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★ピタラス諸島第二、コトコ島編★

299:哀れな子

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   黒い岩の家の中には、中央に小さな焚き火が一つと、それをぐるりと囲むようにして、小さな紫族の子供達が集まっていた。
   ザッと数えて……、うん、十一人だな。
   みんな痩せ細っていて、かなり不健康そうな顔つきをしている。

「そう、駄目だったのね……。仕方ないか、大人達も自分が生きるだけで精一杯だもんね……」

   そう呟いたのは桃子だ。
   目の前の焚き火を見つめながら、ギュッと歯をくいしばる。

「でも、出来る限り、食べ物の援助はすると、穂酉は約束してくれたわ。けど……、それも天候次第でしょうね。雨が降らない事には何も始まらない」

   そう言ったのはコトコだ。
   手に持っている、ほんの少しの干し肉を、周りの子供達に分け与えている。

「まっ、仕方ないさ! おいら達はおいら達だけで、なんとかやって行こうぜ!! 大丈夫!!! そのうち空から雨が大量に降って、作物もグングン育つさっ!!!!」

   人一倍元気な声を出したのは、見知らぬ紫族の少年だ。
   こちらもかなり痩せていて、顔色が相当悪そうに見えるが……
   立ち上がって、不安そうな顔をする周りの子供達に笑顔を向けた。

「うん、そうだね。夜霧よぎりの言う通りだよ! みんな、私達は私達だけで、なんとか生き延びよう!! 死んでしまった母様や父様の分も、いっぱいいっぱい生きよう!!!」

   桃子も立ち上がって、笑顔でみんなに呼び掛けた。

   ふむ……、この状況から推測するとだな……
   ここにいる子供達はみんな、火山の噴火で親を亡くした、いわゆる孤児というやつだろう。
   先程の記憶と合わせて考えるに、コトコはこの孤児達の世話を穂酉に頼んだものの、紫族の大人達は自分達が生きるだけで精一杯で、この子供達の面倒を見る余裕がないという事か。
   つまり、ここは……、ん? あれ??
   五百年前に現れた異形な怪物は確か……、子供達だったよね???

   するとまた、視界が青い光に包まれた。
   そこからはまるで、名場面集のような、沢山の記憶の欠片が次々に流れていった。

   大人達が暮らす村とは別の場所に、コトコと子供達は、小さな家を建てて共に暮らしていた。
   子供達が力を合わせて畑を耕す姿、苦しく辛い中でも逞しく生き、笑顔を絶やさない日常の風景が見えた。
   しかし、雨は一向に降らず、作物は育たず……
   一人、また一人と、飢えからくる病によって、子供達は命を落としていく。
   みんな涙ながらに墓を立て、気が付けば、その数はたったの五人となっていた。

   次に映し出された光景は、なんとも神秘的な、薄紫色に染まった小さな泉だ。
   泉の周りには、泉の水と同じ色の小さな花が沢山咲いていて、風に吹かれながら静かに揺れていた。

「……不思議ね。ここはまるで、時が止まっているみたい」

   周りを見渡しながら、コトコが呟いた。
   コトコの肩に乗っているらしいアメフラシの目には、緑溢れる豊かな森の景色が映っている。

「……そんな事言ったって、仕方ないじゃない? もうここ以外に水がある場所がないんだもの。いくら彼等の始祖が眠る聖なる泉だとしても、水に飢えたあの子達を救うには他に方法がないのよ。私はもう、誰も死なせたくない……。それとも何? アメコが雨を呼んでくれるの??」

   始祖が眠る、聖なる泉、だと……?
   じゃあ、もしかして……、ここが、火山の麓にあるっていう、古の獣が目撃された泉なのかぁっ!?

「ほらね、そう言うでしょ? 他に案がないなら口出ししないで頂戴。それでなくても、私だって空腹で倒れそうなんだから。あんまり口煩く文句ばかり言うのなら、アメコを食べちゃうからねっ!?」

   コトコの言葉にアメフラシがビビった事を、記憶の中にいる俺は感じ取れた。

   ……なんだろうな、このアメフラシの立ち位置が、現在の俺と似ているような気がするな。
   俺もよく、グレコにびびらされてるしな。

   コトコは、目の前の泉を注意深く観察する。
   おそらく、色が紫色な為に、毒がないかと警戒しているのだろう。
   その時だった。

「……あら? 今の音……、聞こえた?? 何かしら??? ……なっ!? きゃっ!??」

   驚いて、小さな悲鳴を上げるコトコ。
   その視線の先には、泉の中から現れた、得体の知れない人影が……、なんと、水面の上を歩いているではないか。
   背が低く、か細いその人影は、額に二本の細くて長い角を持ち、両の瞳から紫色の光を放ちながら、こちらにゆっくりと近付いてくる。
   そして、その人影の背後に、またしても得体の知れない、巨大な黒い影が現れて……
   大蛇のような形をしたその黒い影は、鋭い牙の生えた大きな口を開け、瞬く間に、前を行く小さな人影を、バクッと頭から飲み込んでしまった!

