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★ピタラス諸島第五、アーレイク島編★

635:無駄足

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「た……、ただいまぁあぁぁ~~~」

 俺は、フラフラとした足取りで、暖炉の近くにある巨大ソファーの上に倒れ込んだ。

 ここはテントの中、リビングとも言えよう談話スペースである。
 騎士団の野営テントは、その内部が空間魔法によって広げられており、一階には広い談話室の他に台所やお風呂場といった生活スペースが、二階には複数の寝室が用意されていて、さながら一軒家そのものである優れ物だ。
 ティカが仲間に加わり、テッチャを呼び寄せた事によってパーティーメンバーがグッと増えた俺達の為に、ノリリアがテントを丸々一個貸してくれたのだった。
 
「お帰りなさい。どうだった? 神様、何か教えてくれた??」

 少し離れた場所にあるテーブルにいるグレコが問い掛ける。
 そこにはテッチャもいて、どうやら二人で酒盛りをしていたらしい、ワインのようなお酒のボトルと、おつまみのチーズとナッツ類、芳醇そうな赤い液体の入ったグラスが二個置かれている。

「それがぁ~……、うぅ、会えなかったんだよぉお~~! せっかく行ったのにぃいぃぃ~~~!!」

 疲れているのか、体が究極に怠く、更にはとてつもなく眠い。
 それに加えて、神様には会えず仕舞い。
 つまり、完全なる無駄足だったわけだ。
 悔しいやら悲しいやらで、俺は半ベソをかきながらそう言った。

「会えなかった? どういう事じゃ??」

 優雅にナッツをガリガリと咀嚼しながら尋ねるテッチャ。
 いつもと違う、見慣れない服を着ているのだが……
 その服は寝巻きですかね?
 寝巻きにしては、これまたド派手ですね、カービィ顔負けの真っピンクじゃないですか。
 そんな物を着て、熟睡なんて出来るんですか??

「あ、そっか! 神様って確か、会える頻度が限られてるのよね!? ほら、前にモッモ、自分で言ってたじゃない??」

 ……うん、そうなんですよグレコさん。
 神様ってね、一週間に一度しか俺に会ってくれないんですよ。
 俺は、つい数日前に、蛾神モシューラの金玉を渡す為、神様に会ったばかりだった。
 その事をもう、すぅーーーーーっかり、忘れてましてね。
 導きの腕輪で聖域までテレポートし、真っ暗な夜空に向かって何度も叫んでいたわけですよ。

「神様~! 神様ぁ~~!! ……あれ? 神様ぁあぁぁ~~~!!!」

 てな具合にね。
 声が枯れるほど、息をゼハゼハしながら、叫び続けたわけですよ。
 何故だ? 何故神様は降りてこない?? いったい何故???
 何度もね、自問自答を繰り返しましたよ。
 そして遂に……、ハッと気付いたよねぇ~。
 その時の絶望ったらもう……

「もぉ~嫌っ! もぉ~無理ぃっ!!」

 駄々をこねる子供のようにそう言って、俺はソファーの上で手足をジタバタさせた。






『新たなる時の神の使者に、アーレイクの伝言を伝える事……、我の役目は終わったノコ。我は、我が一族の元へ帰るノコ』

 数時間前、ノリリアのテントにて話し合っていた俺達に対し、リュフトはそう言った。
 彼の役目は、アーレイク・ピタラスの伝言を俺に伝える事と、モゴ族が守っていた河馬神タマスの神の瞳の一つを刺激しない為に離れて暮らす事、だったらしい。
 つまり、その両方の役目を、彼は無事に終えたのだ。

「ポポ、まだいろいろと、お話を聞かせて頂きたかったのですポが……」

『案ずるなノコ。我が言葉で説明せずとも、封魔の塔に全ての真実が隠されているノコ。塔の鍵を手に入れる事が出来たそなた達ならば、必ずや、あの奇怪な造りの塔を攻略出来るはずノコ』

