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14.入る隙はなさそうだな

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 驚きで声が出ない。シルヴィアはズキズキ痛む胸を押さえつけながらユランを見つめ返す。

「ヴェントゥスは、国を出ようとしている。君はそれを知っているんだろう?」

 尋ねられ、シルヴィアは戸惑いながらも頷いた。

「ヴェントゥスの言い分も夢も理解はしているけれど、ヴェントゥスだって立派なこの国の王子なのだから。どうやらレイナはヴェントゥスを好いてくれているみたいだし……聖女と婚約させてしまえば利益になるしさすがに国を出て行く事は不可能になるから一石二鳥だよ」

 淡々と話すユランをシルヴィアは黙って見ていた。表情を窺うものの、真意は分からない。

「君には申し訳ないとは思うけれど……ヴェントゥスが君に失礼なことをしているのも王宮魔術師にすることで帳消し。ね、いいアイデアだろう?」
「……お断りしますわ」
「え?」

 シルヴィアははっきりと、そう言い放った。ユランは不思議そうな顔でシルヴィアを見る。

「確かに私の夢は王宮魔術師になることです。しかし、見えざるものからヴェントゥス様を救うことを1番の目標としてきたのです。それを達成して認められてこそ王宮魔術師にふさわしいと思えると思うのです」

 シルヴィアはヴェントゥスと出会った頃を思い出していた。
 霊や妖精、見えないものに取り憑かれ疲れ切っていたヴェントゥス。試行錯誤して作り上げたアミュレットを今では欠かさずつけてくれている。それは、魔術師の端くれとしてとても嬉しいことだ。

「もう少し、私に時間をいただけませんか。ヴェントゥス様との約束を守りたいのです」

 シルヴィアの眼差しは真剣だった。ユランは一瞬目を見開いてから、ため息まじりに笑った。

「分かったよ。君は……シルヴィアはヴェントゥスを大切に思ってくれているんだね」
「……仮の婚約者だとしても、ヴェントゥス様はとても良い方ですし、一緒にいるのは楽しいですから」

 ふふっと笑ったシルヴィアにユランは笑いかけるとシルヴィアの白い髪を手に取った。

「シルヴィアが王宮魔術師になるのが楽しみだよ」

 指で髪を弄んでから、ユランはリップ音を立てて髪にキスをした。ヴェントゥスに似た端正な顔立ちとその色っぽい仕草にシルヴィアは思わず赤くなりそうになった。


 部屋を出ると、廊下の先の方でヴェントゥスとレイナが談笑しているのが見えた。

 (私が王宮魔術師になったら……2人は婚約させられるのかしら)

 本当は、ヴェントゥスの夢を応援したいと、邪魔をしないであげてほしいとはっきり告げたかった。だが、ユランはあれ以上言わせてくれるような雰囲気ではなかった。

 (それに……あんな可愛らしい方と一緒にいたらヴェントゥス様だって考えが変わるかも知れないし)

 シルヴィアはそんな風に思い直すとその廊下の反対側へと歩き始めた。


 シルヴィアは外にある魔術部屋に半ば篭り気味に過ごしていた。花壇を世話したり、魔術道具の手入れをしたり、やることはたくさんある。それと、ここならヴェントゥスやレイナと顔を合わせずに済む。
 あれから話をしている2人を見ると気まずく感じるようになってしまっていた。2人はまだ婚約の話を知らされてはいないとは思うのだが、見るたびにチクチクと胸が痛むのだ。

「でもこんなのよくないわよね……」

 ヴェントゥスは頻繁にここを訪れているようだった。弱めだが追跡魔法をかけてあるおかげで事前に距離を取ることができる。しかし、これでは嫉妬している狭量な女でしかないことぐらいシルヴィアだってわかっている。ため息をついているとヘレンがぱたぱたとやってくるのが見えた。

「お嬢様、カルマという方がお見えですよ」
「カルマが?」

 ヘレンに付き添われ、王宮の外にある広場まで歩いて行くとカルマはシルヴィアに向かって大きく手を振っていた。

「来ちゃった!」
「本当にすぐに会いに来たわね」
「……なんか元気ない?」

 シルヴィアはびくりとしてカルマを見つめた。そんなに顔に出てしまっているのかとシルヴィアはため息をついた。


「あー、そういうことね……」

 結局シルヴィアはカルマに洗いざらい喋ってしまっていた。カルマは最後まで真摯に話を聞いてくれたのが、とても嬉しかったのだ。

「んー、あんま心配する必要はなさそうだけどなあ」
「え?」
「なんでもない」

 ぼそっと呟いたカルマの声はシルヴィアには聞こえなかった。カルマは不思議そうな表情を浮かべるシルヴィアに詰め寄る。

「自信持てって! 俺だったら間違いなくあんたを選んでるし」
「お世辞はよくないわよ……でも嬉しいわ」
「お世辞じゃないってば」

 歯切れ悪くそう言うとカルマはシルヴィアの手を掴んだ。その顔は、なんだか熱っぽい。

「もし、辛かったらいつでも俺んとこ来いよ。てか、俺の村だったらあんた大歓迎だし、その、俺だって……」
「僕の婚約者に何してるのかな?」

 カルマの声を遮って聞こえてきた声にシルヴィアは恐る恐るそちらを向いた。そこには綺麗な笑みを浮かべるヴェントゥスが立っていた。

 (全く追跡魔法が感知しなかったわ……どうして)

 内心焦りまくるシルヴィアをよそにヴェントゥスは距離を詰めてくる。そしてカルマの手からシルヴィアの手を奪い取る。

「あんたが不安にさせるからいけないんだろー」
「……追跡魔法をかけてまで僕を避けたかったのはどうして?」

 キースにでも教えてもらったのだろうか、追跡魔法を解かれていることに気まずさでいっぱいになりシルヴィアは目を逸らす。見かねたヴェントゥスはシルヴィアの手を優しく握り直した。

「僕のわがままに傷ついているなら、我慢しないで言ってほしい。でも……シルヴィアに避けられるのは、悲しいんだ」

 シルヴィアは一瞬目を見開くと、眉を下げたヴェントゥスを見つめた。

「ごめんなさい……」
「……僕こそ、ごめん」

 ぎこちなく謝りながら俯く2人をカルマは呆れながら眺めていた。

「あーあ、俺が入る隙はなさそうだな」

 目を光らせるヴェントゥスは怖いため、カルマは本当に小さな声で呟いた。しかしながら2人の世界といった光景を見続けるのは癪に触る。カルマは思いっきり咳払いをする。そして振り向いた2人に本来シルヴィアに伝えようと思っていた話を投げかけることにした。

「ウィスタリア王国とブローディア王国の狭間周辺に妖精の王国の入り口があるらしい。きっとあんたたちの助けになるだろうってシェルジュさんが」

 カルマの投げかけにいち早く反応したのはシルヴィア。

「妖精の王国!?」

 目を輝かせるシルヴィアと興味深そうに耳を傾けるヴェントゥスにカルマは話を始めたのだった。
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