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王都フゲッタ、西地区にて

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*ヨシの月、7日*


「うちは魔力なしの者はお断りなんだよ。それに、そんな小さくっちゃ雑用を頼むにもこっちが気を使う……、他を当たってくんな!」

   山猫のような獣人で、小太りの魔導師ギルドマスターにそう言われ、スピーはしょんぼりとしながらその場を後にした。

「はぁ……。やっぱり無理なのかなぁ……?」

   がっくりと肩を落としながら、人混みで賑わう通りを歩くスピー。
   本日も朝早くから、研修先を確保する為に、町へと繰り出していたのだが……
   さっき断られた魔導師ギルドを合わせると、午前中だけでもう既に、五つのギルドにお断りを頂戴していた。

   魔法王国フーガの王都フゲッタは、国王の住まう王宮を中心とし、東西南北それぞれに大きな街が広がっている。
   スピーがお世話になっている白薔薇の騎士団は、国王直属の王立魔導師ギルドであるからして、そのギルド本部は王宮のある中央区に位置していた。
   この六日間スピーは、毎日そこから東西南北のそれぞれの地区に出向いて、様々なギルドを訪ね歩いているのだった。

   今日は、西地区に本部を構えるギルドを中心に回っていた。
   他の地区に比べると、西地区のギルドは小規模なものが多い為に、もしかしたら雇ってもらえるかも知れないと、スピーは期待に胸を膨らませていたのだが……
   街を行く人々が、これまでと違って、王都というには少し粗雑な雰囲気を持つ者が多いという事を、スピーは感じ取っていた。
   
   魔法王国フーガの王都フゲッタと言えば、色とりどりの屋根の、美しい煉瓦造の建物が立ち並ぶ事で有名だ。
   そのほとんどが三階建以上の高さがあるもので、町の規模はこの世界において一二を争う大きさ、広さである。
   歩道には様々な色の煉瓦が敷き詰められ、外灯もしっかりと整備されて、魔法植物である小さな淡い光を放つ街路樹の並びが、昼夜問わず街に幻想的な雰囲気をもたらしている。

   けれども、どんな町にも掃き溜めというものは存在するものだ。
   フゲッタの場合は、今スピーのいる西地区が、王都における異端者が集まる地区だった。
   整備はされているものの、どこか寂れた、廃れた街並みが続いている。
   西地区のギルドが小規模なのもその為で、そこに所属する者の性質はやはり、この街並みに相応しい、王都にしては粗暴な者たちが多いようだ。
   断られるにしても、向けられた言葉の数々が、いつもより棘があるように感じられて、元来ポジティブな性格のスピーも少々参っていた。

   道行く人々は、スピーを物珍しげに目で追う。
   魔法王国フーガには、世界中から沢山の種族が集まってくる。
   魔導師になりたい者は勿論のこと、国内では様々なギルドの活動が活発な為に、経済の回りがとても良く、いろんな人種、職種の者がこの王都へと移り住んでいるのだ。
   例を挙げれば、人間族は勿論のこと、エルフ族にドワーフ族、妖精族や妖獣族の者も多数生活している。
   最も人口が多いのは獣人族で、犬科に猫科、猿や牛や鳥に似た獣人など、多種多様な獣人族が暮らしていた。

   そんな国ではあるのだが、その中においても、ピグモル族という種族は大変珍しく、稀有な存在である。
   近年、国王ウルテル・ビダ・フーガによって、《絶滅危惧種及び幻獣種・絶対保護宣言》が発表された事を受けて、過去に幻獣種族に指定され、今現在は絶滅危惧種であるピグモルの存在は、国内外問わず広まりつつはあるものの、実際にピグモルを目にした事のある者は、国民の中でも極々少数であろう。
   その為に、テクテクと……、いや、トボトボと道を歩く可愛らしいスピーの姿が、街の人々の目に留まるのは自然な事だった。

   まだ昼前だというのに、身も心も疲れ果ててしまったスピーは、道端の街路樹を囲う煉瓦の上に、ちょこんと腰掛ける。
   目の前を行き交う様々な種族の者達を目で追って、自分の無力さ、体の小ささを嘆いた。
   僕に少しでも魔力があれば……、もう少しだけでも体が大きければなぁ……、そんな風に思っていた。
   そんなスピーに近付く者が一人。

「どうしなすった? お困りかな??」

   スピーより頭二つ分ほど背の高い、ヤマアラシのような風貌の獣人が、優しげに声を掛けてきたのだ。
   服装は整っているが、年季が入っているのかやけにボロく、顔にかけている眼鏡は少々曲がっている。

