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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

575:玉座の間

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 黄金の床、黄金の壁、黄金の天井、その至る所に飛び散る血と肉片。
 鳴り止まない戦いの音と、響き渡る断末魔の悲鳴。
 王宮の内部は、何処もかしかも戦場だった。
 通路をひた走るスレイの肩に乗り、振り落とされないようにとその逞しい首に必死に抱き付く俺は、視界を流れていく赤く血生臭い光景に半泣きになっていた。

 うぅ~、酷い……
 エグいし、臭いがきついし、もう吐きそう……、オエッ。
 
 これまでにも、様々な修羅場、凄惨な光景を俺は目にしてきた。
 イゲンザ島では、敵であった有尾人が、カービィとノリリアが創り出した土の巨人ゴーレムによって、グチャグチャのミンチと化していたし……
 コトコ島では、鬼族である紫族達の凄まじい同種狩りを目撃したし……
 ニベルー島では、半分腐乱死体のようなホムンクルスと面と向かって戦って、石にした挙句バラバラに破壊したりしたし……
 グロテスクなものに対して、それなりに免疫を付けてきたつもりだったが……、今回のは駄目だ。
 いや、今回のも駄目だ、やっぱり。
 
 玉座の間へと向かう通路は、紅竜人の死体で溢れ返っていた。
 真っ赤な血の海に沈む、つい先ほどまで生者であったはずの、生温かそうな肉の塊。
 そのほとんどが、鎧を身につけた王宮の兵士達だった。

 推測するに、奴隷達が兵士達よりも優勢なのはきっと、その身軽さ故だろう。
 彼等の戦いを見る限り、一撃の力こそ鍛え上げた兵士達の方が勝っているが、動きがかなり遅いのだ。
 だから、老齢の奴隷達であっても、兵士の攻撃を避ける事が出来たのだろう。
 つまり兵士達は、その身を守る為に装備しているはずの重い鎧によって、身を滅ぼしたに違いない。
 
 それに加えて、不自然な点が一つ。
 理由は分からないが、息耐えている兵士達の亡骸のその顔、その目の周りが、異様に黒ずんでいるのだ。
 まるで墨でも塗られたかのように……

 うぅ~……、駄目だ!
 イッツァ、ベリーベリー……、ベリベリベリー、グロテッスクゥッ!!
 もう帰りたいっ!!!
 
 俺は、出来るだけ臭いを嗅がないようにと、両方の鼻の穴に指を突っ込み(それでも臭ってくるからあんまり意味ないけどねっ!)、出来るだけその光景を見ないように、目を逸らしながら(興味本位でめちゃくちゃガッツリ見ちゃってるけどねっ!)、スレイの首にしがみついていた。
 
 通路を走り抜け、階段を駆け上がり、上階へと向かうスレイとクラボ。
 二人に続くグレコとカービィ。
 すると、王宮の二階、真北に当たるその場所に、巨大な黄金の扉が現れた。
 なんとまぁそこは、俺が何度も出入りしていたチャイロの部屋から、目と鼻の先にあるではないか。
 別の通路なので気付かなかったが、それにしたって妙である。
 王宮の二階は、いつでもめちゃくちゃ静かで、閑散としていて……、こんな場所に国王がいるなんて、誰も思いもしないだろう。

 扉の前には、人集ひとだかり……、もとい奴隷の紅竜人集クリムゾン・リザードだかりが出来ていた。
 こちらは皆若くて、体がゴツゴツしていて、元々傷だらけな事も手伝って、かなり素行の悪い血気盛んな兄ちゃん達って感じの雰囲気だ。

「通してくれっ!」

 前を行くクラボが叫ぶ。
 すると、こちらに気付いた奴隷達は、その人相に似合わず素直に、さっと道を開けて通してくれた。

 巨大な黄金の扉の真ん前には、見知った顔が二人並んでいる。
 トルテカの町で出会った、メーザとバレだ。
 その脇には、怪我を負って苦しそうな表情の若い奴隷達が数名、手足から血を流しながら床に蹲っていた。
 
「どうした!? どうなってんだ!??」

 クラボの言葉に、メーザとバレが俺達に気付く。

「クラボ! スレイ!! それに……、えっ!? あの時の鼠っ!?? 生きてたのかっ!!??」

 スレイの肩に腰掛ける俺を見て、驚くバレ。
 メーザも目をシパシパさせて俺を見ている。
 どうやら二人とも、俺の事はとっくに死んだものだと思っていたらしい……、けっ! けっ!!

