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★ピタラス諸島第五、アーレイク島編★

608:崖

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 ザザーン! ザパーン!! ザッパァーーーン!!!

 切り立つ崖に波がぶち当たる音が響き渡る。
 何度も何度も、四方八方から、聞こえてくる。

「ヘルマン、慎重に行けよ! 岸壁に擦るんじゃねぇぞっ!?」

 船首楼の上から、大きな声を張り上げる船長ザサーク。

「任せろキャプテン!」

 操舵者のヘルマンはそう言って、逞しい腕で大きな舵輪を力強く回した。

 夕日が沈み、辺りが薄暗くなってきた頃、商船タイニック号はピタラス諸島最後の島、アーレイク島に到着した。
 しかし、何やらいつもと様子が違うらしい。
 甲板の上は少々騒がしくなっていた。

 食堂で夕食を食べていた俺達は皆、異変を感じて甲板へと向かった。
 宵闇の空には星が瞬き始め、商船タイニック号は断崖絶壁に囲まれた狭い湾の中を航行している。
 これは恐らく、前世でいうところのリアス海岸の一種だろう。
 見上げる程に大きな崖が、船の左右すぐ近くまで迫っていた。

「こりゃまた……、すげぇとこだな」

 隣に立つカービィがポツリと溢す。
 先程ダーラから聞いた話だと、アーレイク島唯一の町であるアルーは、入り組んだ湾内の奥に存在するらしい。

「ライラ! ゆっくりだ!! 速度を落とせっ!!!」

 船尾楼の上に立ち、風の魔法を行使している航海士のライラに向かって、ザサークが叫ぶ。

「あいあいキャプテン!」

 ライラは、とても集中しているのだろう、全身から緑色の魔力のオーラを放っている。
 そして、大きく広げた両手をゆっくりと揺らしながら、三本マストの帆の裏側に創られた魔法陣から吹き出す風を、少し弱めた。

「皆さん! もう少し下がっていてくださいっ!!」

 帆を操る太いロープを引っ張りながら、甲板長のバスクが叫ぶ。
 それは、船のへりに立って下を眺めていた騎士団メンバー数名に向けられた言葉だった。
 ブリックとライラックとモーブ……、あんまり賢くなさそうなこの三人は、慌てて甲板の中央へと戻る。
 
「キッズ船長! 何か手伝える事はないポかっ!?」

 船首に立ち、前方を注視しているザサークに向かって、ノリリアが声を掛けた。

「ないっ! ……あっ!? いやあるぞっ!! 岸壁との距離が取り辛い、明かりが欲しい!!!」

「お安い御用ポ! みんな、光をっ!!」

 ノリリアの号令で、騎士団のみんなは杖と魔導書を取り出した。
 ついでにカービィも、杖を取り出して頭上に掲げる。

発光フォース!」

 一斉に呪文を唱え、みんなの杖の先からは光が幾つも放たれる。
 電球のような眩しい光を放つそれらは、船の周りにフワフワと浮かび上がり、辺りを照らした。

 船を取り囲む切り立つ崖は、長年の海風による侵食によって形成されたのだろう、何層にも重なった色の異なる地層が見て取れる。
 穏やかながらも打ち付ける波は、ザプンザプンと音を立てながら水飛沫を上げていた。

「こんな所、夜に来るべきじゃないわね。危険過ぎるわ」

 周囲を見渡しながら、グレコがそう言った。

「いつもは昼に来ているのであろうか?」

 腕組みをし、呑気な疑問を口にするギンロ。

「いつも、夜に来てます」

 そう言ったのは、ダーラの息子であり、コック見習いであるパスティーだ。
 体が小さいので気付かなかったが(俺よりは大きいけどね)、ティカの後ろにこっそり立っていた。

「いつも夜にって……、どうやって? こんなに真っ暗じゃ危険よ。今は、騎士団のみんながいるから何とかなってるけど。今まではどうしていたの??」

 グレコの疑問は最もである。
 ライラは風の魔法が使えるようだが、それ以外は無理そうだ。
 今は騎士団のみんなの光魔法のおかげで周囲が見えるけど、これまでの航海ではいったいどうやって航行していたんだろう?

