上 下
47 / 61
第5章 貴方の目で見る世界

5-6 答え合わせ

しおりを挟む
「総帥、失礼します! 至急お会いしていただきたい方がいらっしゃいます」
「何事だ。村の長なら昨日話をつけたばかり――」

 部屋の中から現れたセヴィリオは、不機嫌を軍兵にぶつけるが、背後にいるリアナーレに気づくと言葉を止めた。
 本来ならこの場にいるはずのない存在だ。固まるのも無理はない。

「話があるのは私」

 真剣に訴えかけると、セヴィリオは兵士を押しのけ、リアナーレの腕を引いて室内に入れてくれる。

 他の兵士たちは村の農作業小屋や、酷いと馬小屋に雑魚寝だが、一国の王子ともなると、流石に一軒家が与えられているようだ。

 造りは簡素だが、立派な暖炉がついていることからして、田舎にしては裕福な家庭だろう。元の住民は一時的に追い出されたらしく、彼の姿しか見当たらない。

「リアナ!? 何故ここに!?」
「流石の私だって、この体で戦場に立とうなんて思ってなかった。誰なら命じることが可能か、分かるでしょ?」
「ライアス……」 
「そんなことより、今は話を聞いて」

 敵国の進軍がどれほど進んでいて、いつ頃ぶつかる予定かリアナーレは把握していない。一秒でも早く、戦に必要な情報を伝える必要がある。中身の入れ替わりの話もひとまず後回しだ。

 リアナーレは冷静に、ここへ来ることになった経緯と、道中考えてきた対策を話す。

 セヴィリオは黙って最後まで聞き、兄が考えた戦略ではないことを確認した。
 幸い、二国が衝突するまで、まだ時間の余裕があるようだ。

 しばらく悩んだ後で、彼はマルセルをはじめとした指揮官を呼び出し、作戦変更の指示を出す。
 聖女様のお告げだと言うと、誰からも抗議の声は上がらなかった。

「私の話を鵜呑みにしていいの?」
「僕も考えた上で判断した。的確な対応だと思うし、何より戦場において君に勝る指揮官はいないよ」

 聖女様のふりをする、下手な芝居を止めたことに彼はすぐ気づいたらしい。 

 人払いをして二人きりになった家の中、セヴィリオはリアナーレを抱き締めた。
 聖女様を演じていた時と変わらぬ抱擁に、安堵する。

 総帥は入れ替わりに気づいているというエルドの話を、ずっと信じていなかった。そんなはずがないと思っていないと、拒絶された時に耐えられないだろうから。

「いつから中身が入れ替わっていることに気づいてたの」
「最初から。怒って部屋に乗り込んできた時から、気づいてた」

 気づいていたなら言ってくれれば良かったのに。
 リアナーレは文句を言おうとして止めた。彼が言い出さなかった理由は、エルドの指摘通りだろう。

 —―約束はどうなるの?

 父の葬儀の日、泣きそうな顔で訴えるセヴィリオを思い出す。
 彼は将来を誓った幼い約束を信じ、叶えようとしていた。先に破ったのはリアナーレの方だ。

 軍に入るというリアナーレの決断は、彼の人生を歪めてしまった。
 性格も武術の才能も、軍人には向いていなかったセヴィリオは、総帥の座に就くにあたり人知れず努力をしたに違いない。

「ごめんなさい」
「何で謝るの」
「私のせいで、セヴィーはなりたくもない総帥になったのでしょ? 貴方の気持ちを知らないで、酷いことをたくさん言った」

 泣き言を漏らす彼に、辛いのなら辞めれば良い。どんな貴方でも愛しているし、支えていくと言ってあげられなかった。

「リアナは僕のこと、男として見てくれないと思ってた。だから入れ替わりに気づいていないふりをして、妻であるよう求めた。卑怯だったよね、ごめん」

 リアナーレは静かに首を左右に振る。

 父の後を継ぐ道を選んだ時点で、リアナーレは女としての人生を捨てることになると分かっていた。
 それでも、成し遂げたいことがあった。国を平和に導くことが、父の遺志、アストレイ家の使命だと思っていたのだ。
 