「何故扉が閉まってる!? 王はどうなった!??」

 肩から俺を下ろしながら、スレイが問い掛けた。

「それが……、玉座の間に攻め入ろうとしたんだが、中に妙な奴等がいてね。その中の一人がかなり強くて、こいつら皆斬られちまったんだ。見た事のない、青みがかった銀色の毛を持つ獣だったよ。あたしら皆、全然歯が立たなくて……」

 メーザは、負傷した者達を手当てしながら、困惑した様子でそう言った。

 青みがかった、銀色の毛を持つ獣?
 しかも、手練れとな??
 それって……、もしかしなくても、ギンロのこと???

「あの野郎、上機嫌で吠えてやがったぜ! くそっ、あと一歩だったってのにっ!!」

 軽い怪我をしたらしいバレも、ギリギリと悔しそうに歯軋りをする。

 上機嫌で吠えるって……、うん、間違いなくギンロだな。
 そうか、さっき絆の耳飾りで聞こえてきた声は、攻めてきた奴隷達と闘う声だったのか。

 ……それにしてもギンロの奴、ややこしい事してくれたなおい。
 奴隷達は一応味方なのに……、いや、味方かどうかは怪しいな、強いて言うなら知り合いだろう。
 とにかく、誰でも彼でも斬っちゃ駄目って、後で言っておかないと。

 グレコとカービィに、どうやらギンロがやっちゃったようだと伝える。
 俺たちは、三人揃ってバツの悪そうな顔で口を閉じていた。

「じゃあ国王はまだこの中か!? ゼンイは!??」

 辺りを見回すクラボとスレイ。

「姿は見えなかったが、国王は恐らく中にいるはずだ。だけど、中にいる奴等、どうやら魔法使いの集団らしいんだ。ピンク色の小さいのが何か叫んだかと思うと、みんな一人でに外に吹っ飛ばされたんだよ。それで、扉を閉められちまって、中から鍵をかけられて……。今さっき、ゼンイが中の様子を探るって、あの妙な術で影だけになって入ってったんだが……、まだ出てこねぇ」

 バレはそう言って、心配そうに下を向いた。
 見ると、バレが立っているすぐ側、壁にもたれかかって座っているのは、黒い鱗に頭部に橙色と緑色の羽を生やしたゼンイだ。
 しかしながら、その姿はまるで眠っているようだ。
 目を閉じ、口を閉じて、一言も話さず、座禅を組んで、瞑想しているかのような格好なのだ。
 どうやら、眠っている本体とは別に、影だけが玉座の間の中に入っているらしい。

 再度、現状をグレコとカービィに話して聞かせる俺。
 すると……

「ピンク色の小さい奴って、おいらみたいな奴か?」

 クラボの背後からピョコっと顔を出し、いつものヘラヘラとした調子で、自分を指差し尋ねるカービィ。
 言葉はもちろん通じない筈なのだが……

「そう、ちょうどこいつみたいな……、えっ!? なんでそこにっ!??」

「中にいるんじゃなかったのかいっ!? いったい、どうなってんだいっ!!?」

 バレとメーザの言葉に、周りの奴隷達がざわつき始める。
 どうやら彼等には、似たようなピンク色の毛玉であるノリリアとカービィの区別が付かないらしい。
 
「落ち着けっ! とにかく、どうにかして扉を開けるんだ!!」

 指揮を取るスレイ。
 その言葉に従って、怪我をしていない奴隷達が扉の前にぞろぞろと集まる。
 俺とグレコとカービィは、奴隷達の波に飲まれぬ様、少し後ろへと下がった。

