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★ピタラス諸島第五、アーレイク島編★

615:空中戦

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「ギィエェエェェ~!!!!!」

 ぎゃあぁあぁぁ~!?!!?

「モッモ伏せろっ!」

 背後から聞こえたカービィの声に俺は、咄嗟にエルフの盾で頭を隠し、その場に屈んで身を縮こめた。
 スッと何かが頭のすぐ上を掠めて、熱を持った爆風と共に、ボーンッ!という爆破音が辺りに響き渡る。

 ひゃあぁぁ~!?

 ガクブルガクブル

「ギギィイィィ~!?」

 飛び散る生温かい血と、青い羽。
 バッサバッサと巨大な翼をはためかせながら、その胸に魔弾を受けたハーピーは、俺の目の前の地面にドサっと落ちた。
 白目を向いて口から泡を吐き、真っ黒に焦げた胸から血を流して、苦しそうに全身が激しく痙攣しているその様は、かなりグロテスク且つホラーである。

「ひぃっ!?」

 腰が抜けた俺は、思わず後退る。

「モッモ! 立つのだっ!!」

 俺の首根っこをヒョイと掴んで、無理矢理に立たせたのはギンロだ。
 その両手には、冷んやりとした水色の光を宿している魔法剣が二本、握られている。

「大丈夫!? 全く、キリが無いわねっ!!」

 黄緑色の魔力を帯びた魔法弓を構えたままの格好で、グレコが俺のそばまで駆け寄ってきた。

「モッモ! 気を抜くんじゃねぇぞっ!!」

 虹色の魔力のオーラを身に纏った、戦闘モード全開のカービィが、杖と魔導書を手に叫んだ。

 しかしながら……、お言葉ですがカービィ君!
 流石の俺でも、この状況では気なんて抜いてられませんよっ!!
 抜けたのは気じゃなくて、腰なんですよぉっ!!!

「ギェエェェ!」

「キギッ! ギギェッ!!」

「ギェギェギェーーー!!!」

 カービィ、ギンロ、グレコの三人に周囲を守られ、盾を地面に突き刺し支えにして、なんとか立ち上がる俺。
 その頭上では、何十羽ものハーピー達が、狂ったように奇声を上げながら、なおもひしめいている。
 グルグルグルグルと低空飛行で旋回し、攻撃のタイミングを伺いながら……

 くっ……、なんでっ!?
 なんでこんな事になったんだぁあっ!!?







 時を遡る事、数分前……

 ヴォンヴォンヴォンヴォンヴォン、ヴォーーーン!

 馬鹿でかいエンジン音を鳴らしながら先頭を行くカービィ。
 その後に続く俺達は、アーレイク島に延々と広がる鬱蒼とした森の上空を、優雅に進んでいた。
 空は快晴、太陽は高く陽気な気候で、ピクニックでもしたくなるような日和であった。

 眼下に広がる、アーレイク島のほぼ全土を占めているこの森は、イゲンザ島のマンチニールの森と、ニベルー島のタウラウの森を足したような深い森で、背の高い木々が所狭しと無数にそびえ立っているうえに、様々な種類の蔓科の植物が、まるで蜘蛛の巣のようにそこかしこに生い茂っている。
 つまるところ、ミュエル鳥や箒を使わずに地上を行く事は、とてもじゃないが不可能だと思えるほどに、森の中は植物で溢れ返っていた。
 地上を行くと言ったギンロやティカ、共に行動しているはずのザサーク船長と副船長のビッチェは、さぞ苦労して森の中を進んでいるのだろうと、上空から俺は哀れんでさえいた。

 しかし、快適な空の旅は一変した。
 町を出て小一時間、森に入ってしばらく経った頃だ。
 先頭をすっ飛んで行ったはずのカービィが、何やら血相を変えて戻ってきたのだ。
 その背後に、見慣れない姿の、無数の青い鳥の群れを引き連れて……

「にっ!? 逃げろぉおっ!!!」

 そう叫んだカービィだったが、次の瞬間、箒のエンジンがオーバーヒートして発火し、モクモクと黒い煙を上げながら下へと一直線。

「ポポッ!? カービィちゃん!??」

 カービィを助けようと、ミュエル鳥を急降下させるノリリア。
 間一髪、箒を手放したカービィは、ローブの端をミュエル鳥の嘴に咥えられて、九死に一生を得た。

 みんながホッとしたのも束の間、最悪の事態が俺達に降りかかる。
 青い鳥の群れが、奇声を上げながら俺達に襲いかかってきたのだ。
 見た事のないその姿、聞いた事のない耳をつんざくような酷い鳴き声……

