゃ、私は寄る所があるので失礼しますね」
「ああ、気をつけてな」
「はい! ではまた明日!」

 とたとたと小走りで隣から離れていく。
 数メートルの距離が開いてから、思い出したように彼女は振り返った。

「あ、例の空箱、虚しくならないように今日中に処分しておいた方がいいですよ~」
「やかまし」
「あはは~それでは!」

 上機嫌なままに去っていく後輩。

 僕は残された義理チョコの封を破り、口に運んだ。
 ……甘い。
 どうやら、彼女は僕が甘いものを苦手としていることを忘れているようだった。

* * * * * *

 コンビニで夕食の買い物を済ませ、誰もいない家に帰宅した。
 まっすぐに自室へ戻り、鞄をおろす。

 さて、彼女の助言通りに忌まわしき箱を処分しておくか。

 鞄を開けると、今朝入れたのとは違う、見知らぬ箱が入っていた。
 誰がとも、何時とも思わない。
 これが出来た人間は、たった一人しかいないから。

 しかし、義理チョコの一件もある。
 僕は警戒しながらラッピングを解き、箱を開けた。
 中には、見るからに手作りのチョコレートケーキにメッセージカードが添えられていて。

 二つ折りにされたカードを手に取り、ゆっくりと開く。

『いつも一緒にいてくれてありがとうございます。
 先輩の好みに合わせて、甘さ控えめにしてみました!
 ちゃんと感想聞かせてくださいね?』

 たまに見る丸っこい文字で、そう記されていた。名前を書き忘れるおっちょこちょいなところも彼女らしい。
 本当に今日は完敗だなと思いつつ、ケーキを一口だけ頬張る。

 確かに、僕好みの甘さ……の筈なのに。

 何故だか、さっき食べたチョコレートより、

 ――甘く、甘かった。
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