93 / 800
★オーベリー村、蜥蜴神編★
88:芋の、話?
しおりを挟む
「大変だぁっ! ぼっ、僕ぅうっ!! 食べられちゃうぅうぅぅっ!!!」
部屋に入るなり叫んだ俺を、グレコとギンロが白い目で見る。
グレコは既に寝巻きに着替えているし、ギンロはソファーの上でのべ~っと横になって寛いでいて……
つまり二人とも、緊張感の欠片も無い姿である。
「え……、何言ってるの? 幻覚でも見た??」
「食当たりでもしたか?」
なっ!?
酷いよっ! 二人ともっ!!
ギンロはさっきと同じ事言ってるし!!!
「台所でシシ婆さんが、誰かと話してたんだ! それも人間じゃない、大鎌を持った豚みたいな大男!! か、皮を剥いて……、丸裸にするって!!!」
ガクガクと震えながら、必死に訴える俺。
さっき、胃の中のものは全部下から出たはずなのに、口から何か飛び出てきそうだ。
「豚みたいな大男? お孫さんかしら?? いったい何の種族なのかしらね??? それよりモッモ、人間じゃないって……、そりゃそうでしょうよ。人間なんて、この大陸にはいないはずよ。まさかシシさんの事、人間だと思っていたの?」
小馬鹿にしたようにクスッと笑うグレコ。
えっ!? どういう事!??
グレコは、シシ婆さんも人間じゃ無いって言いたいの!?!?
てか、人間が、この大陸にいないって……、えぇえっ!?!??
訳が分からず、パニックになる俺の脳内。
「何か、聞き間違えたのではないか? 我もいるというのに、皮を剥いでモッモを食べようなどとは……、さすがに無謀であろ」
自信たっぷりな様子でドヤるギンロ。
そりゃまぁその通りだとは思うけど……
でも、あっちはギンロがフェンリルだって知らないしっ!
ギンロがめちゃくちゃ強い剣士だって事も、あっちは知らないわけだしっ!!
「でも! だって!! 聞いたんだもんっ!!! 聞き間違いじゃないもんっ!!!!」
信じてよグレコ! ギンロ!!
信じてくれないと……、泣いちゃうぞっ!!!
「そんな事言ったって……、どうするのよ? 今からここを出るの?? せっかくベッドで眠れるのに???」
そう言って、ベッドに横になり、布団にくるまるグレコ。
絶対にそこから出る気無いでしょっ!?
「ふむ。大事ないと思うが……。心配ならば、モッモよ、今宵は我が隣で眠ろうか?」
プルプルと震える俺を見て、ギンロは優しくそう言った。
「そうしてぇっ!!!!!」
二つ返事で答える俺。
ギンロ優しいっ! 一緒に寝ようっ!!
俺とギンロは、一つのベッドに並んで寝転んだ。
ちょっぴり狭い気もするが、ギンロの温もりをすぐそばに感じられるので、かなり安心出来る。
ギンロが掛け布団は必要無いと言うので、俺は身を守るようにして、布団を自分の体に巻き付けた。
これで良し……、皮なんか剥がれて堪るかってんだっ!!!
「ん、解決したならいいけど……。それよりモッモ! あなた、シシさんに自己紹介する時に、自分の事をピグモルだって言いそうになったでしょう!? 絶対に駄目だからねっ!! 今後は絶対に、自分がピグモルだなんて、死んでも言っちゃ駄目よ!!!」
突然、説教を始めるグレコ。
「え……、なんでさ?」
ロールキャベツみたいになった俺は、布団の中から顔だけを出して問い返す。
「なんでって、忘れたの? ピグモルがどうして絶滅したか……。ピグモルはね、野蛮な異種族の手によって、愛玩奴隷にする為に乱獲されたのよ。それなのに、見ず知らずの相手に対して、自分はピグモルだ~なんて……。言わない方が絶対にいいじゃないの」
あ~……、う~……、んんん~……
まぁ、他種族から乱獲されたっていうのは聞いた事あるけれど、それは過去の事だしなぁ。
その他種族、異種族ってのも、どんな相手なのか分からないし……
てか、まだ絶滅してませんよ!
