最強竜殺しの弟子

猫民のんたん

文字の大きさ
上 下
2 / 38
第一章 いざ、竜狩りへ

002 出立のとき

しおりを挟む
 ――時はしばらく前に遡る。

 森の中に、広く開けた草原地帯があった。

 そこは人が手入れして作られた空間であり、真っ先に目につくのは大樹を支えにして建てられた四階建ての立派な家。二階部分にはバルコニーエントランスが設けられ、階段を通じてそのまま外へ出かけられるようになっていた。

 そこから少し距離を置いたところに、赤い屋根をかぶせた木造の小屋があった。見た目の汚れも少ない大樹の家とは打って変わり、白塗りの小屋は塗装も剥げて、作業場としての年季を物語っていた。

「それじゃあ、親父。行ってくるぜ」

 大樹に寄りかかった赤い屋根の家から、白髪の少年が元気よく飛び出した。

「ちょっと待て、ザックス!」

 直後、後ろで束ねた白髪を掴まれ、そのままエントランスの床板に叩きつけられた。

「ぐぇっ!」
「このアホンダラ。ガン・ソードも持たねぇで、どこに行こうってんだ」

 仰向けで倒れたままザックスは、自身を引き留めた男をにらみつけた。陽光で輝く禿げた頭の厳めしい面がエプロンを纏い、大剣のような銃器を脇に抱えて顔を覗き込んでいる。

「ってぇなこのクソ親父。引き留めるなら、それなりのやり方ってもんがあんだろうがよ……」

「馬鹿野郎が。これが、それなりのやり方って奴だ」

 親父と呼ばれた男は、脇に抱えたガン・ソードを、容赦なくザックスの腹へ突き刺すように振り落とした。

「ぐほぉっ!」

「今回が初めての竜狩りだろうが、ザックス。しっかりしやがれ、全く……」

「くっそぉ……。いつまでもドラゴン・チェイサー気取ってんじゃねぇぞ、この老いぼれが。『竜殺しのビゴット』はもう十年以上も前の杵柄だろうがよ」

「うるせぇ、ひよっこ。おめぇにガン・ソードの扱い方を教えたのは、この俺だ。おめぇが竜を狩れねぇうちは、引退なんかできねぇんだよ」

 減らず口をたたくザックスをにらみ返しながら、ビゴットは呆れたように言い放った。

 ザックスはホルスターに収められたガン・ソードを持ち上げて「よっこいせ」と掛け声を出しながら起き上がると、いつもの定位置である腰に装着した。

 気を取り直し、ビゴットに人差し指を突き付けながら、

「待ってろよ、親父。ぜってぇ、狩ってくるかんな! そしたら、その言葉通りすぐに引退させてやっからよ」

「おう、期待しないで待っててやる。おめぇは身体だけは頑丈だからな。死ぬ心配はしてねぇから、夕飯までには帰ってこい」

「ガキの使いじゃねぇんだよ、バカにすんな!」

 吐き捨てるように言い放ち、ザックスは階段を駆け下りる。

 と、階段を降りる最中。

 小柄な女性がちょうど階段を昇って来るところで、ザックスと鉢合わせた。

 10代後半に見える女性はザックスの姿に気が付き顔を上げると、うなじの辺りを左右に結わったブロンドの長髪と豊満な胸をわずかに揺らした。

「あら、久しぶりね。これから、どこかへお出かけかしら?」

 青い瞳を向けてにこりと微笑む。

「おう、久しぶりだな。これから、俺はワイバーンを狩ってくるんだ! 親父なら、家の中にいるぜ。じゃあな!」

 ザックスは手短に返事をすると、そっけない態度ですれ違い、そのまま森の方へと駆けて行った。

「へぇ、あの子が、竜狩りをねぇ……」

 感慨深げに、女性はザックスの後姿を見送った。

「おお、マーブルか。ちょうどいいところに来たな!」

 ビゴットが玄関から顔をのぞかせる。

「おはよう、ビゴット。あの子、ついに竜狩りに行くのね。これで、あなたもようやく隠居かしら?」

 階段をのぼりながらマーブルは、ビゴットを労うように言葉を返した。

「さあ、どうだかな。まあ、あがって行けよ。ちょうど依頼のことで、話があったんだ。つっても、もう察しはついたと思うがな」

「ええ。お願いしていたワイバーンの翼皮と尻尾。あの子が集めてくるのね」

 でも、とマーブルは言葉を続ける。

「ワイバーンの巣って逆方向じゃなかったかしら……?」

 外を見やると、ザックスはすでに遠くの森へ駆けていた。ビゴットは額に手をあて、「あの馬鹿野郎……」と嘆息したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

