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★ピタラス諸島、後日譚★

763:「?」

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 ローブを脱ぎ捨て、あらわになったウルテル国王の左腕。
 その肩から指先に向けて絡み付く、この世のものとは思えない程に禍禍しい、異形な生き物。
 黒くて光沢のあるそれは、一見すると蛇の様にも見えるが、その先端にあるのは、人のものでも無く他の生き物でも無い、気味の悪い化け物の顔だ。
 裂けているかのように大きな口と、爬虫類のような穴だけの鼻、そしてギラギラと輝く、二つの虹色の瞳……

 この光景は、どこかで見た事がある。
 どこだ? どこで見たんだ??
 それに、あの目は……、イグやクトゥルーと同じ、旧世界の神、またの名を神代の悪霊である証ともいえようものなのでは???
 
 ウルテル国王の左腕に絡み付くそいつは、虹色の瞳でジーッと俺を見つめている。
 そしてニタニタと笑いながら、何か言葉を発しているかの様に、口をパクパクと動かし始めた。
 だけども何故だか、声は聞こえて来ない。
 すると突然、ウルテル国王が……

「ほぉ? 貴様のような存在でも、仲間意識とやらはあるのか」

 左腕のそいつに視線を向けて、言葉を掛けたではないか。
 その声はとても穏やかで、表情も先程までと変わらずにこやかだ。

 いったい、何が、どうなって……????

「ウルテル、おまい……。えらく気色の悪いペットだな」
 
 気の利いたジョークをかましたつもりだろうが、そう言ったカービィ本人でさえも、かなり引きつった顔をしている。
 ローズも、ノリリアも、口を半開きにして固まった表情からして、動揺を隠せないようだ。

「さて……、紹介しようか。こいつは、我が左手に宿りし神代の悪霊、【闇黒あんこくの神ニョグタ】だ」

 ウルテル国王の言葉に、俺は思い出す。
 封魔の塔の最上階にて、不思議エルフのプラティックから聞いた、長くて長い昔話。
 その一部に、アーレイク・ピタラスを死に追いやったという旧世界の神ニョグタ、その存在があった事を……

 ちょっ、待っ……、えっ!?
 ニョグタって、あのニョグタ!!?(他にどのニョグタがいるんだよっ!)
 そんな、でも……、プラティックの話じゃ、アーレイク先輩が道連れにしたはずじゃ……?

「ポポゥ……、闇黒の神、ニョグタ……? モ、モッモちゃん……、覚えているポか?? 封魔の塔の最上階で出会った、プラティック・リバイザデッド様のお話の中で、故アーレイク・ピタラス大魔導師の命を奪ったのは、神代の悪霊ニョグタであったと……、そう聞いたポよね???」

 青褪め、俺に向かって問い掛けるノリリア。
 でもこれは、正誤の確認では無いだろう。
 頭の良いノリリアの事だ、俺なんかよりずっとプラティックの話を真剣に聞いていたし、その内容全てをキチンと覚えているに違いない。
 だけどもあえて俺に問い掛けたのは、「出来ればそうであって欲しく無い」という、精一杯の抗いからの言葉だろう。
 
「ノリリア……。そ、そう……、だね……。プラティックは、アーレイク・ピタラスの死因は、その身に封じたニョグタの呪いだって……、うん、そう言ってた」

 俺の返答に、ノリリアは絶望的な表情を浮かべて俯き、ローズは柄にも無く言葉を失っている。
 そしてカービィは……

「なるほど。要は、そいつをどうにかしたいわけだな?」

 いつものヘラヘラは封印して、真面目な声色で、ウルテル国王に尋ねた。

「その通り。まぁ正直なところ、今は特に不便を感じてはいない。こいつのお喋りは少々煩いが……、慣れればどうという事も無い。だがさすがに、1年後に控える国王決定戦キング・トーナメントに、このままの状態で参加するのは躊躇われるのでな。カービィ、お前も気付いているだろう? こいつに取り憑かれているせいで、現在、私の魔力は随分と減少してしまっている。私の左右に控える者共にとっては、好都合だろうが……。私にはまだ、成し遂げなければならない事が沢山ある。ここで王座を退くわけにはいかないんだよ」
 
 ウルテル国王は、にこやかにそう言った。
 まるで本当に、左腕に巣食うニョグタの事など大して気にしていない、とでも言いたげな雰囲気で。
 だけども、えっと……、1年後に、キング・トーナメント? とやらが控えているから、それの為にニョグタをどうにかしたいと……、そういう事らしい。

「ポポポッ!? それなら国王さま、モッモちゃんにお任せポッ!」

 えっ!? なんで急に無茶振りするのさノリリア!!?

