上 下
749 / 800
★ピタラス諸島第五、アーレイク島編★

736:鎧の悪魔

しおりを挟む
 前方には、恐ろしい旧世界の神、またの名を神代の悪霊クトゥルー。
 そして真横には、得体の知れない、悪魔と思しき黒い鎧を身につけたデッカい奴。
 これはもう……、万事休す!? 絶体絶命!??

「モッモ! 逃げてぇっ!!」

 グレコが叫びながら、此方に駆け出そうとしている姿が視界に映った。
 それと同時に、テッチャが俺の真横へと走り出る。

「……………!?!?」

 無言のまま、俺を守ろうと両手を広げるテッチャ。
 そして、気付いた時にはもう、俺達の目の前に、そいつは立っていた。

 い……、いつの間に、移動したんだ?

 ほんの一瞬……、本当に、ほんの一瞬だった。
 瞬きをしたほんの1秒の間に、そいつは俺とテッチャの真ん前まで移動してきたのだ。
 まるで瞬間移動のように、空気の揺れも起こさず……
、地面に足がついていないのか、魔法陣を踏み締める音すら鳴らなかった。

 近付かれて分かった、こいつは並大抵の悪魔じゃ無さそうだ。
 鎧を着ていても分かる、筋肉隆々の引き締まった逞しい肉体。
 その全身から溢れ出る膨大な魔力と、恐ろしいまでの気迫。
 今まで対峙してきたどの悪魔とも違う、桁外れの威圧感だ。

 こ、ころ……、殺され、る……??

 鎧の悪魔は直立し、此方を見下ろしている。
 鉄仮面を被っている為に、その表情は計り知れない。

「もっ! モッモにはっ!! 指一本触れさせんぞぉっ!!!」

 ツルツル頭を汗でベチャベチャにし、全身をガタガタ震わせながら、叫ぶテッチャ。
 見た目はカッコ悪すぎるが、やっている事はとても立派なおとこである。
 
『はっはっはぁっ! 俺が呼ぶまでもなく、自ら現れてくれるとはなぁっ!! これこそが世界が変革を望んでいる証拠!!! ここから始まるのさ……、新しい時代がなぁっ!!!!』

 高らかに声を上げるクトゥルー。
 チラリと横目で確認すると、その両隣には、左右合わせて八本の触手と戦うギンロとティカの姿があった。
 
 戦況は、全く芳しく無いようだ。
 ウネウネと宙を蠢く触手に阻まれて、ギンロもティカも、クトゥルーの本体には近付けない。
 それどころか、先程までは効果抜群だったはずのギンロの魔法剣での攻撃も、全く歯が立たなくなっているではないか。
 
「くっ!? 何故斬れぬっ!??」

 魔法剣を振るいながら、ギンロが悔し気に声を発する。
 触手と剣の刃が交わる度に、ギンッ! ギンッ!! ギィーーーン!!! と、まるで金属同士がぶつかり合うような音が鳴り響く。
 剣の刃は全く汚れておらず、触手は全く傷付いていない。

「ギャギャアッ!」

 雄叫びを上げながら、鋭く尖った両手の爪を武器に、一心不乱に戦うティカ。
 しかしながら、こちらも手応えは無さそうだ。
 キンキンッ! と音を立てながら、その手は弾かれてしまっている。

「動かないでっ!!!」

 少し離れた場所に立つグレコが、鎧の悪魔に向けて、必死の形相で弓を構えている。
 ギリギリと音が鳴るほどに、しなる弦。
 眩いばかりに強い、緑色の魔力のオーラを放つ、黒い荊の矢。
 まさにそれが放たれようとした……、次の瞬間。

「モッモ君」

 へぁっ!?!?

 突然に名前を呼ばれて、俺はビクッと体を震わせた。
 その声は他でも無い、目の前に立つ鎧の悪魔から発せられたものだ。
 そして……

 ん? んん? んんんんんっ???