 リュフトの言った、奇怪な造りの塔、という言葉はきっと、みんなの心に一抹の不安を残した事だろう。
 しかし、もう役目を終えたから帰りたいという神様を、俺達が引き止めるわけにもいかず……

「それじゃあ……、モッモ、送って差し上げたら?」

「へ???」

 グレコの適当な提案のせいで、俺はリュフトをモゴ族の隠れ里まで送る羽目になり……
 導きの腕輪を使って、俺と一緒にモゴ族の隠れ里に戻ったリュフトは、モゴ族達に大歓迎されていた。
 守護神が舞い戻ったと、モゴ族達はドンチャン騒ぎだった。
 しばしそれに俺も付き合わされて……

 疲れたからさぁ帰ろうと、ユーザネイジアの木の根本に挿した導きの石碑にテレポートしたところ、そこで待っていたのはカービィとボナークだった。
 何やら焚き火の前で、コソコソと内緒話をしているのだが……
 きっと良からぬ相談でもしていたのだろう、二人共、表情がなんていうかこう、悪党そのものだった。
 そして、俺が戻った事に気付いたカービィがこう言ったのだ。

「おまい、ついでに神様のとこ行って、アーレイク・ピタラスの事を聞いて来いよ。なんで力を奪ったのか、とかさ!」

「ほ???」

 これまた適当なカービィの提案に、俺はまんまと乗せられて、聖域までテレポートする事となり……
 しかし神様には会えず、戻ったら戻ったでそこにカービィはもう居らず、消えかけの焚き火に残り火が燻っているだけだった。






「……ねぇ、カービィは?」

 まさかとは思うけど、寝てないよね?

「あぁ、ついさっき戻って来て……、今はたぶんお風呂場ね」

 グレコの返答に、俺の体は小刻みにプルプルと震えた。

 くぅうぅぅ~~~!
 人に無駄足運ばせといてぇえっ!?
 自分は優雅に入浴ですかあぁっ!!?

 すると、テントの入り口がサッと開いて、大きな二人が入ってきた。
 無論、ティカとギンロだ。

「お帰りなさい。良かった、服貰えたのね」

 グレコの言葉に、チラリと横目で確認する俺。
 見ると、ティカが何やら、どこかで見た事のある服を着ている。

「グレコの見立て通り、ライラックの服はティカの体にピッタリであった」

 あ~なるほど、そういう事ね。
 ティカが身に付けているのは確かにライラックの服だ。
 麻のような薄い茶色の布地で出来たその服は、半袖長ズボンの、武道着のような形をしている。
 恐らく、燃えてしまったティカの服の代わりを、ほぼ同じ体格のライラックから貸して貰ったという事だろう。

「軽くて、動き易い。とても良い」

 満足気に笑うティカ。
 初めて着る武道着が嬉しいらしい、めっちゃ上機嫌そうだ。

「それにしても、なんで燃えてたんじゃ?」

 率直な疑問を投げ掛けるテッチャ。

「勝ちたい、勝つのだと、頑張った。そうしたら、火が、出ていた」

 へ~、そうなんだ……、訳分からん。

「なはは! じゃあ、あれがおまいさんの興奮状態だって事だな!!」

 風呂場のドアが開いて、タオルで頭をワシワシ拭きながら、ホカホカした様子のカービィが現れてそう言った。

 カービィこの野郎っ!?
 お前のせいで俺は、無駄足だったんだぞぉっ!!?
 謝れっ、この馬鹿野郎っ!!!

