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9話 出発

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 夜、酒場クラミレス。
 いつものように、端っこの席で、トルダはパーティーメンバーと酒を飲んでいた。

「ハハハ、傑作だったなあいつの顔!」
「ほんと、今にも殴りかかって来そうな感じだったよね!」
「まあ、あの程度の奴に殴りかかられても、どうにでもあしらえるわよね」

 トルダたちのパーティーは、つい先日追放した元パーティーメンバーであるリストを、笑いものにして楽しんでいた。

「やあ、君がトルダ・ヴァイスかい?」

 そんなトルダたちのパーティーに、男が話しかけてきた。

「何の用だ?」

 酒の邪魔をするなと言わんばかりに、トルダは返答する。

「依頼の話をしたいんだけど……ずいぶん酒を飲んでいるようだし……」
「構わん。俺は酒に強いんだ。今も全然酔ってない」

 よく酔っぱらいは酒によってないというが、トルダの場合は本当に酔っていなかった。

「では、ここで話しましょうか。リスト・バノン、という方をご存知ですか?」
「ああ、一応な。ちょっと前までこのパーティーにいた奴だ」
「同じパーティーにいたんですか。それは偶然ですね。そのリスト・バノンと、その近くにいる少女を攫ってきてくれませんか?」
「はぁ?」

 トルダは何言ってるんだこいつ、と言いたげな表情になる。

「ちょっとぉ~~、この人、私たちを犯罪者集団と勘違いしてるでしょ~~」

 パーティーメンバーの一人リサが口をとんがらせていった。彼女はだいぶ酔っているようだった。

「俺たちは冒険者だ。そんな依頼はマフィアにでも頼んでくればいい。いい人さらいを紹介してくれるぜ」
「腕のある冒険者パーティーであるあなた方に依頼したいのですよ」
「人さらいの腕はよくない」
「報酬は弾みますよ」

 そう言われて、トルダはピクリと反応した。

「いくらだ?」
「一億ゴールドです」
「「「一億!?」」」」

 話を聞いていたパーティーのメンバーも一緒に驚きの声を上げる。

「い、一億ゴールドもあれば、山分けしても、一生遊べるくらいの金になるぞ」
「あ、怪しすぎる! そんな金あるわけないだろ!」
「ギラン!」

 男が声を上げると、大きな袋を抱えた執事風の男が、複数入ってきた。
 その袋をトルダたちの前で開けて見せる。
 まばゆいばかりの金色が、トルダたちの目に飛び込んでくる。
 袋の中身は全部ゴールドのようだ。

「これで一億ゴールドあるというわけではありませんが、信用して頂けましたか?」

 ゴクリ、トルダは唾を飲み込む。
 一億あるかは定かではないが、馬鹿みたいな大金を持っているのは事実だろう。
 それを手に入れるチャンスが目の前に転がっていた。

「一億本当に貰えるなら、人さらいにでも何でもなってやってもよくはあるな」
「そ、そうね……」

 メンバーの酔いは、驚きですっかり冷めていた。
 人さらいは犯罪ではあるが、大きなリスクを冒す価値があるほど、一億ゴールドと言うのは大きな金額であった。

「相手はリストだ。たいして強くない。全員でかかれば確実に倒せる」
「そうよね……」

 全員が真剣悩んでいる。
 ただここでやると決断すれば、必ずやる方向になるだろうとトルダは確信していた。
 前まではこんな時は、リストがパーティーを止めていた。
 犯罪っぽい依頼は、リストが必死の形相で止めにかかってきていたので、毎回トルダは折れていた。
 今日はそのリストがいない。

 ――受けちまおう。

 トルダはそう思い。

「やる」

 依頼を受けた。

「それでは情報をお渡しします。対象は今、自宅にいますがもしかしたら、この町を出るかもしれません。とにかくリストとその傍らにいる少女を連れてきてください。必ず生きたまま連れてきてください。前金としてこのゴールドはお渡しします。それと二人を連れてくる場所がかかれた紙を渡しておきます」