ピグモルはちゃんと、生きてますよっ!!
「我も、異種族と関わる折には、自らを獣人と偽っておる。無論、無駄な争いを避ける為だ。モッモよ、お主もこの先旅を続けるにつけ、何か策を考えねばならぬな」
なるほど、そうだな……
ギンロみたいに、獣人です! で通じればいいんだけど、ピグモルに似た獣人が、この世界にいるのかどうか……
「大丈夫よ。この先モッモは、私の【従魔】って事にして旅するから」
あ~、なんかさっき、そんな事を言ってたね。
でも、えっとぉ……?
「その、『じゅうま』って何? どんな生き物なの??」
グレコに尋ねる俺。
「従魔はつまり、主人に付き従い、使役する魔物の事よ。魔力を有する者の中には、自分の身の回りの世話をさせる為に、魔力の無い獣に魔法で知性を持たせて、使役させる者がいるの。私の里では習慣化して無かったけれど、かつていたハイエルフの国では、従魔を持つ事が一般的だったらしいわ。だから、モッモはそうね……、野ネズミの従魔でいいんじゃないかしら?」
ほぉ~、なるほど、そんな事が……
でもなんだろう、俺今、凄く複雑な心境なんだけど。
「ふむ、それでいいのではないか? 従魔ならば、他者との関わりも極力避けられるであろう。全ては主であるグレコが対応する故、モッモ、お主は終始、黙っておれば良い」
ギンロはグレコの案に賛成のようだ。
うん、まぁ……、言っている事は分かるんだけどね。
俺の身の安全を守る為には、きっとそれが最適解なのだろう。
でもやっぱり、なんだろうな……
とっても良い案なんだろうけど、なんだかとっても……、とってもとっても、複雑だな。
モヤモヤとした違和感を抱えたまま、俺達の会話は終了した。
朝が来た。
光を遮るものがない草原の朝は、思っていた以上に明るく、眩しい。
そしてその眩しさが、今の俺の目にはかなり堪える。
窓から差し込む陽光に、俺は思わず目を細めていた。
昨晩、一つのベットの上で、ギンロと共に、ギンロにくっつく形で俺は眠りについた、のだが……
結局、あの台所の光景が頭から離れずに、ほとんど眠れなかったのだ。
なんかこう、これまでの傾向から鑑みるに俺は、旅先だとほとんど寝られない確率が非常に高い。
これは全くもって良く無い事なので、今後の為にも早急に改善策を考えねばなるまい。
まだベットの中でスヤスヤと眠る二人を、恨めしそうに見つめる俺。
すると窓の外から、ザッザッザッという、妙な音が聞こえて来た。
体に巻き付けていた布団から這い出て、眩しい陽光を手でかわしつつ、窓の側に立ち、外を見る俺。
そこにいるのは、何やら巨大な鎌を手に持った、大きな大きな生き物。
あぁあっ!?
あれは昨日のっ!??
台所でシシ婆さんと、俺を食べる相談をしていた、巨体豚人間ではっ!?!?
推定身長2メートル半、筋肉モリモリなその肉体は横幅がかなりあって、体重は間違いなく100キロを超えているだろう。
黒いデニム地のオーバーオールを身につけ、頭には麦わら帽子を被り、首には薄汚れた手拭いを下げているその姿は、まさに牧場主といった出立である。
そのお顔は昨晩見た通りの豚っ鼻で、一見すると豚顔の人間なのだが、顔の側面にある耳はやはり三角形の豚のものだった。
や、やっぱり……、人間じゃ無いんだな……?
豚人間……??
それとも、豚の獣人、とかなのだろうか???
ゴクリと生唾を飲む俺。
警戒しつつも、何をしているのかと相手を注視していたところ、どうやら彼は牧場仕事の真っ最中のようだ。
干していた藁束を鎌で細かく切り刻み、それを手押し車に乗せて、牛舎へと運んで行った。
しばらくすると戻って来て、井戸から水を汲み、家の周りの小さな畑に水を撒き始める。
するとそこへ、何処からともなく小さな小鳥が飛んで来て、彼の肩に止まった。
その小鳥に対して彼は、なんとも優しそうな顔で微笑んだのだった。
……う~ん、なんだろうな。
もしかして、昨晩のは、やっぱり聞き間違いなのかしら?