「ギィエェエェェーーーー!!!!!」

 それは、興奮トランス状態に陥った、ハーピーの大群だった。

 人の顔を持つ巨大な鳥、ハーピーことハルピュイア族。
 その顔は皆一様に美しく整った女の顔で、首から下は膨らんだお胸のある人間の胴体を持つ。
 しかし、その胴体の胸から下は青い羽毛で覆われており(※乳首は羽毛に覆われていて見えません)、腕があるべき場所からは代わりに一対の大きな翼が生えている。
 海のように深い碧色をしたその翼は、広げれば推定でも3メートル以上はあるだろう。
 羽毛に覆われたお腹とお尻、その下の下半身の先にあるのは人の足ではなく、節くれだった鳥類のそれが伸びていて、指先に生える爪は見るからに殺傷能力が高く鋭利に尖っていた。

 興奮状態のハーピー達は、血走った目を真っ赤に光らせながら、真っ直ぐに俺達目掛けて飛んでくる。
 牙の生えた口を大きく開けた世にも恐ろしい形相で、奇声を発しながら威嚇している。

「総員! 攻撃態勢ポォー!!」

 ノリリアの号令に、騎士団の面々は杖と魔導書を取り出し、迫り来るハーピー達を迎え撃った。
 止まない奇声、振り下ろされる前足の爪。
 激しい空中戦が始まった。

 ハーピーは絶滅危惧種であるが為に、極力殺害してはならない……、ノリリアはそう言っていた。
 故に騎士団のメンバーは、致命傷にならない程度の魔法(風魔法で遠避けるとか、麻痺魔法で痺れさせるとか、守護魔法で攻撃を回避するとか)しか行使する事が出来ず、それだとハーピー達が退散するわけもない。
 最初は数十羽だったはずが、何処からともなく段々と数が増えていき……、結果およそ数百、いや、千に上っていたかも知れない、俺達は大量のハーピー達に取り囲まれてしまった。

 しかし、やはり白薔薇の騎士団は強い。
 どんなに大勢に囲まれようとも、こちらが劣勢になる事は無かった。
 襲いくるハーピー達は、騎士団の魔法の前になす術なく、徐々に近づく事すら出来なくなっていった。
 
 だが相手も馬鹿ではない。
 こちらに近付くことが出来ないと判断したハーピー達は、次なる作戦に出た。
 ハーピー達は、その口から超音波のような高い声を発しながら、俺達の周りをグルグルと回り始めたのだ。

「キィーーーー! キィエェェーーーーーー!!」

 耳が痛くなりそうなその鳴き声は、煩いだけで、騎士団のみんなに害を成す事はなかったが……、ミュエル鳥は違った。

「グギャッ!? ギャララララララッ!??」

 俺達を乗せたミュエル鳥は、その超音波を聞くなり、頭や体を左右上下にめちゃくちゃに振り始めたのだ。

「おほぉうっ!? 落ち着けっ!! 落ち着きなさいっ!!!」

 必死に手綱を握り、ミュエル鳥を宥めようとするモーブ。
 振り落とされないようにと、モーブのふくよかな体にしがみ付く俺とグレコ。
 
「だっ、駄目ですぅ! ノリリア副団長!! 地上へ降りましょう!!!」

 ヤーリュの声が聞こえて周りを見ると、他のミュエル鳥も同じように混乱し、暴れていた。
 ブリックの後ろに座るテッチャは、これまで見た事が無いような、真っ青で怯えた表情をしていた。

「ポポッ! このままじゃまずいポ……、総員降下!! 地上戦に切り替えるポッ!!!」

 ノリリアの号令で、箒に乗っているメンバーは森へと急降下。
 ミュエル鳥の背に乗っている者達も、魔法で箒やパラソルなどを取り出して、脱出を図る。
 ノリリアも魔法で箒を取り出してまたがり、ミュエル鳥の嘴に咥えられたままのカービィを救出して、眼下の森へと降りていった。

 肝心の、俺達はというと……

「飛び降りてくださいっ! 急いでぇっ!!」

 焦ったモーブの発言に、頭が真っ白になる俺。

 飛び降りてって……、はぁあぁぁっ!?
 ここから!?? 森にっ!?!?
 ばっ、馬鹿じゃねぇのっ!?!!?
 そんな事したら死んじゃう!!!!!?

「行くわよモッモ!」

「へぁっ!?」

 グレコの細い腕が、俺の胴回りをガシッと抱き締めて……
 気づいた時にはもう、俺は宙を舞ってました。
 
「ひやぁあぁぁ~~~!?!?」

 走馬灯のように、頭の中に蘇る記憶。
 故郷のテトーンの樹の村の風景と、母ちゃんの優しい顔。
 そして……

 バサバサッ!
 バキバキバキッ!! 
 ザザザザザァッ!!!