 パッと笑顔になるノリリアと、ギョッとして怪訝な顔になる俺。

「モッモちゃんは、アーレイク・ピタラスの墓塔、改め封魔の塔にて、邪滅の書アポクティ・ビブリオと呼ばれる神代の悪霊を滅する方法が記載された書物を手に入れましたポね! それを使えば、国王様の腕に宿るニョグタを、どうにかする事が出来るはずですポッ!!」

 ノリリアは、期待のこもった目で俺を見つめている。
 当の俺はというと、なるほど! その手があったか!! と感心し、早速鞄の中から邪滅の書を取り出した。
 ローズとカービィ、ノリリアが、俺の手の中にある邪滅の書を覗き込む。

 背表紙にあるボタンをカチッと外して、中を開く俺。
 そこには以前と同じく、液晶画面の如き薄いパネルの様な物が光っており、検索欄と虫眼鏡マーク、そしてアストレア文字列が並んでいる。
 俺は慣れた手つきでそれを操作し、《ニョグタ》と文字を打ち込んだ。
 すると、邪滅の書は光を放ちながら、パラパラとひとりでにページをめくった。
 やがてその動きがピタリと止まり、開かれた新たなページには、今目の前にいるウルテル国王の腕に絡み付くニョグタと相違無い生き物が描かれていた。

「な……、何なの、これは……?」

 そう言ったのはローズだ。
 可愛らしい顔は険しく、めちゃくちゃ困惑しているかのような、初めて見る表情だ。
 
「邪滅の書っつってな、旧世界の神々の情報やらが詰まってんだけど……、あ~、説明は後でだ。モッモ、なんて書いてあんだよ?」

 ローズの事は適当にあしらって、開かれたページに書かれている文字を早く読めと、催促するカービィ。
 そこには……

「えっと……、半分くらい、クトゥルーと同じ文章なんだけど……。あっ! ここだっ!! 《ニョグタを滅するには、この世で唯一の意思ある光を浴びせる他、方法は無い。》だって!!! ……ん? この世で唯一の意思ある光、って何の事??」

 自分で読んでおいて、首を傾げる俺。
 しかしながら、カービィ、ノリリア、ローズの三人は、それが何だか理解出来たらしい。
 三者三様の、なんとも難しい顔で固まっている。

「そう、この世で唯一の意思ある光……。つまりそれは、光の精霊であり、俗にいう【伝説の十二神王じゅうにしんおう】と名高い、【光王こうおうレイア】の事だ」

 ウルテル国王のその言葉、発したその名前に、俺は聞き覚えがあった。
 いや、聞き覚えがあるなんてもんじゃない。
 光王レイア……、俺が旅に出た、本当の目的。
 故郷のテトーンの樹の村より西に広がる森にて、勘違いガディスと初めて対峙した時、彼女に助けられた俺は、彼女の求めに応じる為、彼女に会う為に、旅に出たんだ。
 その彼女がまさか、ニョグタを倒す為の、唯一の方法だなんて……

「つまり、【精霊国バハントム】を探し出す為に、パーラ・ドット大陸に現存する三大国に、使いを出したってわけか?」

 カービィの問い掛けには、ウルテル国王は頷く。

「そういう事だ。しかしながら、勘違いはするな。私は何も、私欲の為だけにバハントムを探求しているのでは無い。先程話した通り、今、この世界の何かが歪み始めている。その影響か、はたまた歪みの根源がそれなのかは不明だが、旧世界の神、またの名を神代の悪霊共が、この世に蘇りつつあるのだ。過去、俗に神話時代と呼ばれる旧世界にて起きた、永きに渡る神々の戦いにおいて、かつての覇者であるアストレア王国、その民シーラに滅せられ、封印されし悪霊共が、今目覚め始めている。【竜創りゅうそうの神イグ】、【深淵しんえんの神クトゥルー】、そしてここにいる【闇黒の神ニョグタ】。数多ある神話を読み解き、更にはこのニョグタから得た情報によると、この世に復活するであろう悪霊は全部で十二体。その内、既に三体もの悪霊が確認されているのだ。もはやこれは疑う余地も無かろう……。遥か昔、彼の【大預言者ノートルダーム】が予言した【世界の終焉ハルマゲドン】が今、迫っている。それを回避する為には、此方もそれ相応の戦力が必要となるだろう。無論、私達のような一介の魔導師風情では無く、悪霊共に対抗し、それを滅せる力を持った者達の事だ。即ち、神力をその身に宿しし王……、世界に十二人存在するという、【伝説の十二神王】を、探し出さねばなるまい」

 ウルテル国王の言葉に、カービィ、ローズ、ノリリアは、それぞれに神妙な面持ちで言葉を失った。
 何やら、とてつもなく深刻な事態らしい……、のだが……

 えっとぉ~、ん?
 何が?? え???

 俺……、今のところ、なぁ~んにもっ、分かってないんだけどもっ!?
 誰かっ!
 誰か俺にっ!!
 一から説明してくだぱいっ!!!

 周りの重い空気に飲み込まれそうになりながらも、全てにおいて「?」な俺は、鼻の穴を膨らました変顔で、みんなの顔をチラチラと見る事しか出来なかった。
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