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★ピタラス諸島第二、コトコ島編★

284:交換条件

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「……随分と待たせるわねぇ」

   グレコが、少~しばかり、苛ついたような声でそう言った。

   姫巫女様のお住まいである、巨大神社のだだっ広い板間の部屋へ案内された俺たちは、とっても簡素で薄っぺらい座布団のようなものの上に座って、姫巫女様が現れるのを今か今かと待っていた。
   目の前には、小上がりの小さな板間があり、そこには目隠しの為の御簾みすのようなものが掛けられている。
   おそらくあそこに、姫巫女様が座るのだろうな。

   グレコは初め、足を崩して座ったのだが、座布団の上では正座をするものなのだよと俺が教えると、案外素直に従ってくれた。
   だがしかし……、座布団が薄いせいで、正座している足が大層痛い。
   自慢げに教えた手前、俺が先に足を崩すわけにもいかず、足の裏がピリピリし始めたのを感じながらも、俺は根性だけで正座を続けていた。

   くっそぉ~、早く来てくれ姫巫女様っ!
   このままじゃ、足がもげそうだっ!!

   すると、少し離れた部屋の壁際にある、木製の引き戸がゆっくりと開けられたかと思うと、先ほどのシガキが仮面を取った状態で入ってきた。
   その後ろから、シガキと同じ服装の、知らない顔の鬼族達がゾロゾロと続いて中に入ってくる。
   彼らはシガキを先頭にして、壁際に一列に並んで座った。
   みな一様にあのベンザと同じ、細く長い紫色の角を持っているので、姫巫女様のお世話をしている巫女守りの一族の方々に違いないだろう。
   揃いも揃ってまぁ……、目付きが鋭く怖いこと……

   総勢十二名の鬼達が並び、腰を下ろすと、最後に美しいお顔の、少しばかり年配の女鬼が入ってきた。
   腰の辺りまである長い髪を頭のてっぺんで結び、その為なのかなんなのか、目付きが他の者よりもより一層鋭く感じられる。
   服装、角、共にシガキと同じところを見ると、彼女も巫女守りの一族で間違いないだろうが……
   その手には、幼い子供が抱えられていた。

   艶やかな、様々な色の布を使った、床まで垂れ下がるほどの丈の長い衣服に身を包んだその子供は、額に角がなく、仮面で顔を隠している。
   ただ、抱えている女鬼の肩に掴まるその小さな両の手は、肌の色が水色で、普通の皮膚とは少し違うような、ツルンとした光沢のある奇妙なものだった。

   子供を抱えた女鬼は、俺たちの前にある小上がりの板間に上がって、御簾の向こう側に静かにその子供を下ろした。
   そして、自らは小上がりの下に置かれていた座布団の上に正座した。

「遠路はるばるようこそ、時の神の使者殿。御前におわすは、雨の姫巫女様である。かしこみ畏み、頭を垂れよ」

   女鬼にそう言われて、俺とグレコは一瞬ポカンとなるも、すぐさま言葉の意味を理解して、慌てて頭を下げた。
   すると、女鬼は立ち上がって、御簾をゆっくりと、静かにたくし上げた。

「苦しゅうない、おもてを上げよ」

   誰が聞いても幼児のような高い声でそう言ったのは、他でもない姫巫女様だ。

   でもさ……、御簾を上げてもさ、仮面を被ってるから、顔が見えないんですけど?
   御簾を上げる意味あるのかね??

 そんな事を思いながら、目の前にいる姫巫女様を凝視する俺。

 ん~、なんだろうな? なんか、妙な臭いがするぞ。
 この臭いは……、水草??

「ふむ……、誠に小さき生き物よのぉ。危うく野ネズミと見まごうたが、その身に帯し神の力……。間違いない。そなたこそ、わらわが永年待ち侘びた、紫族の救い主に違いない。……それにしても小さいのぉ~」

   くっ……、何をペラペラと喋ってらっしゃるのかしら?
   小さい小さい言うけどさ、あんたも他の鬼に比べたら、随分と小さいけどねっ!
 