 俺はグレコに抱きしめられたまま、木々の枝葉をいくつも折りながら、そびえ立つ一本の木の上部へと落下した。
 想像以上に葉や蔦が生い茂っていた為に、体への衝撃はほぼ無かったものの、心臓が破裂しそうにバクバクしていた。

「モッモ! グレコ!! 無事かっ!!?」

 下からギンロの声が聞こえて、視線を向けると、そこには既に魔法剣を鞘から抜き出した格好のギンロが立っていた。
 近くにはカービィとノリリアの姿もあって……

「モッモちゃん! グレコちゃん!! 早く降りるポ!!! 上からハーピー達が狙っているポよっ!!!!」

 ノリリアの言葉通り、頭上には混乱するミュエル鳥を取り囲むハービーの群れが。
 ハーピー達は翼こそ大きいが、全体的な体の大きさはミュエル鳥の半分ほどである為に、混乱して暴れるミュエル鳥にはやはり近付けないようだ。
 ミュエル鳥を見捨てる事など出来ない飼育師のモーブとヤーリュは、まだ手綱を握ったまま、暴れるミュエル鳥に跨っている。

 あのままじゃ、モーブとヤーリュがっ!?

「あの子達を助けないとっ!?」

 俺より先に、グレコが叫んだ。
 けど……、グレコの言葉は、モーブとヤーリュの事よりも、ミュエル鳥の方を心配しているように聞こえた。

「二人なら大丈夫ポ、自分達でなんとかするポね! それよりモッモちゃん、グレコちゃん早く!! ハーピー達が気付かないうちに!!!」

 木から降りるようにと急かすノリリア。
 しかし、かなりの高さがある為に、ここから下に降りるとなると、物凄く勇気が必要だ! と、思った次の瞬間。

「キギッ!? ギェエェェッ!!? グッグッグゥ~!!!」

 ちょうど俺達のいる木の真上にいたハーピーが、先ほどの超音波のような鳴き声とは全く違う、とても低い声で鳴いたのだ。
 それはまるで、何かの合図のような……

 すると、ミュエル鳥を取り囲んでいたはずのハーピー達が、一斉にこちらを向いた。
 狂気に満ちたハーピー達の真っ赤な目が、木の上で身動きが取れなくなっている俺とグレコを捉える。
 なんだか、めちゃくちゃ嫌な予感がする……

「ぬっ!? グレコ! モッモ!! 飛び降りろっ!!!」

 叫ぶギンロ。

 飛び降りろって、んな無茶なっ!?

 躊躇する俺。
 しかし、またもやグレコに胴体を掴まれて……

「えいっ!」

「ハッ!?」

 俺は単身、宙に放り投げられていた。
 木の上に一人残ったグレコは、背負っていた魔法弓を空へと構え、黄緑色の光を宿す黒い荊の矢を何本も放った。
 上空で響くハーピー達の悲鳴にも似た鳴き声に、姿こそ確認出来ないが、どうやらグレコが仕留めたらしいと想像する俺。
 そして……

 ボスンッ!

「うほぉうっ!?」

 俺は、筋肉カッチカチなギンロの腕の中へと落ちた。
 先ほどよりも大きな衝撃が、背骨にビリビリと伝わった。

「キッズ船長達はどこポッ!?」

 キョロキョロと辺りを見渡すノリリア。

 ……ザサークの事より、今は俺の事を心配して欲しい。
 背中、いてぇ~。

「船長殿と副船長殿は、先に落下した者の所へと向かった」

 俺の体をゆっくりと地面に下ろしながら、ギンロが言った。
 と、次の瞬間には、上からグレコが飛んできて、俺と同じようにボスンッ!と、ギンロの腕に抱き留められた。

 なんか、お姫様を救った王子様みたい。
 顔はハスキー犬だけど……、カッコいいな、ギンロめ。

「ティカはどこだ? 見当たらねぇぞ??」

 カービィの言うように、そういえばティカがいない。
 ギンロと一緒に行動していたはずじゃ……?

「ティカは、何やら気付いた事があると言って、一人森の奥へと走って行ったのだ」

 はぁあっ!? 勝手に単独行動っ!??
 何してんだよティカ!?!?

「何それっ!? モッモを守るんじゃ無かったの!??」

 憤慨するグレコ。
 しかし、今回の作戦(時の神の使者が狙われているから、みんなで俺を守ってくれるらしい)を、ティカが理解していたとは思えない。
 そもそも、言葉がちゃんと正しく通じてないからな。
 それに、王宮にいた時も、他の兵士達に比べると、なかなかに単独行動だったしな、ティカは……、うん。

「とにかく、あたち達はみんなと合流する……、ポォオッ!?」

「ギィエェ~!!!」

 ぎゃあぁ~!? ハーピー!!?

 上空から、木々の隙間を縫って降下してきた一羽のハーピーが、ノリリアに襲い掛かった。
 ノリリアの小さな頭を、鋭い爪が生えた足で鷲掴みするハーピー。

 のっ!? ノリリア~!??

「うぉおっ!!!」

 雄叫びを上げながら、魔法剣を振るうギンロ。
 ザンッ! と音がして、ヒンヤリとした何かが空を切った。

「ギィエェエェェーーーー!?」

 悲痛な鳴き声を上げながら、逃げるように、バッサバッサと空へ飛び立つハーピー。
 ぼたぼたと赤い血が滴るその先には、無残にも斬られた足の断面が見えている。
 残された片足はノリリアの頭を掴んだまま、水晶のような透明の氷に包まれて、完全に凍り付いていた。
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