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★ピタラス諸島第五、アーレイク島編★

743:本当にありがとう

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「た……、倒した、の?」

 恐る恐る声を出したのはグレコだ。
 弓を構える腕は微かに震えながらも、未だ戦闘態勢のままである。

「うむ。全て、消え去った」

 クトゥルーの肉塊が消失した水浸しの地面を見つめながら、ギンロがそう言った。
 すると、向かい側にいたティカが、チャプチャプと音を立てながら歩を進め、水中から何かを拾い上げた。
 手に持っているのは、血のように真っ赤な色をした、とても古びた感じの書物だ。
 
「それは……、古代魔導書レメゲトンの第一部、悪魔の書ゴエティア、か……?」

 カービィが、ごくりと生唾を飲み込みながら、緊張した面持ちで声を出す。
 しかしながらティカは、手に持ったゴエティアの事はさほど気にせず、先程までクトゥルーの肉塊が存在したその場所で、ジャバジャバと足を踏み締めた。
 たぶん、何も残っていない事を確かめているのだろうが……、豪快且つ雑だ。

「ふんっ。安心しろ、滅んだ」

 ティカが此方を向いてドヤ顔でそう言うと、ようやく緊張を解いたらしいグレコは構えていた弓を下ろした。
 カービィも杖を下ろし、魔導書を懐にしまう。
 テッチャはフーッと大きく息を吐き、汗でペトペトになったツルツル頭を自前の手拭いでキュッキュと磨いた。

 お……、終わった……
 倒したんだ、クトゥルーを……
 旧世界の神、或いは神代の悪霊と呼ばれる、得体の知れない化け物を、俺達が、倒したんだな……
 なんていうか、本当に……、本当に……

「つ……、疲れたぁ~~~」

 俺は思わずそう言っていた。 
 その言葉に、隣に立つグレコは苦笑し、テッチャはうんうんと頷き、カービィはにししと笑って、ギンロとティカは勝ち誇った様に笑い合っている。

「これできっと、世界の調和は保たれる」

 ユディンはそう言うと、頭に被っていた鉄仮面を脱ぎ取った。
 顕になったその顔は、歪にうねる二本の黒い角を額に有した、真っ青な肌をした悪魔。
 瞳は金色のままに、誇らしげな笑みを讃えている。

「ポポポッ!? あなたは、故アーレイク・ピタラス大魔導師の五番目の弟子だという、悪魔のユディン!?? ど、どうなってるポ……? 確か、さっき、モッモちゃんが……??」

 円な瞳をパチクリさせながら、俺とユディンを交互に見るノリリア。

 そうだった……、その謎が残っていた。
 俺が、万呪の枝改め命の樹の枝でぶっ飛ばした後、今尚そこに存在する力場パワースポットとかいう光る大きな玉に吸い込まれて、消滅したはずのユディンが何故……?

「ユディン……、何があったんだ? その……、無事であった事は喜ばしいけれど、その瞳の色は……?? 何が、どう……???」

 此方も、なかなかに困惑した様子でユディンを見つめるアイビー。
 するとユディンは、ふっと笑ってこう言った。

「全てを話すと、とても長くなってしまうから……、簡潔に言おう。僕は、今から五百八十年ほど前の、子供だった僕が此方に召喚されてしまった頃の時代の魔界へと戻ったんだ。他でも無い、モッモ君の力によってね」

 なっ!? なんだってぇえっ!!?
 つまり、えっと、えっと……、どういう事なのっ!?!?

「そんな事が……、可能なのか?」

 驚き慌てふためく俺と、唖然とするアイビー、そしてノリリア。
 話の内容がなんとなく分かっているらしいグレコとテッチャ、カービィも、険しい顔で話を聞いている。
(ギンロとティカは、二人揃って偉そうに腕組みしながら此方を見ているが、たぶん双方共に意味が分かってないと思われる)

