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★虫の森、蟷螂神編★

70:巨虫の根城

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「うっひゃ~……、きっもちわっるぅっ! うげぇ~!!」

   そこかしこに群がる鎌手の虫型魔物を目にし、俺の体中の毛がゾワゾワと逆立つ。

「思っていた以上に数がいるわね。さすがにこれを相手するとなると……、二人じゃきついわ」

   弓矢を構えた格好のまま、グレコが呟く。
   その表情には、若干疲労の色が見える。

 てかグレコ、今、二人って言った?
   二人って……、一応俺もいるんだけど??
   まぁ、俺なんて、完全なる足手まといだけどもさっ!

「ぬぅ~、さすがにあの数は……。ざっと見て百……、いや、奥には更に潜んでいるだろう。何か策はないものか……? 虫型魔物は、皆一様に水に弱いはず。だが、ここに水はない、か……」

   虫型魔物からの返り血を浴びて、青くなったギンロ。
   もともと青みがかった銀色の毛並みを持つギンロなのだが、それがもう本当に、顔面真っ青なのだ。
 その横顔がもう、怖いのなんのってもう……、直視出来ないほどに恐ろしいっ!
 マントの裾で剣についた血を拭いながら、敵を見やるその目はまさに、獲物を狙う野獣の如し!!
 向かう先に敵無し、百獣の王ギンロ様っ!!!

 ……そんなギンロが今、出会って初めて、難色を示している。
 ウジャウジャと蠢く大群の虫型魔物を前に、俺達は茂みに隠れながら二の足を踏んでいた。

   ダッチュ族と別れ、南東に歩く事半日、日暮前に俺たちは、目的地である巨虫の根城に辿り着いた。  
 道中、根城に近付くにつれて、森には鎌手の虫型魔物の姿が増えていった。
   見つかって戦うと群がってくる危険性があった為、出来る限り茂みに身を隠しながら進んだのだが……、さすがに三人で動くとなると限界がある。
   奴らに見つかってしまった俺たちは、止むを得ず攻撃をしながら(してたのはグレコとギンロだけ)、全速力で走ってここまできたのだ。
 途中、どこかでゆっくり休む事などできず、昨晩は夜通し移動していた為に、完全なる疲労困憊状態だが……
 俺のは思考は、自然とクリアである。

   案外、体力あったんだなぁ~俺ってば!
   しかしまぁ、ちょっぴり、ナチュラルハイな気もするけどなっ!!
 西へと沈み始めた夕日の光が、目にきついぜこの野郎っ!!!
 
   巨虫の根城は、エルフの隠れ里のような凹地に存在しており、崖の上の茂みに身を隠した俺たちは、眼下に広がる光景を、息を潜めながら偵察していた。

   巨虫の根城は、まるで巨大な蟻塚だ。
   茶色い土と木が入り混じったその大きな塊には、ボコボコと無数の穴が空いていて、そこを引っきりなしに鎌手の虫型魔物が出入りしている。
   蟻塚の周りにも虫型魔物がわらわらいて、もうなんか、これ……、地獄絵図だわ。

   だけどもおいおい、おかしくないか?
 姿形はほぼほぼカマキリのくせに、巣は蟻塚ってなんだよそれ??
   まさか、中には幼虫がウジャウジャいたりするんじゃないだろうな???
   うひぃ~、気持ちわりぃ~!
   そんなところ、入りたくねぇ~!!

「水ねぇ……。ここの地形を利用すれば、あいつらみんな、溺死させる事ができるわね……、はっ!? そうよっ! その手でいきましょうっ!! モッモ、水よっ!!!」

   えっ? 俺っすか??

 突然の提案に、疲労のせいで頭がおかしくなったのかと、俺は怪訝な顔でグレコを見る。

「水ってそんな……、いくら僕の鞄が魔法の鞄だっていっても、そんなに沢山、水は入れてないよ? ましてや、ここを水没させる量なんて、とてもとても」

 無理は無理、無理無理である。
 鞄の中に入っている備蓄水は、全部足しても風呂釜一杯分くらいだろう。
 とてもじゃないが、目の前の蟻塚を水没させるには足りないのだ。

 すると今度は、グレコがうんざりした顔で俺を見る。

 ……いや、そんな顔されたって、無理なもんは無理だよ。
 俺が魔法を使えれば、水ぐらいこう、ちょちょちょ~い! って出せるのになぁ。
 どうして神様は、俺を魔法使いにしなかったのだろう? くそぉ~。

 俺が一人、心の中で悔しがっていると……

「あ~も~鈍いわねっ! 水の精霊を呼び出すのよっ!!」

 グレコがキレ気味にそう言った。

 水の……、精霊……、だと?
   
