3 / 23
王都フゲッタ、西地区にて
しおりを挟む*ヨシの月、7日*
「うちは魔力なしの者はお断りなんだよ。それに、そんな小さくっちゃ雑用を頼むにもこっちが気を使う……、他を当たってくんな!」
山猫のような獣人で、小太りの魔導師ギルドマスターにそう言われ、スピーはしょんぼりとしながらその場を後にした。
「はぁ……。やっぱり無理なのかなぁ……?」
がっくりと肩を落としながら、人混みで賑わう通りを歩くスピー。
本日も朝早くから、研修先を確保する為に、町へと繰り出していたのだが……
さっき断られた魔導師ギルドを合わせると、午前中だけでもう既に、五つのギルドにお断りを頂戴していた。
魔法王国フーガの王都フゲッタは、国王の住まう王宮を中心とし、東西南北それぞれに大きな街が広がっている。
スピーがお世話になっている白薔薇の騎士団は、国王直属の王立魔導師ギルドであるからして、そのギルド本部は王宮のある中央区に位置していた。
この六日間スピーは、毎日そこから東西南北のそれぞれの地区に出向いて、様々なギルドを訪ね歩いているのだった。
今日は、西地区に本部を構えるギルドを中心に回っていた。
他の地区に比べると、西地区のギルドは小規模なものが多い為に、もしかしたら雇ってもらえるかも知れないと、スピーは期待に胸を膨らませていたのだが……
街を行く人々が、これまでと違って、王都というには少し粗雑な雰囲気を持つ者が多いという事を、スピーは感じ取っていた。
魔法王国フーガの王都フゲッタと言えば、色とりどりの屋根の、美しい煉瓦造の建物が立ち並ぶ事で有名だ。
そのほとんどが三階建以上の高さがあるもので、町の規模はこの世界において一二を争う大きさ、広さである。
歩道には様々な色の煉瓦が敷き詰められ、外灯もしっかりと整備されて、魔法植物である小さな淡い光を放つ街路樹の並びが、昼夜問わず街に幻想的な雰囲気をもたらしている。
けれども、どんな町にも掃き溜めというものは存在するものだ。
フゲッタの場合は、今スピーのいる西地区が、王都における異端者が集まる地区だった。
整備はされているものの、どこか寂れた、廃れた街並みが続いている。
西地区のギルドが小規模なのもその為で、そこに所属する者の性質はやはり、この街並みに相応しい、王都にしては粗暴な者たちが多いようだ。
断られるにしても、向けられた言葉の数々が、いつもより棘があるように感じられて、元来ポジティブな性格のスピーも少々参っていた。
道行く人々は、スピーを物珍しげに目で追う。
魔法王国フーガには、世界中から沢山の種族が集まってくる。
魔導師になりたい者は勿論のこと、国内では様々なギルドの活動が活発な為に、経済の回りがとても良く、いろんな人種、職種の者がこの王都へと移り住んでいるのだ。
例を挙げれば、人間族は勿論のこと、エルフ族にドワーフ族、妖精族や妖獣族の者も多数生活している。
最も人口が多いのは獣人族で、犬科に猫科、猿や牛や鳥に似た獣人など、多種多様な獣人族が暮らしていた。
そんな国ではあるのだが、その中においても、ピグモル族という種族は大変珍しく、稀有な存在である。
近年、国王ウルテル・ビダ・フーガによって、《絶滅危惧種及び幻獣種・絶対保護宣言》が発表された事を受けて、過去に幻獣種族に指定され、今現在は絶滅危惧種であるピグモルの存在は、国内外問わず広まりつつはあるものの、実際にピグモルを目にした事のある者は、国民の中でも極々少数であろう。
その為に、テクテクと……、いや、トボトボと道を歩く可愛らしいスピーの姿が、街の人々の目に留まるのは自然な事だった。
まだ昼前だというのに、身も心も疲れ果ててしまったスピーは、道端の街路樹を囲う煉瓦の上に、ちょこんと腰掛ける。
目の前を行き交う様々な種族の者達を目で追って、自分の無力さ、体の小ささを嘆いた。
僕に少しでも魔力があれば……、もう少しだけでも体が大きければなぁ……、そんな風に思っていた。
そんなスピーに近付く者が一人。
「どうしなすった? お困りかな??」
スピーより頭二つ分ほど背の高い、ヤマアラシのような風貌の獣人が、優しげに声を掛けてきたのだ。
服装は整っているが、年季が入っているのかやけにボロく、顔にかけている眼鏡は少々曲がっている。
「あ、えと……、その……」