「あの、どうして私たち……」

「控えよっ! 問われぬ限りは姫巫女様の前で口を開いてはならぬっ!!」

   何かを言おうとしたグレコの言葉を、御簾の前に待機している女鬼がピシャリ! と弾く。
   それはもう、目障りな小蝿をはたき落とすがごとく、ピシャリ! と……
   これにはグレコも驚いて、目をまん丸にしたまま固まってしまった。

「良いのじゃ。妾はそのほうと対等に話がしたい。野草やぐさはしばし黙っておれ」

   逆に姫巫女様に釘を刺される形になった、ヤグサと呼ばれた女鬼は、少し戸惑いながらも、それ以上何かを言う事はしなかった。

「若きエルフの女子よ、そなたは時の神の使者の守護者か?」

「あ……、はい、そうです」

   守護者っていうか……、どっちかっていうと、保護者だよね、うん。

「この地へは如何にして参った? 目的は何じゃ??」

「えと……、船で、この島の近くまでやって来ました。途中で私と……、こちらのモッモが遭難してしまい、シ族の女性二人に助けてもらいました。それで……。目的は、故人であるコトコ様の残された遺産を探す事です。しかし、それだけではなくて、古の獣についても、知りたい……、というか……。聖なる泉に行けはしないかと思い、首長様の許可を頂く為、この東の村まで来ました」
  
   グレコは、多少長くなってしまったものの、嘘をつく事なく、正直に全てを話した。

「なるほどのぉ……。して、琴子の遺産を探すと言うが、場所の目星はついておるのか?」

「はい。コニーデ火山の麓に……、洞窟があると」

「洞窟のぉ……。そこに、琴子の遺産があるとな?」

「はい。そのように……、考えています」

 グレコの言葉に、何故だか姫巫女様は沈黙する。

 ……なんだ? 何か、まずいことでも言ったか??

 誰も何も話さない時間が数十秒続く。
 すると……

「ふふ……、ふはははははっ! 火の山の麓の洞窟となっ!? ふははははははははっ!!!」

 いきなり大声を上げながら、姫巫女様は笑い始めた。
 しかもその笑い方は……、完全なる悪役の笑い方ですよぉっ!?

「……姫巫女様、少々お下品が過ぎますぞ。お口を閉じなされ」

 そう言ったのはシガキだ。

 ひっ!? 姫巫女様にそんな事言っていいのっ!??

「ぬ? ふふふ……。これは失敬」

 思いの外、姫巫女様はシガキの言葉に素直に従って、着物の袖で口元を隠した。

「あの……、どうしてそのように、お笑いに……?」

 グレコが、またヤグサにピシャリとされやしないかと怯えながらも、尋ねる。

「どうしてかとな? 教えてやろう。あれは、琴子が作りし偽のほこらじゃ」

 ……え? 偽の、ほこら??

「それはつまり……。コニーデ火山の麓にある洞窟には、コトコ様の遺産はない、という事ですか?」

「左様。もとより、遺産などと呼べるほどの何かを、琴子が残しているのかどうかは妾にはわからぬが……。しかし、あるとすれば別の場所じゃ」

 別の場所……?
 マジか……、だとしたら、ノリリア達は無駄足じゃないか。

「その場所を、教えていただく事は可能ですか? 私たちどうしても……、コトコ様が残された物が必要なんです」

 グレコが訴える。

「そうじゃのぉ……。教えてやっても良いぞ」

「本当ですかっ!?」

 姫巫女様の言葉に、パッと喜ぶ素直なグレコ。
 しかし、俺はそんなにお人好しじゃないぞ。
 教えてやってもいい……、という言葉には大体、交換条件が付いてくるものなのだ。

「ただし、条件がある」

 ほらみろっ!? 絶対そう言うと思っていたぜっ!!!
 さっきの悪役みたいな笑い方といい、俺の事を小さい小さい言うような無礼さといい、こいつは絶対に悪者だ!!!!
 無理難題を突き付けて、俺たちがあくせくするのを見た挙句、結局はこっちの要望なんて聞いちゃくれない……、そういう奴に違いないっ!!!!!

「その、条件……、とは?」

 俺とグレコは、いったいどんな条件を出してくるのだろうと緊張し、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

「うむ。異形な怪物を倒してたもれ」

 サラッと、姫巫女様はそう言った。

 キタコレッ! RPGによくある展開!!
 村を襲う魔物の討伐依頼!!!

 ……って、えぇえええっ!??
 異形な怪物をぉおぉぉっ!???

 俺とグレコは目を見合わせて、言葉を失った。
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