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★ピタラス諸島、後日譚★

781:巨大エイ

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 フォラララララァ~♪
 フォラララララララァ~♪

 不思議な声で、海に向かって歌うフェイア。
 発しているのが言葉なのか、そうじゃ無いのかは分からないけれど、なんだか優しい気持ちになる音だ。
 すると……

「うおっ!? なんか、でっけぇ~のが来るぞっ!!?」

 甲板から身を乗り出して、海面を見ていたカービィが叫んだ。
 その手は、船の真下を指差していて、そして……
 
 ザババババババァーーーーー

 激しい水飛沫が上がると共に、そいつは海面に姿を現した。
 
 ひゃあっ!? 何あれ!!?
 めっちゃでっかぁあっ!?!?

 現れたのは、海に解けるような紺碧色の体表をした、平べったい生き物。
 めちゃくちゃにデカいその生き物は、普通の魚とは違う、歪な菱形の体をしている。
 それがヒレなのか何なのか俺には分からないが、菱形の体の両側を、蝶が羽ばたくかのようにヒラヒラと大きく揺らしながら、ゆったりと海面に浮かんでいるその姿は、前世の記憶によるところの【エイ】にとてもよく似ている。
 菱形の体のお尻の方からは、これまた長く、細い尻尾が一本生えていて、一定の硬さがあるのだろうその尻尾は、決して曲がる事なくピーンと張っていて、波の動きに合わせて左右へと緩やかに揺れていた。
 
 エイ……、なんだけど、さすがにこの大きさは、やばくないか?
 クジラ並みにデカいぞ??
 いくらなんでも無いと思うけど……、あの巨体で体当たりされちゃったら、船は転覆してしまうんじゃ……???

 船の周りを旋回する巨大エイの姿を見ながら、俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。

 横幅は、一番長いところで10メートルほど、全長は、長い尻尾の先まで数えると、余裕で40メートルは越えそうな勢いである。
 これほどまでに巨大なエイは、前世の世界では存在していなかったはずだ。
 それに、額にはニ本の角のような物が生えており、長い尻尾の先には煌めくクリスタルのような何かが光っていて……
 少なくともこのエイは、普通のエイではなく、魔物の類なのだろうと俺は推測した。

 そいつは、頭の先っちょの方についている真っ黒で円な瞳をこちらに向けながら、観察するかの様に、船の周り何周か回っていた。
 その後、俺たちが立っている船の甲板の真ん前で、動きを止めた。
 
「大丈夫そうですね……。この子が皆さんを運びます。さぁ、背に乗ってください!」

 フェイアは笑顔でそう言うと、自らはピョーンと海へ飛び込んだ。

 え~っとぉ~?
 背に、乗ってください、とな??
 そんなそんな……、えぇ~~~???

 甲板の柵の間から顔を出し、眼下のエイの背中を見つめる俺。
 見るからにツルンとした質感のエイの背中は、海水に濡れている事もあり、非常に滑り易そうである。
 加えて、船の甲板からエイの背中までは、軽く5メートルほどの距離があって、なかなかに高低差がある。
 つまり……、ここからジャンプしてエイの背中に飛び乗るのは、非常に危険だ。
 というか……、いやいや、それ以前にだな……
 こんな得体の知れない巨大生物の背中になんぞ、乗れるかってんだよっ!!!

 海に入ったフェイアは、巨大エイの頭の方へと近付いていき、その体を優しく撫でている。
 その姿はまるで、イルカの調教師のようだ。
 恐らく、安全性を俺たちに示しているのだろう、フェイアはニコニコと笑いながら、こちらに手を振ってみせた。
 
 フェイアよ……、言いたい事は分かるが……
 それでもやはり、躊躇われるのだよ。
 仮にこの巨大エイが、おとなしい生き物だとしても、泳ぎ出せばかなり揺れるはず……
 そんな、見るからにツルツルの背中になんて、どうやって乗っていろと?
 掴まる場所も無いのに、足だけで踏ん張れというのか??
 最弱種族で、筋肉皆無の、この俺に???
 無理無理! 無理だよ!! 不可能だよ!!!
 エイが泳ぎ出し、足元が揺れて、案の定踏ん張れずにツルンと滑って転んでしまった後、そのままツルツルと滑りながら、海へとドボン……
 そうなる未来が、俺には見える。

