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第一章 相田一郎

異端の木

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  午後五時となり、学校のように終業のチャイムが鳴った。

 工場のみんなは当たり前のようにそそくさと事務所へと向かってゆく。この会社は定時になると事務所の人たち以外はスパっと仕事を切り上げてさっさと帰る。だから俺も紛れて一緒に帰る。
 なんて素晴らしい会社なのだろうか。

 帰り道、再び海岸沿いを車で走る。
 少し日が暮れてきたがまだまだ空は明るい。
 この美しい日本海の景色は仕事の疲れを癒やしてくれる。
 でもなぜだろう、何かが心に引っかかる。

 そうだ思い出した!

 あのだ。

 あの得体の知れないタコのような外来種の木。
 この景色に似つかわしくないあの醜い木……

 まあでも、考えてみればどんな生物にも生きる権利くらいはあるだろう。
 一本くらいは許してやってもいいんじゃないだろうか。
 確かに見た目は不気味だが所詮はただの木だ。毒を持った移動する虫のようにべつに何か悪いことをしでかすわけでもないだろう。

 もうすぐそれが見えてくる。
 道が大きなカーブを描いているので遠くの様子がまだ分からない。
 そろそろだ、そろそろ……

 !?

 カーブを抜け、長い直線へと変わるとそれは遠くに見えた。後ろに車が来ていないことを確認するとアクセルを緩める。
 なんだろうか、来た時と比べてまた別の違和感がある。近づくにつれてそれは大きく……大きく……

 いくらなんでも大き過ぎる!!

 間違いない。周りの木と同じくらいの背丈だったはずだ。なのになんだこの有様は!?
 たった九時間ほどしか経過してないんだぞ!!
 
 奇妙な木は著しく成長していた。なぜか倍ほどの背丈となっていた。それは海岸沿いのどの木よりも大きく逞しさすら感じられるほどに。そして図々しさですらも…
 全くもって信じられない!

 「こ、こんなことが……」

 相変わらずのタコの触手のような枝は伸びて、そして増しており胴体は膨れ上がり、ますます歪んで捻れている。ここまでくると植物というよりは軟体生物かのようにも思えてくるほどだ。とにかく気味が悪い。

 この奇妙な物体を通り過ぎるとバックミラーでさらに追う。
 どんどん小さくなってゆくそれではあるが、こうしている間にもまだ大きくなっているのかもしれない。

 「どうか神様、あの物体がこれ以上育ちませんように」

 そう願わざるをえなかった。
 景観破壊もいいところだ。こんな気持ちの悪い得体の知れないものが俺の住む町で主張を拡大させるのが許せない。

 異質……異質なんだ。本来あるまじき場所に存在するなどあってはならない。
 これは断じて多様性などではない!
 多様性とはバランス。
 力を持ちすぎてはならないものだ。
 お前の住む場所はここではない。
 認めてなるものか、この異端児が!!

 こんなものを勝手に植えやがって!
 多少なりとも憐れみを感じた俺が馬鹿だった。
 クソッ! 今度市役所に報告してやる!

 眉間にシワを寄せアクセルを目一杯に踏み込むと、エンジンが激しい唸り声を上げる。苛つきを感じながらもやがて街の中心部付近へと進んだ。

 ここまで来れば道路は帰宅ラッシュの影響でかなり混み合っている。

 突然、攻撃的なラッパのような音が聞こえた。

 この町では滅多に聞かない音。クラクションだ。それは少し離れた場所から聞こえてきた。どうやら自分に対して鳴らされたわけではないようだ。

 ほっとしたのも束の間、また別方向から聞こえてくる。と思えばまたさらに別方向から。

 何だ? らしくないじゃないか今日は。
 …そうか、きっとよそ者がこの町にやって来たんだろう。

 あの忌まわしい木のように。
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