その後も、グレコとギンロが起きるまで俺は、何かと忙しそうに仕事をする巨体豚人間の姿を、見るともなく眺めていた。
「わっはっはっはっ! それは、お前さんの話ではねぇよぉ!! 芋の話だべ!!!」
芋の、話?
「んだぁ~、エッホは芋の皮がたいそう嫌いでのぉ。ツルッツルの丸裸に剥かにゃあ、食べられねんだわ。けんど、お前さんは昨晩、皮のついたままの芋でも美味そうに食っとっただろう? それをエッホに、小せぇのに偉いもんだわ~と、話しとったんだえ」
芋の、皮??
「芋の皮は剥くもんだべ!? おいは何も間違っちゃおらんべ!」
あ~、なるほど~、………そういうことね。
朝食の席で、シシ婆さんと、孫息子のエッホだと紹介された巨体豚人間に、大いに笑われる俺。
隣のグレコも、その横のギンロも、ほら見てみろと言わんばかりに、含み笑いをしている。
「それに、肉が食いたきゃもっとでかい奴を捌くべさ? お前さんは小ぃ~こすぎて、腹の足しにもならねぇべ。わっはっはっ!」
あはははは~。
笑えな~い、エッホさん、笑えないよそれ~。
聞くところによると、豚っ鼻のこのお二人、【ハーフオーク】という種族らしく、人間では無いとのこと。
【オーク】という種族は、前世の知識の中にも情報が残っていて、猪のような外見の種族だと記憶している。
ハーフオークは、つまりオークと他種族との交配種らしく、完全なるオークとは異なるのだとか。
故に、巷ではパントゥーと呼ばれる事もあると、エッホさんが教えてくれた。
「しかしまぁ、お前さんら、南から来たってか? あのおっかねぇ森に住んでんだべ?? ほれ、虫だらけんの……???」
おそらく、あの巨虫の森の事を言っているのだろう、エッホさんの表情はめちゃくちゃ険しい。
「あ~、えっと……。私たち、住んでいたわけでは無いんです。ちょっと……、立ち寄っただけで」
言葉を濁すグレコ。
さすがに、クロノス山のその向こうにある幻獣の森から来ました~♪ なんて、言えるはずが無い事は、俺でも理解出来る。
「んだども、あの森に立ち寄るたぁ、よほどの腕っ節なんだろうのぉ」
そう言ってエッホさんは、チラリとギンロを見た。
ギンロは、朝食の甘い蒸しパンが気に入ったのか、夢中で食べている為に、その視線には気付いていない。
するとグレコが……
「あの、実は……、私たち、北にある港町ジャネスコに向かう予定なんです。それで……、そこへ至るまでの間に、村や町はありますか?」
姿勢を正し、緊張した面持ちでエッホに尋ねた。
実のところ俺達は、港町ジャネスコに向かう、という目的こそ明確だけれども、そこに至るまでの道筋というか、どれくらいの距離があって、どれだけの日数がかかるのかとか、全てにおいて何も知らない。
グレコ曰く、エルフの隠れ里で情報をくれた元遠征隊の者の話によると、「4、5日かかる」との事らしいが……
さすがにその4、5日を、全て野宿(キャンプ)で乗り切るという事は避けたいと、グレコは考えているようだ。
やはり屋内で、ベッドで眠る事の心地良さは、何物にも変え難いという事だろう。
……まぁ俺は、ベッドがあろうが無かろうが、何か不安要素があると眠れないのだけどね。
小心者だから仕方がないよね~、はははは~。
「あぁ、村なら二、三あるでなぁ。おいも昨日、一番近くの村まで出掛けとったでよ。馬車で半日ほど行ったとこさ、猫型の獣人が暮らす村だべ。そこで良けりゃ、おいが馬車を出してやるで、食べたら行くかぁ?」
ん? おぉっ!?
馬車ですとぉっ!??
