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★港町ジャネスコ編★
【閑話】ラブさんのお仕事 〜規則ですから〜
しおりを挟む《門衛規則》
1:門を開く際は、通過者の身分を確認すべし
2:門を開く際は、周囲に魔物や怪しい者がいないかと確認すべし
3:門を開く際は、己の判断と決断でもって開くべし
***
空は秋晴れ、風が少し冷たくなって、季節の流れを感じさせられます。
木々も色づき始め、赤や黄色の落ち葉が地面を彩る、そんな穏やかな午後です。
初めまして、私の名はラブ・リブマリン。
港町ジャネスコの東門で門衛をしている、レリバー族という犬型の獣人です。
レリバー族は、個々人によって色の濃淡は多少違いがあるものの、ほとんどがクリーム色の毛並みをしております。
耳は先が丸くて垂れ下がっており、尻尾はとてもフサフサとしております。
そんなレリバー族の私なのですが、何故かいつも若く見られがちで……
しかし、既に歳は七十を過ぎておりまして、子供が七人、孫は二十七人もおります。
えぇもう、立派なお爺ちゃんですね。
若い頃は王都にて警備隊を務めておりましたが、なかなかに歳を取ると体が言う事を聞かなくなるもので……
十年以上前に、妻と末の娘一家と共に、このジャネスコに移住し、隠居するのもつまらないので、昔の仲間の勧めで、今は門衛として、緩~く働いております。
門衛という仕事は、実に素晴らしい仕事でして……
私にとって、天職と言っても過言ではありません。
その業務は主に三つ。
一つ目は、国内の他の町や村からやってくる業者の馬車の点検です。
町の者が生活する為の食糧や衣類、その他の生活用品を初めとし、港から他国へと輸出する為の貴重品などなど、様々な物が町へと運び込まれます。
門衛は、馬車の積荷を確認し、不要な物、危険な物が町へ運び込まれないように見張るのです。
しかしまぁ、その頻度は多くても日に二回。
やってくる業者は決まっておりますし、なんなら全員顔見知りで付き合いも長いので、最近ではあまり念入りに積荷を確認する事はないですね。
二つ目は、町を初めて訪れる旅人を受け入れる際に、簡単な審査を行う事。
身分証明書をお持ちの方は、それを提示してくだされば、ほとんどの方は問題なく町に入る事を許可されます。
また、身分証明書をお持ちでない方も、身分証明書をお持ちの方と同伴であれば、仮身分証明書を門衛が発行して、期限付きではありますが、町へ入る事、滞在する事が可能です。
残念ながら、身分証明書をお持ちでない方で、更には身分証明書をお持ちの方が同伴でない場合は、東門から町へ入る事は許されません。
そういった場合は、お手数ではあるのですが、町の町壁沿いに西へと進んでもらった先にある北門にて、手続きを行って頂く運びとなります。
北門には、国営軍の駐屯所が併設されており、国営警備隊の者が百人近く常駐しておりますので、安心して手続きが行える訳ですね。
東門には今のところ、門衛は私一人ですのでね、出来ることには限りがあるのです。
そして、門衛の業務三つ目は、町から出て行く方々に、この国の地図を渡し、何処にどのような町や村があって、どのようにして行けば良いのかを説明する事です。
これがとても楽しくてですね、毎度毎度話が盛り上がって、酷い時には半日が潰れます。
しかしながら、他国からわざわざこの国にいらして下さった方々に、この国を紹介する事は、門衛である私にとって、とても重大な使命なのです。
ですので、多少話が長くなろうとも、私は懇切丁寧に説明する事を心掛けております。
とまぁ、門衛の主な業務を三つに分けて紹介しましたが……、正直申し上げますと、業務自体がとても簡単な上に、滅多に忙しいという事がない。
なのに、門衛は国営軍の警備隊の一部署として扱われますので、貰える報酬はなかなかに高額。
楽なのに、高給……、老いた体の私にとっては、とても高待遇な仕事なのです。
それに加えて、ジャネスコは港町故に、内からも外からも、本当に沢山の出会いがある場所です。
船で他国からいらっしゃった、見た事のない、全く知り得なかった種族の方にお会いする度に私は、門衛という仕事を引き受けて本当に良かったと、喜びと感動を噛みしめている次第です。
……しかしながら、長く一つの仕事を続けていれば、トラブルの一つや二つには出くわします。
今日は私が遭遇したトラブルの一つを、皆さんにご紹介しましょう。
あれは、私が門衛を始めて五年が経った頃。
今日と同じく秋晴れで、少し冷たい風が吹く午後でした。
見かけぬ業者が、見かけぬ馬車を引いて、この港町ジャネスコの東門へとやって来たのです。
その者は、頭からすっぽりとフードを被っていて、こちらからでは表情を伺い知る事ができません。
私はてっきり、明日到着する予定の王都からの業者が早くやって来たのかと思ったのですが……、どうやら様子がおかしいという事に、すぐさま気が付きました。
門衛室を出て、東門である鉄門の前に仁王立ちし、私は馬車を迎えました。
「門を開けてくれ」
馬車から降りることもせず、馬車を引く一頭の馬の手綱を握りしめたままの格好で、その者は言いました。
「町に入りたいのならば、手続きが必要です。身分証明書をお持ちですか?」
私は、出来るだけ威圧的にならないように気を付けながら、いつも通りの事を尋ねました。
しかしその者は……
「そんなものはない。いいから、早くここを通せ」
少しばかり声を荒げて、そう言ってきたのです。
「身分証明書がなければ、門を開く事は出来ません」
「何? なら、仮身分証明書をくれよ。ここで貰えんだろ?」
「いいえ、出来ません。身分証明書をお持ちの方と同伴でなければ、仮身分証明書を発行する事は出来ないんですよ」
「ちっ、なんだよそりゃ……」
その者は、明らかに苛立ってましたね。
声の様子からも、足がガタガタと音を鳴らしている事からも、怒っている事が伝わってきました。
しかしながら、だからといって通すわけにはいきません。
「規則ですから。身分証明書をお持ちでない方は、お手数ですが、北門まで回って頂くようお願いします」
「なんだよ、くっそ……。あ~、めんどくせぇっ! おいお前らっ!!」
その者は、馬車の中に向かって声を上げました。
すると、馬車の後方より、かなり人相の悪いラビー族が複数、手に武器を持った格好で現れたのです。
「ふむ、なるほど……。賊でしたか?」
私は、なるべく平常心を保ちながら、そう尋ねました。
「随分と余裕だなぁ? そうさ、俺たちゃ盗賊だ! 西門の検問が厳しくなったんでな、わざわざこっちに回ったってのに……、くそがっ! お前が悪いんだぞ!? 俺たちの邪魔をする奴は、みんなあの世行きだっ!」
どうやら彼らは、輸出禁止物を町で売り捌こうとする盗賊のようでした。
どんな国にも、悪党という輩は存在するのです。
そこに例外などなく、一見すると平和そのものでおるこの国にも、賊は数多く存在していました。
私が王都にて、国営軍の警備隊に所属していたあの頃からずっと……
「そうですか……。自ら賊だと仰られるのなら、私が積荷を確認する必要は無いですね」
私はゆっくりと、背筋と手足を伸ばしてそう言いました。
所謂、準備体操というやつですね。
「あぁんっ!? 訳わかんねぇジジイめ……、お前ら、やっちまえっ!」
その者の指示で、武器を持ったラビー族たちは、一斉に私目掛けて走り出しました。
嬉々とした彼らの表情に、私は一つ溜息をつき、腰に下げていた警棒を抜き出しました。
「大人しく引き返せばいいものを……」
そう呟いて、私は警棒をきつく握りしめました。
武器を持ったラビー族達は、小さな刃を私に向けて、飛びかかってきます。
そして……
「ギャアアッ!?」
「ぐぁあぁぁっ!!?」
勝負は一瞬でカタがつきました。
地面を蹴って高く飛び、空中に浮いて格好で逃げ場がなくなった彼らの体を、私は警棒で薙ぎ払ったのです。
溝うちや急所を負傷したラビー族たちは、地面に倒れこんで呻き声をあげます。
「なっ!? なんだっ!? しっかりしろよお前らっ!?」
手綱を持ち、未だ馬車から降りないその者は、焦りながらそう叫びました。
「畜生っ! 東門は門衛が一人しかいねぇから、穴場だと思ったのに!」
負け惜しみのように、その者は叫び続けています。
その余りに無様な姿に私は、心底呆れた様子でこう言いました。
「あまり……、門衛を舐めない方がよろしいかと」
そう忠告した上で、私はその者の額に向かって、警棒を投げつけました。
その者は向かいくる警棒を避ける事すら出来ず、まともに喰らって……
結果私は、ラビー族の盗賊八名を難無くその場で取り押さえ、事無きを得たのでした。
後日、北門の国営軍駐屯所より、この町の警備隊を取り仕切るアルト隊長が、私を訪ねて東門までやって来ました。
なんでも彼の言う事には、拘留されている盗賊達が、自分達は盗賊などでは無く、私が勝手に賊だと決めつけた事に腹が立ち襲ったのだと……、自分達は善良な国民なのだと主張しているのだとか。
「ラブさん、彼等の主張は正しいですか?」
アルト隊長は、答えは分かりきっている、しかし一応聞きに来たのだ、という事がバレバレな顔で、私に尋ねました。
「そうですか……。いや~、私は規則に従っただけですからね。彼等の主張の正当性を測るのは、警備隊の皆さんにお任せしますよ。門衛の仕事は、門を守る事ですから。私は……、身分証明書を持たない彼等には町に入る資格がないと、そう判断し、決断しただけです」
私の言葉にアルト隊長は、誇らしげな表情で私を見つめて下さいました。
「はははっ! 元国営軍元帥のあなたに話を聞きに来た私が馬鹿でしたよ。大変失礼しました!!」
アルト隊長は、くしゃっとした顔で笑いながら、北門へと帰っていかれました。
門衛の仕事は、楽で高給な、それでいて楽しい事も沢山ある、とても良い仕事です。
規則に従っていれば、何も恐れる事はありません。
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