 セヴィリオのことは家族同然に愛していたからこそ、何らかの形で傍に居られれば良いと言い聞かせた。

 彼の気持ちなど全く知らず、考えることもせず、リアナーレは自分だけが悲劇のヒロインになったつもりでいた。

「私の決断は間違ってたのかな」

 ここに来るまで、随分と遠回りをした。正しいと思って選んだ道だったが、誤っていたのかもしれない。

 瞬きをすると、涙が頬を伝っていく。罪悪感で次から次へと水分があふれ出して、滅多に泣かないリアナーレはどうしたら止まるのかと困惑した。
 王子様は優しく微笑みながら、指で水滴を拭ってくれる。

「正しかったと思う。リアナには妃としての生活は退屈すぎる」
「そうかもね」

 この男は、どこまで優しいのだろう。どれほど、リアナーレのことを愛してくれているのだろう。ちっとも女らしくないのに。

「楽しそうに庭を駆け回るリアナが好きだった。僕をいつも明るいところに引っ張りだしてくれる、希望の光だった。自分を犠牲にしてでも、信念に生きる君のことを尊敬しているし、結局僕はそんな君が好きなんだ」
「私も好き。泣き虫だけど優しいところ、兄と比べられながらも直向きに努力していたところ、全部好きだった」

 どちらからともなく、唇を重ねる。口づけならもう何度も交わしたが、素直にリアナーレとして彼の愛を受け止めるのは初めてだ。

 これまでと同じ行為のはずなのに、恐ろしいほどに幸せで、この幸せにずっとしがみついていたかった。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】年下幼馴染くんを上司撃退の盾にしたら、偽装婚約の罠にハマりました

廻り
恋愛
 幼い頃に誘拐されたトラウマがあるリリアナ。  王宮事務官として就職するが、犯人に似ている上司に一目惚れされ、威圧的に独占されてしまう。  恐怖から逃れたいリリアナは、幼馴染を盾にし「恋人がいる」と上司の誘いを断る。 「リリちゃん。俺たち、いつから付き合っていたのかな?」  幼馴染を怒らせてしまったが、上司撃退は成功。  ほっとしたのも束の間、上司から二人の関係を問い詰められた挙句、求婚されてしまう。  幼馴染に相談したところ、彼と偽装婚約することになるが――

悪役令嬢というものは

藍田ひびき
恋愛
「悪役令嬢?生温いわね」  カサンドラ・ヴェンデル侯爵令嬢はある日、自分が転生者であることを思い出した。前世は芸能プロダクションの社長。そしてカサンドラは小説「光の聖女の救世物語」に登場する悪役令嬢だったのだ。    だが前世で悪辣な手腕を使い成り上がってきた彼女には、カサンドラの悪事など児戯に等しい物であった。 「面白いじゃない。本当の悪役というものを、見せてあげるわ」 ※犯罪に関する記述があります。ご注意ください。 ※ なろうにも投稿しています。

夫が離縁に応じてくれません

cyaru
恋愛
玉突き式で婚約をすることになったアーシャ(妻)とオランド(夫) 玉突き式と言うのは1人の令嬢に多くの子息が傾倒した挙句、婚約破棄となる組が続出。貴族の結婚なんて恋愛感情は後からついてくるものだからいいだろうと瑕疵のない側の子息や令嬢に家格の見合うものを当てがった結果である。 アーシャとオランドの結婚もその中の1組に過ぎなかった。 結婚式の時からずっと仏頂面でにこりともしないオランド。 誓いのキスすらヴェールをあげてキスをした風でアーシャに触れようともしない。 15年以上婚約をしていた元婚約者を愛してるんだろうな~と慮るアーシャ。 初夜オランドは言った。「君を妻とすることに気持ちが全然整理できていない」 気持ちが落ち着くのは何時になるか判らないが、それまで書面上の夫婦として振舞って欲しいと図々しいお願いをするオランドにアーシャは切り出した。 この結婚は不可避だったが離縁してはいけないとは言われていない。 「オランド様、離縁してください」 「無理だ。今日は初夜なんだ。出来るはずがない」 アーシャはあの手この手でオランドに離縁をしてもらおうとするのだが何故かオランドは離縁に応じてくれない。 離縁したいアーシャ。応じないオランドの攻防戦が始まった。 ★↑例の如く恐ろしく省略してますがコメディのようなものです。 ★読んでいる方は解っているけれど、キャラは知らない事実があります。 ★9月21日投稿開始、完結は9月23日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

