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第10話:次世代の獣人だぁっ!!

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 長居足を大きく振り上げて、ディーナは扉を蹴破った。
 まるで何かが爆破したような音が辺りに響く。
 部屋の中にはまだ、ミドヌーを解体した後である、生温かく血生臭い空気が満ちている。
 屋敷の使用人たちは眠っていただろうが、音に気付いて起きてくるのも時間の問題だろう。

「フューン、フュ―ン」

 微かな鳴き声が、確かに聞こえている。

「あそこ! あそこですっ!」

 ペチェが指さしたのは、ディーナが怪しいと感じていた、赤い絨毯が敷かれた場所だ。
 徐にそれを引っぺがそうと手を伸ばし、触れた瞬間、見えない何かに阻まれたように、ディーナの手は弾かれた。

「つっ!?」

 ディーナの指先から、血が流れる。
 絨毯からは、光を帯びた赤い糸のようなものが幾本も伸び、空中を漂っている。

「だっ!? 大丈夫ですかっ!?」

 青褪めるペチェを他所に、ディーナは流れる血をペロリと舐めて、考える。
 赤い絨毯には、とても簡単なものだが、防御魔法がかけられているようだ。
 ディーナは、魔獣であれど魔力はさほどなく、魔法を使う事も出来なければ魔法がかかっている物の対処法も心得ていない。
 ここはつまり……。

「ペチェ、どうにかできるか?」

 ディーナの言葉に、ペチェは鼻息荒く、力強く頷く。
 赤い絨毯に手をかざし、どういった魔法かを調べ始めるペチェ。
 そして、ディーナの聞き慣れない言葉で、呪文を唱え始めた。

「オガート、クニナーデ。テハーダ、クニナーデ」

 すると、赤い絨毯にかざしていたペチェの手の平が黄色く光って、絨毯から発せられている赤い光の糸をみるみるうちに吸収していった。

「これで大丈夫です!」

 ペチェの言葉通り、ディーナが絨毯に触れても、手は弾かれなかった。
 サッと絨毯を取り除き、現れたのは大きな床扉だ。
 縦横約二メートル四方の四角い床扉の周りには、血がベッタリとついている。
 最悪の状況を想像したディーナだったが、どうやらその血は古く、黒く固まっており、臭いもカミ―のものではない。
 床扉の取手を引っ張って、上に引き開けようと試みるも、それは鍵がかけられているのか開かない。
 じれったくなったディーナは、持ち前の怪力で、思いっ切り取手を引っ張って、周辺の床ごと扉を持ち上げた。

 バリバリバリッ! ガガガがガッ! 

 鈍い破裂音を立てて、床下に現れたのは、地下へと続く階段だ。
 それはまるで、奈落の底に続いているかの如く、長く、暗い……。

「ペチェは、ここで待っているか?」

 ディーナの問い掛けに、ペチェは首を横に振る。
 ペチェの意志を汲み取って、ディーナは頷いた。





 階段はさほど長くはなく、すぐさま地下室らしき場所に辿り着いた。
 天井は高く、石造りの壁と床には、所々に血が飛び散った跡が見られる。
 辺りは真っ暗で、普通ならば何も見えないのだろうが、ディーナは魔獣フェンリルだ、これくらいの暗さは何の問題でもない。
 後ろを歩くペチェの手を引きながら、注意深く辺りを見回し、先へと進む。
 地下室は相当広いらしく、通路がずっと先まで続いている。

「フュ―ン、フューン」

 もう耳を澄まさずとも聞こえてくる、子ミドヌーの鳴き声と思われる音を頼りに、歩いて行く。
 すると前方に、何やらぼんやりと光る何かが見え始めた。

「あれは……。魔法陣?」

 ペチェが呟く。
 光っているのは石造りの床で、ディーナには到底理解不可能な、複雑な模様の魔法陣が大きく描かれていた。
 そしてその中央に、痩せ細って生気の衰えた子ミドヌーが、体中に鎖を巻かれて身動きがとれない状態で伏せていた。

「……ひ、酷い」

 ペチェが、恐怖と怒りに体を震わせて、ディーナの手をぎゅっと握り締める。

「……ディ、ディーナ、か?」

 聞き覚えのある声が聞こえて、ディーナはふと右を見た。
 するとそこには、無残にも右足を剣で貫かれ、地面に突き刺したままに放置されたカミ―が、手枷をはめられ、鎖を壁に繋がれた状態で横たわっている。

「……カミー?」

 あまりのやられように、ディーナは驚き、ペチェの手を放して、思わずカミ―に駆け寄った。
 そして躊躇なく、その右足に突き刺さった剣を引き抜く。

「うぐぁっ!?」

 カミ―から、痛烈な声が漏れる。
 ディーナはすぐさま自分の服の裾を破り、止血の為にカミ―の足を縛った。

「く、くそぉ……、お前に助けられるなんて、恥だ……、一生の恥だぁっ!」

 思ったよりも元気そうなカミ―の言葉に、ディーナはふっと笑う。
 ペチェはというと、少し離れた場所で、またディーナの聞き慣れない言葉を呟きながら、床の魔法陣に向かって手をかざし、子ミドヌーを助けようとしている。

