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第2章 波乱の学園生活

3. 修羅場ってるんですけど

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 3限目終了を知らせるチャイムが鳴った。この後はお昼休憩で次の授業までざっと2時間ほどある。食堂へ向かう波に逆らって、わたしはお弁当を持って安全地帯、ウィルのもとへ向かうべく立ち上がった。すると、腕がぐんっと引っ張られ、立ちあがりきれなかった。見れば隣に座っていたジルがわたしの腕を掴んで不機嫌気味に見上げている。

「なあ、お前最近どこ行ってんの?」
「え、えっと」
「お昼休憩に入った瞬間、すぐにいなくなるよね。俺、ローズとお昼食べたいのに」
「それは、そのー」

 いつの間にかラギーにも詰め寄られていた。両サイドから動きを封じられている。「植物園にいる」と馬鹿正直に言ってしまったらわたしの憩いの場がなくなってしまう。困ったわたしはなんとか打開策を考えた。

「限定30食の、スイーツを食べに……」

 かなり苦し紛れに捻り出した。でも嘘はついていない。頭が良くなる!? みたいな噂を聞きつけて狙いに行ったがあえなく敗退してきたことはある。すぐ売り切れてしまうからすぐさまいなくなるのにも説明がつく。

「ローズ、食いしん坊なんだね」
「スイーツが食いたいなら、さっさといくぞ」

 食い意地がはっている認定をされたわたしはジルとラギーに食堂へと引き摺られていく。そういうことじゃないし、憩いの場へ向かわせてほしい。
 いざ食堂へ向かうと、不思議なことにわたしたちにみんなして道を譲ってくれた。モーセかと思うほど人がはけていく。これは、ジルが公爵身分だからか。しかし中には明らかにわたしを見てペコペコと頭を下げている人もいて、なんとなく兄の顔がよぎった。

「まさか、残ってるとは……」

 正しくは残されていた、だが。
 食堂のお姉さんが「ナイン様の妹さんですね! お待ちしておりました」と取り置いていたラスト一食をくれた。ついでに兄への手紙もついてきた。兄がどうやって丸め込んだか容易に想像がつく。
 本日の限定スイーツは紅茶のシフォンケーキだった。さらに食欲旺盛だと判断されたわたしの元には1人では食べきれないほどの料理が並べられている。

「2人も一緒に食べてね……」

 お弁当はどうしよう、と考えながら一口目を食べた。おいしすぎて一瞬思考が吹っ飛んだ。びっくりするくらいおいしい。ジルもラギーも一緒につついてくれている。

「お目当てのスイーツが手に入ったわけだけど、あんまり喜ばねーのな」

 ぎくり。真意を読み取ってきそうな鋭い眼差しに目を逸らす。わーい、と言ってみたがもう手遅れっぽい。

「マカロンとかがよかったなーって、思って」

 我ながら酷い言い訳だ。取り置いてもらって文句を言ってる嫌なやつになってしまう。しかし、これが案外効いたらしく、2人は信じてくれた。

「明日も俺たちと一緒に食堂きて確認だな!」

 と、さりげなくラギーにお昼休憩の自由行動は制限されてしまった。これはウィルのもとへはあまり行けなくなってしまうだろうな……


 放課後、落胆は消えなかったけれど植物園へと足を早めていると。

「好きです、私とお付き合いしていただけませんか!?」
「ごめんね」

 うわ、告白失敗場面。
 曲がり角すぐのところで聞こえてきたため、わたしは曲がるのをやめた。だけど植物園に行くにはここを曲がるしかないため、どうしようかと考える。

「どうして……あんなに優しくしてくれたのに。やっぱり、妹さんがいるからですか!?」

 食い下がるなあ、と思ったけれど妹のワードに嫌な予感がした。しゃがみこんでちらりと覗き込むと予感は的中した。水色のゆるいウェーブがかかった髪が映る。その奥には昼間の食堂のお姉さんが見えた。やばい、間違いなくわたしのせいで泥沼化してる。このままだとわたしは兄の昼ドラを見せつけられることになる。

「別に、あなたには関係のないことだから。僕は妹のためにスイーツを取り置いておいてほしいとお願いしただけだよ。あなたは何の見返りも求めなかったでしょう」
「そうですがっ」

 別にわたしは望んでいないことだ。そう叫んでお姉さんとの仲を取り持ちたい。いや、でもこの得体のしれないお姉さんが自分の義姉になるのはちょっと嫌な気もする。

「何してんだ、お前」
「ほああっ!?」
「うわ、うるさっ。まじでどーした」

 気配を消して現れないでほしい。ジルはわたしが睨むのには気も止めずわたしを壁に押しやって覗き込んだ。

「あれ、お兄さんじゃん、何、覗き見してたの?」
「違います、この先に行きたかったんですけどこの有り様だったからどうしようかと……」
「へえ、この先何かあったっけ」

 にやり、とジルは笑う。墓穴を掘ったかもしれない。人気のないところだからこそ告白をしているわけで。この先に用が、なんて限られてしまうじゃないか。あれ、じゃあジルはなんでここにいるんだろう。ジルに目線を向ければ、オレンジ色の瞳が探るようにわたしを見ている。この状況をよく考えると、壁に追いやられて曲がり角の先が見えないばかりか身動きが全くできないことに気がついた。

「ちょっと、何してるのかな」

 頭上から声がして、ひょいとジルの腕が取り払われた。見上げればナインがにこにこと笑っている。今だけは感情が読める。たぶん、すごい怒っている。

「あの、おにいさま。わたしのためにスイーツを取り置いていてくれたとかで……ごめんなさい」
「ローズが謝ることじゃないよ。僕が好きでやってたことだからね。どっちかっていうと2人で何してたのって聞きたいかな」

 目が笑っていない。
 植物園に向かう先で修羅場っていたので待っていました、とは言ったらたぶん兄が植物園についてきてしまう。ジルについてはわたしが聞きたいくらいだ。

「たまたま居合わせたんですよ。お兄さんが告白されている光景を見て戸惑っているようだったので、俺が声をかけました」

 たしかにジルは嘘をついていない。それどころか怪しまれない満点回答かもしれない。

「そうなの、ローズ?」
「あ、そうなんです。おにいさまが心配で」
「そっか、ごめんね」

 兄は優しく笑ってわたしの頭を撫でた。ジルの前でも構わずやるらしい。恥ずかしいから控えてもらいたい。それよりもわたしはさっきのお姉さんの処遇が気になる。

「あの、さっきの方は……」
「ああ、きちんと説得したから気にしないで。でも明日からスイーツの取り置きがなくなってしまうね……」
「ありがたいですけれど、スイーツの取り置きとか申し訳な」
「そうだ、明日からは僕がローズの分のスイーツを手に入れて待ってるね」

 完璧にお姉さんについてはスルーされ、ついでにわたしのスイーツはいらないという申し出も見事に被された。上級生は少しお昼休憩の開始時間が早いから大丈夫、と言いくるめられたけど、たぶん生徒会長の権威もフル活用するつもりだろう。

「明日は俺とラギーとお昼を食べる予定なのですが」
「ああ、そうなんだ。じゃあ、僕もいいかな?」

 有無を言わせない問いかけにジルは不満げに頷いた。
 こうして、明日からの攻略対象に囲まれたお昼が確約されたわけだけれど。
 あれ、わたしの意見は聞いてくれないんですね……
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