「いつもは、周りに灯りがあるんです。ほら、崖のところ……、沢山、灯籠とうろうがあるのが見えますか?」

 パスティーの指差す先を見てみると、確かにそこには、何か石で出来た小さな建造物がある。
 灯籠と言うには少々作りが雑だし、形も俺の知っている灯籠とは随分と違うけれど、他に形容の仕方が見つから無いのでそういう事にしておこう。
 だけど、そこに明かりは灯されていない。

「何も無いじゃない?」

 灯籠を確認出来ないらしいグレコが顔をしかめる。

「あ……、ちゃんとあるよ、僕には見える。けど、今は明かりが灯ってないね」

「そうなの? う~ん……??」

 俺の言葉に、グレコは目を細めて崖を見つめた。

 たぶんだけど……、そもそも灯籠が何なのかよく分かってないんじゃないかな?
 それに加えて辺りが暗いし、更にはよく似た色の岩の上に石で造られているから、グレコには分からないと思うよ。
 
「アルーの町に住む船長の友達が、船長の為に作ってくれた灯籠だとかで……。僕達がここに来る周期に合わせて、灯篭に火を付けて回ってくれてるらしいんです。いつもならその灯りを頼りに船を進めるんですけど、どうしてか今日はそれが無くて……。何か、あったのかも知れない……」

 不安気にそう言ったパスティーは、船首楼に立つザサークの背中を見つめた。
 バサバサと船長マントをなびかせながら、望遠鏡で前方を確認しているその姿は、いつもと違ってどことなく落ち着きがない。
 隣に立つ副船長のビッチェも、鋭い視線を周囲に巡らせていた。

「船長! 見えた!! 十時の方向だ!!!」

 船首側のマストの天辺で見張りをしていた、三つ子ダイル族の一人、ギガが叫ぶ。
 その言葉に、ヘルマンがゆっくりと左へ舵を切る。
 そして、望遠鏡を覗いていたザサークが、小さく呟いた。

「なんだありゃ? いったい……、何が起きてる??」
 
 険しい表情のザサークは、望遠鏡をビッチェに手渡し、俺達の方に向き直った。

「総員! 戦闘準備!! アルーは……、襲撃されている!!!」

 ザサークの言葉に、甲板の空気が一気に張り詰めた。

 船首楼から甲板へと飛び降り、武器を取りに船長室へと走るザサーク。 
 前方を確認しようと、船のへりに駆け寄って、身を乗り出す騎士団のみんな。
 グレコとギンロもすぐさま後に続く。
 出遅れた俺がワタワタしていると……

「こっちへ」

 ティカに、ひょいと首根っこを掴まれたかと思うと、ティカは俺を肩に乗せて、迷う事なく船首楼へと登って行くではないか。

 えっ!? そっち、登っていいの!??
 なんとなくだけど、船首楼は船長と副船長の場所って感じがするんだけどっ!?!?

 焦る俺を他所に、船首楼には既にカービィがいた。
 偉そうに腕組みをして、ビッチェの隣で仁王立ちしているではないか。
 
「何が見えるんだ?」

 望遠鏡を覗いているビッチェに対し、遠慮なく問い掛けるカービィ。
 するとビッチェは、その額に冷や汗を浮かべながら言った。

「あれは恐らく……、ハルピュイアだ」

 ティカの肩の上では、周りの景色がよく見えた。
 そこに広がっているのは、これまで見てきた風景とはまるで違う。

 船の行先に見えるのは、断崖絶壁に囲まれた小さな入江と、そこにある小さな小さな町。
 灯り一つすらないその町の上空には、無数の黒い点が飛び交っている。
 バサバサと羽ばたいているそれらは、鳥の様にも見えるが、どこか異質な姿をしていた。

 そして、よく聞こえる俺の耳には、それらの鳴き声が届いていた。
 ギィーギィー! という、何にも例え難い、甲高くてけたたましい、不快な鳴き声だった。
 
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