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鎮痛ポーションと食器洗い

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*ヨシの月、8日*


 朝がやってきた。
 まだ日も登らぬ薄暗いうちから目覚めたスピ―は、寝ぼけ眼を擦りながら、辺りを見渡す。

「ここは……、う~ん、頭が痛い……」

 ズキズキと痛む頭を擦りながら、スピ―はゆっくりと体を起こした。
 ……見慣れない部屋だ。
 フカフカの羽毛布団に、芝生のような緑の絨毯。
 天井には蔦が這っていて、綺麗な花が咲いている。
 それに、まるでスピ―の為に作られたかのような、ちょうど良いサイズの家具が、部屋には並んでいる。
 自分の家でもなければ、白薔薇の騎士団のギルド宿舎でもない。
 ぼんやりとした記憶を遡り、思い出す。

「あ、そうか……。僕、ヒロトさんのお店で、村外研修することになったんだった……」

 小さくそう呟いて、スピ―はにんまりと笑った。




 昨日あの後、気まずい雰囲気のままではよくないと、ヒロトはスピ―を伴って、改めて階下の三人に対し頭を下げに行った。
 そこでもまた、ヒロトは三人に散々言われる羽目になったのだが……、逆にそれで三人の気は済んだようだ。
 夕飯の時間までには三人共、機嫌が良くなっていた。

 スピ―はというと、三人が仕事をしている横で、素材鑑定士がいったいどういう職業なのか、という事を知るために、見学をさせてもらった。
 お喋りなマローがいろいろと、スピ―の隣について教えてくれた。

 まず初めに、鑑定士という職業は、沢山の種類があるという事。
   その中でも主だったものが三つ。
 石や岩、宝石などの鉱石を主として鑑定する、鉱物鑑定士オリクト・アプレイズ
 草や木、花や果実を主として鑑定する、植物鑑定士プランタ・アプレイズ
 魔物の爪や牙、毛皮や抜け殻などを主として鑑定する、生物鑑定士プラズム・アプレイズ
   これら三つの鑑定士を名乗るには、それぞれ別々の職業試験を受ける必要がある。
   そして、上記の三つの職業認定資格を得た者だけが、鑑定士のスペシャリストとして、素材鑑定士を名乗れるのだ。
   その他にも、宝石のみを専門に鑑定する宝石鑑定士ジェム・アプレイズや、泉や川の水質調査を生業とする液体鑑定士イグロ・アプレイズなどがあるという。

   素材屋アルヨンでは、ダッグが鉱物鑑定士の職業認定資格を、コルトが植物鑑定士の職業認定資格を、マローが生物鑑定士の職業認定資格をそれぞれ持っているそうだ。
   店主であるヒロトは、それら全ての職業認定資格を持っている為に、この店で働く四人の中では唯一、素材鑑定士を名乗れるのだという。

   それを聞いたスピーは、なんだ、やっぱりヒロトさんは凄い人なんじゃないか! と思うのだった。

   四人がそれぞれに作業をする姿は、スピーにはとても新鮮なものだった。
   ダッグは鉱石を研磨機で削り、コルトはいろんな種類の薬草を選別して分けるなどなど……
   若干地味ではあるものの、経験と技術が必要な、とても難しい仕事なんだなと、スピ―は肌で感じていた。
 そして、初めて見るそれらの作業を、とても面白そうだとスピーは思うのであった。




   着替えを済ませて、部屋を出るスピー。
   まだみんな寝ているかな? と思ったのだが、何やら二階から物音が聞こえてくるのだ。
   それに、とても美味しそうな匂いもしてきた。

   タンタンタンと階段を降りて、ピョコっと顔を覗かせて見ると……
   台所に立って朝食を作る、ダッグの姿を確認した。
   ただ、この家の台所は、背の低いダッグにとっては少々大きいが為に、食卓の椅子を踏み台として使っていた。
   その姿がなんだか、小さい頃に台所で手伝いをしていた自分と重なって……、スピーはふふっと笑った。

「ん? ……おぉ、スピーか。おはよう、早いな~」

   スピーの姿を見つけて、ダッグがニコッと笑う。

「おはようございますダッグさん! 昨晩は美味しい夕飯をありがとうございました!!」

   ぺこりと頭を下げるスピー。

   昨晩の夕飯は、ダッグ特製の居酒屋風鳥煮込み丼だった。
   鳥モモ肉と数種類の彩り豊かな根菜を煮込んだものを、ガーリック風味のライスに盛った、シンプルな丼物の料理だ。
   初めて食べる、見た目の豪快さに反してとても優しいお味に、スピーはお腹も心も満たされたのだった。

