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★ピタラス諸島第二、コトコ島編★

292:志垣さんを呼んでくだしゃいっ!

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   ジャリジャリジャリと音を立てながら、広い庭を歩く俺と砂里。
   辺りはシーンとしていて、村の喧騒もここへは届かない。
   真っ暗闇の中に佇む姫巫女様のお住まいは、なんていうかこう……、かな~り不気味。
   明るい昼間なら厳かな建物も、星も出てない夜の中ではもはやお化け屋敷である。
   イッツア、ジャパニーズホラー。
   何処かからS子さんが襲ってくるんじゃ……?

   ビクビクしながらも、なんとか玄関口まで辿り着く。
   だけど、ここまで来ても、何処にも明かりが見えないし、何の音もしない。

「確か……、あった、これだ」

   玄関口にある柱には小さな凹みがあって、砂里がそこに手を掛けると、柱の一部がパカリと開いた。
   その中には、大きな鈴が括り付けられている。
   砂里はそれを、シャンシャンと鳴らした。

「それは……?」

「昔、まだ母様が生きていらっしゃった頃、何度かここへ来た事があるの。この鈴を鳴らせば、中から誰かしら出て来てくれるはずなんだけど……」

   ほぅ? 砂里はここへ来た事があったのか。

   しばし待つ俺と砂里。
   すると、玄関口の向こう側に、ほんわりと光が灯った。
   古い木の床を歩く何者かの足音が、俺の耳には届いている。
   ガシャガシャと内側の鍵を外し、横引きの玄関扉をゆっくりと開いて現れたのは……

「このような夜分に呼び鈴を鳴らすとは……、何者だ?」

   ひぃっ!?
   やっべ……、ホラーじゃん!??

   手に持った蝋燭の炎に照らされた青白い顔。
   鋭い瞳を持つその者は、とても怪訝な表情をしている。
   寝間着なのであろう、だらんとした衣服に身を包み、結っていた髪を下ろしたその姿は、昼間とは全くの別人だ。

「あ……、まさか、あなた様がここへ出て来られるとは思ってなくて……。ご、ごめんなさい……」

   思わず謝る砂里。
   ……無理もない、あの目に睨まれちゃ、悪い事してなくても謝りたくなるよ。

   そこに立っていたのは、姫巫女様の側近ともいえよう、あのお顔が怖~い野草だった。
   眉間に皺を寄せて、俺と砂里を交互に見つめ……、いや、睨んでらっしゃる。

葉津はつの子の砂里に、時の神の使者モッモか……。何用でこのような時刻に参った?」

   うぅ……、本人はどうなのか知らないけど、かなり怒ってらっしゃるような声色……
   
   ガクブルガクブル

「あの……、えと……」

   あまりの迫力に、言葉が出てこない砂里。
   ここは、男の俺がビシッと言わないと!

「し、志垣さんを呼んでくだしゃいっ!」

   くぅ……、噛んだっ!

   俺の言葉に野草は目を細め、砂里はその身を縮めた。

「志垣様を? 何故??」

「べ、勉坐さんが、その……。老齢会のじじぃに捕まったんです!」

   あ、しまった……、じじぃとか言っちゃった!!

   俺の言葉に野草は更に目を細め、砂里はその身を更に縮めた。

「老齢会? ……あぁ、毒郎の事か?? 捕まったとは何故だ???」

「それが、その……。僕が姫巫女様から異形な怪物の討伐を命じられて、グレコと二人じゃ無理だから、仲間を村に呼んだんです。勉坐さんはそれを了承してくれたけど、老齢会の毒郎さんや、戦闘団の方たちは受け入れてくれなくて……。それで、僕の仲間と勉坐さんが捕まえられて、ひ……、火炙りにされるって!」

   身振り手振りを交えて、俺は必死に訴える。

「火炙りだと? 毒郎の奴め、また大それた事を……」

   呆れた顔をして、首を横に振る野草。

「それであの、志垣さんは勉坐さんの曾お爺ちゃんだって聞きました! だから、助けて欲しいんですっ!!」

   お願いっ! 助けてっ!! 志垣に会わせてっ!!!