 いったい何を言い出すんだと、俺はフリーズする。
 確かに俺はこれまで、風の精霊シルフのリーシェ、火の精霊サラマンダーのバルンを召喚し、光の精霊である光王レイアと出会った事があるが……、水の精霊は無い。
 そもそも、召喚の仕方が謎だ。
 リーシェとバルンは呼べば出て来てくれるが、それは彼らが最初、自ら俺の前に現れてくれたおかげであって……
 つまり、出会った事の無い精霊を呼び出すなんて、俺にはやり方が分からないし、出来るはずが無いのだ。
 
「僕、水の精霊は、まだ見た事ない」

 素直に白状する俺。
 しかし……

「見た事なくても呼ぶのっ! さぁっ!! 呼んでっ!!!」

   そっ!? そんな滅茶苦茶なぁ~!??
 無茶振りが過ぎますよグレコさ~ん!?!?

「モッモ、すぐさま呼ぶのだ!!!!」

   ギンロまでぇえぇぇっ!?!??

「手数さえ減らせれば、後は我が根城に乗り込み、必ずやカマーリスを仕留めるっ!!!!!」

   うっ!? た、確かに……、その作戦がベストな気がするけども……
   でも、水の精霊なんて、うぅうぅぅ~!??

「モッモ! 呼ぶのよっ!!」

「モッモ!!!」

 やる気満々のグレコとギンロに急かされて、頭を抱え込む俺。

   あぁあっ! もうっ!!
 なるようになれだぁあっ!!!

「水の精霊さんっ! お願いっ!! 助けてくださいぃいっ!!!」
 
   半ばヤケクソに、俺は空に向かって叫んだ。
   すると……

   プワーン、プワーン

   何処からともなく、気の抜けるような緩い音と共に、まぁ~るい水の玉が宙に現れたではないか。
   キラキラと光を放つその玉の中には、ゆらゆらと動く、何かがいる。

「来たわっ! 水の精霊、ウンディーネよっ!!」

 ウッ!? ウンディーネ!??
 なんかそれ、聞いた事あるぞっ!?!?

「まことにウンディーネを呼び寄せたかっ!? 素晴らしいぞモッモ!!!」

 ギンロに褒められると、なんだか照れるぅうっ!!!

   興奮するグレコとギンロと俺。

   ウンディーネは確か……、綺麗な女の人の姿をした精霊のはず。
   前世の記憶の中にある、その美しい姿を想像して、ちょっぴりドキドキする俺。

   光り輝く水の玉は、俺たちの目の前で、ゆっくり、ゆっくりと、地面に降りていく。
   そして、まるでシャボン玉のように、パンッ! と弾け飛んだかと思うと、そこには美しい魚の尾びれを持った、美しい女の……、うん? 

 ……え??

 ………はんっ???

ちんをこのような場所に呼び寄せたのは、何処の何奴じゃ?』

   そこに現れたのは、チンケな魚。
   ポカンと開いた口、ギョロッと飛び出た二つの目、体はガサガサとした感じの灰色の鱗に覆われ、ピチピチと短い横ヒレを地面に打ち付けている。
 加えて、見るからに醜い姿だというのに、頭には何やら荘厳な、金色の王冠を被っているではないか。
 その姿はもう、間抜け以外の何者でもなく……
 しかも、声が異常に高くて、その存在には笑える要素しかない。

   …………え、何こいつ????

「何こいつ?」

   俺の心の声まんまのセリフを、グレコが口にした。
   その口元はヒクヒクと、引きつり笑いしている。

「これが伝説の、ウンディーネ……、であるか?」

   ギンロも戸惑いを隠せずに、目を見開いたまま首を傾げた。

「えっと……、君は、その……、ハゼ? それともオコゼ??」

   余りに予想外すぎるその姿に、阿保なセリフを吐く俺。
 するとそいつは……

『ぬっ!? 朕を魚類と見間違えるとはっ! なんと不届きな奴っ!! 無礼者めっ!!!』

   パクパクと口を動かして、怒ったような顔になる魚。
   さっきから、自分の事を指す一人称なのだと思うが、ちんちんと煩い。
 ちんって何だよ、卑猥にしか聞こえないんだけど……

『朕は見目麗しきウンディーネの皇族ぞっ! 控えよっ!! この、薄汚い小物めっ!!!』

   自らをウンディーネの皇族だとか言ったその魚に対し、俺たちはもう、絶句するしかなかった。
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