 この時俺は、完全に静止していた。
 手足もそうだが、瞬きすらせず、呼吸も、思考も止まっていた。
 恐怖で動けなかったのか、それともただ単に鈍くて、周囲の速度についていけずに反応出来てなかったのかは分からない。
 しかし、鉄仮面の目元に開けられた細長い隙間から見える奴の鋭い目と、俺の可愛らしいまん丸な目がパチリと合って、気付いたのだ。

 あれは……、もしや、神の瞳????

 そう……
 時空穴と思しき黒い渦から出現した、黒い鎧の姿をした悪魔の瞳は、輝く金色をしている。
 金色の瞳は、神である証。
 俺を転生させた神様、時の神クロノシア・レアも、これまで出会ってきた数々の神も、邪神も……、みんな金色の瞳だった。
 それを今、目の前の悪魔が持っている。

 これはいったい、どういう事なんだ……?????

 ビュッ!!!

 音を立てて放たれる、グレコの荊の矢。
 それは、鎧の悪魔の首元に真っ直ぐ向かっていき……、しかしながら、それが奴の首に刺さる事は無かった。
 鎧の悪魔は、瞬時にグレコの行動に気付き、そしてグレコに向かって手をかざしていた。
 そして荊の矢は、その掌の中にスーッと、光の粒となって吸い込まれてしまったではないか。
 
「なっ!?!?」

 驚くグレコ、テッチャ、そして俺。

 なっ!? 手でっ!?? 矢をっ!?!?
 
 何が起きたのか分からず、俺達は目を白黒させる事しか出来ない。
 その時だった。

 ズシャアッ! シャリンッシャリンッシャリンッ!!

「ぐおぉおっ!?」

 なんんっ!? ギンロぉおっ!??

 またしてもギンロが、派手にぶっ飛んできたではないか。
 その体が魔法陣の上に落下して、ガラスが割れるような音が辺りに鳴り響いた。
 そして……

 ズシャアッ! シャリンッシャリンッシャリンッ!!

「ギャハッ!?」

 ティカ!? お前もかぁあっ!??

 ギンロとほぼ同時に、ティカも同じように派手にぶっ飛んできた。
 此方も音を立てながら、魔法陣の上を激しく転がる。
 その様子に驚いたのか、鎧の悪魔は半歩後退した。

『ははっはぁっ! 所詮はただの獣人、他愛も無ぇなぁっ!!』

 背中から生える八本の触手をうねらせながら、クトゥルーは笑う。
 その手にはいつの間にか、古びた真っ赤な魔導書が握られている。

 あれはっ!? 
 悪魔を操る事のできる魔導書、悪魔の書ゴエティア!!?
 まさか、この鎧の悪魔を操るつもり!?!?

『さぁ~て、いいところに来てくれたなぁ、どこぞの悪魔くんよぉ~。俺のような輩が、過度に世界に干渉するのも良くねぇ話だよなぁ。だからここからは、お前がその役目を担うんだぁ~。この世界に混乱をもたらす為に、まずはここで暴れ回ってくれぇえっ!』

 バッ! と魔導書を開き、叫ぶクトゥルー。
 悪魔の書ゴエティアは、ドス黒い真っ赤な光を放ちながら、おどろおどろしい怨霊のような声を辺りに響かせ始める。
 それは、聞いているだけで呪われてしまいそうなほどに、身の毛もよだつ歌だ。

『さぁ~、運命に導かれし魔界の住人よっ! この場にいる全員を、殺しちまえぇえっ!! はっはっはっはっはっ!!! ひゃはっはっはっはっはぁあっ!!!!』

 目を見開きながら、狂ったように笑うクトゥルー。
 禍々しい光と呪いの歌を放ち続ける、悪魔の書ゴエティア。
 その光景はまるで、この世の終わりのように、俺には感じられて……

「モッモ! 下がるんじゃっ!!」

 前に立つテッチャにグイグイと押され、慌てて数歩後ずさる俺。
 見ると、目の前に立つ鎧の悪魔が、耳だと思われる場所を鉄仮面の上から両手で押さえているではないか。
 その体は小刻みに震えていて、何かに抗うかのごとく、頭を左右に振っている。

 ヤバいっ!?
 この感じだと……、鎧の悪魔は、クトゥルーに操られそうになっているのではっ!??
 そうだとしたら、非常にヤバいぞぉおっ!?!?

「もうっ!? どうすればいいのっ!!?」

 いつの間にか、すぐそばに駆け寄って来ていたグレコが、クトゥルーと鎧の悪魔に向かって交互に矢を構えながら、焦っている様子でそう言った。

「ティカ! モッモを守るのだ!!」

「命令するなっ!!!」

 言い争いながらも、俺を守ろうと立ち上がるギンロとティカ。
 俺を中心にして、みんなが盾となってくれていた。
 すると、次の瞬間。
 
「大丈夫。僕は、君達の味方だ」

 そう言ったのは、目の前に立つ鎧の悪魔だ。
 とても低くて渋みのあるその声は、どこかで聞いた覚えのあるもので……
 すると、鎧の悪魔は、その頭に被っている鉄仮面を、左右に揺らしながらゆっくりと取った。

 なっ!? えっ!?? はっ!?!?

 そこに現れたお顔……、金色の瞳を携えた、見覚えのあるその姿に、俺は目をシパシパさせる。
 額に生える、歪に捻れた青い二本の角。
 鎧ほどでは無いが、真っ暗な闇に溶けそうな黒い肌。
 間違いない、この悪魔は……

「まさか……、ユディン!?!??」

 驚き、慌てふためく俺に向かって、金色の瞳を細めながら、鎧の悪魔はニコリと微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

異世界召喚?やっと社畜から抜け出せる!

アルテミス
ファンタジー
第13回ファンタジー大賞に応募しました。応援してもらえると嬉しいです。 ->最終選考まで残ったようですが、奨励賞止まりだったようです。応援ありがとうございました! ーーーー ヤンキーが勇者として召喚された。 社畜歴十五年のベテラン社畜の俺は、世界に巻き込まれてしまう。 巻き込まれたので女神様の加護はないし、チートもらった訳でもない。幸い召喚の担当をした公爵様が俺の生活の面倒を見てくれるらしいけどね。 そんな俺が異世界で女神様と崇められている”下級神”より上位の"創造神"から加護を与えられる話。 ほのぼのライフを目指してます。 設定も決めずに書き始めたのでブレブレです。気楽〜に読んでください。 6/20-22HOT1位、ファンタジー1位頂きました。有難うございます。

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

魔境暮らしの転生予言者 ~開発に携わったゲーム世界に転生した俺、前世の知識で災いを先読みしていたら「奇跡の予言者」として英雄扱いをうける~

鈴木竜一
ファンタジー
「前世の知識で楽しく暮らそう! ……えっ? 俺が予言者? 千里眼?」  未来を見通す千里眼を持つエルカ・マクフェイルはその能力を生かして国の発展のため、長きにわたり尽力してきた。その成果は人々に認められ、エルカは「奇跡の予言者」として絶大な支持を得ることになる。だが、ある日突然、エルカは聖女カタリナから神託により追放すると告げられてしまう。それは王家をこえるほどの支持を得始めたエルカの存在を危険視する王国側の陰謀であった。  国から追いだされたエルカだったが、その心は浮かれていた。実は彼の持つ予言の力の正体は前世の記憶であった。この世界の元ネタになっているゲームの開発メンバーだった頃の記憶がよみがえったことで、これから起こる出来事=イベントが分かり、それによって生じる被害を最小限に抑える方法を伝えていたのである。  追放先である魔境には強大なモンスターも生息しているが、同時にとんでもないお宝アイテムが眠っている場所でもあった。それを知るエルカはアイテムを回収しつつ、知性のあるモンスターたちと友好関係を築いてのんびりとした生活を送ろうと思っていたのだが、なんと彼の追放を受け入れられない王国の有力者たちが続々と魔境へとやってきて――果たして、エルカは自身が望むようなのんびりスローライフを送れるのか!?

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!

海夏世もみじ
ファンタジー
 旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました  動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。  そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。  しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!  戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!

処理中です...