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★ピタラス諸島第五、アーレイク島編★

723:クトゥルーを倒さなくちゃっ!

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 うぅう~~~、怖いっ!
 怖いけどっ!!
 今ここでノリリアを救えるのは、俺しかいないんだっ!!!
 震えるな足っ!!!!
 考えろ……、考えるんだっ!!!!!
 目の前の化け物に勝つ為の策を、何かっ!!!!!!

 全身をガタガタと震わせながら、俺は必死に思考を巡らせる。
 クトゥルーを倒し、ノリリアを救う術は何か無いのかと。
 だけど勿論……

 そんなもん、ねぇええええぇぇぇぇぇっ!!!!!!!

 威勢よく啖呵を切ったはいいが、既に俺の勝機はゼロに等しかった。
 相手は、得体の知れない旧世界の神。
 対する俺は、この世界で最弱とされるピグモル。
 何処に勝機があると……?

『……で、どうすんだよ? 俺と戦うのか??』

「ひぃいっ!?」

 考えがまとまらない内に(何をどう、何時間かけたとしても、絶対にまとまらないと思うけどね!)、クトゥルーが言葉を発した為に、俺は小さく悲鳴を上げた。

『おまえ、本当に馬鹿だな。何がしたいんだよ?』

 半ば呆れたような声色で、苦笑いするクトゥルー。

 そ、そんな事……、わざわざ言われなくたって、俺自身が今、一番痛感してますよっ!
 何がしたいのかって? それが分かっていたら、こんな事にはなってませんよぉっ!!

『せめて、何がしたいのか決まってから行動しろよ。ここに来るまで、お前の影に隠れて、ず~っと見てたけど……、おまえって本当に流されやすいよな。ここに来たのだって、周りに適当に同調した結果だろ? お前自身の意志じゃねぇよな。考えずに行動すっから、こんな事になんだよ。今後は、何か行動する前に、自分が本当は何がしてぇのか、よぉ~く考えるこったな! 分かったか!? モッモ!!』

 ヘラヘラと笑いながら、俺に説教するクトゥルー。
 半ばパニックに陥っている俺だったが、その様子、その言葉に、若干の違和感を感じた。

 ん? 今こいつ、なんて言った??
 「今後は」って言った???
 つまりそれって、俺には今後があると????
 つまりつまり……、今ここで、俺を殺す予定は無いと……、そういう解釈で良いのかな?????

「ぼ……、僕を……、こ、殺さないの……?」

 ビクビクしているせいで、言葉が上手く繋がらない俺。
 だけどもクトゥルーは、ちゃんと聞き取ってくれたらしい。

『あぁ? 何言ってんだ?? 俺がお前を殺してどうすんだよ???』
 
 なっ!? そうなのかっ!??

 頭の中で、殺される!殺される!!殺される!!!って、思っていたけど、どうやらそうではないらしい。
 でも、じゃあ……、んんん??????

『はぁ~~~。ったく……、さっきも言っただろ!? 俺の目的は、ユディンを俺のものにする事なんだよっ! それ以上も以下もねぇえっ!! つまり、お前が変に逆らわずに、俺が言った事をちゃんとやれば、お前もこいつも命は奪わねぇって言ってんだ!!!』

 な……、なぁ~るほど!
 じゃあ、俺が変に逆らわずに、ユディンの封印を解けば丸く収まるわけか!!
 なるほどなるほど……、って……
 それが嫌だから俺は振り返ったんだよ!!!
 あっぶねっ!?
 危うく流されるところだったわ!!!!

「ふっ!? 封印は解かないぞっ!」

『あぁ? なんで??』

「なっ!? なんでって!!? それは……、そっそれはっ!!!?」

 駄目だ、ちゃんと喋れないっ!
 頭の中がこんがらがってて駄目だぁあっ!!