「おうっ! そんな事言ってくれるのはお前だけだよスピー。あの役立たずの人間と女共ときたら、後片付けすら一度もしたことがねぇんだよ……」

   顔をしかめつつ、手元の鍋へと視線を戻すダッグ。
 匂いから察するに、朝食はどうやら挽肉と豆のスープだな、とスピ―は思う。
   
   素材屋アルヨンの料理当番は、自他共に認めるこのダッグだ。
   他の三人も料理が出来ないわけではないのだが……
   ヒロトは焼きそばかチャーハンの二択だし、コルトに作らせると薬草ふんだんな薬膳料理ばかりになるし、マローに関しては故郷では主食だという妙な虫が食卓に並ぶのだ。
   この世界のドワーフ族は、どちらかというと美食家が多い。
   とてもじゃないが、それらを食べたいとは思えないダッグは、自分で作った方が数倍マシ、という理由で、料理当番をかって出ているのであった。

   そういえば昨晩は、マローに無理矢理勧められたお酒を飲んで目を回してしまった為に、片付けの手伝いが出来なかったなぁ……、と反省するスピー。

「そっちの部屋の冷箱クールボックスの中に、コルトの作った鎮痛ポーションが入っているから飲むといい。マローのせいで二日酔いなんだろ?」

   スピーの様子を見て、ダッグは笑ってそう言った。

「あ……、はい、ありがとうございます」

   スピーはテクテクと歩き、台所の隣にある食料庫へと向かう。
   そこはおよそ二畳ほどの広さしかない、いわゆるパントリーで、左右の棚に保存のきく様々な食料がビッシリと並べられている。
   その中でも、奥の壁際に見慣れぬ真っ白な箱が置かれていることに、スピーは気付く。
   スピーでも手の届く高さのそれは、1メートル四方のほぼ真四角の箱で、ツルンとした光沢のある材質で角は妙に丸い。
   前面が観音開きの扉となっており、その隙間から微かに冷たい空気が漏れてきている。
   つまりそれは……、冷蔵庫に酷似していた。

 これかな~? と思い、冷箱の扉を開くスピ―。
 扉を開いた瞬間、中から大量の白い冷気が流れ出てきて、スピ―は驚く。
 そして中には、色とりどりのカラフルな小瓶と、美味しそうなお菓子が沢山入っている。
 ただ、お菓子の方には必ずと言っていい程、《マローの!》という文字が書かれていた。
 
「鎮痛ポーションは……、これかな?」

 スピ―は手前の方にあった緑色の小瓶を取る。
 ラベルには《鎮痛用》と書かれていた。
 キャップをポンっと取って、中の液体を飲むスピ―。
 三口ほどでなくなったそれは、思っていたよりもかなり少量だった。
 しかし……

「……お? おぉ!? 治ってるっ!!」

 かなり即効性があるらしい、スピ―の頭痛はすっかりと消えて無くなったのだ。
 すっごぉ~い! コルトさんの鎮痛ポーションすっごぉ~い!! と、スピ―は一人感動していた。

 頭が軽くなったスピ―は、冷箱の扉をしっかり閉めて、台所へと戻る。
 台所ではダッグが、いろんな調味料を手に、最後の味付けに取り掛かっていた。

「ダッグさん、頭痛治りました!」

 嬉しそうに笑うスピ―に対し、ダッグはニヤッと笑う。

「コルトは薬草に関しちゃ一流だからな。空き瓶はそこに置いておいてくれ、後で洗っておくから」

 そう言って、ダッグは洗い場の水桶を指さすが……
 そこは既に、ダッグが朝食を作る際に使った調理器具でいっぱいだ。

 ダッグさん一人だと大変だよなぁ……、そう思ったスピ―は思いつく。

「あの……、僕でよければ洗いますよ?」

 スピ―の言葉に、ダッグは動きをピタリと止める。
 そしてスピ―の顔をジッと見て……

「いいのかよ?」

「え……、あ、はい。僕、お仕事はまだ全然手伝えそうにないので……、出来る事からやろうかなって。食器洗いなら出来そうだし……」

「……おいおいおい。可愛い上に、なんちゅういい奴なんだよおい。じゃあ、頼むよ!」

 嬉しそうに笑うダッグに頼まれて、スピ―は鼻をフンッ! と鳴らした。

「任せてくださいっ!!」
 
 腕まくりをしたスピ―は、張り切って洗い物を始めた。
 体が小さい為に、その手つきは少しばかり危なっかしいが……
 頑張るスピ―を横目に、ダッグはこう言った。

「おうスピ―。今日の鑑定依頼、隣でしっかり見てな。俺様が、鑑定士のなんたるかを教えてやるよ」

 ニヤリと笑うダッグに対し、スピ―はその愛らしい目をキラキラと輝かせた。

「はいっ! よろしくお願いしますっ!!」
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