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第9話 僕は道具屋じゃない!?

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 翌日。僕はひとりでギルドに来ていた。昨日はギルド閉店間際に行ったから、多分まだ審査も終わってないと思う。だから、その前にひと狩りしていこうと思っていた。ラディアさんとは報酬を一緒に受け取る約束をしてるから、後で落ち合う予定となっている。

 それと、昨日は『鎧兜蟹』と『バーサク・モスキート』を倒して、討伐記録証を発行してもらったし。おかげで、これらのモンスターなら討伐クエストを受注出来るようになったはずだ。よーし、今日は頑張るぞ!

「申し訳ございませんが、今は『鎧兜蟹』も『バーサク・モスキート』も討伐クエストを発注しておりません」

 何故!?

 ティファさんが申し訳なさそうに頭を下げる。

「討伐クエストは主にモンスターが増えすぎて実害が出ている際に発注させて頂いているのですが。あいにく、ハルガードさんに倒して頂いたモンスターによる被害は今のところ無いのです」

 なんてこった。そうしたら、僕は今日もまた無賃労働に勤しまなければいけないじゃあないか。

「そうですか……」

 僕はガックリと肩を落とす。

「あの、昨日ご報告いただいた『金包蘭』の件ですが。そちらの方は昼頃に鑑定と調査が終わりますので、また時間を改めてお越しください。ハルガードさんの鑑定に間違いは無いはずですから、問題なく報酬のお支払いが出来ると思いますので」
「あ、はい。分かりました……」

 ティファさんがやや申し訳なさそうに言った。僕は、会釈をするとギルドを後にした。

 さて、これからどうしようか。といっても、まだ暫くレベリングだろうなぁ。お金も貯めなきゃいけないし。昨日の件の報酬はラディアさんと折半して十万ルフになるだろうけど、それだけじゃ心許ない。次の街を目指すにも、結構距離があるからなぁ……。

 僕は地図と睨めっこするのをやめて、リュックサックにしまった。昨日のモンスターは倒すのが楽だったけれど、これからもモンスター討伐はやっていくんだ。回復アイテムのひとつも持っておいた方が良いだろう。僕は、昨日とは別のアイテムショップへ立ち寄った。

「いらっしゃい」

 店番のおじさんが声をかけてくれた。ここは、古くからやってそうなお店だな。年季を感じる陳列棚に、木箱に入ったままで置いてある薬瓶。昔ながらのスタイルといえば聞こえは良いけど、ちょっと雑だよね。

「あの、『ライフポーション』は置いてありますか?」
「そこの箱に入ってるよ」

 対応も雑だなぁ。僕は、木箱から『ライフポーション』の瓶を手に取る。

【ライフポーションS】
効能:体力を少し回復する。
材料:青喉草
副作用:稀に頭痛。
レアリティ:★

 なんだ、また偽物じゃないか。この街はいつの間にこんな偽物で溢れかえるようになったのだろう。

「おじさん、これ、『ライフポーション』じゃないですよ」
「ああ、よく気がついたな。お前さんみたいな目利きがまだこの街にいてよかった」
「え、知ってて売ってるの?」

 僕は驚いた。なんだこのおじさん。知ってて偽物売ってるなんて、詐欺じゃないか。というか、早々に白状するなんて微塵も隠す気がないな。

 僕が訝しんでおじさんを睨む。すると、おじさんは手招きして、僕に座るよう促してきた。

「そんな怖い顔をするな、若いの。まあ、座りな。ちょっとした小話をしてやる。どうせ暇じゃからな」

 見たところ、おじさんに敵意は無いようだ。僕はおじさんの言う通り、カウンターの椅子に腰掛けた。

「お前さんの言う通り、こいつは『ライフポーション』では無い。見た目も効果もほとんど見分けがつかんから、『ライフポーション』で通っとるがな。ワシは【鑑定眼】のスキルを持っとるんで、偽物だと見分けがつく」
「おじさんもスキル持ちなんですね。実は僕も【薬識】を持ってるんです」
「ほう。これはまたレアな固有スキルを持っとるもんだ。それなら、こいつも分かるな」

 おじさんは、自分の足元から『ライフポーションS』にそっくりな瓶を取り出した。

【ライフポーション】
効能:体力を少し回復する。
材料:青包蘭
レアリティ:★

「あ、そっちは本物ですね。やっぱり副作用がない」
「副作用?」
「え、はい。『ライフポーションS』では望ましくない効果として、稀に頭痛が起きるみたいです」
「そんなことまで分かるのか。ワシのは【B級スキル】じゃからかな。そこまでは分からん。便利なもんじゃの」
「はぁ。ありがとうございます」