『なんだよ、またそれかよお前~』

 呆れ顔で溜息をつくクトゥルー。
 そしてクトゥルーは、よっこいしょって感じで、その場に腰を下ろした。

『なぁ~んでお前みたいなのが、アーレイクの次なんだろうな? 調子狂うわ~』

 ぽりぽりと頭を掻きながら、呟くクトゥルー。

 お、落ち着け俺……
 何故だか相手は調子が狂っているらしいぞ。
 これは絶好のチャンスでは無いか!?
 いや、とにかく落ち着くんだ、落ち着いて考えろ。

 ふ~ふ~と深く息を吐きながら呼吸を整えると、体の震えがようやく止まって、パニックになっていた頭も少しばかりスッキリした。
 その間クトゥルーは、まるで俺が落ち着きを取り戻すのを待ってくれているかのように、じっと黙っていた。
 未だ触手に体の自由を奪われ、口を塞がれたままの状態で宙に浮いているノリリアは、気が動転しているのだろうか、俺の方などちっとも見ないで、何も無い暗闇を凝視していた。

 さて……、どうやって、この場を切り抜けるか……
 俺は、ノリリアを助けたい、それが今の一番だ。
 その為には、クトゥルーの言う事に従って、さっさとユディンの封印を解けばいいわけだが……
 正直、ユディンの封印を解く事は、かな~り躊躇われる。
 だって、上級悪魔だぞ? 
 アーレイク先輩の弟子だかなんだか知らんけど、封印されている上級悪魔を自由にするってのがもう……、自殺行為にしか思えないのだ。
 奇しくも、アーレイク先輩はそれをさせる為に俺をここへと導いたわけだが……、絶対に今じゃない気がする。
 プラティックが言っていたように、クトゥルーを倒してからじゃないと駄目な気がする。
 ……が、しかし、今目の前にはそのクトゥルーがいるわけで。
 いやいや、それなら、尚更封印なんか絶対に解いちゃ駄目だろ!
 クトゥルーがユディンを、具体的にどうするつもりなのか知らないけど、悪用するに決まってる!!
 ユディンの力を使って、世界のあちこちにドッカンドッカン穴開けて、世界中が魔界から来た悪魔でいっぱいになったりしようもんなら……、それこそ世界は終わりだぞっ!!!
 となると……、やっぱりここで、クトゥルーを倒さなくちゃ!!!!

 俺は、鞄の中をゴソゴソと漁り、あれを取り出した。
 虹色に光る黒革の手帖……、その名も邪滅の書アポクティ・ビブリオ
 あんまりよく覚えてないけど、昔々の凄い人が、旧世界の神々を倒す為に創ったとかいう……、凄い本だ!!
 そしてついでに、腰に携えていた木の棒……、またの名を万呪の枝、またまたの名を自由の剣!!!
 その二つを手に、俺はクトゥルーにキッ!と視線を向けた。

『はぁ……。それでどうするつもりだよ? 俺と戦うのか??』

「たっ! 戦うっ!!」

『やめとけやめとけ~。死人が出るぞ~?』

「しっ!? そっ!!? そんなのっ、やってみなくちゃ分からないだろっ!!??」

『い~や、分かるね。まずこいつが死ぬ』

 そう言って、クトゥルーは新たな触手を背中から出現させて、ノリリアに向けた。
 その触手の先端は針のように鋭く尖っていて、恐らくだが、一突きで相手を絶命させられるものだと俺は悟る。
 顔の真ん前に針の触手の先端を突き付けられ、ギュッと目を閉じるノリリア。

「やっ!? やめてっ!!」

『やめて欲しいなら、さっさとユディンの封印を解けっつ~んだよ!』

 そう言ったクトゥルーの口調からは、先程までとは違って、若干の苛立ちが感じられた。
 まるで、焦っているかのような……、そんな風に、俺には見えた。

 なんだ? さっきまで余裕綽々だったくせに……
 なんで今、ちょっと苛ついたんだ??
 お……、俺が、もたもたしているからかな……???
 それとも、他に何か理由が……????

『そんな物で俺をどうにかするってか!? どうにか出来ると思うのか!?? 無理なんだよっ! お前、アーレイクがニョグタに勝てなかったのを知ってんだろ? その理由はな、この世界に生まれた奴は、その魂は、創造主である俺達に逆らえねぇようになってるからなんだよっ!!俺達をどうにか出来るのは、他所から来た奴か、俺達がここへ来る以前にこの世界に存在していた奴らだけなのさ。だから、お前がいくらそれを振り回しても、俺には痛くも痒くもねぇんだよっ!!!』

 叫ぶクトゥルー。
 なんだか小難しくて重要な事を叫んでいるようだが、その内容はほぼほぼ俺の頭に留まっていない。
 それより何より、何故今、絶対的有利であるはずのクトゥルーがキレて焦っているのか、という疑問で俺の頭の中はいっぱいだった。

 もしかして……、ハッキリとした理由は分からないけど、時間に制限があるのか?
 ウルトラマンのあれ的な……??
 確か、俺の神様もそうだったはず。
 時間が来たら、話の途中でも空に帰って行っていた。
 もし、クトゥルーも同じなのだとしたら……
 奴がここにいられる時間に、限りがあるのだとしたら……
 このまま、時間を稼いだ方がいいのでは???