 金の入った袋と紙を置いて、男は去って行った。

「よし、じゃあ準備するぞ」

 トルダは、パーティーメンバーに指示を出した。



 そういえば師匠に会えば何かわかるかもしれない。

 この家を出る最中ふとそう思いついた。
 ミリアを俺の元に行かせたのは、師匠だ。
 聖女についても当然詳しいだろう。

「なあミリア。お前を連れてきたメダロスがどこにいるか分かるか?」
「分かりません」
「ここに来る前はどこにいたんだ?」
「お城の中です」

 城?
 貴族か何かだったのか?

「どこの城だ?」
「……ごめんなさいくわしくは知らないです。わたしずっと中にいたから外のせかいをよく知らないんです」

 ずっと中にいた? 閉じ込められたってのか?
 まだまだミリアに関しては知らないことが多いな。
 いずれ聞ける時がくるか。

「メダロスさんのこともそこまで知っているわけではないんです。とにかく場所は知りません」

 結局ミリアは師匠の居場所を知らないようだ。 
 師匠に関して知っている人も、旅の途中で探すとするか。


 町を出るならなるべく早い方がいい。
 俺は準備をして、翌日、ミリアを連れて家を出た。

 この家に住んでいたのは三年くらいか。

 元々は別の町を拠点にトルダたちと冒険者をやっていたのだが、三年前にこの町に拠点を移した。
 その時にこの家は買ったのだ。

 購入した時はいずれまた拠点を変更する時に、家を手放すことになるとは思っていたが、こんな形になるとは思っていなかった。
 どうせ出るんなら売ってからにしたかったが、どうせ高くは売れないし別にいいか。

「じゃあ行くか」
「はい」

 ミリアが家を出ることに責任を感じていないか少し心配だったが、割と晴れやかな表情をしていた。
 杞憂だったようだ。何も悪くないという俺の言葉を素直に受け取ったらしい。

 町の門に向かって歩く。
 家の者を詰めるだけ詰めているバッグを背負っているのだが、全然重くない。
【超人化】でパワーが上昇しているからだろう影響なのだろう。

 ん?

 気のせいか……いや……。

 確かに今視線を感じた。

 黒い鎧のやつらか?
 いや、奴らは俺には敵わないと諦めて、逃げたはず。
 来るなら何らかの手段を使って倒しにくるはずだが、こんな短期間で準備が出来るものか?
 そもそも奴らは夜襲に向いているだろうが、昼間からはこないだろう。
 恐らく違う。

 じゃあ、誰だ?

 分からんが……、来るなら返り討ちにしてやる。

 そう決めて俺は町を出た。

 ちらりとミリアの様子を見てみると、何だか顔を赤らめてもじもじしている。

「トイレか?」
「ち、ちがいます!」
「じゃあ、何だ?」
「手を……つなぎたいんですが……」
「何だそんなことか。ほれ」

 俺はミリアの前に己の手を差し出した。

 ミリアは俺の手をギュっと握りしめ、

「えへへ」

 と言って笑った。
 相変わらずそこまで笑わない子だが、たまにかこうして笑みを見せてくれる。
 笑うと可愛さが十倍ぐらいになるので、もっと笑えばいいのにと思う。
 俺がもっと笑えるようにしてやらないといけないか。

 そしてしばらく歩き町からだいぶ離れた場所で、俺は歩を止めた。

「そろそろ出て来いよ」

 町で感じた視線を出していた連中は、ここまで俺たちを尾行してきていた。
 逃げるか、どうするか迷ったが、何らかの情報を知っている可能性もある。
 とりあえずこれで出てくるなら倒す。
 逃げるなら追わずにそのまま行くということにした。

 俺が尾行に気付いているということを知った連中は、動き出した。
 逃げずに素直に俺の前に出てきた。

「よう、流石に結構鋭いな」
「トルダ?」

 それからぞろぞろと出てくる。
 俺を追放した元パーティーメンバーたちが、次々と姿を現した。





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