「うっ、ディーナ、早くここを出るんだ。あいつだ……、犯人はウィーダスだよ。あんのぉ、化け物めっ!」

 痛みを堪えながら、カミ―が告げた。

「しかし、ウィーダスは南部軍の上等戦闘員じゃなかったのか?」

「そうさ、俺は上等戦闘員だぜ?」

 ディーナの質問に答えたのは、ウィーダス本人だ。
 驚き振り向いた先、暗い地下室の闇に溶け込むように、灰色の肌をしたウィーダスが立っている。
 いつの間にか後をつけられて、逃げ道を塞がれてしまっていたのだ。
 幸いにも、まだ光り続けてはいるものの、その効力が薄れたのだろう魔法陣の中央で、鎖を外されたミドヌーの傍にペチェは寄り添い、無事だ。

「ウィーダス……。お前、こんな事をして、どうなるかわかっているんだろうな?」

 右足の痛みに耐え、額に汗を浮かべながらも、強気な言葉を発するカミ―。

「どうなるか? それはお前たちの方だろう? この状況で、どうやったら俺から逃れられるってんだ? ははっ」

 先ほどまでとはまるで違う、悪人面で笑うウィーダス。

「しかしまぁ、カミ―は別として……。ディーナよぉ~。お前さん、金に困ってんだって? なんでも、先の戦争でへまやらかして、使い物にならなくなった義理の親父と一緒に除隊したんだろ? 泣ける話じゃねぇかよ、おい。この仕事はいいぜぇ? 浮世を離れたい馬鹿共に、薬は高く売れる。俺と手を組まねぇか? 分け前は七三でどうだ。悪い話じゃないだろう? 足を失くした親父にも、楽をさせてやれるぜぇ?」

 ウィーダスの言葉が、宙に舞う。
 拭い去れない、悪夢の記憶が、ディーナの脳裏に甦る……。





 ……五年前、東部国交戦線。
 それがディーナにとって、国営軍最後の戦いとなった。
 敵の数は予想よりも遥かに多く、マリスク率いる北部隊は苦戦を強いられていた。

 当時、北部隊所属の仲間たちはみな、ディーナの正体を知っていた。
 そのために、仲間がピンチに陥った際、最終手段として、ディーナは本来の姿に戻り、巨大な黒い魔獣の姿、フェンリルの姿になって、戦場の敵を蹴散らしていた。

 しかし、東部国交戦線の時はそうもいかなかった。
 味方は北部隊と東部隊、さらには南部隊による合同軍。
 ディーナの正体を知らない者たちの前で、本来の姿に戻る事をマリスクは禁じた。
 人化した魔獣が軍にいる、そのような事実は決して認められない、それが理由だった。

 しかし、戦況は明らかに不利。
 次々と倒れ行く仲間を前に、ディーナは自分では制御できない悲しみと怒りに襲われて、危うく人化の術を解きそうになった。
 だが、マリスクはそれを許さなかった。
 我を忘れそうになったディーナを抱き締め、手を引き、戦線離脱しようと退行し始めた。

 その時だった……。

 敵に背を向けたマリスクの足に、敵の放った爆弾が直撃したのだ。
 マリスクの左足は木端微塵となり、その後は……。





「アーモンズさんは話のわかる貴族だ。そんじょそこらの馬鹿貴族とはわけが違う。お前さんの身の上を説明すりゃ、同情の一つでもしてくれて、いい仕事を与えてくれるさ。俺も最初は家族のため、祖国のためと真面目に働いていたが、そんな薄っぺらな正義感じゃ飯は食っていけねぇ……。簡単な話、良い生活をしたけりゃ悪にも手を染める。いや、違うな……。それこそが俺の正義なのさ。こんな時代、真の正義なんてありゃしねぇ。自分の信じる正義は自分で決めろ、そう言うこった」

 ペラペラと、饒舌に話し続けるウィーダスを前にディーナは、その黒く長い尻尾の毛を逆立たせ、体中からは赤い光のオーラを放ち始めた。

「おっと……、なんだそりゃ? やる気か? ならこっちも、手加減しぇねぜ?」

 ヘラヘラと笑いながら、ウィーダスもその体からどす黒いオーラを放ち始める。

「魔法っつぅもんは便利でよぉ。ただの獣人の俺にも、特別な力を与える事ができる。これが俺の、戦闘スタイルさぁ!」

 見る見るうちに、その筋肉質な体をぼこぼこと波立たせて、膨れ上がっていくウィーダス。
 額の角は伸び、口は大きく裂けて、人とは程遠い、魔獣のような姿へと変貌していく。

「俺はウィーダス・ワ―ケン。ある魔法使いから特別な力を授かった、次世代の獣人だぁっ!!」

 口から白く熱い息を吐きながら、血走った眼で、ウィーダスは叫んだ。
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