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★ピタラス諸島第二、コトコ島編★

289:《拾文字従白蛇伝》

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「ふぅ~……。これで全部かな? いやぁ~、肩凝った……」

   大きく伸びをして、凝り固まった肩の筋肉をほぐす俺。

「なかなかに重労働であったな。しかし……。感謝するぞ、モッモ。私一人では、とてもじゃないが、石碑の解読は不可能だっただろう」

   そう言って勉坐は、大きく息を吐いた。

   地下室に入ってから、どれくらいの時間が経ったのだろう?
   俺と勉坐は、コニーデ火山の山頂付近にあるという、コトコの残した石碑の碑文の解読を、今ようやく終えたのだ。

「まぁ、これはさすがに……、一人じゃ厳しかったと思うよ。特に勉坐さんは真面目だから、こんなふざけた仕組みには気付かなくて当たり前だよ」

   俺は、石碑の碑文を写したという果てしなく長い巻物を手に、なんでこんな事するかなぁ? と、目を細めてそれを睨んだ。







   勉坐が気付かなくて、俺が気付けたもの……
   それは、かなり手の込んだ暗号文だった。

   まず始めに確認しておきたいのは、紫族に伝わっている文字は、ほぼ漢字、であるということ。
   ほぼというのは、完全なる漢字ではないという事だ。
   多少字体が歪んだり、一本線が多かったりと、なかなかにオリジナルな部分はあるけれども、大体の意味がわかる程度の崩れ具合だった。

   ちなみに、紫族の名前は漢字表記なのだと、この時俺は初めて知った。
   紫族というのは文字通り、紫色の角と瞳を持つ鬼、という意味でつけられた名前らしい。
   そして、ベンザは便座ではなく勉坐、オマルは雄丸と書くのだと、勉坐が教えてくれた。
   袮笛と砂里、喜勇、志垣、野草、佐倉に土倉。
   ここまで出会ってきた紫族達の名前を、俺はようやく理解する事が出来たのだった。
   文字を扱えない村の鬼達も、大抵は自分の名前だけは書けるはずだと、勉坐は言っていた。
   
   ただ、文章にするとなると、それは途端に厄介なものとなる。
   碑文に書かれているのは、一見すると、意味不明な漢字の羅列。
   日本語文というよりも、それらは漢文に近い。
   一応、主語が頭にくるらしいのだが……
   その後はもう、文法なんてちんぷんかんぷんのバラバラなのである。
   だけど、俺は神様の力もあってか、難なくそれらを理解する事が出来た。

   しかし、問題が一つ……
   石碑の碑文には、全くもって不必要な場所に、不可解な漢数字が組み込まれているのだ。
   それも一つではなく、いくつもいくつも……
   それらを読むべきか無視するべきなのか、俺は最初悩んだ。
   しかし、漢数字を加味して読むと、明らかに文章が変になるので、それらは無視して読み進める事にした。

   無駄に長い石碑の碑文には、五百年前に起きた出来事が、つらつらと書かれていた。
   コトコがこの島に足を踏み入れてから、この地で亡くなるまでの事が、事細かにつらつらと……
   なんというか、ほんと、どうでもいい事が長々と書かれていて、そのまま一読するだけでも大変だった。

   勉坐は、これらを読めなかったわけではない。
   全部読んだ上で、気付いたのだ。
   肝心な部分が抜けているのでは? と……
   それは即ち、五百年前、紫族達を襲った灰の魔物の事だ。

   碑文にはこう書かれていた。

《我等襲魔之者来空》

   これは恐らく、我々は(紫族は)空から来た魔物に襲われた、と読むのだろう。
   そしてその続きが……

《我等守魔之者即琴子》

   我々を魔物から守ったのは琴子である。
   そして……

《村訪和》

   村に平和が訪れた、と……

   あまりにこざっぱりし過ぎではないだろうか?
   ここまでは、もっとみっちり、どうでもいい事も事細かに書かれているのである。
   コトコが食べた物とか、泊まった家とか、喋った言葉とか、まるでプライベートな日記のように書かれているというのに、何故ここだけがこんなにあっさりしているんだ??