「いくぞぉっ! 押せぇえっ!!」

「そ~えいっ! そ~えいっ!! そ~えいっ!!!」

 独特な掛け声をかけながら、力を合わせて扉を開けようとする奴隷達。
 しかしながら、かなり頑丈な造りらしい黄金の扉は、何度押してもびくともしない。

「くそぉっ! 何故開かないっ!?」

「どうなってんだっ!!?」

 苛立ちを隠せない奴隷達。
 すると……

「あ~……、それじゃ無理だ。ちょいと場所を空けてくれねぇか!?」

 扉の前に集まる奴隷達に向かって、カービィが大きな声で言った。
 だが、その言葉の意味は勿論伝わらない。

「なんだ? こいつ、何かする気か??」

「お前みたいな小さな奴に何ができるっ!?」

「引っ込んでろっ!!!」

 野次を飛ばしてくる奴隷達。
 だが、こちらも意味が通じてないカービィは、いつも通りの締まりのない笑顔で俺にこう言った。

「たぶんだけど、内側から何か結界が張られてんだよ。だから力だけじゃどうにもならねぇ。おいらなら、すぐ開けられるぞ。モッモ、みんなにそう言ってくれ」

 カービィに頼まれて、俺はみんなにそれを伝えた。
 にへらと笑う、緊張感がまるでないカービィに対し、奴隷達は顔を顰めるも……

「分かった、やってくれ!」

 クラボの一言で、奴隷達はサッとその場を退いた。

「どうする気?」

「本当に開けられるの??」

 心配になって、コソコソと尋ねる俺とグレコ。

「なぁ~に。おいら様の真の力を、とくとご覧あれだ」

 カービィはそう言うと、ニンマリと笑って腕まくりをし、珍しく魔導書を取り出した。
 そして扉に向かって杖を構え、空中に真っ赤な、巨大な魔法陣を浮かび上がらせた。

「あれは……、はっ!? みんな!! 離れてっ!!!」

 グレコが両手を広げて、慌てて奴隷達に声を掛ける。
 その様子から、急いで扉から離れる奴隷達。

「何っ!? 何なのっ!!?」

 ワタワタする俺。

「モッモ、あの魔法陣、見た事あるでしょ!? 前の島でほら、ホムンクルスの国を攻めた時のっ! アイビーのっ!! あの、ドカーンッ! てなるやつ!!!」

 はっ!? ドカーンッ!??
 何それっ!?!?

 グレコの抽象的な説明に、勘の悪い俺は何を言っているかさっぱり分からない。

 魔法陣は、眩しいほどの赤い光を放ちながら、時計の歯車の様にカチカチと、一定の間隔で回転している。
 カービィの全身は、いつぞやの戦いで見た事のある、膨大な魔力のオーラとも言えよう七色の光に包まれていた。

「吹き飛んじまえ……。最大級メギストス! 爆破エクリクシー!!」

 カービィが大声で呪文を唱えると同時に、魔法陣は目を開けていられないほどの光を放ち、レーザーの様な鋭い閃光が扉に向かって一直線に走った。
 そして……
 
 ドゥオッ! ゴァアァァァーーーーンッ!! 

「ひぃいぃぃっ!?!?」

 なんちゅうメチャクチャな事するんだぁあっ!!!!!

 黄金の扉に接触した赤い光は大爆発を起こし、扉は周りの壁もろとも粉々に吹き飛んでしまった。
 悲鳴を上げる奴隷達と俺。
 巻き上がる粉塵と、ガラガラと崩れ落ちる扉と壁の残骸。
 出来上がった大きな穴の周りには、爆破によって破られたのであろう、糸のように細く黄色い光を放つ結界の残骸が垂れ下がっている。
 その先に見えてきた光景は……

「え? あれは……??」

 黄金の玉座の間にて、床に倒れているのは白薔薇の騎士団の面々とギンロ。
 王の座るべき玉座と思われる豪勢な椅子には、見知った顔の紅竜人が腰掛けているのだが……、その者は胸から大出血を起こし、血色の悪い顔で気を失ってグッタリしている。
 玉座の周りには、真っ赤な血溜まりが出来上がっており、そのすぐそばに立ち尽くす者が一人。
 曲がったその背は見るからに年寄りで、身に纏った白いローブを返り血で真っ赤に染めて、身体中からは気味の悪い黒い煙を放っている。
 そこから徐々に漂ってくる、嫌な腐敗臭。
 そして、老いたその手には、まだドクドクと脈を打つ、生きたままの、真っ黒な心臓が握られていて……

「ジピーーーン!!!」

 少し離れた場所で、黄色い糸の様な光で羽交い締めにされている影が、悲痛な声でその名を叫んでいた。
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