「あ、えと……、その……」

   この国に来てからというもの、道で誰かに声を掛けられた事など初めてなスピーは、どう答えるべきかと迷う。

「良ければ力になりますぞ? 見たところ……、金に困っているのでは?」

   ヤマアラシはそう言ったが、生憎スピーはお金には困っていない。
   今のところ、泊まるところも食事も、お世話になっている白薔薇の騎士団の宿舎で事足りている。
   欲しい物はないし……、いや、欲しい物はある、研修先だ。

「お前さんのその服のボタン。それをわしが買い取ってやろう」

   唐突にそう言われて、ヤマアラシが指差す物を確認するスピー。
   そこにあるのは、スピーの一張羅である故郷の服の、胸元に付けられたボタンだ。
   これは、故郷の村の近くを流れる小川で拾った青い石を加工して、ボタンにしたものである。
   何故だか故郷の村に住み着いているドワーフの話によると、この青い石は、世界的にはとても価値のある物らしい。

「あ、いや、これは……」

   断ろうとするも、なかなか上手く言葉が出ずにいるスピー。

「一つ300センスでどうかね? 三つあるから、色をつけて1000センスで買い取ってやろう。1000センスあれば、安い宿なら朝夕の飯付きで三泊はいけるはず。どうだ? 悪い話じゃないだろう?」

   出会った頃の優しい声とは明らかに違う、ギラギラとしたヤマアラシの物言いに、スピーはたじろぐ。

「えと、これは……、売り物じゃないんです」

   どうにか断らねばと、スピーはニッコリと笑ってそう言った。
   すると、ヤマアラシの顔がスッと真顔になり……

「田舎もんの癖に偉そうに……。とっととそれを寄越せっ!」

   自分の半分ほどの体の大きさしかないスピーの胸ぐらを、ヤマアラシは乱暴に掴んだ。
   あまりに突然の出来事、あまりに乱暴なヤマアラシの行動に、スピーはパニックになる。

「やっ!? やめてっ!??」

   大きな声で叫んだつもりだが、周りの人々にスピーの声は届かない。
   ヤマアラシはもう片方の手で、スピーの服にある三つの青い石のボタンを、次々にもぎ取った。
   
「かっかっかっ、こりゃ良いもんだ。他にも持っているなら、わしが買い取ってやるぞ?」

   不気味に笑うヤマアラシ。
   経験した事のない恐怖に、スピーは涙目になって、ガタガタと震える事しか出来ない。

「それは、ウルトラマリンサファイアの原石じゃないかい?」

   突然に、別の声が聞こえた。
   滲む視界の端に、スピーが捉えたのは、自分より頭二つ分ほど大きなヤマアラシ……、の二倍近くはある大きな影。
   
「あぁ? なんだって?? ……って!? あんたはっ!??」

   振り返ったヤマアラシが、驚き声を上げた。
   そこに立っているのは、真っ黒な人間族の青年だ。
   真っ黒というのは、スピーが彼に持った第一印象である。
   詳しく説明すると、黒い短髪に黒い瞳で、肌は陶器のように白く透き通り、全身を光沢のある真っ黒なローブで纏った……、一見すると、不細工ではないが飛び抜けてハンサムなわけでもない、どこにでもいそうな顔立ちの普通の青年だ。
   年の頃は若く見えるが、落ち着いたその表情や雰囲気からは、かなり年配の印象を与える不思議な青年だった。

「おや? 誰かと思えば……、はははっ、ポーキュさんじゃないですかぁっ!? 先日はうちの若いのがお世話になりまして。それで……、何してるんですか? あなた今、ギルドから免許停止処分を受けてますよね?」

   かなり穏やかな口調、表情で青年はそう言ったが、目だけは笑っていない。
   青年が放つ妙な威圧感に気圧されてか、ヤマアラシはゆっくりと、スピーの胸ぐらから手を離した。

「いやぁ~、そのぉ~、こいつが! 道に迷っていたみたいだからっ! 道案内をしてやろうかとね、ははは……」

「道案内を? それはそれは、ご親切な事で! でも……、その手の中にあるものは、その子の物ですよね? 返した方がいいのでは?」

   はぐらかそうとしているのがバレバレなヤマアラシの態度に、青年は追及の手を止めない。

「これはその……、くそっ……。ほらよっ! 返すよっ!」

   ヤマアラシは三つの青い石のボタンを、乱暴にスピーに手渡して、その場を走り去って行った。
   取り残されたスピーは、助かってホッとした気持ちと、何が何だかわからない気持ちとが入り混じって、ポケ~っとしていた。
   
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