この国に来てからというもの、道で誰かに声を掛けられた事など初めてなスピーは、どう答えるべきかと迷う。
「良ければ力になりますぞ? 見たところ……、金に困っているのでは?」
ヤマアラシはそう言ったが、生憎スピーはお金には困っていない。
今のところ、泊まるところも食事も、お世話になっている白薔薇の騎士団の宿舎で事足りている。
欲しい物はないし……、いや、欲しい物はある、研修先だ。
「お前さんのその服のボタン。それをわしが買い取ってやろう」
唐突にそう言われて、ヤマアラシが指差す物を確認するスピー。
そこにあるのは、スピーの一張羅である故郷の服の、胸元に付けられたボタンだ。
これは、故郷の村の近くを流れる小川で拾った青い石を加工して、ボタンにしたものである。
何故だか故郷の村に住み着いているドワーフの話によると、この青い石は、世界的にはとても価値のある物らしい。
「あ、いや、これは……」
断ろうとするも、なかなか上手く言葉が出ずにいるスピー。
「一つ300センスでどうかね? 三つあるから、色をつけて1000センスで買い取ってやろう。1000センスあれば、安い宿なら朝夕の飯付きで三泊はいけるはず。どうだ? 悪い話じゃないだろう?」
出会った頃の優しい声とは明らかに違う、ギラギラとしたヤマアラシの物言いに、スピーはたじろぐ。
「えと、これは……、売り物じゃないんです」
どうにか断らねばと、スピーはニッコリと笑ってそう言った。
すると、ヤマアラシの顔がスッと真顔になり……
「田舎もんの癖に偉そうに……。とっととそれを寄越せっ!」
自分の半分ほどの体の大きさしかないスピーの胸ぐらを、ヤマアラシは乱暴に掴んだ。
あまりに突然の出来事、あまりに乱暴なヤマアラシの行動に、スピーはパニックになる。
「やっ!? やめてっ!??」
大きな声で叫んだつもりだが、周りの人々にスピーの声は届かない。
ヤマアラシはもう片方の手で、スピーの服にある三つの青い石のボタンを、次々にもぎ取った。
「かっかっかっ、こりゃ良いもんだ。他にも持っているなら、わしが買い取ってやるぞ?」
不気味に笑うヤマアラシ。
経験した事のない恐怖に、スピーは涙目になって、ガタガタと震える事しか出来ない。
「それは、ウルトラマリンサファイアの原石じゃないかい?」
突然に、別の声が聞こえた。
滲む視界の端に、スピーが捉えたのは、自分より頭二つ分ほど大きなヤマアラシ……、の二倍近くはある大きな影。
「あぁ? なんだって?? ……って!? あんたはっ!??」
振り返ったヤマアラシが、驚き声を上げた。
そこに立っているのは、真っ黒な人間族の青年だ。
真っ黒というのは、スピーが彼に持った第一印象である。
詳しく説明すると、黒い短髪に黒い瞳で、肌は陶器のように白く透き通り、全身を光沢のある真っ黒なローブで纏った……、一見すると、不細工ではないが飛び抜けてハンサムなわけでもない、どこにでもいそうな顔立ちの普通の青年だ。
年の頃は若く見えるが、落ち着いたその表情や雰囲気からは、かなり年配の印象を与える不思議な青年だった。
「おや? 誰かと思えば……、はははっ、ポーキュさんじゃないですかぁっ!? 先日はうちの若いのがお世話になりまして。それで……、何してるんですか? あなた今、ギルドから免許停止処分を受けてますよね?」
かなり穏やかな口調、表情で青年はそう言ったが、目だけは笑っていない。
青年が放つ妙な威圧感に気圧されてか、ヤマアラシはゆっくりと、スピーの胸ぐらから手を離した。
「いやぁ~、そのぉ~、こいつが! 道に迷っていたみたいだからっ! 道案内をしてやろうかとね、ははは……」
「道案内を? それはそれは、ご親切な事で! でも……、その手の中にあるものは、その子の物ですよね? 返した方がいいのでは?」
はぐらかそうとしているのがバレバレなヤマアラシの態度に、青年は追及の手を止めない。
「これはその……、くそっ……。ほらよっ! 返すよっ!」
ヤマアラシは三つの青い石のボタンを、乱暴にスピーに手渡して、その場を走り去って行った。
取り残されたスピーは、助かってホッとした気持ちと、何が何だかわからない気持ちとが入り混じって、ポケ~っとしていた。
0
お気に入りに追加
147
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる