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★ピタラス諸島第五、アーレイク島編★

717:正しかったのか?

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「ポポゥ……、なるほど、その手があったポかぁ……、しかしこれだと、あれが必要になるポが……、ポッ!? そんな場所にっ!?? ポポポ~、知らなかったポォ~。帰ったら団長に相談ポねぇ~。……でも、こっちの方法もありポが、やっぱりさっきの方法の方がいいような気もするポねぇ~。ポポポォ~」

 ノリリアはぶつくさと独り言を呟く。
 その手に、嫌に分厚く巨大な書物を持ちながら。
 茶色い革張りのそれは、表紙に幾つもヒビが入っているような、かなりの年季物ではあるけれど、それ故に只者ではない雰囲気をバシバシ醸し出していた。

 ここは、アーレイク・ピタラスが最期の時を過ごしたという部屋。
 封魔の塔最上階に位置する金の扉を抜けた先、その建物内にある二階の一室である。
 部屋は狭く、至ってシンプルで、今ノリリアが使っている机と椅子の他には、窓際にベッドが一つあるのみだ。
 そしてそのベッドには、故アーレイク・ピタラス大魔導師の亡骸……、ではなく、俺にとっては未だ謎エルフのプラティック・リバイザデッドが横たわっている。
 窓の外には変わらず、時が止まってしまったかのような、過去のフゲッタを模した街並みが広がっていた。

「……………………………」

 プラティックは、先ほどからずっと、沈黙を貫いている。
 喫茶店で、彼が長々と語る過去の話を聞き、最後にノリリアが簡潔に現状を伝えたところ、このように口を閉ざしてしまったのだ。
 プラティックは、アーレイクのものであったのだろうそのベッドに横たわり、透き通る様な二つの水色の瞳で、じっと天井を見つめていた。

 ……何を、考えてるんだろうな?
 
 まるで死人のようにピクリとも動かないプラティックを前に、俺は先ほどの出来事を思い出していた。







 プラティックお気に入りの喫茶店にて、ノリリアが告げた事。

「正式には発表されていないポが、二ヶ月ほど前に、王宮の永久管理宝物庫より、古代魔導書レメゲトンの第一部、悪魔の書ゴエティアが盗まれたと、確かな筋の情報が入っているポ」

 この言葉を聞いたプラティックは、数秒間、真顔で石のように固まっていた。
 そして……

「…………なるほど。して、犯人は?」

 努めて冷静を装ってはいるものの、目の見開き方が尋常じゃ無く怖いプラティック。

「勿論捕まってないポね。だからゴエティアは、今も行方不明なのポ。加えて、魔連(世界魔法連盟)がこのピタラス諸島上空に、時空間の歪みが発生していると勧告しているポよ。ギルド内でも、その二つが無関係とは考え難いという話が出ていたポが……。カービィちゃん……、ポポ、あたち達の仲間が、時空間の歪みが検知されたのは、この封魔の塔のせいじゃ無いかって推測していたポよ。この塔内には、普通じゃ考えられないほど膨大な、強力な空間魔法が多用されているポよね? つまり、魔連の勧告は、ゴエティアが盗まれた事とは無関係じゃないのかって……、そこはどうなのポ??」

 ノリリアの質問に、プラティックの目がグルグルと宙を泳ぎ始める。
 またしても、数秒の沈黙。
 その後……

「あ~……、あ~、分からん。それは分からんが……、ちょっと待て。少々頭が混乱しておる故……。んんん? ゴエティアは、今尚、何処にあるのか分からないと申したか??」

 半笑いのプラティック。
 その額には、薄らとだが汗が浮かんでいる。

「言ったポよ。ちゃんと聞いてたポか?」

 ちょっぴり不快さを表すノリリア。
 しかしながらプラティックは、そんな事には構っていられない程に混乱しているらしい。
 明らかに瞬きの回数が多くなっているし、口を小さく開けたまま、またしても真顔で固まっていた。
 そして……
 
「…………何が、どうなっておるのだ? あの永久管理宝物庫より盗みを働くなど、そのような事が現実に……、いやいや、無理であろう。あれの開閉には神の瞳が必要であるのだぞ?? それを、どうやって……??? はっ!? まさか、タマスの瞳が悪用されたかっ!??」

 独り言のようにぶつくさと呟いていたかと思うと、急に大きな声を出して、焦り始めるプラティック。
 その言葉の中には、何やら聞き覚えのあるお名前が……

「ポポ? タマスというのは……、ニベルー島に存在する神獣様ポね?? そのお方の神の瞳なら、イゲンザ島のモゴ族の隠れ里に封印されていたものを、モッモちゃんが持ち出して、神獣様に返したポよ。ねぇ???」

「あ、うん。そうだね」

 カバ面のタマスを思い出しながら、頷く俺。

「さすれば、タマスのでは無い……? では、いったい誰が……?? よもや、悪霊共に協力する神格がおるというのか……??? それとも、悪霊共はそれすら自在に操る術を持っているのか????」

 もはや、俺とノリリアがここにいる事など、完全に忘れてしまっているかのように、プラティックは独り言を続けている。
 長年お一人様だったから、こんな風になっちゃったのかな? なんて考える俺。

