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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

564:供物を泉へ捧げよ

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 ピュロロロロ~♪ ピュロロロロ~♪
 ピュロピュロピュロロロ、ピュロロロロ~♪

 ホェーン♪ ホェーン♪ ホェーン♪

 パロパロパ~ン♪ パロンパロ~ン♪

 様々な大きさの、様々な形をした笛を吹き、様々な音色を奏でる紅竜人の楽隊。
 その数およそ三十人。
 揃いの黄金の衣装に身を包み、カッと目を見開きながら、一心不乱に笛を吹くその姿はまさに狂気。
 そんな彼等に囲まれて、俺は今、もはや何度目か分からない、人生……、もとい、ピグモル生最大の危機に陥っております。
 何故ならば、俺のすぐ目の前、そっと手を伸ばせば届いてしまいそうなほどの至近距離に、黒い煙を身体中からもくもくと立ち昇らせる、あの宰相イカーブが立ちはだかっているからです。

 こここっ!? 怖いっ!! 臭いっ!!!
 おっかないっ!!!! 気持ち悪いっ!!!!!
 何より近すぎっ!!!!!
 そして……、や、やっぱり臭過ぎぃいっ!!!!!!
 
 際限なく立ち昇る黒い煙から漂う、酸っぱいような、ドブ臭いような、とんでもなく吐き気をもよおす腐敗臭に、俺は取れそうなほど必死に鼻を摘んでいた。
 しかも、背後にあるのは、まるで地獄の入り口かのような、世にも恐ろしい真っ暗な大穴……
 奈落の泉と呼ばれるその場所は、どれほどの深さがあるのか全く想像もつかないような、どでかい空洞だった。
 そして、そこから聞こえてくる断末魔の叫び声。
 何故そのような声が俺に聞こえるのか、それは分からない。
 しかしながら、その声の主は紛れもなく、これまでに犠牲となった生贄達だろう。
 それを裏付けるかのように、大穴を見下ろした先にある黒く濁った泉の水面から、無数の白い手が伸びているのだ。
 助けを乞うように、空を掴むような動きをしながら、ゆらゆら~、ゆらゆら~と。
 何故そのようなものが俺に見えるのか、それも分からない。
 だが、一つだけ分かる。
 視界に映るそれらは、おおよそこの世のものではない。
 見るからに悍しく、どこか悲しく、でもやっぱり恐ろしくて……
 一体全体こんな状況で、神様は俺に何をどうしろと言うのか?
 自然と涙がこみ上げて、半泣きになる俺。

 どうしてっ!? なんでっ!??
 何故こうなった!?!?
 助けて! グレコ!! カービィ!!!







 ……それでは、順を追って説明しよう。
 俺が、何故このような窮地に立たされているのか。

 俺が今いる場所は、奈落の泉の真ん前に設置されている、生贄の祭壇と呼ばれる大きな……、それは大きな岩塊の上だ。
 平たく、赤茶けたその岩塊は、真ん中が少し窪んだ皿のような形をしており、俺はその中央にいるのである。
 周りには、供物である穀物や野菜、果物、死んだ野鼠くん達がゴロゴロと転がっていて……
 つまり、完全に俺は、供物の仲間入りをしてしまっているわけなのです、はい。

 墓参の儀とやらが終了し、俺が入ったままの木箱は兵士達にゆっくりと持ち上げられて、再度移動を開始した。
 しかしながら、今度の移動はすぐに終わった。
 突然木箱の蓋が開けられたかと思うと、兵士は木箱を逆さまに向けた。
 バラバラと溢れ落ちる穀物と共に、木箱の外に転げ落ちる俺。
 何が起きたのか、一瞬分からなかった。
 隠れ身のローブのフードが脱げないようにと気をつけながら、身を起こし、辺りを見回した時にはもう……
 俺は既に、生贄の祭壇と呼ばれる岩塊の上に、様々な供物と共に放り出されてしまっていたのである。
 
 生贄の祭壇を取り囲むようにして、宰相イカーブを始めとした紅竜人の皆さんは、絶賛生贄の儀式の真っ最中。
 楽隊は絶え間なく笛を吹き、大臣やお姫様達は膝を折って頭を垂れて祈りを捧げている。
 目の前に立つイカーブはというと、何処ぞの神社の神主のように、手に持った赤い宝石のついたロッドを無心に振り回している始末。   
 背後には、地面にぽっかりと空いた巨大な穴、その名も奈落の泉が待ち構えている為に、逃げ道はもはや無いに等しい。
 しかも、追い討ちをかけるように……

