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僕は許さない!

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   その夜……

   スピーは眠れずにいた。
   鉱石ドラゴンと思われる小さな生き物は、スピーの頭から離れてくれたものの、今度はスピーの枕の上に陣取って、小さな寝息を立てて眠ってしまった。
   しかしながら、相手はスピーの手のひらよりも小さいので、スピーも一緒に同じ枕で眠る事も可能だ。
   しかし……

「君は、どうしたい? 山に帰りたい?」

   既に眠っている小さな生き物に向かって、スピーは問い掛ける。
   だが勿論、返事はない。
   起きていたとしても、会話は不可能だろうが……

「もし本当に、研究対象として売られる様な事になったら……。その時は絶対に、僕が守ってあげるからね。何とかして、守ってあげるからね」

   スースーと寝息を立てる小さな生き物を、スピーはそっと撫でた。
   ツルンとした肌触りの白い鱗は、想像以上に温かかった。






   *ヨシの月、9日*


   朝がやって来た。
   ヒロト、ダッグ、スピーの三人は、朝食を済ませた後、コルトとマローに店を任せ、早々に西地区へと出掛けて行った。
   昨日、屑石の中から現れた、あの鉱石ドラゴンの幼生と思われる小さな生き物を、宝石モグラ団のマスター、ワリオサに引き渡す為だ。

   ヒロトの愛車、黒い軽トラで、石畳の道をひた走る。
   朝一番という事もあってか、いつもなら賑やかな通りも静かだ。
   ブロロロロ~という、軽トラのエンジン音だけが響く。
   移動をする間も、その小さな生き物は、特等席であるスピーの頭の上を離れずにいた。
   
「ごめんくださ~い。素材屋アルヨンのヒロトです~」

   宝石モグラ団のギルド本部に到着し、正面のドアを叩きながら、大声を出すヒロト。
   まだ周りの店も開店する前の時間なので、正直迷惑極まりないだろう。
   だがしかし……

「ん? あ!? ヒロトさん! おはようございます! ……あ、上からですみませんっ!」

   頭上高く、屋根の上から声を掛けてきたのは、スピーの見知らぬ人物だ。
   黒いサングラスと、短い茶色の毛並みから考えるに、どうやら彼もワリオサやトードと同族の者らしい。
   繋ぎの作業着を着て、手には金槌と鉄釘を持ち、屋根の修理の真っ最中のようだ。

「やぁ! ベルナード君! 朝から頑張ってるね!!」

   ヒロトは彼の事を、ベルナードと呼んだ。
   どうやら顔見知りらしい。
   喋り方と雰囲気からして、彼はかなり真面目な性格なようだ。

「いやぁ~、随分長い期間、本部を離れてましたからね……。何故だかいろいろと壊れたりしてるんですよ」

   困った顔をしながらも笑うベルナード。

「それは大変だね。ところで、ワリオサさんはいるかい? ちょっと話があってね!」

「あ~……。親方は今、トードさんと南地区の朝市に行ってますね。しばらくしたら帰ってくると思うんで、中に入って待っててもらえますか? 二階にゲイルがいるんで、茶でも出させればいいですよ!」

「ははは! そうさせてもらうよ!」

   ヒロトは笑いながら、宝石モグラ団のギルド本部の扉を開いた。
   ヒロトに続いて、中に入るスピーとダッグ。

   中は昨日と同じく、だだっ広くて暗い。
   ただ昨日とは違って、部屋に置かれている四台の荷台の中は空っぽである。
   どうやら、ヒロト達が鑑定した宝石や魔石は、あの後すぐ売りに出されたようだ。
   見た目にそぐわないワリオサのフットワークの軽さに、ヒロトとダッグは少々驚いた。

「さすがはワリオサだな……、仕事はえぇ~」

「まぁ、元はあの金剛石の守護団の副団長にまで上り詰めた男だからね。やり手はやり手だよ。それに、いくら失態を犯してギルドを追われたとはいえ、当時のコネが全て無くなった訳ではないだろうし……。あれだけ上質な宝石が採れたんだ、さぞ儲かっただろうね~」

   羨ましそうな表情で、空の荷台を眺める二人。
   しかし、スピーは違った。

   お金の何がそんなに大事なんだろう。
   お金が沢山あれば、それでいいの?  
   お金が沢山手に入るなら、何でもしていいの? 
   そんなの間違ってるよ……