バック=バグと三つの顔の月

みちづきシモン
ファンタジー
――これは悲しい物語。そして乗り越える物語。  主人公バック=バグの運命がどうなるか、最後まで見届けてくださると嬉しいです。 《過去》  月神会という宗教に入っていた両親に、月祝法という国を救う魔法だと騙されて実行した八歳のバック=バグは、月呪法という呪いを発動してしまい、自国ローディア王国を呪ってしまう。  月呪法によって召喚された、ラックの月、ハーフの月、デスの月という名の『三つの顔の月』  それぞれが能力を持つ蝿を解き放つ。ラックの月の時は命が欠ける。ハーフの月の時は命が半分になる。デスの月の時は死ぬ。  両親や月神会の仲間たちが死んでいく中、召喚者であるバックは死ぬこともできず苦しむ。  そして太陽の神に祈り、呪いを解くチャンスを得るのだった。  バック=バグの幻影が三つの顔の月の背面に張り付き、弱らせる。  また神の薬の植物を受け取り、葉を食べさせることで能力蝿の効果を無効化し、助けることを可能とした(ただし月神会の人間は助けることを許されなかった)  バック=バグの幻影は、彼女の感情の低下によって三つの顔の月の力を増長させてしまう。  太陽の神は十年間生き続けたら、月呪法を解くことを契約した。  月神会の活動を反対していた「博士」と出会い、九年間戦い続けた。 《そして現在》  同級生のエラ=フィールドが死蝿によってふらついて死んで、それを生き返らせたバック。  何が起きたか問い詰めるエラにバックは知らないフリをするが、再び感情が低下する。  夜に街でエラに問い詰められた時、デスの月が幻影で大きくなってきて、エラを殺す。  その事があってからエラはバックに問いかけ、困ったバックだったが、博士はエラに協力者になってもらうように言う。  全てを話し、協力者となったエラ。  一方でアーク=ディザスターという男が、三つの顔の月に辿り着いて、呪いの完成を目論む。  その動きに博士「達」は護衛にウェイ=ヴォイスという、同年代の殺し屋(実際は二つ歳上)の少女を潜入させる。  自分に守る価値がないと感じているバックはいつも守られるのを拒否していた。だがウェイの身の上話を聞き、『ウェイを守る』という心持ちで接することを決める。  バックが遊園地に行ったことがない事を聞いて、エラの提案でテーマパークに行くことになったりして楽しむことで感情を安定させようとするが、何度も感情を低下させるバック。  更なる協力者シャル=ムースという女性運転手と共に、十八歳の誕生日までを、アーク=ディザスターの雇った殺し屋たちから逃れながら、『共に歩む道』の楽しさを知る物語。  自分が守られる価値がないという思いから、極度に守られることを嫌い、過去の罪を背負い、国を呪いから解き放つことを誓ったバックを見守ってください! ――表紙は遠さんに描いて貰いました! カクヨムでも掲載予定

君は私のことをよくわかっているね

鈴宮(すずみや)
恋愛
 後宮の管理人である桜華は、皇帝・龍晴に叶わぬ恋をしていた。龍晴にあてがう妃を選びながら「自分ではダメなのだろうか?」と思い悩む日々。けれど龍晴は「桜華を愛している」と言いながら、決して彼女を妃にすることはなかった。 「桜華は私のことをよくわかっているね」  龍晴にそう言われるたび、桜華の心はひどく傷ついていく。 (わたくしには龍晴様のことがわからない。龍晴様も、わたくしのことをわかっていない)  妃たちへの嫉妬心にズタズタの自尊心。  思い詰めた彼女はある日、深夜、宮殿を抜け出した先で天龍という美しい男性と出会う。 「ようやく君を迎えに来れた」  天龍は桜華を抱きしめ愛をささやく。なんでも、彼と桜華は前世で夫婦だったというのだ。  戸惑いつつも、龍晴からは決して得られなかった類の愛情に、桜華の心は満たされていく。  そんななか、龍晴の態度がこれまでと変わりはじめ――?

処理中です...