「けど、戦う度に服を燃やしてたんじゃ困るわよ。ちゃんとコントロール出来る様にしなさいよね」

 母ちゃんみたいな口調で、注意するグレコ。

「努力する」

 全然堪えてない様子のティカ。
 こりゃ、また絶対に燃やすぞこいつ。

 それにしても……、誰もあの煙の事を言わない辺り、やっぱりあれは俺にしか見えてないらしい。
 カイムと対峙していたティカから放出されていた、悪魔特有の、腐った様な異臭を放つ黒い煙。
 何故それが、ティカの体から出ていたのか、その理由は俺にはサッパリ分からない。
 俺以外のみんなが、それを見ていない……、見えていなかった理由も、サッパリ分からない。
 でも、ライラックに服を貸して貰ったくらいで上機嫌になっている今のティカを見る限り、完全なる悪魔になったりする事は無さそうだと、少しだけホッとした。

「んで、神様はなんか言ってたか?」

 いつの間にか、俺が大の字で寝そべっているソファーの隣に立っていたカービィが、悪気なく尋ねてきた。

「……会えなかったんだよ」

 ジトッとした目でカービィを睨み付け、俺は低い声でそう言った。

「会えなかった? なんで??」

 これまた悪気なく、キョトンとした様子で尋ねるカービィ。
 
「会える頻度が決まってるのよ。つい先日、モッモは神様に会いに行ってたでしょう? だから、今回は現れてくれなかったそうなの」

 グレコが代わりに答えてくれた。

「なぬ? そうなのか?? なんだよ、神様って案外ケチなんだな」

 ヘラヘラと笑いながら、平気で神様をディスるカービィ。
 次会ったらその言葉、神様にちくってやる。

「ならば、リュフト殿の言っていた言葉の真意は、分からぬまま……、という事か?」

 ちゃんと話を聞いていたらしいギンロが、胸の前で腕組みをして唸る。
 
 アーレイク・ピタラスの五人目の弟子ユディンの存在と、彼が悪魔の血を引く者であるという事。
 今尚、封魔の塔の要となっていて、魔界に通じる穴を塞ぐ為の封印の一部になっているという事。
 そして、彼を解放してはならないと、アーレイク・ピタラスがわざわざ俺に伝言を残した事。

 全てがこれまでに無かった真新しい情報で、何を何処から消化すればいいのやら……
 余りにややこしく、理解し難いリュフトの言葉の数々に、俺はパニックを通り越して、考える気にすらなれなかった。

「仕方ないわね。リュフトは、封魔の塔に全ての真実が隠されているって言っていたから……。塔を攻略すれば、自ずと真実は分かるでしょうよ」

 グレコはそう言って、グラスに残っていたお酒を、グビッと飲み干した。

 しかしなんだ……  
 仮に今回、神様に会えていたとして、果たして神様は、俺の質問に答えてくれただろうか?
 否、話してくれなかっただろう。
 会えても会えなくても、結局俺は無駄足だったに違いない。
 過去を話す気は無い、以前神様はそう言っていた。
 そして、アーレイク・ピタラスのした事は、正しかったとも言っていた……
 あの言葉の真意は何処にあるのか??
 きっとそれも、封魔の塔に隠されている気がする……
 
「モッモ、風呂入るか?」

 またしても悪気なく、軽~い口調で問い掛けるカービィ。
 しかしながら、俺はもう一歩も動かないぞ。
 もう、さっきからずっと、眠くて眠くて仕方ないんだよ!

「入らない。もう寝る」

 俺はそう言って、瞼を閉じた。
 本当は寝室のベッドで寝たかったけど……
 まぁいいや、このソファーもそれほど悪くない。

「おう! いっぱい寝ろよ~」

 そう言い残し、テクテクと遠ざかって行くカービィの足音。
 
「私達もそろそろお開きにしましょうか?」

「そうじゃな。明日も早いじゃろうて」

 カチャカチャと、後片付けを始めるグレコとテッチャ。

「我らも休むとしよう。ティカ、寝室に案内する、ついて来るが良い」

 ギンロとティカの、ドスドスとした重い足音も遠ざかって行って…… 
 俺はいつの間にか、一人静かに、夢の中へと落ちて行った。
 
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