 そう考えた俺は、黒革の手帖と、木の棒を握る手にギュッと力を込めて、叫んだ。

「どうしてこんな事をするのっ!?」

『あぁっ!? 何が言いてぇっ!??』

「どっ……、どうしてこんな事をするのっ!? ユディンの封印を解いて、いったい何をするつもりなのっ!!?」

 同じ事二回言っちゃった!?
 うわっ!!?
 クトゥルーの奴、更にイライラしてるっ!!??

 クトゥルーの全身から、ドス黒い紫色の魔力のオーラのようなものが流れ出始める。
 しかしそれは、普通の魔力のオーラとは違い、クトゥルーの背中にあるような、ウネウネと蠢く触手のようだ。

『そんな事知ってどうすんだよっ!? お前には関係ねぇだろうがっ!!?』

「かっ! 関係なく無いっ!! ユディンの力を使って、まっ……、魔界に穴を開けるって言うなら、関係なくなんか無いっ!!! 困るっ!!!!」

『はっ! そんなん知ったこっちゃねぇよっ!! 俺は、今のこの世界が嫌いなんだ、つまんねぇ~んだよっ!!! だから、異界から悪魔共を呼び寄せて、面白くするのさぁっ!!!!』

「そんなのっ! ちっとも面白くないっ!! 困る人が増えるだけ……、悲しむ人が増えるだけだっ!!! それのどこが面白いんだっ!?」

『はははっ! 最高じゃねぇかっ!? 困窮、悲嘆、憎悪、苦痛に恐怖!! ぜ~んぶ、俺の大好物さっ!!!』

「そんなの間違ってる! そんな事して何になるんだっ!?? 世界を滅ぼしたいのかっ!?!?」

『世界を滅ぼす!? んなこたぁしねぇよっ! 滅ぼしちまったら、遊ぶ場所が無くなっちまうじゃねぇか。俺はな、観察するのが好きなんだよ。弱者が苦痛に喘ぎながら、地べた這いずり回ってなんとか生きようともがく、そういう姿を見るのが好きなのさ。滅ぼす? んなこたぁ~しねぇよ、安心しなっ!!』

「な、なんて卑劣なんだ……。お前は最低だ。お前は最低だ! クトゥルー!!」

『あん? なんだって??』

 時間を稼ぐ為に、話し始めた俺だったが……
 いつの間にか俺は、俺が言いたい事を叫んでいた。
 俺の中の奥底にある、正義の心に従って、叫んでいたのだ。
 
「僕たちは! 生き物は、オモチャじゃないっ!! みんなが必死に生きているのを観察して、嘲笑うなんて……、そんなの最低がする事だっ!!! お前は最低な生き物だよ、クトゥルー!!!!」

 この時、先程まで感じていたはずのクトゥルーに対する恐怖は、綺麗さっぱり無くなっていた。
 代わりに、俺の心には怒りが溢れていた。
 一生懸命に生きる者達を馬鹿にし、嘲笑う、クトゥルーの卑劣な行いに対して。
 それと同時に、俺はようやく気付いたのだ。
 俺が旅に出た目的には、この目の前のクトゥルーという存在が、大きく関わっているのだと……

 以前、神様は俺にこう言った。
 俺が旅に出ないと、世界の均衡が保てなくなって、故郷であるテトーンの樹の村が滅びる事になる、と……
 それ即ち、既にこの世界で絶滅種とされているピグモルが、本当に消滅してしまうという事だ。
 そしてその元凶が、おそらく、この目の前のクトゥルーなのだ。
 クトゥルーこそが、最弱種族であるピグモルを滅ぼさんとする、災厄の神なのだと。

 故郷の村を守る為、ピグモルのみんなを守る為にも、今ここで、俺が、クトゥルーを倒さなくちゃっ!
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