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第4章 冷酷王子の愛

4-6 安堵

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 実際に戦女神の死を知らされた時、セヴィリオは絶望と狂気の闇に呑まれそうだった。
 聖女の見た目をした彼女が現れなければ、セヴィリオは謀反を起こし、逆にライアスに殺されていたかもしれない。

「アストレイ公爵、そろそろお仕事にお戻りください」
「駄目だ~。体に力が入らないよ」
「それは貴方が朝からお酒を飲んだからでしょう!?」

 執務室の片隅で、今日も兄妹が言い合いをしている。総帥は手を止めて、その光景をぼんやりと眺めていた。

「セヴィリオ様、この方を追い出してやってください」

 リアナは泣き言ばかりの実兄に嫌気が差したのか、セヴィリオに助けを求めた。
 自分こそが妹であると正体を明かせば済む話なのに、彼女は入れ替わりを必死に隠そうとしている。

 セヴィリオはひと目見た時から、聖女の中身がリアナであることに気づいている。強気な口調と前髪を掻き上げる仕草。気づかないわけがない。

 リアナが帰ってきてくれた。それも、嫁の皮を被って。聖女の起こした奇跡だと、セヴィリオはすぐに察した。

「アストレイ公爵、君が妻に相談しに来ること自体は構わないが、程々にしてやってくれ」
「妻!?」

 リアナは声を裏返して驚く。何を言っているんだという顔でセヴィリオの顔を見るが、こちらの台詞である。

「もしかしてリアナ、結婚してること忘れてた?」
「ま、まぁ、確かに妻ではあるけれど……」

 妻なのは聖女であって、中身は本当の妻ではない。彼女はそう続けたいのだろうが、正体を隠している以上、伝えることができない。

 セヴィリオは困惑する彼女を微笑ましく見つめた。

 リアナがセヴィリオをどう思っていようが、彼女が聖女として妃を演じ続ける間は、夫婦の関係を求めることができる。
 だから、彼女が隠し続ける限り、入れ替わりに気づいていることを明かすつもりはない。

「セヴィリオ様は聖女様のことを愛していらっしゃるのですね~」

 夫婦の会話を傍観していたロベルトは、横から口を挟む。リアナはそれが意外だったようだ。

「アストレイ公爵は総帥に対して物怖じしないのね」
「ええ、そうかな?」
「彼に監視されるようになってから、誰も相談に来なくなりました」
「昔からの顔見知りってのもあるけど、妹の出兵について、彼は反対してくれたんだ。自分が代わりになるとまで言ってくれた。本当は情に厚い方なんだよ」
「そうなの?」

 軍事総帥が全ての采配を決めたと思っているリアナは、兄から真相を聞いて目を丸くする。

「あっ、気を悪くしないで!? 妹と彼は幼なじみだっただけで、恋仲だったわけではない……はずだから」

 事情を知らないロベルトは、聖女が夫の浮気を疑っていると勘違いしたらしく、慌ててフォローにならないフォローを入れた。

 余計なことを喋られてしまった。セヴィリオは軽く息を吐いて、リアナに説明をする。

「兄の意見に対して反対したというのは本当。僕はモントレイを行かせようと思っていたから」
「ふぅん」

 リアナはまだ納得していないようだった。紅茶のカップを持ち上げたり、置いたりと落ち着きがない。
 アストレイ公爵はぎこちない空気に耐え兼ねたのか、ついに重たい腰を上げる。

「邪魔者はそろそろ退散しようかな」
「歓迎するよ」

 かくしてセヴィリオは妻の要望通り、ロベルトを追い出すことに成功した。
 
 いつもは相談が終わると、そそくさと部屋から立ち去るリアナだが、今日はじっと書類仕事に追われる総帥を見つめている。

 聞きたいことがあるのだろう。セヴィリオがペンを置くと、彼女は待っていましたとばかりに問を投げかける。

「セヴィーはリアナーレのこと、どう思ってたの?」
「さぁ。内緒」

 愛していたと伝えたら、リアナは喜ぶのだろうか。

 上司と直属の部下という立場になってから、周囲にも彼女にも気持ちを知られてはならないと冷たい態度をとりすぎた。
 思うようにならない彼女への、子供じみた八つ当たりでもあった。

 本音を話せば、幼なじみに嫌われていたわけではないと、彼女は喜ぶかもしれない。
 一方、それ以上の重たい愛はいらないと、拒絶される気がする。

 セヴィリオは席を立ってリアナの隣に腰を下ろすと、断りもなく彼女の膝に頭を乗せた。

「ちょっと!」
「過去の、嫌なことを思い出して疲れた。少しだけ休憩させて」

 振り落とそうとしたリアナだが、諦めたようだ。今度は微動だにしなくなる。

「早く辞めたい。どこか遠く、平和な土地で君と隠遁生活をしたい」

 そんなことが許される立場でないことも、リアナが許さないことも分かっている。
 セヴィリオが逃げようとしたら、リアナが代わると言い出すに違いない。彼女を戦場に送るような真似はもう二度と御免だ。

 少なくとも、戦争が終結するまでは軍事総帥を務め上げよう。だから、弱音を吐くことだけは許してほしい。

「忙しいの?」
「プレスティジ側の動きがどうも怪しい。他にもやることができてしまったし、忙しいかな」
「私に手伝えることがあれば教えて」
「それなら、早く僕のこと好きになって」

 セヴィリオは彼女の艷やかな黒髪を撫でる。燃えるような朱色の髪でなくなってしまったことは惜しいが、外見など大したことではない。中身が誰であるかが重要なのだ。

「言われてできることじゃないでしょ」
「君が生きて、僕を愛してくれていたら、何だって頑張れる」
「少し仮眠をとった方がいいわ」

 疲れのせいで言動がおかしくなっているとでも思ったのか、リアナは遠慮がちに頭を叩いた。
 昔も、泣き止まない困った王子の背を優しく叩いて、あやしてくれたことがあったっけ。

「僕の愛しいリアナ……ずっと傍にいて」

 触れ合える奇跡に感謝して、セヴィリオは目を閉じる。
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