「いいんですか!? やったぁ♪」
「助かります、ありがとう!」
「かたじけない、エッホ殿」
予期せぬエッホの申し出に、喜ぶ俺とグレコ、ぺこりと頭を下げるギンロ。
いや~、良かった良かった~。
港町ジャネスコまではまだまだ距離がありそうだし、ずっと歩いて行くのかなって、かな~り心配してたんだよな。
ほら俺、一応最弱種族だから、体力も無いし、ついでにそこまでガッツがある方でも無いからさ。
いや~! 良かった良かった~!!
ホッと一安心し、胸を撫で下ろす俺。
その時だった。
何やらズボンのポケットが、ゴソゴソっと動いて……
んん? なんだ??
何かがポケットの中に……、はっ!?
わっ、忘れてたっ!!?
そう、俺のズボンのポケットには、あの植物型魔物、マンドラゴラが入ったままだったのです。
まさか、鳴き叫ぶのか!?
今ここでっ!!?
やっ、やめっ……、やめてくれぇえっ!!??
一人、あわあわと狼狽える俺。
しかしながら、マンドラゴラが鳴き叫ぶ事はなく。
ドキドキしながら、そっと視線を下に向けると……
ん? あれ??
なんか……、萎れてない???
ポケットから覗くマンドラゴラの頭に咲いている紫色の花が、知らない間に縮んで萎んで、力無く垂れ下がっていた。
部屋に入るなり叫んだ俺を、グレコとギンロが白い目で見る。
グレコは既に寝巻きに着替えているし、ギンロはソファーの上でのべ~っと横になって寛いでいて……
つまり二人とも、緊張感の欠片も無い姿である。
「え……、何言ってるの? 幻覚でも見た??」
「食当たりでもしたか?」
なっ!?
酷いよっ! 二人ともっ!!
ギンロはさっきと同じ事言ってるし!!!
「台所でシシ婆さんが、誰かと話してたんだ! それも人間じゃない、大鎌を持った豚みたいな大男!! か、皮を剥いて……、丸裸にするって!!!」
ガクガクと震えながら、必死に訴える俺。
さっき、胃の中のものは全部下から出たはずなのに、口から何か飛び出てきそうだ。
「豚みたいな大男? お孫さんかしら?? いったい何の種族なのかしらね??? それよりモッモ、人間じゃないって……、そりゃそうでしょうよ。人間なんて、この大陸にはいないはずよ。まさかシシさんの事、人間だと思っていたの?」
小馬鹿にしたようにクスッと笑うグレコ。
えっ!? どういう事!??
グレコは、シシ婆さんも人間じゃ無いって言いたいの!?!?
てか、人間が、この大陸にいないって……、えぇえっ!?!??
訳が分からず、パニックになる俺の脳内。
「何か、聞き間違えたのではないか? 我もいるというのに、皮を剥いでモッモを食べようなどとは……、さすがに無謀であろ」
自信たっぷりな様子でドヤるギンロ。
そりゃまぁその通りだとは思うけど……
でも、あっちはギンロがフェンリルだって知らないしっ!
ギンロがめちゃくちゃ強い剣士だって事も、あっちは知らないわけだしっ!!
「でも! だって!! 聞いたんだもんっ!!! 聞き間違いじゃないもんっ!!!!」
信じてよグレコ! ギンロ!!
信じてくれないと……、泣いちゃうぞっ!!!
「そんな事言ったって……、どうするのよ? 今からここを出るの?? せっかくベッドで眠れるのに???」
そう言って、ベッドに横になり、布団にくるまるグレコ。
絶対にそこから出る気無いでしょっ!?
「ふむ。大事ないと思うが……。心配ならば、モッモよ、今宵は我が隣で眠ろうか?」
プルプルと震える俺を見て、ギンロは優しくそう言った。
「そうしてぇっ!!!!!」
二つ返事で答える俺。
ギンロ優しいっ! 一緒に寝ようっ!!
俺とギンロは、一つのベッドに並んで寝転んだ。
ちょっぴり狭い気もするが、ギンロの温もりをすぐそばに感じられるので、かなり安心出来る。
ギンロが掛け布団は必要無いと言うので、俺は身を守るようにして、布団を自分の体に巻き付けた。
これで良し……、皮なんか剥がれて堪るかってんだっ!!!