「ポポゥ、その様子だと……。フーガの永久管理宝物庫を開く為には、神の瞳が必要なのポ?」

 ノリリアの問い掛けに、ハッとした様子でこちらを見るプラティック。
 その表情は、明らかに動揺していて……

「そ、それは、そのっ……。国家機密故っ! 一般のギルドごときに属する者には教えられぬっ!!」

 軽くディスってはいるものの、ノリリアの言葉が真実だとバレバレな返事をするプラティック。
 三千年も生きてるくせに、誤魔化し方が下手くそだな~、なんて考える俺。

「そうポか。それで……、そうそう、旧世界の神々についてポが、ここに来る前に遭遇したポよ」

「何ぃいっ!? クトゥルーにかぁっ!??」

 目ん玉ひん剥いて驚くプラティック。
 
「ポポ、クトゥルーという者ではないポ。その者は自らの事を、イグと名乗っていたポね」

「イグ!? 何故イグがっ!?? …………はっ!?!? まさか奴は、紅竜人の国に!?!!?」

「そうポ。故ロリアン・マーヤ魔導師が封印された、邪神と化した蛾神を解放する為に、現代に蘇っていたポよ。そのせいで、紅竜人の国は滅亡し、生き残りはごく僅かポ。それでも竜人は繁殖力が強いポよ、放っておいても絶滅はしないポね」

 ほ~、竜人は繁殖力が強いのか~。
 確かに、共食いしていたあの卵が全部無事に孵っていたなら、凄い勢いで増えそうだもんな。

「なんて事だ……、まさかイグが……。となると、他の奴らの封印が解けるのも、時間の問題という事か……?」

 キョロキョロと、左右に忙しなく動くプラティックの瞳。
 落ち着きが無いとは、まさにこの事を言うのであろう。
 目だけを見ていると、銀の書物のリブロ・プラタにそっくりだ。
 ……まぁ、同一人物(?)なんだけどね。

「ポポ、もしかして……。故アーレイク・ピタラス大魔導師が最初にしていた予知は、永久管理宝物庫よりゴエティアが盗まれ、アーレイク・ピタラスの弟子達が封印したはずの悪魔達が目を覚まし、次代の時の神の使者の行手を阻む、というものだったポか?」

 ノリリアの問い掛けに、プラティックの目の動きが止まった。

「今、なんと言った……? 封印したはずの悪魔達が、目を覚まし……、だと??」

 プラティックの声が、少し震えている。

「そうポ。あ……、まだ言っていなかったポね。あたち達はここへ来るまでに、五体の悪魔に遭遇したポよ。そのいずれも、500年以上前からこの諸島に存在していた……、アーレイク・ピタラスとその弟子達と敵対していた悪魔達ポ。サキュバス、ハンニ、ヴァッカ、アフープチ、カイム、の五体ポね。サキュバスとハンニは、ここにいるモッモちゃんが倒してくれたポ。ヴァッカは、ずっと昔に、ニベルーの創り出した造出生命体ホムンクルスに取り込まれて消滅していたポし、アフープチは、邪術師に取り込まれたのをこの目で見たポ。カイムは、つい先日、このアーレイク島内で対峙して、モッモちゃんが時間逆行の呪いをかけて幼体に戻り……、物好きな捕獲師キャプター捕獲キャプトしているポ」

 これまでの経緯を、簡潔かつ一気に話したノリリアに対し、今度は瞬き一つせずに固まるプラティック。
 さっきから、ずっと固まってるな~、なんて考える俺。

 そして、次のノリリアの言葉が、固まり続けるプラティックに、トドメを刺した。

「それで……、あ、そうそう、そうだポよ。最初の島、イゲンザ島で遭遇したサキュバスが口にしていたのポ。神代の悪霊だという、クトゥルーの名を……。ポポ? も、もしかして……?? 永久管理宝物庫よりゴエティアを盗んだのは、神代の悪霊クトゥルーなのポか???」

 その問い掛けに、プラティックは静かに目を閉じた。
 大きく、深く息を吸い込んだプラティックは、そこから数分の間、呼吸もせずに、まるで石の彫刻のように固まっていた。







 それから、しばらくして息を吹き返したプラティックは、静かに目を開いてこう言ったのだ。

「アーレイクの部屋へ行こう」

 そうしてそのまま、喫茶店を後にした俺達は、来た道を通って最初の建物へと戻った。
 その道中、プラティックは一言も話さず……、この部屋の鍵を開けても、中に入ってからも、一言も話さず……
 ノリリアは一人、興奮気味に部屋の中を調べ回って、ベッドの下にあった例の分厚い革張りの書物を見つけて……
 で、今に至るわけである。

 一生懸命に書物を読むノリリアを横目に、特にやる事のない俺は、ぼんやりと床に座り込んでいる。
 なんだか、またいろいろと大変な事になっているのでは? と、薄らと考えながらも、出来ればそうじゃありませんように~と、心の中でやんわり思いながら。

 一方で、だんまりを決め込んでいるプラティックは、一つだけあるベッドに横たわり、天井を凝視したまま固まっている。
 かつて、アーレイク・ピタラスが最期の時を過ごしたのであろうそのベッドの上で、死人のように固まり続けているのだ。
 そして……

「アーレイクの予知は、正しかったのか?」

 プラティックはそう呟いて、むくりと体を起こした。
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