【完結】火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、本気になった当て馬義兄に溺愛されています

廻り
恋愛
魔女リズ17歳は、前世の記憶を持ったまま、小説の世界のヒロインへ転生した。 隣国の王太子と結婚し幸せな人生になるはずだったが、リズは前世の記憶が原因で、火あぶりにされる運命だと悟る。 物語から逃亡しようとするも失敗するが、義兄となる予定の公子アレクシスと出会うことに。 序盤では出会わないはずの彼が、なぜかリズを助けてくれる。 アレクシスに問い詰められて「公子様は当て馬です」と告げたところ、彼の対抗心に火がついたようで。 「リズには、望みの結婚をさせてあげる。絶対に、火あぶりになどさせない」 妹愛が過剰な兄や、彼の幼馴染達に囲まれながらの生活が始まる。 ヒロインらしくないおかげで恋愛とは無縁だとリズは思っているが、どうやらそうではないようで。

【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました

紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。 ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。 ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。 貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。

「裏切りの貴族令嬢 〜復讐から始まる新たな運命〜

 (笑)
恋愛
イリス・カリスタは平民出身ながら、貴族の青年と婚約し、輝かしい未来を夢見ていた。しかし、突然の裏切りによりすべてを失い、彼女の人生は一変する。絶望の中で目覚めたイリスは、再び誰にも裏切られない強さを求め、魔法の力に目覚める。 やがて彼女は、強大な力を持つ盟友と契約し、復讐の道を歩み始める。しかし、その道は簡単ではなく、彼女の前にはさまざまな試練と敵が立ちはだかる。過去を乗り越え、自らの運命を切り開くために、イリスは新たな仲間と共に貴族社会の陰謀に立ち向かう。

【完結】婚約者が好きなのは妹だと告げたら、王子が本気で迫ってきて逃げられなくなりました【R18】

Rila
恋愛
■ストーリー■ アリーセ・プラームは伯爵令嬢であり、現在侯爵家の嫡男であるルシアノと婚約をしている。 しかし、ルシアノが妹であるニコルに思いを寄せている事には気付いていた。 ルシアノは普段からアリーセにも優しく接していたので、いつか自分に気持ちが向いてくれるのではないかと信じていた。 そんなある日、ルシアノはニコルを抱きしめ「好きだ」と言っている所を偶然見てしまう。 ショックを受けたアリーセは、元同級生であり現在仕えている王太子のヴィムに相談する。 するとヴィムは「婚約解消の手伝いをしてやるから、俺の婚約者のフリをして欲しい」と取引を持ち掛けて来る。 アリーセは軽い気持ちでその取引を受け入れてしまうが……。 *2022.08.31 全101話にて完結しました* 思いつきで書き始めた短編だったはずなのに、別視点をあれこれ書いてたら長くなってしまいました。 最後まで読んでくださった方、ありがとうございました! ※ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。 **補足説明** R18作品になりますのでご注意ください。 基本的に前戯~本番に※(キスや軽いスキンシップには入れていません)

婚約破棄された相手が、真実の愛でした

 (笑)
恋愛
貴族社会での婚約を一方的に破棄されたヒロインは、自らの力で自由を手に入れ、冒険者として成功を収める。やがて資産家としても名を馳せ、さらには貴族としての地位までも手に入れるが、そんな彼女の前に、かつて婚約を破棄した相手が再び現れる。過去のしがらみを乗り越え、ヒロインは新たな挑戦に立ち向かう。彼女が選ぶ未来とは何か――成長と葛藤の物語が、今始まる。

処理中です...