「ん、解決したならいいけど……。それよりモッモ! あなた、シシさんに自己紹介する時に、自分の事をピグモルだって言いそうになったでしょう!? 絶対に駄目だからねっ!! 今後は絶対に、自分がピグモルだなんて、死んでも言っちゃ駄目よ!!!」
突然、説教を始めるグレコ。
「え……、なんでさ?」
ロールキャベツみたいになった俺は、布団の中から顔だけを出して問い返す。
「なんでって、忘れたの? ピグモルがどうして絶滅したか……。ピグモルはね、野蛮な異種族の手によって、愛玩奴隷にする為に乱獲されたのよ。それなのに、見ず知らずの相手に対して、自分はピグモルだ~なんて……。言わない方が絶対にいいじゃないの」
あ~……、う~……、んんん~……
まぁ、他種族から乱獲されたっていうのは聞いた事あるけれど、それは過去の事だしなぁ。
その他種族、異種族ってのも、どんな相手なのか分からないし……
てか、まだ絶滅してませんよ!
ピグモルはちゃんと、生きてますよっ!!
「我も、異種族と関わる折には、自らを獣人と偽っておる。無論、無駄な争いを避ける為だ。モッモよ、お主もこの先旅を続けるにつけ、何か策を考えねばならぬな」
なるほど、そうだな……
ギンロみたいに、獣人です! で通じればいいんだけど、ピグモルに似た獣人が、この世界にいるのかどうか……
「大丈夫よ。この先モッモは、私の【従魔】って事にして旅するから」
あ~、なんかさっき、そんな事を言ってたね。
でも、えっとぉ……?
「その、『じゅうま』って何? どんな生き物なの??」
グレコに尋ねる俺。
「従魔はつまり、主人に付き従い、使役する魔物の事よ。魔力を有する者の中には、自分の身の回りの世話をさせる為に、魔力の無い獣に魔法で知性を持たせて、使役させる者がいるの。私の里では習慣化して無かったけれど、かつていたハイエルフの国では、従魔を持つ事が一般的だったらしいわ。だから、モッモはそうね……、野ネズミの従魔でいいんじゃないかしら?」
ほぉ~、なるほど、そんな事が……
でもなんだろう、俺今、凄く複雑な心境なんだけど。
「ふむ、それでいいのではないか? 従魔ならば、他者との関わりも極力避けられるであろう。全ては主であるグレコが対応する故、モッモ、お主は終始、黙っておれば良い」
ギンロはグレコの案に賛成のようだ。
うん、まぁ……、言っている事は分かるんだけどね。
俺の身の安全を守る為には、きっとそれが最適解なのだろう。
でもやっぱり、なんだろうな……
とっても良い案なんだろうけど、なんだかとっても……、とってもとっても、複雑だな。
モヤモヤとした違和感を抱えたまま、俺達の会話は終了した。
朝が来た。
光を遮るものがない草原の朝は、思っていた以上に明るく、眩しい。
そしてその眩しさが、今の俺の目にはかなり堪える。
窓から差し込む陽光に、俺は思わず目を細めていた。
昨晩、一つのベットの上で、ギンロと共に、ギンロにくっつく形で俺は眠りについた、のだが……
結局、あの台所の光景が頭から離れずに、ほとんど眠れなかったのだ。
なんかこう、これまでの傾向から鑑みるに俺は、旅先だとほとんど寝られない確率が非常に高い。
これは全くもって良く無い事なので、今後の為にも早急に改善策を考えねばなるまい。
まだベットの中でスヤスヤと眠る二人を、恨めしそうに見つめる俺。
すると窓の外から、ザッザッザッという、妙な音が聞こえて来た。
体に巻き付けていた布団から這い出て、眩しい陽光を手でかわしつつ、窓の側に立ち、外を見る俺。
そこにいるのは、何やら巨大な鎌を手に持った、大きな大きな生き物。
あぁあっ!?
あれは昨日のっ!??
台所でシシ婆さんと、俺を食べる相談をしていた、巨体豚人間ではっ!?!?