「可能なのかどうか……、信じ難いだろうが、可能だった。現に僕は、本当に、あの日に戻っていた。母上と遠方の山に出かけ、突如として現れた見た事の無い召喚陣に飲み込まれ、一人行方知れずとなってしまったあの日に……。最初は母上も、側近達も、僕の帰還に驚いていたし、僕が僕である事を信じて貰えなかった。そりゃそうさ、ついさっきまで幼かったはずの息子が、五百年分も歳を取って現れたのだから。けれど、成長した僕の姿は、僕の亡き父上にそっくりだった。だから、時間はかかったけれど、少しずつ、少しずつ、皆は僕を受け入れてくれて……。そこから五百年の間、今日この場所に戻る術、その方法と、神代の悪霊クトゥルーを倒す策を練りに練った。僕に足りなかったもの、力……、何が間違っていたのかを、何度も何度も考えて……。そして今日、ここへ戻って来た。クトゥルーと互角に戦える力と、奴を滅ぼす術を手に入れて、ね」

 にこやかに、サラッと話したユディンだが……、正直ちんぷんかんぷんにも程がある。
 
 え、五百年前の魔界に帰ったの?
 それから、五百年後の今日、ここへ戻ってきたの??
 それってつまり……、えええ???

 頭の中がクエスチョンマークで溢れ返る俺。
 しかしながら、アイビーは何やら納得しているようで、顎に手を当てながら、うんうんと何度か頷いている。

「つまり……、今日この場所に戻る為に、魔界の頂点に君臨する王……、魔王サタンになったわけなんだね?」

 んなっ!? まっ、魔王だとぉおっ!!?
 ……いや、そういやクトゥルーもそんな事を口走っていたな。
 てか、魔界の頂点に君臨するって、どんだけ~!?!?

「そういう事だ。クトゥルーと互角に戦う為には、どうしても魔王になる必要があった……。それ即ち、魔界を統べる者として、神力をこの身に宿す事。それ以外に、クトゥルーを滅する方法が、僕には思い付かなかった」

 ユディンの言葉に、アイビーはハッとした表情になる。

「そうか……、つまり……、あぁ、そういう事だったんだね。アーレイクが見た予知は、君自身だったのか。君は、魔王の血族などでは無い。だけども、君自身が、魔王となるべき者だった、と……?」

 アイビーの言葉に、ユディンはこくんと頷いた。

「だけど……、正直に言うと、何度も駄目だと思った。何度も何度も、諦めようとした。ここに至るまでは、一筋縄ではいかない出来事の連続だったから……。それでも、なんとかなるかも知れないと……、やってみなくちゃ分からないだろって、いつものように、隣でアーレイクが言っている気がして……。そして今日、この時に、帰ってくる事が出来た。ようやくアーレイクとの約束を果たす事が出来たんだ。この世界で、唯一僕を信じ、救い、友と呼んでくれたアーレイクとの約束を、やっと果たせた……。全てはモッモ君のおかげだ、本当にありがとう」

 金色の瞳に涙をいっぱい浮かべて、ユディンはそう言った。

「そっ!? あやっ!?? こっ、此方こそっ! 助けてくれてありがとうっ!!」

 ユディンの話の内容はあんまり理解出来てないけど、ユディンが居なければやられていたのは俺の方だったので、慌てながらもキチンとお礼を言って、俺は頭を深々と下げた。
 すると隣のグレコが……

「魔王ユディン。私からもお礼を言わせてください。モッモを守ってくれてありがとう。そして、この世界を救ってくれて、本当にありがとうございました」

 俺なんかよりももっと、まともでキチンとしたお礼を口にし、深々と頭を下げた。
 それに倣うように、カービィ、テッチャ、ギンロ、ティカはいつも通り控え目な感じで、それぞれ頭を下げた。

「礼には及びません。此方の世界の調和を保つ事は、魔界と呼ばれる僕の世界を守る事にも繋がります。双方の世界の調和を保ち、平和を築く事……。それこそが、魔王となった僕の務めなのですから」

 めちゃくちゃ責任感のある言葉を、すらすら~っと並べちゃう辺り、ユディンはもう随分と大人になってしまったんだなと、俺は感じた。
(それに比べて俺ときたら、お礼を言う時までカミカミで……、自分がめちゃくちゃ幼稚に思えるわ)
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