   なななっ!? 何ぃいっ!??

   あまりに一瞬、あまりに衝撃的な出来事に、コトコは腰を抜かした。
   しかし、二つの影は、瞬時に跡形もなく消え去ってしまったのだ。

   はんっ!? 何なんだよいったいぃっ!??

   すると、何処からか、声が聞こえてきた。

『怪物が、産まれる……。間も無く、間も無く……。憎しみと苦しみが、心を支配する……。誰にも止められない……。怪物は、更なる邪悪を呼び寄せるだろう……。我らを救えるのは、そなたのみ……。そなたのみ……』

   凛とした、女の声だ。
   頭の中に直接響いてくるような、不思議な声。
   だけどこの声、どこかで聞いた事があるような……?

「誰っ!? 誰なのっ!?? 何処にいるのっ!???」

   コトコが叫ぶ。
   しかし、辺りを見渡すも、声の主の姿は見当たらない。

『邪悪は、怪物が死せぬ限り、消え去らぬ……。火より産まれて、火に還る……。邪悪を滅ぼすは、それ即ち火なり……。しかし、怪物を鎮める、その術は、ない……。滅せよ……。心を失いし、哀れな子……。救う術は、ない……。滅せよ……、滅せよ、滅せよっ!』

   声は次第に大きく、強くなった。
   頭が割れそうに痛い。

「心を失いし、哀れな子……? まさか、そんなっ!?」

   コトコは走り出した。
   岩山を下り、全速力で駆けて行った。
   そして、見覚えのある小さな家を視界に捉えて……

「はぁ、はぁ……、そんな……、どうして……?」

   家のドアは無残にも粉々になっており、みんなで耕した畑はめちゃくちゃにされていた。
   そして、家の窓からは、一筋の黒い煙が立ち登っている。
   
   すぐさま家の中へと入るコトコ。
   そこにいたのは……

「っ!? 天芽てんが!?? 丹乃にの!???」

   二人の子供が、地面に突っ伏して倒れている。
   双方共に、体のあちこちを黒い煤に変え、黒い煙を上げながら、焼け焦げて死んでいた。

   うぅ……、ひでぇ……
   いったい誰がこんな酷い事を……?

   あまりの惨状に、俺は目を覆ってしまいたくなる。
   だがしかし、これは半ば強制的に記憶を見させられているので、目を逸らす事が出来ない!

「コト、コ……?」

   弱々しい声が聞こえて、コトコが振り返ると、そこには両手に小さな紫族の男の子を抱き抱えた、桃子が立っていた。

「桃子……、志垣っ!?」

   急いで駆け寄るコトコ。
   膝から崩れ落ちる桃子。
   どうやら、桃子が抱いている男の子は、志垣という名前らしい……
   まさか、あの志垣なのだろうか?

   倒れそうになる桃子と志垣を、両手で受け止めて支えるコトコ。
   桃子も志垣も、身体中に焼け焦げた跡があり、呼吸が荒く、今にも息絶えてしまいそうだ。
   志垣は既に、意識を失っている。

「何が!? 何があったの!??」

   目に涙をいっぱい溜めて、桃子を問いただすコトコ。
   桃子は、虚ろな表情で薄目を開けて、こう言った。

「夜霧……、夜霧が……。呪力を使って、化け物を……」

   桃子はそれだけを伝えると、静かに目を閉じた。

「まさか……、あの、夜霧が……? そんな……、そんなぁ……」

   ポロポロと涙を流し、歯を食いしばるコトコ。
   両手に抱いた桃子と志垣の頭を、震える手で撫でている。
   その唇から、赤い血が流れ落ちた。

   コトコは、かなり動揺している。
   目を左右に泳がせて、これから自分がどうするべきかを、必死で考えている。
   そして……

   コトコは、何かを覚悟したかのような顔をして、自分の唇から流れ出るその血を、桃子と志垣の口へと運んだ。

「わかってる……、わかってるっ! 本当はこんな事、しちゃいけないって!! でも……、こうする以外に今、二人を助ける方法がないの……」

   声を震わせながら、コトコは言った。

   桃子と志垣をそっと地面に横たわらせて、両手の掌を、それぞれの胸の上に置くコトコ。
   そして、身体中から白い魔力のオーラを放ち始めたかと思うと、掌を伝って、それらを桃子と志垣の体へと流し込んでいった。

   全ての魔力を二人の体へと流し込んだコトコは、二人の体から静かに手を離し、ゆらりとした動きで立ち上がった。

「私はもう、どうなっても構わない……。夜霧を止めなくちゃ」

   半ば虚ろな声で、コトコは呟く。
   そして、肩の上に乗せていたアメフラシを、桃子のすぐそばへと下ろした。

「アメコはここにいて。桃子と志垣を守って。……それくらい、出来るでしょ? だってあなた、私の相棒だものね??」

   生気のない顔で、少し意地悪な表情で、コトコは笑ってそう言った。
   
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