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第2章 暇なので好きにさせてもらいます

2-6 薔薇園にて

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 隙あらば触れようとしてくるセヴィリオを追い出し、リアナーレは朝の長い準備にとりかかる。
 とはいえ、することといえば退屈に耐えるくらいで、忙しいのはメイドのルーラだ。

 ようやく聖女様への擬態作業を終えたリアナーレは、意気揚々と部屋を出た。薔薇園へと向かうのだ。

「聖女様、おはようございまーす」

 部屋の外で待ち構えていた男が、リアナーレに陽気な挨拶をする。よく見知った人懐っこい顔、かつての部下がそこにいた。

「エルド、どうしてここに? 戦明けとはいえ、訓練とか、武具の整備とか、することが山ほどあるでしょ」

 完全にリアナーレの気分で話していた。素が出ています、とルーラが慌てて耳打ちをする。
 幸いエルドは気に留めることなく、素直に質問への答えを述べた。

「俺、今日から聖女様につくことになったんで!」
「はい?」
「総帥からの命令なんす」

 今朝一番に執務室へ呼び出されたこと。軍隊から離れ、特殊任務扱いで聖女の警護にあたるよう命じられたこと。エルドは大まかな経緯をリアナーレに伝える。

「あなたが抜けたら第一部隊はどうなるの。てっきり私はエルドが隊長につくのかと……」
「まだまだ世の中、家柄が大事なんすよ。どこの馬の骨か分からない俺に、隊長の座は務まりません」
「セヴィリオに抗議する」

 リアナーレは目的地を変え、執務室へ突撃しようとした。
 貴族が強い力を持っていた時代から、君主制へと移り変わろうとしているこの時代。能力のある者は古くからの家柄に拘らず、認められるべきだとリアナーレは思っている。

「待って、待ってください。俺は望んで命令を受けたんす!」
 
 大股で歩き出した聖女を、エルドは慌てて引き止める。

「何故?」
「実は、特別手当を出すと言われてまして」

 エルドは指で、硬貨を彷彿とさせる円を作った。

「なんてこと……」

 買収されたのだ。セヴィリオに。
 動機は昨日の一件だろう。権力のある男から聖女様を護るには、衛兵だけでは不十分と判断し、軍兵を一人あてがった。

 セヴィリオがエルドを選んだ理由は定かではないが、目上の相手にも物怖じしないところを買われたのかもしれない。
 誰か一人を選べと言われたら、リアナーレもかつての右腕だったエルドを選ぶ。

「ということで、薔薇園にもお供します! ルーラちゃんも、仲良くしてね」

 エルドはリアナーレの後ろに控えていたメイドに笑いかけ、手を差し出す。
 まさか自分が声を掛けられるとは思っていなかったのだろう。ルーラはびくりと肩を跳ね上げ、両手でエルドとの間に壁を作った。

「えっ、ひえっ、あっ! 私は空気のような存在なので、お気になさらず!」
「何言ってるの。俺ら、同じような立場でしょ」
「は、はい……」

 男に慣れていないルーラの頬が、ほんのりとピンク色に染まる。リアナーレは天然人たらしに早速文句をつけた。

「私の可愛いメイドを口説かないでよ」

 ルーラは純粋なのだ。近くにいる男に少しでも優しくされたなら、好意を持ってしまうだろう。彼女にはエルドのような軽い男ではなく、真面目でひたむきな男が似合う。

「これまで職場に女の子がいなかったから嬉しくて」
「戦女神がいたでしょう」

 リアナーレはむっとして言う。どういうことだ。誰よりも近くに紅一点がいたではないか。

「あの人はちょっと……ないです」

 エルドの顔はいつになく真面目だった。聖女様の体でなければ、ぶん殴って背後から首を締め上げていただろう。
 怒りに体を震わすリアナーレの横で、ルーラが気を利かせて薔薇園に行きましょうと促した。

◇◆◇

「おお、これはこれは。お美しい方だ。坊ちゃんから話は聞いています」

 仕事が早い。

 庭園を好きにして良いと言われたのが昨晩。リアナーレが訪れたのは翌日の昼前だ。
 短い間に護衛の派遣だけでなく、庭師にまで手を回していたとは。
 
 白髪交じりの男性は、聖女様が訪れるのを待ち構えていたようだった。作業着姿ではなく、庭師にしては小綺麗なシャツとスラックス姿でリアナーレを庭先へと案内する。

「丁度良い時にいらっしゃいました。秋の薔薇が咲く時期です。春に比べて見劣りはしますが、それでも愉しんでいただけるかと」

 庭への出入りのために造られた小さな扉から外へ出ると、冷たい外気に混じり、ツンとした甘い香りが漂ってくる。
 美しく剪定され、整った薔薇の低木がリアナーレを迎え入れた。

「綺麗……。今もしっかり管理されているのね」
「坊ちゃんが時々いらっしゃるんですよ。お母上様との思い出の場所なのでしょうね」
「……そう」

 かつてのセヴィリオは甘えたがりで、母親にべったりの子どもだった。見た目は王である父親によく似ていたが、大人しく控えめなところは母親譲りだったのではないだろうか。
 見た目は母親似、中身は父親似の兄と、全くの逆である。
 
 すっかり変わってしまったセヴィリオだが、未だに母親のことは愛しているのだろう。
 手入れの行き届いた薔薇園を前に、リアナーレはそう感じた。

 母親がするように、セヴィリオを無条件に愛していたい。
 普段は離れたところから見守って、必要とされれば寄り添おう。誰よりも彼を信じ、彼の味方でありたいと思う。

 愛している。誰よりも。
 
 胸の奥から込み上げてくるじんわりとした感情に、頭の中で言葉をつける。例え望まれなくても、リアナーレが彼を愛し続ける理由はここにある。

 幼い日の出来事を思い出す。昔、庭園で彼と約束をした時から、リアナーレの愛は変わっていない。

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