推定身長2メートル半、筋肉モリモリなその肉体は横幅がかなりあって、体重は間違いなく100キロを超えているだろう。
黒いデニム地のオーバーオールを身につけ、頭には麦わら帽子を被り、首には薄汚れた手拭いを下げているその姿は、まさに牧場主といった出立である。
そのお顔は昨晩見た通りの豚っ鼻で、一見すると豚顔の人間なのだが、顔の側面にある耳はやはり三角形の豚のものだった。
や、やっぱり……、人間じゃ無いんだな……?
豚人間……??
それとも、豚の獣人、とかなのだろうか???
ゴクリと生唾を飲む俺。
警戒しつつも、何をしているのかと相手を注視していたところ、どうやら彼は牧場仕事の真っ最中のようだ。
干していた藁束を鎌で細かく切り刻み、それを手押し車に乗せて、牛舎へと運んで行った。
しばらくすると戻って来て、井戸から水を汲み、家の周りの小さな畑に水を撒き始める。
するとそこへ、何処からともなく小さな小鳥が飛んで来て、彼の肩に止まった。
その小鳥に対して彼は、なんとも優しそうな顔で微笑んだのだった。
……う~ん、なんだろうな。
もしかして、昨晩のは、やっぱり聞き間違いなのかしら?
その後も、グレコとギンロが起きるまで俺は、何かと忙しそうに仕事をする巨体豚人間の姿を、見るともなく眺めていた。
「わっはっはっはっ! それは、お前さんの話ではねぇよぉ!! 芋の話だべ!!!」
芋の、話?
「んだぁ~、エッホは芋の皮がたいそう嫌いでのぉ。ツルッツルの丸裸に剥かにゃあ、食べられねんだわ。けんど、お前さんは昨晩、皮のついたままの芋でも美味そうに食っとっただろう? それをエッホに、小せぇのに偉いもんだわ~と、話しとったんだえ」
芋の、皮??
「芋の皮は剥くもんだべ!? おいは何も間違っちゃおらんべ!」
あ~、なるほど~、………そういうことね。
朝食の席で、シシ婆さんと、孫息子のエッホだと紹介された巨体豚人間に、大いに笑われる俺。
隣のグレコも、その横のギンロも、ほら見てみろと言わんばかりに、含み笑いをしている。
「それに、肉が食いたきゃもっとでかい奴を捌くべさ? お前さんは小ぃ~こすぎて、腹の足しにもならねぇべ。わっはっはっ!」
あはははは~。
笑えな~い、エッホさん、笑えないよそれ~。
聞くところによると、豚っ鼻のこのお二人、【ハーフオーク】という種族らしく、人間では無いとのこと。
【オーク】という種族は、前世の知識の中にも情報が残っていて、猪のような外見の種族だと記憶している。
ハーフオークは、つまりオークと他種族との交配種らしく、完全なるオークとは異なるのだとか。
故に、巷ではパントゥーと呼ばれる事もあると、エッホさんが教えてくれた。
「しかしまぁ、お前さんら、南から来たってか? あのおっかねぇ森に住んでんだべ?? ほれ、虫だらけんの……???」
おそらく、あの巨虫の森の事を言っているのだろう、エッホさんの表情はめちゃくちゃ険しい。
「あ~、えっと……。私たち、住んでいたわけでは無いんです。ちょっと……、立ち寄っただけで」
言葉を濁すグレコ。
さすがに、クロノス山のその向こうにある幻獣の森から来ました~♪ なんて、言えるはずが無い事は、俺でも理解出来る。
「んだども、あの森に立ち寄るたぁ、よほどの腕っ節なんだろうのぉ」
そう言ってエッホさんは、チラリとギンロを見た。
ギンロは、朝食の甘い蒸しパンが気に入ったのか、夢中で食べている為に、その視線には気付いていない。
するとグレコが……
「あの、実は……、私たち、北にある港町ジャネスコに向かう予定なんです。それで……、そこへ至るまでの間に、村や町はありますか?」
姿勢を正し、緊張した面持ちでエッホに尋ねた。
実のところ俺達は、港町ジャネスコに向かう、という目的こそ明確だけれども、そこに至るまでの道筋というか、どれくらいの距離があって、どれだけの日数がかかるのかとか、全てにおいて何も知らない。
グレコ曰く、エルフの隠れ里で情報をくれた元遠征隊の者の話によると、「4、5日かかる」との事らしいが……
さすがにその4、5日を、全て野宿(キャンプ)で乗り切るという事は避けたいと、グレコは考えているようだ。
やはり屋内で、ベッドで眠る事の心地良さは、何物にも変え難いという事だろう。
……まぁ俺は、ベッドがあろうが無かろうが、何か不安要素があると眠れないのだけどね。
小心者だから仕方がないよね~、はははは~。
「あぁ、村なら二、三あるでなぁ。おいも昨日、一番近くの村まで出掛けとったでよ。馬車で半日ほど行ったとこさ、猫型の獣人が暮らす村だべ。そこで良けりゃ、おいが馬車を出してやるで、食べたら行くかぁ?」
ん? おぉっ!?
