上 下
2 / 23

可愛らしいだけが取り柄

しおりを挟む

*ヨシの月、6日*


「はぁ……、今日も見つからなかった……」

   茜色に染まる空の下、スピーは小さく肩を落としながら、今現在宿泊している魔導師ギルドの宿舎へと戻ってきた。

「お帰りなさい、スピー。その様子だと……、まぁ、まだ日にちはあるから、そう肩を落とさないで、ね?」

   宿舎の談話室兼ロビーのソファーでくつろいでいる、魔導師の女に声を掛けられて、スピーは更に溜息をつく。
   このやり取りは、もはや五日連続なのだ。
   気落ちせずにはいられない。

   すると、上階から意気揚々と階段を降りてくる者が一人。
   全身を覆う、雪のように真っ白な毛並みが特徴の、愛らしい顔付きの女ピグモル。
   彼女の名前はベス。
   何やらその背には、大荷物を担いでいる。

「ベス? ……まさか、決まったの!?」

   驚くスピーに、ベスはにっこりと微笑む。

「うん♪ ここからは少し遠いけど、ウェスト通りの酒場で、住み込みで働かせてくれるって♪ そこのマスターが保護者になってくれるの♪」

「うわぁ~、いいなぁ~……。あ、おめでとうっ!」

「ふふ、ありがとう♪ スピーも早く決まるといいわね! ちゃんと決まったら、私のお店にも遊びに来てね!!」

   ヒラヒラと手を振りながら、上機嫌でベスは宿舎を出て行った。

「ジャイルが大工で、ベスは酒場のウェイターか。スピーも頑張らなくちゃね!」

   魔導師の女の何気ない一言が、スピーの心にずーんと重くのしかかる。
   何も返事が出来ないまま、スピーは部屋へと戻った。




   ここは、魔法王国フーガ。
   この世界に現存する数多の国々の中でも、優れた魔導師が集まる魔法大国である。
   その理由は、王都の他に四つある街に、それぞれ巨大な魔法学校が存在するからであろう。
   そんな王国に、何故スピーがやって来たのか、それを説明しなければならない。

   スピーは、全身を薄い灰色の毛並みで覆われた、ピグモル族の青年である。
   額の上にある三つの白い斑点が、彼のチャームポイントだ。
   身長はおよそ70センチ、体重は10キロにも満たないだろう。
   大きな目と耳に、小さな口。
   長い前歯は頑丈で、尻尾は丸くてフリフリしている。
   身体つきは、決してスマートとは言えず、柔らかく丸みを帯びている。
   おおよそ齧歯目と酷似したその風貌は、ハムスターやチンチラ、リスやムササビを彷彿とさせるが……
   それらと比べ物にならないくらいに、彼の外見は可愛らしい。

   ピグモル族とは、およそ60年前に絶滅したとされていた、幻獣クラスの種族だ。
   スピーの外見からも想像できるように、彼らは皆とても可愛い。
   その可愛らしさ故に、愛玩動物として他種族に狩り尽くされて、絶滅の道を辿ることとなった悲しき種族なのである。
   だがしかし、彼らは生き延びていた。
   こことは別の大陸の端っこで、人知れずひっそりと村を築き、何者にも狙われず、襲われず、平和に暮らしていたのである。

   そんな彼らだったが、ある時訳あって、一人の若者が外の世界へと飛び出した。
   その事をキッカケに、村の繁栄の為、ピグモル族の繁栄の為に、若者達は次々と、外の世界へと、その短く可愛らしい足を踏み出したのだった。




「あら、スピー、帰ってたのね」

   いつの間にか、ベッドの上でうたた寝をしていたスピーに声を掛けたのは、同じ部屋に宿泊しているピグモルのラナだ。
   ラナは、栗色がベースの白い縞模様が入った毛並みをしていて、身長体重共にスピーとそう変わりない。

   ラナとスピーは幼馴染で、先ほどのベスや、二日前にここを出て行ったジャイルと共に、四人でこの国にやって来た。
   その目的は、王立魔導師ギルド白薔薇の騎士団の全面協力のもと、故郷の村の発展の為に、村外研修に取り組む事である。

「ラナ、お帰りなさい。あ~あ、僕、今日も駄目だったよ……」

   ぼんやりと寝惚けた様子ながらも、自分の不甲斐なさに落胆するスピー。

「私も駄目だったわ。なかなか難しいのね、働く場所を探すのって……」

   そう言って、ベッドに腰掛けるラナも、スピー同様に疲れた顔をしていた。

   ピグモル族の故郷の村は、かなり文明が遅れている。
   とはいえ、彼らにとってはそれが日常であるからして、何かが不便だとか、物が足りないといった事はない。
   ただ、新しい文化を取り入れる事も大事だと、数年前から若者を対象に行われているのが、この村外研修なのだ。
   ルールは簡単、故郷の村とは別の国、もしくは別の村や町へ行き、自分の力で金銭を稼いで戻る、いわゆる出稼ぎである。
   期間はおおよそ一年で、それ以上になる場合、もしくは出先に永住する場合は、故郷の村に一度戻り、村長の許可が必要となる。

   だが、彼らは闇雲に村の外へ出るわけではない。
   世界を旅した経験を持つとあるピグモルによって、村外研修先は複数箇所確保されているのだ。
   そのうちの一つが、ここ魔法王国フーガなのであった。

   スピーが、研修先にここフーガを選んだ理由、それは、魔法をこの目で見てみたい、という思いからだった。
   悲しい哉、ピグモル族とは可愛らしいだけではなく、世界最弱の種族としても有名なのだ。
   それもそのはず、小さく丸い体には腕力などまるでなく、魔力すらも秘めていないのだ。
   その昔、愛玩動物として狩られた歴史の背景には、彼らの持って生まれた弱さも大いに関係していた。
   即ち、魔力が無いということは、魔法は使えないという事。
   スピーは、一度でいいから、その目で本物の魔法というものを見てみたかったのだ。
   だから……

「また、魔導師ギルドに行ったの?」

「うん。掃除係でもいいからって、お願いしたんだけど……。事足りてるからって、追い返されちゃった」

「バカねぇ……。もう、別の所に目を向けなさいよ」

「そんな事言ったって……。でも、ラナだって同じじゃないか。絶対に、薬師メディラーの下で働くんだって、譲らないじゃないか」

「それは……、だって、それが私の夢なんだもん!」

「ほらね、僕だってそうさ。はぁ……、せめて、保護者制度が無ければなぁ~」

   お互いに、お互いの頑固さは一番理解している。
   スピーは魔導師ギルドで働きたい。
   ラナは薬師の下で働きたい。
   しかし、双方の願いを叶える為には、彼らは少々無力すぎるようだ。

   この白薔薇の騎士団のギルド宿舎に滞在出来るのは、全部で七日間。
   その七日の間に、働く場所を見つけて、保護者となってくれる雇い主を見つけることが、スピー達にとっての第一課題なのである。
   ピグモルは今現在、生き残っていた幻獣種族として、様々な方面から注目を浴びている。
   それはもう、本当に様々な方面から……
   それ故に、街で一人きりで暮らす、という事は、研修を主催している白薔薇の騎士団からも許可が降りていないのである。
   もしもの時に守ってくれる保護者を見つける事、それがなかなかに難しい事なのだと、スピーとラナは実感していた。

「うん……、落ち込んでいても仕方ないっ! あと二日あるんだから、頑張ろうよっ!!」

   先にヤル気を取り戻したのはラナだった。
   明るくそう言って、すっくと立ち上がり、スピーに向かって笑いかける。

「そうだね……。泣いても笑っても、あと二日……。よ~っし! 僕も頑張るぞぉっ!!」

   ラナの励ましに、スピーも本来の明るさを取り戻したようだ。

「そうと決まれば、夕食を頂きに行きましょ! 今晩はシチューだって♪」

「おぉっ!? シチュー!! フーガのシチューは初めてだね! 行こう行こうっ!!」

   スピーとラナは、連れ立って部屋を後にした。

   可愛らしいだけが取り柄の、ピグモル族のスピーとラナ。
   彼らの願いは今後、叶うのだろうか……?
     
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...