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第4章 卒業パーティー

2. 誕生日なんだけどなあ

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 今日はハイドレンジア学園中等部卒業の日。それからわたしの16歳の誕生日だ。
 コルセットをギチギチに締められるわ、高いヒールをはかされるわ……ようやく嵐のようなドレスアップから解放されたわたしはふらふらと部屋から出た。
 おかしいな、今日わたしの誕生日なのになあ……少しくらいコルセット緩めてくれてもいいのでは。けれどヒロインだからなのか、胸の辺りがだいぶお粗末なので、メイドさんたちは谷間を作るのに必死そうだったから言わなかった。好きでそうなったわけでは断じて、ないけれど。
 学園行きの馬車が待つ玄関へと向かう。玄関では18になった兄ナインの姿がある。前世でいえば兄は高校3年生なのだけど、たぶん高3男子にこんなに色気はない。そんなフェロモンダダ漏れ兄がわたしに向かって微笑む。

「ローズ、お誕生日おめでとう。それから中等部卒業おめでとう」
「ありがとうございます、おにいさま」
「すっごく綺麗だけど、それがジルくんのだと思うと嫌になるね。帰ってきたら用意していたドレスに着替えるといいよ」

 わたしは少し口角を上げるにとどめた。兄には申し訳ないが、ドレスを着替えるのとか正直すごく面倒なのでやらない。
 この3年間、散々妹アピールをしてきたけれど、いまいち分からない。シスコンを助長したのか、わたしを完璧に恋愛対象として見てしまっているのか……ジルやレイとバチバチ火花をとばしていることだけは分かる。このひとたちが一堂に会すと思うと今から不安しかない。

「ローズは可愛いんだから卒業にかこつけてきっといろんなむ……男性たちが寄ってくると思うから、気をつけるんだよ」

 今、虫って言おうとしてた? まだ害虫とかじゃないだけマシ、かな……わたしはこのままでは会場に乗り込みそうだと判断し、どうにか安心させた。誕生日なのに、もう疲れたんだけど……


 卒業式をあっさりと終えるとすぐさま卒業パーティに移行した。1人入場も可能だが、割と多くの生徒が婚約者もしくは恋人を伴って入場する。ラギーのようにモテる生徒は裏口からこっそり入るらしい。女子生徒がパートナーの座を狙って取っ組み合いが起きたとか、そういうこともあるかららしい。ラギーに聞いたら「俺はローズとジルと一緒にいたいから、知らない子はいいや」と言っていた。ラギーは人当たりはいいけれどこの3年間でだいぶ内向的になってしまったらしい。それでも仲良くしてくれて嬉しい。

「おい、入場する列に並ばなくていいのかよ?」

 ジルがわたしを覗き込む。
 わたしは体裁気にするマンに変わり果てたジルと今日一日パートナーだ。ジルはもとよりその気満々だったらしく、黒系のスーツにピンクのネクタイとバラのコサージュをアクセントにしていた。側から見たら立派なパートナーだ。

「わたしたちは正副生徒会長ですから、もとから最後の入場だと決まってますよ」
「あ、ああ。そうだったな」

 1人ずつ入場だったのが一緒になっただけだ。結局ジルが近くにいることに変わりはなかった。わたしはジルと共に最後尾へと向かった。入場が進んで行き、いよいよわたしたちの番がやってきた。正直すごく待った。早く入って何か食べたい。

「前の方が行きましたよ。次はわたしたちですね」
「…………腕組めよ」
「え、ちょっとっ」

 腕を無理やりとられたわたしはそのまま会場内に躍り出てしまった。それをジルがなんとも紳士的に支えてみせた。会場内にはうっとりする声が上がる。揃えた夜会服、美貌、完璧なエスコート……間違いなく恋人か何かだと思われている。もし、これも体裁気にするマンの策だとしたら、もうとんでもなく恐ろしい。
 なんとか入場を終え、色めきだった目で見られる中、わたしは並んだ料理を食べようと進んでいく。

「あのう……料理食べたいんですが……」
「どうせすぐにダンスなんだからいいだろ」
「ええ……」

 ジルは何かを食べるわけでもなくずっと後をついてくる。しかもジルがいるせいなのか、全然誰ともお話できそうにない。早くラギーきてー。わたしの癒しおいでー。
 けれどわたしの祈り虚しく、ダンス用のゆったりした音楽が流れ出す。項垂れたのと同時にジルに腕を引っ張られ、会場の中央に連れ出された。わたしはダンスが得意じゃない。練習はしたけれど目を惹くものではない。足を踏んでしまうかもしれないし、不本意だけれどジルには言った方がいいかも。

「あの、ジル様、わたしダンスはあんまり得意じゃなくて……」
「ふうん。お前にも苦手なものがあるんだな」
「いや、踊れますけどね? 踊れるんですけど、お手柔らかにお願いします……」

 ジルはニヤリと笑ってわたしの手を取る。腰に添えられた手がなんだかくすぐったくて、なんとか耐えようと口を一文字に結んだ。音楽が始まって身体が揺れ始める。足元に気をつけながら慎重にリズムにのる。

「誕生日おめでとう」
「へっ、あ、ありがとうございます」
「……ドレス、似合ってる」

 待って、なんでそんなに素直なの? と思わず突っ込みたくなる。なんでわたしまで照れてるんだ。お願いだから、いつもみたいに顔を背けてよと思うけれどジルはわたしを真っ直ぐ見ている。でもダンスはお互い見つめ合っているものだと思うし、逸らしたら負けたみたいで……せめぎ合っているとパートナー変更の合図があった。わたしは勢いよく手を離して沈み込むように礼をしてそそくさと離れた。
 ジルはすぐさま別の女子生徒に捕まったため、無事に隅の方にはけることができた。気にしているのもあれなので、わたしは食事をする。料理を吟味していると、ラギーがお皿を持って声をかけてきた。そのお皿にはわたしの好物ばかりがのっている。

「ローズ、ダンスおつかれさま。そろそろ戻ってくるかなと思ってちょっと取っておいたよ」
「ありがとう。ラギーは踊らなくてもいいの?」

 視線の先で女子生徒たちがこちらを睨んでいるのが目に入る。3年間で慣れたものの……ラギーは女子生徒たちに全く興味を示さないから、どうしたものかわたしも困っている。

「なあ、ジルとのダンスはどうだった?」
「うーん、普通かな。ちゃんとわたしに合わせてくれたし踊りやすかったよ」
「そっかそっか!」

 ラギーはなんだか上機嫌だ。今の話のどの辺りに上機嫌になる要素があったのか教えてほしい。
 その後2人で喋っているとジルが合流した。どこか疲れている様子だったし、たぶん女子を振り切ってきたのだと思う。「大変ですねえ」と言えば「興味はないんだからな」とだいぶ強めに言われてしまった。


 卒業パーティも無事に終わり、ようやく家へ着いた。
 この後もパーティなのだが、身内だけだからせめてヒールはないやつに履き替えよう。

「こんばんは、ローズさん」

 あれ、玄関に誰か待ってる。わざわざ灯りの届かないところに立つの気味悪いな。目を凝らして、うわあ、と思わず声を出してしまった。嫌々ながら返事をした。

「こんばんは、レイ様」
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