 道具屋さんに褒められてしまった。あんまり嬉しくないけど。

「ところで、お前さん。このふたつが一緒くたにして売られているのに疑問を持ったんじゃあないかの?」
「はい。『ライフポーション』だけじゃなくて、『スキルポーション』もそうでした。中には偽物だけを売ってる露店もありましたし。酷い状態だと思います」

 僕は憤慨しておじさんに詰め寄った。おじさんも知ってて売ってるなら同罪だと思う。しかし、おじさんは首を横に振って、僕の言葉に答える。

「これは仕方ない事なんじゃ」
「仕方ない?」
「実は、ワシも最初にこれを検品した時、業者に話をしたんじゃよ。ワシもスキル持ちじゃし、何より店の沽券に関わる問題じゃ。すぐに取り替えを要求した。じゃが、向こうはそれに応じなかったのじゃ」
「なぜですか? それなら、返品か破棄すればいいじゃないですか」
「最初はそうしておった。取引先を変えるとも言った。そして実際に何度か変えた。しかし、どこの卸も同じじゃった。なぜなら、『ライフポーション』自体の生産が出来なくなりつつあったからなんじゃ」

 生産が出来なくなりつつあったって、どういう事だろう?

「実際に、ワシは製造業者を訪ねさせてもらったんじゃよ。話を聞くに、原材料である『青包蘭』が採れなくなってきているらしいのじゃ」
「それじゃあ、これは偽物ではなくて"代替品"という事ですか?」
「さよう。見た目も効果もほとんど変わりない材料に差し替えて作られた製品だったんじゃよ」
「それなら、最初からそう言えば良いのに……」

 おじさんは僕の呟きを聞いて、困ったような顔をした。そして、少し間をおいて言葉を続けた。

「まあ、その通りじゃな。しかし、現に彼らはそうしなかった。隠し通す気でいたんじゃろう。幸か不幸か、クレームはほとんど無い」

 おそらく、冒険者からクレームがほとんど無いのは、症状が魔力酔いに似ているせいだと思う。魔力酔いは、魔法を使うための魔力が極端に減った時や、強い回復魔法などの効果に体がついていけなくなった時に発生する症状だ。大体は軽度の頭痛や目眩だが、個人差があるので程度は人による。

 『ライフポーションS』の副作用にある通り、副作用の頻度は稀らしい。なので、ほとんど気が付かない程度のものなんだろう。でも……。

 僕の表情を見て気持ちを汲んだのか。
 おじさんは言う。

「お前さんの気持ちは分かる。ワシも、最初は迷った。しかし、ワシも生活がかかっとるのでな。ほとんど影響のないものなら、ワシもこれ以上引き下がる理由がなかったんじゃ。商品が売れなくなっても困るのでな、ワシもこれを売らざるをえなかったんじゃよ」
「事情は、分かりました」

 僕はその言葉だけをどうにか絞り出した。

 事情は理解した。仕方ないと思う。でも、だからといって元のアイテムと偽って売り続けるのは違うと思う。たとえ、それがほとんど遜色無いものだとしても。

 しかし、回復アイテムは冒険者達の生命線でもある。今はほとんどが『エリクシール』頼りの状況だから、『ライフポーション』や『スキルポーション』が代替品に変わっていても、大きな混乱は無いと思う。だけど、僕のように『ライフポーション』を求めて買いに来る人もいるわけだし、需要が無いわけじゃない。これの生産を止めることは難しいと思った。

 それなら……

「おじさん。『ライフポーション』の製造業者を教えて頂けますか?」
「構わんが、どうするつもりじゃ?」
「僕が行って、話をつけてきます!」

 直談判だ。僕としても、この件を見過ごすことは出来ない。製造中止は難しいと思うけど、せめて真実を告白した方が良いと思う。

 おじさんは、ふっと笑った。
 僕を見据えて言う。

「若いのに、頼もしい限りだ。任せたぞ。もし、上手いこと事が運んだら、この店の後釜をお前さんに任せても良い」

 その申し出はすごく有難いんですけど、ごめんなさい。僕は道具屋じゃなくて冒険者になりたいんです……。
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