   真っ直ぐな瞳を野草に向ける俺。
   世界最強の可愛らしさを誇るピグモルならではの、懇願キラキラビームである!
   この目に逆らえる者などこの世にはいないっ!!

「……残念だが、志垣様には会えぬ」

   ズコーン!!!
   可愛さ耐性をお持ちでしたかっ!??

   冷徹な野草の無表情に、俺の自信は崩れ落ちる。

   ピグモルから可愛さとったら何が残るってんだ……?
   くそぅ、くそぅくそぅっ!!!

「ど……、どうしてですかっ!?」

   砂里が言葉を振り絞る。

「志垣様は今晩、姫巫女様と共に【神癒しんゆの間】に入られておられる。故に、我らは皆明かりを落とし、こうして静まっておるのだ。何人たりとも、志垣様に会う事は出来ぬ」

「そんな……」

   野草の言葉に、砂里の顔に諦めの色が……

   しんゆ!? え、親友!?? 
   何それっ!??? 何してるって!?!??

「あの……。え、砂里、しんゆって何?」

「神癒の間は……。雨乞いの儀でお疲れになられた姫巫女様の体を癒す部屋の事なんだけど……。その部屋には特殊な力が働いていて、姫巫女様と志垣様しか入れないの。そして、姫巫女様のお疲れが完全にとれるまでは、お二人共外には出てこられないのよ」

   なんっ!? なんじゃそりゃっ!??
   疲れを癒すって……、高級スパ的なっ!?!?

「それって、どれくらい……? どれくらいの時間かかるんですかっ!?」

   野草に尋ねる俺。

「短くて半日、長ければ五日は出てこられぬ」

   なんっ!? 長いわぁっ!??

   黙り込む野草と砂里。
   そんな二人を見て、俺は頭をフル回転させる。

   仮に、このまま志垣と会えないとして……
   俺の仲間はみんな、きっと大丈夫だろう。
   先程の砂里の言葉を信じるなら、自力でなんとか出来るはずだ。
   けど……、めちゃくちゃに魔力を放出するって……
   どう考えても、絶対にヤバイ。
   そんな事しちゃったら、異形な怪物の討伐どころではなくなるぞ?
   この村ごと無くなっちゃうんじゃ……??
   そうなれば、姫巫女様が言っていた真のコトコの遺産の在り処には辿り着けない。
   それはちょっと困るよな……

   誰か、他にいないだろうか?
   事を丸く納めてくれる誰か……
   もういっそのこと、風の精霊シルフのリーシェに力を借りて、西の村まで戻って首長の雄丸に助けを頼もうか??
   ……いやでも待てよ。
   老齢会と雄丸とじゃ、相性が悪そうだ。
   老齢会は、古い掟を重んじる外者嫌い。
   雄丸は、外者と別け隔てなく接するいい奴だ。
   絶対に相容れないよな……

「あ~も~、どうしようぅ……」

   頭を抱える俺。
   俯く砂里。
   すると、見兼ねた野草がこう言った。
   
「砂里……。お前なら、神癒の間に入れるのではないか?」

   ……ぬん? 今なんと??

「え……、でも……。そんな事は……」

   躊躇う砂里。

「わかっておる。本来ならば、そのような行いは大罪。しかし、一刻の猶予もないのであろう? ならば、姫巫女様とて理解してくださろう。志垣様ならば、老齢会を説得できるはず。老齢会が黙れば、戦闘団の者共も引くだろう。何より……。私も、姪孫である勉坐を、みすみす見捨てるわけにはいかぬ故な。ついて参れ」

   そう言うと野草は、くるりと背を向けて、廊下の奥へと足早に歩き始めた。

「……え? どういう??」
   
   野草の背を見つつ、戸惑う俺。
   
「モッモさん……、行こうっ!」

   砂里はそう言って、建物の中に入り、野草の後について行く。

   えっ!? えっ!??

   何が何だかわからないまま、足早に去りゆく二人の後を、俺は小走りで追った。
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