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第4章 冷酷王子の愛

4-8 降星*

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「どこへ行くの?」
「良い所があるんだ。きっとリアナも気に入ると思う」

 セヴィリオは彼女の手を引き、寝室を通過する。一番奥の扉を開けた先に現れるのは、秘密の螺旋階段だ。この部屋の持ち主しか辿り着けない場所が、この先にある。
 リアナは隠し通路を見て、子どものように目を輝かせていた。

「こんなところがあるなんて知らなかった」

 階段を上りきった先、セヴィリオが扉の施錠を外すと、冷たい外気が肌を刺す。
 そっとリアナの腰に手を添えて、扉の先へと誘う。

 一種のベランダと言えば良いのだろうか。決して広くはない足場と、手摺の先に広大な景色が広がる。
 昼間はここから王都が一望でき、夜は、天上を埋め尽くす無数の輝きに、手が届きそうな心地になる。

 祖先が、どういった経緯でこの場所を設けたかは定かでないが、こうして女性を連れて情緒的な時間を過ごしたのかもしれない。

 リアナは手摺りが強固なものであることを確認すると、身を乗り出すようにして空を見上げた。
 セヴィリオは彼女が過って転落しないよう、細心の注意を払いながら同じように星々を眺める。

「綺麗……」

 リアナが感嘆のため息を漏らすと、真っ白なもやが空気に溶けていく。

 セヴィリオは彼女の細い腰に、恐る恐る手を回し、体を触れ合わせた。
 いつもなら抵抗を示す彼女だが、景色に見惚れているせいか、寒さのせいか、無反応だった。

「冬は尚更綺麗だね。空気が澄んでいて、星が良く見える」
「セヴィーにそんな情緒があるなんて驚いた」
「僕は昔から、外を走り回るより、本を読んで空想に耽っている方が好きな人間だったよ」

 少年時代、教育の一環で、亡きアストレイ公爵に稽古をつけてもらっていたことがある。筋は悪くないが、争いごとには向かない性格だとはっきり言われた。
 その通りだと思う。かつての第二王子は泣き虫で、内気で、平和主義の弱々しい人間だった。

「なのに何故、軍事総帥なんかになったの? 他の道もあったはずでしょ」
「幼なじみがある日突然、軍事総帥だった父の後を継ぐと言ってね。僕なりに護りたかったんだ、彼女を」
「それって、リアナーレ=アストレイのこと?」
「そうだよ」

 返事を聞いたリアナは振り返り、目を瞬かせた。

「貴方が彼女のことをそんな風に思ってたなんて、知らなかった」
「嫌?」
「いや、嬉しい。……って、変か」

 今の自分がリアナ=キュアイスであることを思い出したらしい彼女は、前髪を掻き上げる。

「僕のこと、感情を失った冷酷な人間だと思ってた。違う?」
「正直なところ、そう」
「半分は当たりだよ。たぶん、どこか壊れてる」

 呪いのせいなのか、育った環境のせいなのか。はたまた、生まれた時からこうなるよう定められていたのか。セヴィリオには分からない。
 愛することができたと感じるのは、これまでの人生で母親と、リアナだけだ。それ以外の人に対しては、煩わしいと感じることの方が多い。

「私といる時は普通に見えるけど」
「君のおかげだよ、リアナ。僕が人間らしくいられるのは」

 ほっそりした手に、セヴィリオは指を絡める。彼女は何も言わず、握り返した。
 星が夜空を流れていく。何個も、何個も流れては一瞬のうちに消えていく。

 あれらの輝きは、神の創り出した宝石なのだろうか。この世のどこかに降り注いで尚、光り輝いているのだろうか。
 リアナ=キュアイスなら知っていたかもしれないが、彼女は既に神のもとへと逝ってしまった。

「寒い」
「戻ろうか」

 寒さに震える彼女を室内へとエスコートする。

「君の部屋まで送るよ」

 リアナは返事をしなかった。不要なら不要と言うはずなので、セヴィリオは肯定と受け取った。

「待って」

 ぐるぐると階段を降りた先で、静かにしていた彼女は夫の軍服の裾を掴んだ。
 セヴィリオが寝室代わりに使っていた、仮眠用の部屋である。立ち止まった二人の真横には、一人には十分すぎるサイズのベッドが鎮座している。

「どうかした?」
「あの……、その……」

 彼女は視線を泳がせながら、口ごもる。そんな都合の良い展開があるわけがない。
 そう思いながらも、セヴィリオの心臓は狂ったように血液を循環させた。冷えたはずの体が、一瞬で熱を持つ。

「寒いから、温めて」

 愛しい人がその言葉を紡いだ瞬間、今まで何とか保っていた王子の理性は、欠片を残して吹き飛んだ。
 夢かもしれない。夢でもいいと、セヴィリオは彼女をきつく胸に抱き、肩口に顔を埋める。仄かに、薔薇のツンとした甘さが香る。

「そんな可愛いことを言われたら、帰せない。意味、分かるよね?」
「聞かないで。今、偶然そういう気分になっただけ」
「それなら尚更、逃したくない」

 リアナの唇を奪い、勢いのまま何度も口づける。彼女は嫌がるどころか、自ら舌を差し出して男を誘った。
 セヴィリオは彼女の腰を支えてゆっくりベッドに押し倒す。華奢な体を潰してしまわないよう気をつけながら、柔らかな唇を貪る。

 反応を窺いながら慎重に、体に触れた。簡素なドレスの上から、凹凸を確かめるよう手を這わす。

「あっ!!!」

 リアナは目を見開いて叫んだ。甘さなどどこにもない、雰囲気を破壊するザラついた声だった。セヴィリオは何事かと驚いて手を止める。
 
「エルドを帰してあげないと」

 部屋の前に放置してきた護衛のことを思い出したらしい。彼女らしいといえば彼女らしいが、他の男に良いムードをぶち壊されたことが気に入らない。

「一晩だろうと待たせておけばいい」
「セヴィー」
「分かった。他の男のことを考えられるのも嫌だしね」

 セヴィリオは彼女をベッドに残し、早足に廊下へと続く扉へと向かう。恨みを込めて扉を開け、退屈そうに壁にもたれる男に告げる。

「下がっていい」
「え?」
「今晩、リアナはここで過ごす。お前は不要だ。分かったな」

 護衛の返事を待たず、不機嫌な王子は扉を勢い良く閉めた。

「すごい音がしたけど」
「最近扉の建付けが悪くて。思いっきり叩きつけないと閉まらないんだ」

 セヴィリオは愛しのリアナに微笑みかけ、詰め襟の上衣を脱ぎ捨てる。夜は長い。どのようにして、彼女を愛そうか。
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