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第一章 相田一郎

色褪せた海岸

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 住宅地の細い路地を抜けて大通りに出ると、普段体験することのない奇妙な感覚に陥った。

 土日祝日というわけでもないのに何で今日はこんなに車が少ないんだろうか?
 出勤時間だというのに道路がスカスカじゃないか。いつもの四分の一にも満たない交通量だ。

 一体どういうことだ?
 でも少しは他の車もいるわけだし、たまたま会社の休日が被っているだけなのか?
 あーあ、みんなは休めていいな。俺も平日にたまには休んでみたいもんだ。

 繁華街を抜け、海岸沿いの道へ進むと薄く霧がかかってきた。

 空のほとんど全てが高速で流れる雲に覆われ、太陽は隠されている。色褪せた色彩は海をも染め、本来ある鮮やかな青色は失われている。
 そしてその海は打ち付ける波で荒れ、穏やかだった昨日とは打って変わってまた別の性質を見せるのだった。

 今日の景色はあまり良くないな。それにとっくに春に入っているというのに霧とは。
 今日は朝からやたらとおかしなことが重なる。
 母さんの様子は変だし車はやけに少ないし、おまけにこの霧だ。
 
 そういえばあの木はどうなっているんだろうか?
 そろそろ見えてくる頃だな。

 あれ●●はカーブを抜けた先に存在している。
 そして今、そのカーブを通っている真っ最中だ。

 嫌な気分だ。
 昨日の段階であれほど異常な成長を遂げたのだから一晩経った今、どれほどおぞましいことになっているのか見当もつかない。
 九時間で倍ぐらいの大きさになってたわけだから、あれから一、二、三、四……まあいいや。
 あの成長速度から考えて今頃とんでもないことになっているんだろう。
 
 出来るものならあまり見たくはないが、状況を確認するためにもしっかり目視しておかなければならない。
 
 あと少し、もう少し。後方に車がいないのを確認しつつ速度を緩め、どんどんカーブを進んでゆくと遂に遠方に目的の物体が見えた。

 「う、うーん、うんうん……まあいいだろう」

 それはすぐに分かった。
 相変わらず不気味な姿ではあるが、何とも拍子抜けなことに意外にもあまり変わってなかったのだ。大きさも見た目も。

 やはり所詮はただの木だったようだ。
 おそらくはある程度成長しきったのだろう。今後少しずつ大きくなるのかもしれないが、あの異常な巨大化による侵略が止まっただけでも一安心だ。
 皮肉なことに見たくもないあの木を見て今日一番の幸せを感じるとは。

 「ふーっ」

 安堵感に包まれるとアクセルを踏み込み、やがて会社の駐車場へと着いた。

 駐車場には昨日の到着時よりも多くの車が停まっている。
 どうやらもうみんな先に来ていたようだ。
 今日はやけに道路が空いていたからみんな思ったよりも早く会社へ着いてしまったのだろう。
 自分が一番最後なのは何となく嫌だな。
 
 さて、これから今日一番の大仕事をしなければならな。
 喉の調子は……

 車の中で発声練習をする。

 「あっあー、おはよ……おはよーございまーす」

 うんまあベストとは言えないが悪くないか。
 多分これなら大丈夫だろう。

 車を降り、気合いと緊張感を保ったまま事務所の小屋へと進み入口のドアを開けた。
 
 「お は よ う ご ざ い ま す!」
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