 呆気なく海へと落ちていく自分を想像して、俺の心は沈黙する。
 さすがに、海に落ちるのは嫌なので、何か別の方法は無いものかと、みんなに相談しようと考えた……、その時だ。

「モッモ、行くぞ!」

「へ???」

 例の如くギンロが、俺の事をヒョイっと小脇に抱えたではないか。
 そして……

「わわわっ!? ちょ待っ、ヒャッ!!? ヒョーーーーーー!?!?」

 甲板の柵の上に立ったギンロは、俺を抱えたまま、巨大エイの背中へとジャーンプッ!
 全く心の準備が出来てなかった俺は、あまりに一瞬の出来事に、ちびる間すら与えられず……
 気付けばギンロに抱えられたままの格好で、エイの背中に乗ってしまっていた。

 び……、びびっ………、びっくりしたぁ~~~。

 心臓が、物凄い速さで脈を打ち、口から飛び出そうになる俺。
 もう、旅に出てから何度目かは分からないが、寿命が何年か縮んだ様に感じられた。

 ちょっと! ギンロ!!
 何かする前は、ちゃんと説明してよねっ!!!

 ……と、怒ろうとしたのだが。

「ぬ? 足元が少々滑り易いな……。モッモ、気を付けるのだぞ」

 そう言って、小脇に挟んでいた俺を降ろし、エイの背中へと立たせるギンロ。
 その言葉通り、見た目通りに、エイの背中はツルツルで、滑り易くて、まるで氷の上に立っているかのような感覚だ。
 先程のシュミレーション通り、このままだと数秒後に、俺は海に落っこちてしまうだろう。

「ばっ!? ギンロ!!? 無理だよ!?!? だっ……、抱っこして!!!」

 上に向かって両手を広げ、ギンロに抱っこをせがむ俺。
 かなりカッコ悪く見えているだろうが、背に腹は変えられない。
 俺は、海には落ちたくないのだっ!

「だっこ? だっことは……、何なのだ??」

 首を傾げるギンロ。
 
 くっそぉ~~~~~!!!
 ギンロお前、抱っこが通じ無いのかぁあぁっ!?
 ずっと一緒に旅して来たってのに、未だに抱っこすら通じ無いなんて、知らなかったぞぉおぉっ!!?

「なははっ! ギンロ、モッモは、肩に乗せてくれって言ってんだっ!!」

 自前の鞭の先を甲板の柵に巻き付け、持ち手を下に垂れ下げて、カービィがエイの背中へと降りて来た。
 続いてグレコ、ティカも、鞭を伝ってエイの背中へと降りて来た。
 カービィは全然ビビって無いし、グレコも然程ビビって無いが、ティカはいつも以上に目が見開かれていて怖いくらいの無表情なので、かなりビビっているようだ。

「ぬ? なるほど、肩にか」

 ギンロはそう言うと、ヒョイと俺を持ち上げて、肩車をしてくれた。

「モッモ、これで良いか?」

「うん! 良いですっ!!」

 ギンロのピンと立っている耳をギュッと握り締め、俺は頷いた。
 ギンロは俺と違って、神経が鈍感だから、耳を握られても全然平気なのだ。

 よしっ! ここなら安全だっ!!
 …………たぶん。

「ラージャはおとなしく、とても穏やかに泳ぎますから、皆さん安心してくださいね。それでは、参りましょうか」

 海の中からフェイアが顔を出し、ニコッと微笑んでそう言った。

 ラージャ……、っていうのか、この巨大エイは。
 名前があるくらいだから、知能が高い生き物なのだろう。
 そしてフェイアよ、出来ればその情報は、船の上にいる時に教えて欲しかったな、……うん。

「それじゃあザサーク船長! 行ってくるわ!!」

 甲板からこちらを見ている、ザサークを始めとしたダイル族たちに向かって、グレコがそう言った。

「おうっ! 気をつけてなっ!!」

 手を振るザサーク。
 
「必ず帰ってくるんだよっ!!!」

 心配そうに、俺たちを見つめるダーラ。
 各々に声を掛けてくれるダイル族たちを背に、巨大エイ改めラージャは、ゆっくりと動き出す。
 そして、ラージャの動きに連動するかのように、海上に浮かぶとてつもなく大きな二枚貝、その名も白亜の大貝は、静かにその口を開き始めていた。
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