馬車ですとぉっ!??
「いいんですか!? やったぁ♪」
「助かります、ありがとう!」
「かたじけない、エッホ殿」
予期せぬエッホの申し出に、喜ぶ俺とグレコ、ぺこりと頭を下げるギンロ。
いや~、良かった良かった~。
港町ジャネスコまではまだまだ距離がありそうだし、ずっと歩いて行くのかなって、かな~り心配してたんだよな。
ほら俺、一応最弱種族だから、体力も無いし、ついでにそこまでガッツがある方でも無いからさ。
いや~! 良かった良かった~!!
ホッと一安心し、胸を撫で下ろす俺。
その時だった。
何やらズボンのポケットが、ゴソゴソっと動いて……
んん? なんだ??
何かがポケットの中に……、はっ!?
わっ、忘れてたっ!!?
そう、俺のズボンのポケットには、あの植物型魔物、マンドラゴラが入ったままだったのです。
まさか、鳴き叫ぶのか!?
今ここでっ!!?
やっ、やめっ……、やめてくれぇえっ!!??
一人、あわあわと狼狽える俺。
しかしながら、マンドラゴラが鳴き叫ぶ事はなく。
ドキドキしながら、そっと視線を下に向けると……
ん? あれ??
なんか……、萎れてない???
ポケットから覗くマンドラゴラの頭に咲いている紫色の花が、知らない間に縮んで萎んで、力無く垂れ下がっていた。
0
お気に入りに追加
495
あなたにおすすめの小説
幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。
みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ!
そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。
「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」
そう言って俺は彼女達と別れた。
しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
魔境暮らしの転生予言者 ~開発に携わったゲーム世界に転生した俺、前世の知識で災いを先読みしていたら「奇跡の予言者」として英雄扱いをうける~
鈴木竜一
ファンタジー
「前世の知識で楽しく暮らそう! ……えっ? 俺が予言者? 千里眼?」
未来を見通す千里眼を持つエルカ・マクフェイルはその能力を生かして国の発展のため、長きにわたり尽力してきた。その成果は人々に認められ、エルカは「奇跡の予言者」として絶大な支持を得ることになる。だが、ある日突然、エルカは聖女カタリナから神託により追放すると告げられてしまう。それは王家をこえるほどの支持を得始めたエルカの存在を危険視する王国側の陰謀であった。
国から追いだされたエルカだったが、その心は浮かれていた。実は彼の持つ予言の力の正体は前世の記憶であった。この世界の元ネタになっているゲームの開発メンバーだった頃の記憶がよみがえったことで、これから起こる出来事=イベントが分かり、それによって生じる被害を最小限に抑える方法を伝えていたのである。
追放先である魔境には強大なモンスターも生息しているが、同時にとんでもないお宝アイテムが眠っている場所でもあった。それを知るエルカはアイテムを回収しつつ、知性のあるモンスターたちと友好関係を築いてのんびりとした生活を送ろうと思っていたのだが、なんと彼の追放を受け入れられない王国の有力者たちが続々と魔境へとやってきて――果たして、エルカは自身が望むようなのんびりスローライフを送れるのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる