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★ピタラス諸島第五、アーレイク島編★

726:最後のチャンス

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『はっはっはっはっはぁっ! 魔界生まれというだけの魔族ごときが、この俺を騙したのかっ!? この世で最も恐ろしい力を持つこの俺をっ!?? ふざけんじゃねぇえぇっ!!』

 狂った様に笑いながら、大口開けて叫ぶクトゥルー。
 外見がライラックなので、虎が吠えているようにしか俺には見えない。
 しかしながら、笑いながら怒るその様はなんとも異質で、形容し難い恐怖を俺に与えてくる。
 まるで、直視してはいけない何かを、うっかり見てしまっているかのような気分だ。

「まんまと騙される方が悪いのさっ! この薄汚い悪霊めっ!! お前はこの世界において、害悪以外の何者でもない……。手を組む? 僕がお前を助けるだと?? 笑わせるなっ!!! お前は今日、ここで、滅びるんだっ!!!! アーレイクの予知通りにっ!!!!!」

 こちらも、顔は笑っているのに額には青筋が走っているという、怒ってるのか楽しんでるのか分からない様子で叫ぶユディン。
 姿形もさながら、声のトーンも話し方もラスボス感満載で、俺の頭の中は混乱していく。

 えっと……、え? どっちが悪者なの??
 どっちもなの???

『はっ、また予知かよ!? お前の師匠はそればっかりだったなぁ! 挙句の果てには、俺に殺されるのが当たり前かのように、攻撃の手を緩めやがってよぉ!! あ~いう奴が、俺はいっっっちばん嫌いなんだっ!!! 弱いなら弱いなりに、精一杯足掻いてから死ねってんだっ!!!! よぉユディン、お前もそう思ったから、アーレイクを助けたんじゃねぇのかよっ!?? あぁあっ!!??』

 ……怖い、ヤクザにしか見えない。
 
「お前と一緒にするな! 僕はただ、アーレイクに生きてて欲しかっただけだ!! ほんの少しでも望みがあるのなら……、助けるのが仲間であり、友達だと考えたんだ!!! お前みたいな、腐った考えのクズ野郎と、一緒にするなぁあっ!!!!」

 ……こっちも怖い、言ってる事はさておき、ただただ存在が怖い。

『好き勝手言ってくれるじゃねぇか……、俺がクズ野郎だってぇ~? じゃあお前はどうなんだよ!? アーレイクの真意を、全部理解した上でここにいるって言えんのか!!? たかだか悪魔一匹を家に帰す為だけに、こんな大層な塔まで建てるなんざ……、おかしいと思わねぇのか?? 本当は、アーレイクに利用されただけだと知りながら、それを認めるのが怖ぇ~んだろ??? てめぇこそ弱虫のクズ野郎じゃねぇかっ! そろそろ現実を見ろよっ!! お前は、アーレイクの野郎に、まんまと利用されたんだよ……。そこにある穴を、時が来るまで塞いでおく為になぁあっ!!!』

 どういう事だ?
 クトゥルーは何を言ってるんだろう??
 アーレイク・ピタラスが、ユディンを利用した……???

「それは違う」

 ユディンは、少し声のトーンを落としたものの、力強くそう言った。

「アーレイクに僕が必要だったように、僕にはアーレイクが必要だった」

『はっ!? どこがっ!!? お前にアーレイクは必要ねぇ。お前は一人でも生きていけるだろ!?!? 確かに、五百年前、お前はガキだった。だがそれがどうした。お前なら、周りの連中全部殺して、あの檻から一人で逃げられたんじゃねぇか? それをやらずに、たまたまアーレイクに助けられたからって、そこまで恩を感じる事か?? お前にゃアーレイクは必要ねぇよ、今も昔もな。それを、あたかも必要条件のように装って、アーレイクがお前を洗脳したんだよ。お前はなぁユディン! アーレイクに騙されてたんだよぉっ!!』

「違う、アーレイクは僕を騙してなんかない」

『どこが違うってんだ!? 現にお前は、穴を塞ぐ為だけに、五百年間そこに突っ立ってたじゃねぇかっ!?? 今だってそうだ、そこから一歩も動けねぇんだろ!?!? それもこれも全部、アーレイクがお前に命令したからじゃねぇのかよっ!?!!? アーレイクは、時空穴の自然発生を抑える為だけにお前を騙し、お前を利用してたのさっ! 異界に帰るべきお前をこの場に留めて、五百年も突っ立たせておくなんざ、正気の沙汰じゃねぇっ!! それも全部、この世界に生きる雑魚どもの為にだ……、決してお前の為なんかじゃねぇ~んだよ、ユディン!!!』

「……そうだとしても、僕はアーレイクを許す」

『許す!? そりゃ~お優しい事だなっ! いったい何を許すってんだ!?? お前を騙し、利用した事か? 五百年間も放置して、結局助けに来ない事か?? それとも……、全ての責任をお前に擦り付けて、俺にお前を支配させる力を与えた事かぁあっ!?!?』

 クトゥルーは、一際声を張り上げて叫んだ。
 そして、触手が生え出ている背中から、何かを取り出した。
 それは、見るからに禍々しいオーラを放つ、血のように真っ赤な色をした、古びた書物だ。
 所々に焼け焦げたような跡が残るその書物は、実際に耳には聞こえていないものの、おどろおどろしい怨霊の叫び声を放っているかのように、俺には感じられた。
 
「それはまさか……、古代魔導書レメゲトンの第一部、悪魔の書ゴエティアか?」

 ユディンは目を見開いて、その書物を食い入るように見つめる。

『ははっはぁ! そのまさかだっ!! いや~、さすがの俺も、これを手に入れるのはなかなかに苦労したぜぇ~? なんせ、これが保管されている場所は、かの有名な永久管理宝物庫だったからなぁ~。神のいない国に、神の瞳が鍵となる異空間をわざわざ作るなんざ、連中も考えたもんだ。だけども有難い事に……、倒した邪神の瞳を回収せず、そのまんまにしていたアホがいたもんでな。するする~っと侵入成功さぁ~』

 そう言いながら、クトゥルーは何故か俺をチラリと見てきた。
 
 ……何故、俺を見た?
 今の話の中に、俺が関連する要素があったのか??
 そんなまさか……、知らん知らん。
 てか、こっち見んなっ!

 俺は、二人がペチャクチャ喋っているうちに、なんとかノリリアを連れてここを離れなければと、必死に考えている最中なのだ。
 だけども、ノリリアは体が小さいとはいえ俺より大きいし、抱き上げるのは困難。
 引きずっていこうにも、昇降機までは距離がある。
 加えて、昇降機まで行ったとしても、上に向かう術があるのかどうか……
 
 もやもやと悩む俺。
 結論が出ないままに、クトゥルーはまた喋り始める。

『さぁ~ユディン、最後のチャンスだ。俺はな、アーレイクと違って優しいんだ、無理強いしたかねぇ。だからお前に選ばせてやるよ。自ら進んで俺の手伝いをするか、俺に操られて手伝いをするか……。さ、どっちがいい?』

 クトゥルーの言葉に俺は思う……
 どっちもやる事は変わんねぇじゃねぇかっ!? と。

「断る。お前の望みなど、叶えてやるものか!」

 カッ!と目を見開き、全身から真っ赤な怒りのオーラとでも言うべき何かを発するユディン。
 これまで対峙してきた悪魔のそれとは違うのか、嫌な臭いは漂ってこない。
 ただひしひしと、クトゥルーに対する強い殺意が、俺には伝わってきた。

『はっ、そうかよ……。連中に好き勝手されてきたお前なら、俺の思想が理解出来ると思ったんだがな。残念だ。お前は本当に、身も心もアーレイクに毒されちまったんだなぁ~』

 言葉とは裏腹に、ニヤニヤと笑いながらクトゥルーはそう言うと、悪魔の書ゴエティアをその手に持ち、中を開こうとした……、まさにその時だった。

「モッモちゃん! 伏せてポッ!!」

「へっぷっ!?!?」

 隣で倒れていたはずのノリリアが突然立ち上がり、俺を真後ろに突き飛ばしたではないか!?
 思わず変な声が出た俺は、突き飛ばされた先で勢いよく地面に転がった。
 そして……

「かかれポッ! 岩石人形ペトラ・ゴーレム!!」

 杖を振り上げ、叫ぶノリリア。
 すると、ノリリアが立っている場所を中心として、足元に広がる岩の地面の四方八方に、とてつもなく巨大なオレンジ色の光を放つ魔法陣が現れた。
 そしてそこから、ゴゴゴゴ~っという岩が擦れる音が聞こえてきたかと思うと、小さな生き物が無数に飛び出してきた。
 人型をしたそれは、俺とそう大差ない大きさの、岩で出来た人形のようだ。
 その数およそ……、分からないけど、百は居そうなほど沢山。
 青く光る目だけがあるその人形達は、ゴツゴツとした岩の体からは考えられない程のスピードで、クトゥルーに向かって一目散に走って行く。

『なんだぁあっ!?』

 そう声を出したが最後、無数の岩石人形達は無言のまま、一斉にクトゥルーに飛びかかって……
 ほんの一瞬で、そこには岩の小山が出来上がり、クトゥルーの姿は全く見えなくなってしまった。

「アイビー! 今ポよっ!!」

 えっ!? アイビーだってっ!??

 ノリリアの言葉に俺は、素早く視線を周囲に巡らせる。
 すると、ユディンが立つ魔法陣の向こう側、少し離れたその場所に、白薔薇の騎士団のローブを身に纏い、そのフードを目深に被った、全身から深緑色の魔力のオーラを放つ何者かが現れて……

「ありがとうノリリア、僕を信じてくれて……。これで最後だ、クトゥルー。無限アピロゥ 封印結界ケラ・コーラー!」

 杖を頭上に掲げ、聞き覚えのある声で、呪文を唱えた。

 杖の先から放たれる、眩いばかりの緑色の光。
 その光は真っ直ぐに、岩の小山となったクトゥルーに向かい、ものの一瞬で小山の表面を覆ったかと思うと、そこには複雑な模様の魔法陣が張り巡らされていた。
 ピカッ!ピカッ!!と、何度か激しく点滅したその魔法陣は、ゆっくりと静かに、その光を押さえていく。
 そうしてようやく、そこにある魔法陣の全形がよく見えて……
 その細部にある模様が、蔓化の植物の葉の形によく似ているなと、俺は思った。
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