「モッモ、儀式が始まったみたいね。今何処にいるの? そろそろ助けた方がいいわよね?? ……ねぇ、聞いてる??? 返事しなさいよ。ねぇ、モッモ。モッモ~! ……寝てるのかしら?」

 グレコの、キレてはいないけど不機嫌そうな声が、俺の耳には届いていた。
 だけども、返事など出来るはずがない。
 目の前には、あのイカーブがいるのだ。
 それも、下手すりゃ振り回しているロッドに頭を殴られそうなほど近くに。
 こんな状況で、返事なんて……、出来るわけないだろうっ!?
 既に、夕日は地平線の彼方へと沈んでしまって、空は紫色に染まり、辺りは夜の闇に包まれ始めていた。
 
 ……やばい、非常にやばいぞこの状況!
 まさか本当に供物にされるなんて、やばすぎだろ俺ってばよっ!!
 ノリリア達が心配だとか、ギンロが気掛かりだとか、そんな事考えている場合じゃなかった!!!
 俺の方が数段やばいわっ!!!!

 なんとかして、すぐ近くにいるはずのグレコとカービィに状況を伝えたいのだが、いかんせん声が出せない。
 自力で脱出しようにも、周りにある供物達が邪魔でなかなかに動きにくいし、俺が動けばひとりでに動くはずのない供物達が動いてしまうので、見つかってしまう可能性もある。
 つまり、どうにもできないっ!
 
 幸いにも、チャイロが入っているはずの金色の箱は、まだ祭壇から離れた場所に置かれている。
 だから、すぐさまどうこうされる事はないだろう。
 今は自分の身の安全を確保する事が最優先だ。

 俺は、目の前でロッドを振り続けるイカーブを凝視する。
 イカーブは、目を閉じている。
 祈りを捧げている為に、その目を開ける気配はない。
 そっと、そっとなら……、動いても大丈夫じゃなかろうか?
 俺が意を決して、片足を踏み出そうとした……、その時だった!

「キェエアエェェェ!!!」

 なぁああぁぁぁっ!?!?

 突然、ロッドを頭上高く掲げたイカーブが、奇声を発したのだ。
 それと同時に、ロッドの先端についている赤い宝石が、浅黒い光を放ち始めたではないか。
 それはまるで、周りの空気を吸い込むかのように、奇妙な光の渦を生み出していく。
 すると耳元で、カービィの声がした。

「モッモ! 分かったぞ!! あの宰相の正体!!!」

 興奮した様子のカービィは、俺が返事をしない事など御構い無しに、こう続けた。

「あいつは、国際指名手配中の凶悪犯! 邪術師ソーサラーのムルシエ・ラーゴだっ!!」

 はんっ!? 凶悪犯だとぅっ!??
 それに、邪術師ってなんか聞いた事あるけどっ!!!
 なんだったっけっ!?!?

 しかしながら、それ以上思考する時間は、俺には残されていなかった。
 何故ならば、周りに控えていた兵士達が、妙な器具を手に持って、ズンズンとこちらに近づいて来たからだ。
 彼等が持っているのは、巨大で、木製ではあるものの、その形は完全にスプーンだ。
 
 なんか……、嫌な予感がするぞ……?

 たらりと冷や汗が額から流れ落ちる。
 そして残念な事に、俺の予感は見事的中した。

「供物を泉へ捧げよ」

 イカーブのその言葉で、俺は全てを理解した。
 短かった俺のピグモルとしての一生は、ここで幕を閉じるのだと……

 ザザザザザザザァーーーーー

 兵士達の持つ、巨大な木製スプーンによってかき出され、奈落の泉へと落とされていく供物達。
 そして、抵抗する間もなく、共に落とされていく、俺。

 いぃいいいぃぃ~~~!??
 やぁああああぁぁぁぁ~~~~!?!?

 死霊の白い手がゆらゆらと揺らめく、真っ黒で真っ暗な泉の水面へと、俺は真っ逆さまに落ちていった。
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