   言葉に出来ない思いを抱えて、ギュッと小さな拳を握っていた。

   ピグモルという種族はその昔、他種族から愛玩動物として狩られ、絶滅の危機に瀕した過去がある。
   もうずっと昔のこと、スピーが生まれる何十年も前のことなので、スピー自身が当時何があったのかを知っているわけではないのだが……
   小さい頃から、何度も聞かされてきた昔話。
   老齢の者が語るその歴史を、スピーはしっかりと聞き、覚えているのだ。
   きっと、ご先祖様は、とても酷い扱いをされていた……、とても苦しく、辛い思いをされていたんだ……、と、スピーは思っていた。
   そういった事もあってかスピーは、命あるものを売買する事、命あるものから自由を奪う事、命あるものを物として扱う事に、とても強い憤りを覚えると共に、そのような事は決して許されるべきではない、許してはいけない……、僕は許さない! ……いつしか、そう強く思うようになっていったのだった。

   ヒロトとダッグの後に続いて、二階へと続く階段を上るスピー。
   その胸には、この小さな生き物を必ず守る! という、大きな決意を抱いていた。

「お邪魔しま~す」

「ありゃ? ヒロトさんじゃないっすか。……え、どうしたんすか??」

   二階のリビングには、ソファーに腰掛けて優雅にお茶を飲む、黒いサングラスに黒い毛並みのモグラ風獣人が一人。
   言葉遣いからも分かるように、少々粗暴な印象を与える外見をしている。
   
「やぁゲイルくん。ごめんね突然。ちょっとワリオサさんに用があって……。ベルナードくんに、ここで待つように言われたんだよ」

   ヒロトは、目の前の獣人をゲイルと呼んだ。

「あ、そうっすか。じゃあ……、えと、こちらへどうぞ。茶でも入れるっすね」

   ゲイルに促されて、ソファーへと腰掛ける三人。
   ゲイルはすぐさま台所から、お茶の入ったポットと、陶器のカップを三つ取ってきた。

「寛いでいたところ悪いね」

「いえいえ、とんでもない! 昨日は大変良く世話になったと、親方から聞いてるっす。ほんと、ありがとうございましたっす!」

   お茶を入れながら、ぺこりと頭を下げるゲイル。

「それで……。今日は親方に何の用で?」

   何の気なしに尋ねるゲイルに対し、ヒロトは一瞬、正直に話そうかどうか迷ったのだが……
   嘘をつくのが面倒になり、こう言った。

「実は、持ち帰った屑石の中から、この子が出てきてね」

   スピーの頭の上を指差すヒロト。

「この子って……、獣人が……? ……え? あっ!? えっ!? 何すかそれっ!?」

   一瞬、スピーの事かと思ったらしいゲイルは、小首を傾げたが、すぐさまスピーの頭の上にいる小さな生き物に気付き、驚きの声を上げた。

「うん。たぶん……、鉱石ドラゴンの幼生か、新種の生物か……、だと思う」

「うわぁっ!? マジっすかっ!? うひゃ~……、本当にいたんすね~。うわぁ~、すげぇ~……。ああやぁ、親方の勘にはマジ感服っす!!」

「勘? ……もしかしてワリオサさんは、この子を探す為に、シスケビアノ山脈へ行ったのかい?」

「ん~、いま、まぁ……、そうっすね。自分たちがシスケビアノに行ったのは、鉱石ドラゴンを探す為っす」

「そうだったのか……」

   ゲイルの言葉に、ヒロトもダッグもスピーも、何も言葉が出ない。
   つまり、ワリオサの本当の目的は、最初からこの鉱石ドラゴンだった、というわけなのだ。
   そしておそらく、手に入れた鉱石ドラゴンで、多額の金を得る為に……

「売る為じゃねぇっすよ?」

   ヒロト達三人の曇った表情を見て、その心の内を読んだかのように、ゲイルがそう言った。

「え? えっと、じゃあ……。え? 何の為に鉱石ドラゴンを探してたんだい?」

「それは……。親方の夢の為っす」

「夢の、為……?」
   
   困惑する三人を前に、よっこらしょっとゲイルはソファーに腰を下ろし、話し始めた。
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