   そして俺は気付いてしまったのだ。
   碑文の一番最初の部分にある七つの文章、その最初の文字を拾って繋げると、言葉になるという事に……

   出来上がった言葉は、以下のようなものだった。

《拾文字従白蛇伝》

   即ちそれは、白蛇伝はくじゃでんという書物の中から、文字を拾えという指示だった。
   その後の文章は、最初の文字を拾って繋げても、読めるような文章にはならなかった。
   代わりに、文章の中に、不可解な漢数字が無数に組み込まれていったのだ。

   これが何を意味するのか……?

   俺は、白蛇伝という書物が存在するのかどうかを、勉坐に尋ねた。
   答えはYESだった。

「白蛇伝は、我々紫族の始祖の物語だ。村の者達は文字を扱えぬ故、書物こそ読めぬが、知らぬ者は居ないほどに有名な話だぞ」

   そう言って勉坐は、かなり年季の入った、ボッロボロの書物を、本棚から複数持ってきた。
   全部で十二冊ある白蛇伝は、一冊一章の構成で、十二章からなる大作である。
   物語の中身もとても気になるが、今はそれをのんびり読んでいる暇はない。
   
   長ったらしい石碑の碑文から、不可解な漢数字を拾い、出来上がったのは文字を指し示す暗号。
   白蛇伝の何章、何ページ目の、何番目の文字かを表す、番号。
   それらの番号から、必要な文字を白蛇伝より拾って新たなる文章を作る、という途方も無い作業が、始まったのだった。







   そして、石碑の碑文、および十二冊の白蛇伝と睨めっこしながら、悪戦苦闘すること数時間……
   俺と勉坐は、なんとか碑文の解読に成功した!
   出来上がった文章が、これだぁっ!!

《灰之者現 幼子呼 地埋火海多死 幼子曰神不在誰不助 己救即己 幼子死於親飢水因雨少 悪之者告甘言幼子 世辛苦終 全沈炎 全災厄齎彼無名幼子等 我等不可救幼子 故琴子封幼子之魂其御心》

   ぎゃああぁ~!?
   また漢字ばっかぁあぁぁっ!??

   ……ふふふふ、案ずることなかれ。
   時の神の使者であるこのモッモ様が、翻訳して差しあげようっ!!!

「なになに……、えっとぉ……。灰の者現れる……、灰の魔物が現れたって事か。……ん? 幼い子が、呼ぶ??」

「なんだと?」

   出来上がった文章を前に、俺と勉坐は沈黙した。
   書かれてある内容が、思っていたものとは違ったのだ。
   五百年前、大陸大分断のすぐ後で、紫族が滅亡寸前まで追い込まれたという灰の魔物。  
   それがまさか……

「当時の紫族の子らが、呼び寄せたと言うのか……?」

   勉坐の言葉に俺は、背筋に嫌~な寒気を感じた。

《灰の魔物が現れた。子供たちが呼んだのだ。大地は火の海に埋もれ、多くの者が死んだ。子供たちは言った、神はいない、誰も助けてはくれない、自分を救えるのは自分だ、と……。親に先立たれた子供たちは、雨が少ないために水に飢えていた。悪魔が子供たちに甘い言葉を囁いたのだ。辛く苦しい世界を終わらせよう。全てを炎に沈めればいい。……全ての災厄は、この名もなき子供たちによってもたらされた。我々は子供たちを救えなかった。そして、琴子が子供たちの魂をその御心の内に封印したのだ》

「つまり……。これが本当だとしたら……。五百年前に現れた灰の魔物は、紫族の子供たちが原因で現れたってこと? しかも、大地が火の海にって……。二十年前と、同じなんじゃない??」

「なんという事だ……、急ぎ皆に伝えねば……。くそっ! 行くぞモッモ!! 村中の子らを集めるのだぁっ!!!」

   血相を変えて叫び、立ち上がって、上階へと繋がる階段を駆け上がっていく勉坐。

「はっ! はいぃっ!!」

   突然の大声にビビりながらも、俺は勉坐の後をついて行った。
   
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